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October
紫苑祭一日目 Side 翠葉 08話
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踊り始める間際に佐野くんと交わした言葉は「笑顔」。
練習することでダンスが上達しても、「笑顔」だけは意識しないとできなかったから。
曲が始まれば身体が勝手に動き出す。そのくらい踊りこんだ自覚はあっても、こんな感覚はそう味わえるものではない。少なくとも私には……。
新鮮な思いでステップを踏めば、そのたびに景色は流れていく。その景色の中にいる人たちに笑顔で挑むような、そんな気持ちでダンスを踊った。
三分のワルツはひどく息が上がる前に終わりを告げる。
ノーミスで踊りきったことに達成感を覚えつつ、
「佐野くん、私、クールダウンしてくる」
断わりを入れると、佐野くんは慌てて私の隣に並んだ。
「俺も付き合う」
「……佐野くん?」
俯きがちな佐野くんの顔を覗き込むと、
「……ノーミスで踊れたしよく動けたと思う。でも、結果は一緒に聞こうよ」
いつもより小さな声で、口の中でもごもごと話すような喋り方。
どうやら、多数決を前に緊張しているらしい。
「な、なんだよっ」
「ううん……。試合慣れしている佐野くんでも緊張、するのね?」
「するだろっ!」
「そっか……そうだよね。……じゃ、付き合ってもらおうかな」
私たちが体育館内を歩き始めたと同時、
「多数決とるから学年ごとに集まって。一年のカウントは飛翔、海斗は二年をお願い」
私と佐野くんは歩きながら緊張の眼差しで集合する人たちを見ていた。
風間先輩がホワイトボードに書き記した「81」という数は、集まった人の数なのだろう。
「今からペアの名前を言うから、一番うまかったと思うペアに手をあげて。最初は――三年の俺ら、風間、唐沢ペアが一番だと思った人」
手は半数以上あがったように見える。
集計した数はホワイトボードに書き出された。その数は「43」。
「四十三人か……。やっべ、すっげー緊張してきた」
「私も……。ダンスを踊る前よりも緊張してるかも」
そんな私たちの心境はお構いなしに次のペアが名前を呼ばれる。
「次。藤宮、簾条ペアが一番うまいと思った人」
ペアの名前が発せられたらその一拍あとには手があがる。
けれども、一拍経っても二拍経っても手があがることはなかった。
桃華さんたちには誰ひとりとして手をあげなかったのだ。
その事実に私と佐野くんは息を呑む。
桃華さんと海斗くんがステップを踏み間違えるとは思えないけれど、何か決定的なミスをしてしまったのだろうか。
信じられない思いで多数決の進行を見守っていると、
「じゃあ、次。佐野、御園生ペアが一番うまいと思った人」
パラパラと手があがり始め、最終的には半数近い手があがった。
次の瞬間には佐野くんと顔を見合わせ笑顔になる。
まだ結果が出たわけではない。それでも、私と佐野くんはこの時点で満足していたと思う。
集計が済みホワイトボードに数が書かれると思ったそのとき、
「そこのふたり、聞いて驚けっ! 三十八人で佐野、御園生ペアが堂々の二位だ!」
私はその場で飛び上がり、佐野くんは大きくガッツポーズをとった。
そんな私たちを見て笑い声や拍手が聞こえてくる。
「佐野くん佐野くんっ、がんばったことが報われるって、こういうことを言うのかなっ?」
「YESっ! そうでしょっ!」
私たちは無邪気に喜びあっていたけれど、多数決はこれで終わったわけではない。
あともう一組を選出しなくてはいけないのだ。
「一位と二位で全員の手があがっちゃったから、残り一枠を決めるための採決とるよ。――藤宮、簾条ペアを支持する人、手あげて」
集まる人ほとんどの手があがり、風間先輩は数えることをやめた。
風間先輩は谷崎さんのもとまで行き、
「これで納得できた?」
「……はい」
「じゃ、みんなの時間をもらったことに対して謝罪しようか? それから、御園生さんと佐野くんにもね」
「はい……」
谷崎さんは目に涙を滲ませたまま身体の向きを変え、その場に集まる人たちに頭を下げた。
その姿を見守っていると、頭を上げた谷崎さんと視線が合う。
谷崎さんは唇をきつく引き結び、悔しさを目に湛えたまま走り出した。
咄嗟にあとを追おうとしたら後ろから手を掴まれ、
「御園生っ」
「ごめん、走らないからっ」
「そうじゃないっ」
え……?
