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September
約束 Side 翠葉 07話
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ベンチに座ると、ツカサがバッグから情報誌を取り出した。
「翠はどんなところへ行きたい?」
情報もなく尋ねられていたら困る質問だっただろう。でも、参考となる資料を与えられてなら困ることはない。
雑誌を広げると、ちょうど今いる公園が載っていた。
「ここ、水族館もあるのね? ツカサ、知ってた?」
「知ってるけど、今は改修工事中。来月にリニューアルオープンらしい」
「……お魚も好き?」
「生き物ならたいていなんでも……」
「じゃぁ、ここの水族館にも来ようね?」
「……翠が行きたい場所を知りたいんだけど」
「え? 私も水族館は好きだよ。青い世界が神秘的で好き」
「ならいいけど……。ほかには?」
雑誌を見ながら、
「フラワーパークにも行ってみたいな……」
「ほかには?」
「プラネタリウムもいいね」
ツカサはバッグから付箋を取り出し雑誌に貼り始めた。
「ほかには?」
「えぇと……この雑誌には載ってないと思うのだけど、県立図書館へも行ってみたい」
ツカサは不思議そうな顔をした。
「高崎さんがね、県立図書館の蔵書がすごいって教えてくれたの。植物の本がたくさんあるって。それから、図書館の隣には植物園があるらしくて、そこも面白いよって」
ツカサは携帯でそれらを検索すると、すかさずブックマークしていた。
「ほかには?」
「ほかほかほか……寺院めぐり、とか?」
「あぁ、それは御園生さんから聞いたことがある。でも、歴史や寺院仏閣が好きなわけじゃないんだろ?」
「うん。時間がゆったりと流れているような場所が好き。だから、有名なところよりも閑散としたところが好き。このあたりだと、支倉にある星谷寺とか薬師寺とか……」
「ほかは?」
「……オルゴール館」
「ほかは?」
「森林浴……」
「ほかは?」
「ツカサっ、次から次へと訊きすぎっ! そんな一気にたくさん出てこないよっ!」
するとツカサは黙り込んでしまった。
そんなツカサの手を取り、
「それにね、毎回どこかへ出かけようとしなくていい。ツカサと一緒にいられたらそれで十分」
ツカサは気まずそうな顔をして、
「翠が良くても俺が困る」
「え……?」
今までしていたことが、ツカサにとっては困ることだったのだろうか。
寝耳に水で、ツカサの顔を覗き込む。と、
「家で会うの、理性保つのに意外と必死なんだけど……」
「そう、なのね……。気づかなかった、ごめん」
掴んだ手を離そうとすると、今度はツカサに握られた。
「いい……待つって言ったのは俺だから」
ツカサは立ち上がり、
「五時を回った。砂浜を歩いて駐車場へ戻ろう」
「うん」
公園から海へ向かうルートを通り砂浜へ出る。しかし、さっきとさほど変わらない砂の中を歩ける気はせず、私たちは波打ち際まで急いで歩いた。
ふたりサンダルを脱ぎ素足で歩く。砂浜に足をうずめながら、隣り合いつつ手をつなぎつつ。
「……先日した約束、なんで反故にされたのか知りたいんだけど」
手に力をこめられたのは気のせいではないだろう。
きっと不安なのだ。ツカサにとって、ものすごく不安なことを訊かれている。
私は同じくらいの力でツカサの手を握り、少し大きめに一歩を踏み出した。
「今までぐらぐらしててごめんね。断言していたのに、ぐらぐらしていてごめんなさい」
ツカサは意味がわからない、というような顔をしていた。
確かに、今の言葉では何も伝わらないだろう。それでも、一番最初にきちんと謝りたかったのだ。
「鎌田くんに告白されたとき、何度告白されても断わるって言ったのにね。それは相手が秋斗さんであっても変わらないはずだったのに、どうしてか同じようには考えられなくなっていて、断わること自体が秋斗さんを拒絶することと勘違いしていたの」
「……今は?」
「今は勘違いしてないよ。雅さんとお話をして、秋斗さんの好意を断わることが秋斗さん自身を拒絶することとはイコールにならないって理解したから。そしたら、何をこんなに悩んでいたのか、と思うくらい気持ちが楽になった」
でも、私が悩んでいる間、ずっとツカサを不安にさせていたのだと思えば申し訳なさが募る。
そろり、とツカサの顔をうかがい見ると、
