光のもとで2

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
128 / 271
October

紫苑祭二日目 Side 翠葉 04話

しおりを挟む
 二日目の開会式ならぬ校長先生のお言葉をいただくと、体育委員が前に出て、全校生徒によるラジオ体操が始まった。
 それが終わると放送委員の手にマイクが渡る。
『お待たせしました! 今日のプログラムを始める前に、モニュメント審査、応援合戦の結果を発表いたします! まずはモニュメント審査っ! こちらはインパクト、芸術的観点共に評価の高かった赤組が一位を獲得しました! おめでとうございます! 御神輿の完成度も高ければ、衣装との統一感もあり、それを台車に載せて押すのではなく、担いでパレードに加わったことが決定打となったようです。赤組のモニュメントは、紫苑祭が終わったあと一ヶ月間、食堂に飾られます。その際にはぜひお近くまで寄ってご覧ください! さて、気になる応援合戦の結果はっ!? ――生徒会長率いる黒組がダントツの一位! 噂どおりの結果となりました! このあと、黒組には全校生徒へ向けてエールを送ってもらいます。黒組の皆さん、すばやく着替えて十分以内に整列を完了させてくださいっ! なお、黒組の応援が終わりましたらチアリーディングへと移行しますので、女子の皆さんは準備を――』
 マイクを持った飛鳥ちゃんがフロアを見渡し、
『失礼しました! 女子の着替えはすでに完了しているようですね。それでは皆さん、観覧席へ戻って黒組の準備を待ちましょう!』
 きれいな列がたちまち崩れ、皆が皆、それぞれの目的地へと散らばり始める。
 次の演者となるチアリーディングの女の子たちは一階フロアの脇へ集合し、ほかの生徒たちは組ごとの観覧席へ向かう。
 そんな中、赤組の観覧席へ戻って思う。
 桜林館中央にある観覧席を見事引き当ててくれた風間先輩、「ありがとうございます」と。

 席に置いていた一眼レフを手に取り、観覧席最前列の手すり間際でカメラを構える。
「御園生さん、撮る気満々?」
 風間先輩の笑い声に振り返る。と、その隣には飛翔くんもいた。
「返り討ちに遭うんじゃなかった?」
 鼻で笑っているふうの飛翔くんに思わず自慢をしたくなる。
「色々あって、交換条件なしで撮影許可が下りたの!」
 さほどおかしな返答をした覚えはなかった。けれど、その場にいた組の人たちに笑われてしまう。
 笑われた理由を考えていると、
「御園生さんと藤宮の関係っていまいち理解できねぇ……。写真ひとつで返り討ちとか交換条件とか、なんか違うだろそれ」
 風間先輩はそう言うけれど、ならばどういう関係が彼氏彼女、恋人なのだろう。
 自分が知るカップルを思い浮かべてみるも、答えらしい答えは見つからない。
 ただ、「写真」というものを前にしたとき、「交換条件」というキーワードが浮上するのは私とツカサのほかにはいない気がした。
 思考の魔手が手当たりしだい伸びる寸前、意識をカメラへ無理やり戻す。
 普段人を撮ることがないため、試し撮りを試みるもどうにもぶれる。笑えないほどにぶれる。
 躍動感溢れる写真とか手振れがどうのという次元ではなく、写っている人の目鼻口がどこかすらわからないような写真ばかりが撮れる。
 まさに、被写体が動くゆえの現象。
「シャッタースピードを優先にしているのにどうして……?」
 しばらくはその状態で試し撮りをしていたけれど、埒が明かないので別の手段を講じることにした。
 メニュー画面から連写モードを選択する。
 このモードは、シャッターを押している間中連写されるというもの。
 試しにシャッターを押してみると、すごい勢いで連写が始まった。
 あまりの勢いにびっくりしてシャッターから指を離したけれど、驚いたのは私だけではなかったみたい。
 周りにいた人たちの注意を引くほどの音だったし、階下にいた人たちの視線まで集めている。
 挙句の果てには被写体であるツカサとも視線が合ってしまい、咄嗟に手すりの陰に隠れてしまった。
 は、恥ずかしい……。
 居たたまれない状況に恐る恐る顔を上げると、
「御園生さん、本気出しすぎ」
 風間先輩の一言に、その場がどっと沸いた。
 そんな状況で海斗くんに話しかけられる。
「でもさ、司が応援してる間って、団長副団長はエールを受け取るためにフロアに下りるじゃん? 翠葉写真撮れないんじゃん」
 そんなこと、言われるまできれいさっぱり忘れていた。
 写真を撮る許可が下りたことに気を取られ、ただの一ミリも覚えていなかった。
「……海斗くん、どうしよう……。せっかく撮ってもいいって言われたのに……」
「……なんつーか、司のやつ、そこまで見越して許可出してたりしない?」
「えええっっっ!?」
 びっくりする私の傍らで風間先輩が、
「超絶あり得そうっ!」
 そんなことはないと思いたいけれど、実際はどうなのか……。
 階下で団員の整列を指示しているツカサに視線をやると、
「うちのクラスに写真部いないの?」
 海斗くんに尋ねられた。
「いない……」
 そもそも、二年生で写真部に所属しているのは私だけなのだ。
 こうなったらカメラの使い方を教えて代わりに撮ってもらうしかない。
 意を決して海斗くんに向き直る。と、海斗くんが観覧席の上段に座っていた山下くんに声をかけた。
「真咲っ! おまえ、写真撮るの好きって言ってなかったっけ?」
「好きだけどー?」
「翠葉の代わりに撮ってやってよ」
 山下くんは私の持つデジ一に視線を移すと、
「あ~……代わってあげたいのは山々なんだけど、俺、デジ一の使い方はさっぱりだ」
「教えるっっっ」
 咄嗟に声を挙げると、その場がしんとしてしまった。
 そしてまた、みんなに笑われてしまうのだ。必死すぎ、と。
 もう、この際なんと言われてもかまわなかった。
 最前列の通路へ下りてきてくれた山下くんにデジ一の使い方を説明するも、基本操作は問題なく理解していた。
 色調設定は済んでいるし、モード選択も済んでいる。撮るときに必要なのはズームとシャッターボタンくらいなもの。
「山下くん、人を撮るの得意?」
「やー……静止してる人間を撮るのは慣れてるんだけど、動いてる人間を撮るのは難しいよね」
 苦笑を浮かべる様に思わず頷いてしまう。
「私も同じ。何度か試し撮りしてみたのだけど、どうしてもぶれちゃうから連写モードにしてあるの。シャッターを押している間はずっと連写されているし、一度押すだけなら二、三回連写されるのみ。最悪、このボタンを押したら録画モードになる。……お願い、できるかな?」
「がんばりましょー? その代わり……」
 ん……?
「交換条件とまいりましょうか」
「え……?」
 山下くんは人好きのする顔をくしゃりと崩し、
「知ってると思うけど、俺、御園生さんのファンなんだよね。去年も今年も姫投票で御園生さんに入れた口」
 ……えぇと、
「……ありがとうございます?」
「なんで首傾げて疑問形かな」
 山下くんはくつくつと笑う。
 嫌な予感を覚えつつ、
「交換条件って、何……?」
 山下くんはにこりと笑って、
「ワルツのとき、御園生さんの写真撮らせてよ。ぜひ、この高そうなデジ一で。ズームきくからここからでも寄って撮れそうじゃん? で、あとでデータちょうだい!」
 ツカサに交換条件を持ち出されなかった代わりに、まったく予期しなかったところから交換条件を提示された。
 写真を撮られるということに対して一瞬身構えたものの、自分が躍る予定の場所から観覧席までの距離を考えれば大丈夫な気がしてくる。
 スローワルツとはいえ、曲が鳴っている間は絶えず動き続けているのだ。
 観覧席で誰がカメラを構えていようと、その人に意識を持っていかれることはない。間違いなく、最初から最後までダンスに集中しているだろう。
「だめ?」
 顔を覗き込まれ、私はフルフルと首を振った。
「ダンス中なら大丈夫っ」
 山下くんは口角を上げて笑い、「契約成立!」とデジ一を掲げて見せた。
「御園生さん、そろそろ時間! フロアに下りるよ!」
 風間先輩に声をかけられ慌てると、
「ストップ」
 山下くんに手首を掴まれた。
「急に立っちゃいけないんでしょ?」
「……ありがとう」
「どういたしまして。願わくば、そろそろ真咲くんって呼んでほしいけどね」
 山下くんはバチ、と片目を閉じ、わざとらしいウィンクをして見せる。
 あまりにもウィンクが似合わなくて、思わず吹き出してしまった。
「あ、ひどい」
「ごめんっ」
 私は笑いを堪えながら謝った。
「真咲くん、写真、お願いします」
 改めてお願いをしてから、私は風間先輩と飛翔くんのもとへ向かった。