意味をわかりかねて佐野くんの顔を見ると、
「御園生が行ってどうするの?」
どうする……?
「今御園生が行ったところで、谷崎さんはつらいだけじゃない?」
その言葉は冷水のような効果があり、走り出そうとした勢いを殺ぐ力があった。
「意味、わかった?」
「……うん。考えなしに行動するところだった。止めてくれてありがとう……」
そのやり取りを見ていた風間先輩が場を和ませるように、
「大丈夫だよ。パートナーの青木があとを追ったし、ほかにもフォロー要員はいるから」
風間先輩は隣に立つ静音先輩を見やり、
「頼まれてくれるんだろ?」
「頼まれなくっても行くわよ。かわいい後輩だもの」
静音先輩は私と佐野くんを交互に見て、
「佐野くんも御園生さんも、後輩が失礼なことを言ってごめんなさい。谷崎さん、今は無理でも後日謝りに行くと思うの。だから、そのときはよろしくね」
「「はい」」
静音先輩の背中を見送ったあと、風間先輩は腕時計を見ながらぼやく。
「二十分のロス、ね。……ま、二十分で収拾ついたからいいことにしようかな。さて皆の衆よ、そろそろ練習に戻ってもらえるかな? 個人競技に出る人間はすぐに練習再開。ダンスメンバーはヒップホップ、創作ダンスの順で二十分ずつの練習。ワルツのメンバーは見学。はい、始めっ!」
人はすぐに動き始め、体育館はあっという間にいつもの光景を取り戻した。
私たちは体育館の隅に場所を移し、練習風景をぼーっと眺めていた。
自分たちが選出されたことを喜びはしたものの、「後味がいいか悪いか」と訊かれたら、間違っても「いい」と答えることはできない。
きっと、ほかのメンバーも多かれ少なかれ同じようなことを考えているのではないだろうか。だから、誰も口を開かない。そんな気がした。
それでも、明日には気持ちを入れ替えてワルツに臨まなくてはならない。
それを意識すればするほどに、「今さら」感が強くなる。
もっと早くに申し出てくれていたなら、こんな土壇場でどうこうすることはなかったのだ。
ただその場合、間違いなく私と佐野くんのふたりが選考から漏れただろう。
二ヶ月間という練習期間があったからこそ、ここに残ることができたに過ぎない。
どうしたらこの気持ちを切り替えて明日のワルツに挑めるか――
そんなことを考えていたとき、風間先輩が口火を切った。
「やっぱ、佐野くんと御園生さんには謝るべきかな」
「は? なんで風間先輩が俺たちに謝るんですか?」
「ん~……一応全体集会で承認を得てワルツメンバーに決まったわけだけど、『姫』を持ち出したらこういうことが起きるであろうことは予測できたわけで……。それでも、俺たち三年は御園生さんを担ぎ出すことをやめなかった。いわば、三年の陰謀ってやつだよね」
何を言われたのか理解することができず佐野くんや海斗くんに視線をめぐらせたけれど、誰の顔を見ても不思議そうな表情をしていた。
「最初から話すとちょっと長くなるんだけど、四十分もあることだしのんびり聞いてよ」
そんな前置きをすると、風間先輩は胡坐を崩して話し始めた。
「二学期が始まってすぐ、御園生さんと同じ組ってわかったときから、うちのクラスは姫である御園生さんを担ぎだす気満々だったんだよね。副団長を決めるとき、各学年ひとりにしたのも一種策略みたいなもん。海斗たち、一年のころから球技大会の表彰台に御園生さんを必ず上げてただろ? だから、紫苑祭でもそういうポジションに御園生さんを推すであろうことは予測済みだったんだ。結果、三年の目論見どおり事が運んで副団長のお姫様誕生。それから、姫といえばダンスの代表になるのも恒例。ぜひ了承してもらいたかったんだよね」
「でも、翠葉が運動できないって団長は――というより三年は知ってたでしょ?」