「……それだけ?」
「……それだけ、ではないかな」
でも、これを言うのは少し勇気がいる。
全部話そうと思っていたけれど、この部分を話すことによって、もっと不安にさせてしまうのではないか、と思うから。
「全部話して」
私はコクリと頷いた。
「ツカサは自分のことを信じられる?」
「……質問が漠然としすぎていて意味がわからないんだけど」
「……すごく単純な話。将来の夢を叶える自信があるか、とか。自分の気持ちを信じることができるか、とか。そういうこと」
「自分が自分を信じなかったら誰が信じてくれるのか知りたいんだけど」
こういう質問に間髪容れずに応えられるツカサが好きで、羨ましくて憧れる。
「私は信じられなかったの。自分の気持ちに不安があったの」
この先を続けることが苦しくて、気持ちに同調した足が少し震えて歩幅が狭まった。
「私、秋斗さんを好きだった時期があるでしょう? それで、今はツカサが好き。この気持ちがいつまで続くのかが不安で、怖くて、そんな思いを少しもてあましてた」
「そんなのっ――」
「ごめんっ」
ツカサが声を荒げる気持ちだってわかる。
こんな気持ち、私よりもツカサのほうが痛いくらいに感じていただろう。だから……だからこそ、認めて白状して許されたかった。
何を言われてもかまわない。事実、それだけのことをしていたのだから。
「先日、雅さんに言われたの。自分が自分を信じないで誰が自分を信じるの、って。目から鱗だった。でも、言われた言葉はストンと胸に落ちた。だから、今は自分の気持ちを信じてる」
私は歩みを止め、ツカサの正面に立った。
「私はツカサが好き……。もう、この気持ちがいつまで続くかなんて考えない。この先もずっとツカサが好き。ほかの人を好きになるつもりはないの」
真っ直ぐに私を見つめる目は、私の気持ちを探っているように見える。そして、口を開いたかと思えば、
「……それ、信じてるって言うんじゃなくて思い込みに見えるけど」
やっぱり手厳しい返答が待っていた。
「今日は意地悪って言えないな……。ね、その境目ってどこにあるのかな? 私、どっちでもいいの。思い込みであっても信じているのであっても。結果が変わらないのなら問題はないかな、って」
開き直っていると思われるだろうか。それでもいい、かな……。
「ツカサ……?」
ツカサはどこか戸惑っているように見えた。
「今までのこと、許してほしいのだけど……許してもらえる?」
訊くと、ツカサは持っていたサンダルを砂浜に落とし、ぎゅっと抱きしめてくれた。
これは、許してくれた、ということでいいのだろうか。
私もツカサに習ってサンダルを離し、ツカサの腰に手を回す。
「ごめんなさい。でも、もう大丈夫だから……。ぐらぐら揺れたりしないから」
「……もし、翠が自分を信じきれないなら、俺が信じる。だから、自分の気持ちに自信が持てないとか言うな」
え……?
「ツカサが信じてくれるの……?」
ツカサの顔を見上げると、
「それで翠の気持ちが揺れずにすむのなら」
「……嬉しい。ツカサが信じてくれるなら、どんなことでもがんばれそう」
嬉しくてツカサに抱きつくと、
「……話戻すけど、今度からは秋兄が何を言ってきてもうろたえない自信があるから約束を反故にした?」
「うん、そういうことになる。……いいかな?」
「わかった。……けど、もしキスをされたり抱きしめられたら――」
「……されたら?」
改めてツカサの顔を見上げると、
「そのときは、翠の気持ちを待たずに翠をもらうから、そのつもりで」
真っ直ぐに私を見る目は冗談ではないことを告げている。
急に崖っぷちに立たされた気分だけれど、
「じゃぁ、絶対にされないようにしないと……」
「俺はどっちでも良くなってきたけど」
ツカサはぷい、と顔を背けた。
そんな仕草は何度となく見たことがある。けれど、言っている内容はいつものツカサとは少し違う気がする。
でも、どんなツカサも私の好きなツカサで……。
「ツカサ、げんきん……」
そう言って私はツカサの腕に自分の腕を絡めた。
それが合図となり、ふたり新たに歩き始める。
チラ、と後ろを振り返ると、砂浜にはふたりの足跡が残っていた。
その足跡が愛おしく思えて、私はツカサに断わり写真におさめた。
撮った写真をディスプレイに表示させると、
「夕陽……?」
「ううん、足跡」
ツカサは改めて振り返り、数秒してから、
「その画像、あとで転送して」
「え……?」