 二年生になってから、日常生活における制約の話をしたことはない。
 ただ、香月さんと美乃里さんは一緒に行動することが多いから、「知っておきたい」と言われて話したことがある程度。
 おそらく、真咲くんは普段の行動や海斗くんたちとのやり取りを見て気づいたのだろう。
 自分の気づかないところで見ていてくれる人がいるということに、ほんのりと心が温かくなる。
 今でも注目を浴びるのは苦手だし、姫と呼ばれることに困惑はする。けれど、真咲くんのこれは嬉しいと思う。
 性質の悪い好奇心からではなく、仲良くなろうと歩み寄ってもらえた感じがするから、その気持ちが素直に嬉しい。
 ふと、自分の変化に気づき笑みが漏れた。
 人の記憶に残りたくない。誰とも関わりたくないと思っていた中学生のころからすると、考えられない進歩だ。
 鎌田くんに話したら一緒になって喜んでもらえそうだ。
 そんなことを考えていると、
「少しは前進したんじゃねーの?」
 飛翔くんがボソリと呟いて私を追い越した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

恋とは落ちるもの。

藍沢咲良
青春
恋なんて、他人事だった。 毎日平和に過ごして、部活に打ち込められればそれで良かった。 なのに。 恋なんて、どうしたらいいのかわからない。 ⭐︎素敵な表紙をポリン先生が描いてくださいました。ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031 この作品は小説家になろう、エブリスタでも連載しています。 ※エブリスタにてスター特典で優輝side「電車の君」、春樹side「春樹も恋に落ちる」を公開しております。

どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について

塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。 好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。 それはもうモテなかった。 何をどうやってもモテなかった。 呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。 そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて―― モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!? 最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。 これはラブコメじゃない!――と <追記> 本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

ひょっとしてHEAVEN !? 3

シェリンカ
青春
『HEAVEN』の行事に超多忙な日々の中、ついに気づいた自分の本音…… え、待って……私って諒のことが好きなの!? なのに、元来のいじっぱりと超カン違い体質が災いして、 なかなか言えずにいるうちに、事態は思わぬ方向に…… は? 貴人が私のことを好き……? いやいやそんなはずが…… 「本気だよ」って……「覚悟しといて」って…… そんなバカな!!!? 星颯学園生徒会『HEAVEN』の恋愛戦線は、大波乱の模様…… 恋と友情と青春の学園生徒会物語――第三部!

処理中です...