海斗くんの質問に風間先輩は頷く。
「まぁね。毎年使われるテンポの速いワルツじゃ無理だろうなぁ、くらいのことは知ってた。そこで静音が提案したのがスローワルツ。本人に直接訊くのが手っ取り早かったんだけど、がっちり囲い込んでから打診するつもりだったから、御園生さんの身体に一番詳しいであろう藤宮のところに確認しにいった。藤宮から得た回答は、スローワルツで短い曲ならおそらく大丈夫。そこまで裏をとってから体育委員と実行委員を抱きこみました。姫を参加させるから曲変えろ、って」
軽快に話す風間先輩に対し、聞いている私たちは誰ひとりとして相槌を打てる人がいない。
もしこの場に静音先輩がいたなら、クスクスと笑いながら相槌を打っていたのかもしれないけれど……。
風間先輩は何を気にすることなく話し続ける。
「つまり、すべてに手を回した状態で御園生さんに打診したんだ。運動はできないし、ワルツも踊れないって断わられるのを前提で」
その日のことはよく覚えている。
組分け発表の翌日、風間先輩と静音先輩が昼休みにやってきたのだ。
「御園生さん、ダンス部門のワルツに出てみない?」
まるでお茶に誘う感じで尋ねられ、
「静音先輩、私、運動は――」
「うん、知ってる。激しい運動は、できないんでしょ?」
風間先輩が言葉を区切って話す意味を考えていると、
「御園生さん、スローワルツって知っているかしら?」
静音先輩に尋ねられたのだ。
「……ゆっくりなワルツのことですか?」
「えぇ、とてもゆったりとしたワルツなの」
風間先輩はポケットからミュージックプレーヤーを取り出し、小さなスピーカーから大音量で曲を流してくれた。
確かにテンポはゆっくりだけれど……。
「言葉で説明するだけじゃわかんないか。静音、実際に踊って見せたほうが早い」
そう言って、ふたりは私の前で曲に合わせて踊りだしたのだ。
見せられたダンスは去年紅葉祭の後夜祭で見たワルツとは違い、私にも踊れるかもしれない、と思えるほどゆったりとしたダンスだった。
「どうかしら?」
「でも、私は授業に出ていないので、ダンス自体が初めてです。これから覚える私よりも、すでに授業で習っている人のほうがいい得点を得られるんじゃないですか……?」
すると、クラスメイトが後押しをするように声をかけてくれた。
「休み時間や放課後を使って教えるし、今からなら紫苑祭まで二ヶ月近く準備期間があるから大丈夫だよ」と。
それでも、「うん」と答えるには至らなかった。
なぜかというならば、ワルツの曲は毎年決まった曲がかけられることを知っていたから。
そのことを風間先輩に話すと、
「じゃ、曲をスローワルツに変更できたら出てくれる?」
そこまで言われてようやく、私は了承したのだ。
ただ、その時点で私がワルツのメンバーに確定したわけではなく、あくまでも実行委員と体育委員の了承を得られてから。さらには、組の全体集会で話し合って可決されたら、という話だった。
ふたつの委員会を通さなくてはいけないうえ、藤宮の伝統とも言われるワルツ競技の曲を変更するとなれば、先生たちにおうかがいを立てる必要も出てくるかもしれない。
どのみちすぐに答えはでない――そう思っていたところ、結果は翌日に知らされた。
お昼休みの放送、「実行委員からのお知らせ」という形で。
練習することでダンスが上達しても、「笑顔」だけは意識しないとできなかったから。
曲が始まれば身体が勝手に動き出す。そのくらい踊りこんだ自覚はあっても、こんな感覚はそう味わえるものではない。少なくとも私には……。
新鮮な思いでステップを踏めば、そのたびに景色は流れていく。その景色の中にいる人たちに笑顔で挑むような、そんな気持ちでダンスを踊った。