「……携帯の待ち受けにしたいから」
どこか恥ずかしそうに申し出るツカサがかわいく思えて、私は「うん」と頷いた。
「翠はどんなところへ行きたい?」
情報もなく尋ねられていたら困る質問だっただろう。でも、参考となる資料を与えられてなら困ることはない。
雑誌を広げると、ちょうど今いる公園が載っていた。
「ここ、水族館もあるのね? ツカサ、知ってた?」
「知ってるけど、今は改修工事中。来月にリニューアルオープンらしい」
「……お魚も好き?」
「生き物ならたいていなんでも……」
「じゃぁ、ここの水族館にも来ようね?」
「……翠が行きたい場所を知りたいんだけど」
「え? 私も水族館は好きだよ。青い世界が神秘的で好き」
「ならいいけど……。ほかには?」
雑誌を見ながら、
「フラワーパークにも行ってみたいな……」
「ほかには?」
「プラネタリウムもいいね」
ツカサはバッグから付箋を取り出し雑誌に貼り始めた。
「ほかには?」
「えぇと……この雑誌には載ってないと思うのだけど、県立図書館へも行ってみたい」
ツカサは不思議そうな顔をした。
「高崎さんがね、県立図書館の蔵書がすごいって教えてくれたの。植物の本がたくさんあるって。それから、図書館の隣には植物園があるらしくて、そこも面白いよって」
ツカサは携帯でそれらを検索すると、すかさずブックマークしていた。
「ほかには?」
「ほかほかほか……寺院めぐり、とか?」
「あぁ、それは御園生さんから聞いたことがある。でも、歴史や寺院仏閣が好きなわけじゃないんだろ?」
「うん。時間がゆったりと流れているような場所が好き。だから、有名なところよりも閑散としたところが好き。このあたりだと、支倉にある星谷寺とか薬師寺とか……」
「ほかは?」
「……オルゴール館」
「ほかは?」
「森林浴……」
「ほかは?」
「ツカサっ、次から次へと訊きすぎっ! そんな一気にたくさん出てこないよっ!」
するとツカサは黙り込んでしまった。
そんなツカサの手を取り、
「それにね、毎回どこかへ出かけようとしなくていい。ツカサと一緒にいられたらそれで十分」
ツカサは気まずそうな顔をして、
「翠が良くても俺が困る」
「え……?」
今までしていたことが、ツカサにとっては困ることだったのだろうか。
寝耳に水で、ツカサの顔を覗き込む。と、
「家で会うの、理性保つのに意外と必死なんだけど……」
「そう、なのね……。気づかなかった、ごめん」
掴んだ手を離そうとすると、今度はツカサに握られた。
「いい……待つって言ったのは俺だから」
ツカサは立ち上がり、
「五時を回った。砂浜を歩いて駐車場へ戻ろう」
「うん」
公園から海へ向かうルートを通り砂浜へ出る。しかし、さっきとさほど変わらない砂の中を歩ける気はせず、私たちは波打ち際まで急いで歩いた。
ふたりサンダルを脱ぎ素足で歩く。砂浜に足をうずめながら、隣り合いつつ手をつなぎつつ。
「……先日した約束、なんで反故にされたのか知りたいんだけど」
手に力をこめられたのは気のせいではないだろう。
きっと不安なのだ。ツカサにとって、ものすごく不安なことを訊かれている。
私は同じくらいの力でツカサの手を握り、少し大きめに一歩を踏み出した。
「今までぐらぐらしててごめんね。断言していたのに、ぐらぐらしていてごめんなさい」
ツカサは意味がわからない、というような顔をしていた。
確かに、今の言葉では何も伝わらないだろう。それでも、一番最初にきちんと謝りたかったのだ。
「鎌田くんに告白されたとき、何度告白されても断わるって言ったのにね。それは相手が秋斗さんであっても変わらないはずだったのに、どうしてか同じようには考えられなくなっていて、断わること自体が秋斗さんを拒絶することと勘違いしていたの」
「……今は?」
「今は勘違いしてないよ。雅さんとお話をして、秋斗さんの好意を断わることが秋斗さん自身を拒絶することとはイコールにならないって理解したから。そしたら、何をこんなに悩んでいたのか、と思うくらい気持ちが楽になった」
でも、私が悩んでいる間、ずっとツカサを不安にさせていたのだと思えば申し訳なさが募る。
そろり、とツカサの顔をうかがい見ると、
「……それだけ?」
「……それだけ、ではないかな」
でも、これを言うのは少し勇気がいる。
全部話そうと思っていたけれど、この部分を話すことによって、もっと不安にさせてしまうのではないか、と思うから。
「全部話して」