三分のワルツはひどく息が上がる前に終わりを告げる。
ノーミスで踊りきったことに達成感を覚えつつ、
「佐野くん、私、クールダウンしてくる」
断わりを入れると、佐野くんは慌てて私の隣に並んだ。
「俺も付き合う」
「……佐野くん?」
俯きがちな佐野くんの顔を覗き込むと、
「……ノーミスで踊れたしよく動けたと思う。でも、結果は一緒に聞こうよ」
いつもより小さな声で、口の中でもごもごと話すような喋り方。
どうやら、多数決を前に緊張しているらしい。
「な、なんだよっ」
「ううん……。試合慣れしている佐野くんでも緊張、するのね?」
「するだろっ!」
「そっか……そうだよね。……じゃ、付き合ってもらおうかな」
私たちが体育館内を歩き始めたと同時、
「多数決とるから学年ごとに集まって。一年のカウントは飛翔、海斗は二年をお願い」
私と佐野くんは歩きながら緊張の眼差しで集合する人たちを見ていた。
風間先輩がホワイトボードに書き記した「81」という数は、集まった人の数なのだろう。
「今からペアの名前を言うから、一番うまかったと思うペアに手をあげて。最初は――三年の俺ら、風間、唐沢ペアが一番だと思った人」
手は半数以上あがったように見える。
集計した数はホワイトボードに書き出された。その数は「43」。
「四十三人か……。やっべ、すっげー緊張してきた」
「私も……。ダンスを踊る前よりも緊張してるかも」
そんな私たちの心境はお構いなしに次のペアが名前を呼ばれる。
「次。藤宮、簾条ペアが一番うまいと思った人」
ペアの名前が発せられたらその一拍あとには手があがる。
けれども、一拍経っても二拍経っても手があがることはなかった。
桃華さんたちには誰ひとりとして手をあげなかったのだ。
その事実に私と佐野くんは息を呑む。
桃華さんと海斗くんがステップを踏み間違えるとは思えないけれど、何か決定的なミスをしてしまったのだろうか。
信じられない思いで多数決の進行を見守っていると、
「じゃあ、次。佐野、御園生ペアが一番うまいと思った人」
パラパラと手があがり始め、最終的には半数近い手があがった。
次の瞬間には佐野くんと顔を見合わせ笑顔になる。
まだ結果が出たわけではない。それでも、私と佐野くんはこの時点で満足していたと思う。
集計が済みホワイトボードに数が書かれると思ったそのとき、
「そこのふたり、聞いて驚けっ! 三十八人で佐野、御園生ペアが堂々の二位だ!」
私はその場で飛び上がり、佐野くんは大きくガッツポーズをとった。
そんな私たちを見て笑い声や拍手が聞こえてくる。
「佐野くん佐野くんっ、がんばったことが報われるって、こういうことを言うのかなっ?」
「YESっ! そうでしょっ!」
私たちは無邪気に喜びあっていたけれど、多数決はこれで終わったわけではない。
あともう一組を選出しなくてはいけないのだ。
「一位と二位で全員の手があがっちゃったから、残り一枠を決めるための採決とるよ。――藤宮、簾条ペアを支持する人、手あげて」
集まる人ほとんどの手があがり、風間先輩は数えることをやめた。
風間先輩は谷崎さんのもとまで行き、
「これで納得できた?」
「……はい」
「じゃ、みんなの時間をもらったことに対して謝罪しようか? それから、御園生さんと佐野くんにもね」
「はい……」
谷崎さんは目に涙を滲ませたまま身体の向きを変え、その場に集まる人たちに頭を下げた。
その姿を見守っていると、頭を上げた谷崎さんと視線が合う。
谷崎さんは唇をきつく引き結び、悔しさを目に湛えたまま走り出した。
咄嗟にあとを追おうとしたら後ろから手を掴まれ、
「御園生っ」
「ごめん、走らないからっ」
「そうじゃないっ」
え……?