私はコクリと頷いた。
「ツカサは自分のことを信じられる?」
「……質問が漠然としすぎていて意味がわからないんだけど」
「……すごく単純な話。将来の夢を叶える自信があるか、とか。自分の気持ちを信じることができるか、とか。そういうこと」
「自分が自分を信じなかったら誰が信じてくれるのか知りたいんだけど」
こういう質問に間髪容れずに応えられるツカサが好きで、羨ましくて憧れる。
「私は信じられなかったの。自分の気持ちに不安があったの」
この先を続けることが苦しくて、気持ちに同調した足が少し震えて歩幅が狭まった。
「私、秋斗さんを好きだった時期があるでしょう? それで、今はツカサが好き。この気持ちがいつまで続くのかが不安で、怖くて、そんな思いを少しもてあましてた」
「そんなのっ――」
「ごめんっ」
ツカサが声を荒げる気持ちだってわかる。
こんな気持ち、私よりもツカサのほうが痛いくらいに感じていただろう。だから……だからこそ、認めて白状して許されたかった。
何を言われてもかまわない。事実、それだけのことをしていたのだから。
「先日、雅さんに言われたの。自分が自分を信じないで誰が自分を信じるの、って。目から鱗だった。でも、言われた言葉はストンと胸に落ちた。だから、今は自分の気持ちを信じてる」
私は歩みを止め、ツカサの正面に立った。
「私はツカサが好き……。もう、この気持ちがいつまで続くかなんて考えない。この先もずっとツカサが好き。ほかの人を好きになるつもりはないの」
真っ直ぐに私を見つめる目は、私の気持ちを探っているように見える。そして、口を開いたかと思えば、
「……それ、信じてるって言うんじゃなくて思い込みに見えるけど」
やっぱり手厳しい返答が待っていた。
「今日は意地悪って言えないな……。ね、その境目ってどこにあるのかな? 私、どっちでもいいの。思い込みであっても信じているのであっても。結果が変わらないのなら問題はないかな、って」
開き直っていると思われるだろうか。それでもいい、かな……。
「ツカサ……?」
ツカサはどこか戸惑っているように見えた。
「今までのこと、許してほしいのだけど……許してもらえる?」
訊くと、ツカサは持っていたサンダルを砂浜に落とし、ぎゅっと抱きしめてくれた。
これは、許してくれた、ということでいいのだろうか。
私もツカサに習ってサンダルを離し、ツカサの腰に手を回す。
「ごめんなさい。でも、もう大丈夫だから……。ぐらぐら揺れたりしないから」
「……もし、翠が自分を信じきれないなら、俺が信じる。だから、自分の気持ちに自信が持てないとか言うな」
え……?
「ツカサが信じてくれるの……?」
ツカサの顔を見上げると、
「それで翠の気持ちが揺れずにすむのなら」
「……嬉しい。ツカサが信じてくれるなら、どんなことでもがんばれそう」
嬉しくてツカサに抱きつくと、
「……話戻すけど、今度からは秋兄が何を言ってきてもうろたえない自信があるから約束を反故にした?」
「うん、そういうことになる。……いいかな?」
「わかった。……けど、もしキスをされたり抱きしめられたら――」
「……されたら?」
改めてツカサの顔を見上げると、
「そのときは、翠の気持ちを待たずに翠をもらうから、そのつもりで」
真っ直ぐに私を見る目は冗談ではないことを告げている。
急に崖っぷちに立たされた気分だけれど、
「じゃぁ、絶対にされないようにしないと……」
「俺はどっちでも良くなってきたけど」
ツカサはぷい、と顔を背けた。
そんな仕草は何度となく見たことがある。けれど、言っている内容はいつものツカサとは少し違う気がする。
でも、どんなツカサも私の好きなツカサで……。
「ツカサ、げんきん……」
そう言って私はツカサの腕に自分の腕を絡めた。
それが合図となり、ふたり新たに歩き始める。
チラ、と後ろを振り返ると、砂浜にはふたりの足跡が残っていた。
その足跡が愛おしく思えて、私はツカサに断わり写真におさめた。
撮った写真をディスプレイに表示させると、
「夕陽……?」
「ううん、足跡」
ツカサは改めて振り返り、数秒してから、
「その画像、あとで転送して」
「え……?」
「……携帯の待ち受けにしたいから」
どこか恥ずかしそうに申し出るツカサがかわいく思えて、私は「うん」と頷いた。
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