意味をわかりかねて佐野くんの顔を見ると、
「御園生が行ってどうするの?」
どうする……?
「今御園生が行ったところで、谷崎さんはつらいだけじゃない?」
その言葉は冷水のような効果があり、走り出そうとした勢いを殺ぐ力があった。
「意味、わかった?」
「……うん。考えなしに行動するところだった。止めてくれてありがとう……」
そのやり取りを見ていた風間先輩が場を和ませるように、
「大丈夫だよ。パートナーの青木があとを追ったし、ほかにもフォロー要員はいるから」
風間先輩は隣に立つ静音先輩を見やり、
「頼まれてくれるんだろ?」
「頼まれなくっても行くわよ。かわいい後輩だもの」
静音先輩は私と佐野くんを交互に見て、
「佐野くんも御園生さんも、後輩が失礼なことを言ってごめんなさい。谷崎さん、今は無理でも後日謝りに行くと思うの。だから、そのときはよろしくね」
「「はい」」
静音先輩の背中を見送ったあと、風間先輩は腕時計を見ながらぼやく。
「二十分のロス、ね。……ま、二十分で収拾ついたからいいことにしようかな。さて皆の衆よ、そろそろ練習に戻ってもらえるかな? 個人競技に出る人間はすぐに練習再開。ダンスメンバーはヒップホップ、創作ダンスの順で二十分ずつの練習。ワルツのメンバーは見学。はい、始めっ!」
人はすぐに動き始め、体育館はあっという間にいつもの光景を取り戻した。
私たちは体育館の隅に場所を移し、練習風景をぼーっと眺めていた。
自分たちが選出されたことを喜びはしたものの、「後味がいいか悪いか」と訊かれたら、間違っても「いい」と答えることはできない。
きっと、ほかのメンバーも多かれ少なかれ同じようなことを考えているのではないだろうか。だから、誰も口を開かない。そんな気がした。
それでも、明日には気持ちを入れ替えてワルツに臨まなくてはならない。
それを意識すればするほどに、「今さら」感が強くなる。
もっと早くに申し出てくれていたなら、こんな土壇場でどうこうすることはなかったのだ。
ただその場合、間違いなく私と佐野くんのふたりが選考から漏れただろう。
二ヶ月間という練習期間があったからこそ、ここに残ることができたに過ぎない。
どうしたらこの気持ちを切り替えて明日のワルツに挑めるか――
そんなことを考えていたとき、風間先輩が口火を切った。
「やっぱ、佐野くんと御園生さんには謝るべきかな」
「は? なんで風間先輩が俺たちに謝るんですか?」
「ん~……一応全体集会で承認を得てワルツメンバーに決まったわけだけど、『姫』を持ち出したらこういうことが起きるであろうことは予測できたわけで……。それでも、俺たち三年は御園生さんを担ぎ出すことをやめなかった。いわば、三年の陰謀ってやつだよね」
何を言われたのか理解することができず佐野くんや海斗くんに視線をめぐらせたけれど、誰の顔を見ても不思議そうな表情をしていた。
「最初から話すとちょっと長くなるんだけど、四十分もあることだしのんびり聞いてよ」
そんな前置きをすると、風間先輩は胡坐を崩して話し始めた。
「二学期が始まってすぐ、御園生さんと同じ組ってわかったときから、うちのクラスは姫である御園生さんを担ぎだす気満々だったんだよね。副団長を決めるとき、各学年ひとりにしたのも一種策略みたいなもん。海斗たち、一年のころから球技大会の表彰台に御園生さんを必ず上げてただろ? だから、紫苑祭でもそういうポジションに御園生さんを推すであろうことは予測済みだったんだ。結果、三年の目論見どおり事が運んで副団長のお姫様誕生。それから、姫といえばダンスの代表になるのも恒例。ぜひ了承してもらいたかったんだよね」
「でも、翠葉が運動できないって団長は――というより三年は知ってたでしょ?」
海斗くんの質問に風間先輩は頷く。
「まぁね。毎年使われるテンポの速いワルツじゃ無理だろうなぁ、くらいのことは知ってた。そこで静音が提案したのがスローワルツ。本人に直接訊くのが手っ取り早かったんだけど、がっちり囲い込んでから打診するつもりだったから、御園生さんの身体に一番詳しいであろう藤宮のところに確認しにいった。藤宮から得た回答は、スローワルツで短い曲ならおそらく大丈夫。そこまで裏をとってから体育委員と実行委員を抱きこみました。姫を参加させるから曲変えろ、って」
軽快に話す風間先輩に対し、聞いている私たちは誰ひとりとして相槌を打てる人がいない。
もしこの場に静音先輩がいたなら、クスクスと笑いながら相槌を打っていたのかもしれないけれど……。
風間先輩は何を気にすることなく話し続ける。
「つまり、すべてに手を回した状態で御園生さんに打診したんだ。運動はできないし、ワルツも踊れないって断わられるのを前提で」
その日のことはよく覚えている。
組分け発表の翌日、風間先輩と静音先輩が昼休みにやってきたのだ。
「御園生さん、ダンス部門のワルツに出てみない?」
まるでお茶に誘う感じで尋ねられ、
「静音先輩、私、運動は――」
「うん、知ってる。激しい運動は、できないんでしょ?」
風間先輩が言葉を区切って話す意味を考えていると、
「御園生さん、スローワルツって知っているかしら?」
静音先輩に尋ねられたのだ。
「……ゆっくりなワルツのことですか?」
「えぇ、とてもゆったりとしたワルツなの」
風間先輩はポケットからミュージックプレーヤーを取り出し、小さなスピーカーから大音量で曲を流してくれた。
確かにテンポはゆっくりだけれど……。
「言葉で説明するだけじゃわかんないか。静音、実際に踊って見せたほうが早い」
そう言って、ふたりは私の前で曲に合わせて踊りだしたのだ。
見せられたダンスは去年紅葉祭の後夜祭で見たワルツとは違い、私にも踊れるかもしれない、と思えるほどゆったりとしたダンスだった。
「どうかしら?」
「でも、私は授業に出ていないので、ダンス自体が初めてです。これから覚える私よりも、すでに授業で習っている人のほうがいい得点を得られるんじゃないですか……?」
すると、クラスメイトが後押しをするように声をかけてくれた。
「休み時間や放課後を使って教えるし、今からなら紫苑祭まで二ヶ月近く準備期間があるから大丈夫だよ」と。
それでも、「うん」と答えるには至らなかった。
なぜかというならば、ワルツの曲は毎年決まった曲がかけられることを知っていたから。
そのことを風間先輩に話すと、
「じゃ、曲をスローワルツに変更できたら出てくれる?」
そこまで言われてようやく、私は了承したのだ。
ただ、その時点で私がワルツのメンバーに確定したわけではなく、あくまでも実行委員と体育委員の了承を得られてから。さらには、組の全体集会で話し合って可決されたら、という話だった。
ふたつの委員会を通さなくてはいけないうえ、藤宮の伝統とも言われるワルツ競技の曲を変更するとなれば、先生たちにおうかがいを立てる必要も出てくるかもしれない。
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