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April(翠葉:高校2年生)
ふたりの関係 Side 司 01話
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「ツカサ……」
「何」
「私たち、一緒にいて何を話してたかな?」
「は?」
入学式の準備を終えた今、俺は翠に何を尋ねられているのだろう。
翠に話しかけたのは自分。体調に関するやりとりを二、三したあと、何をどうしたらこんな話に飛躍するのか……。
「ううん、ただ訊いてみただけ」
「あっそ……」
翠の思考は相変わらず読めない。そう思った次の瞬間、
「もうひとつ訊いてもいい?」
まだ何か質問事項があるらしい。少しの心構えをして臨んだものの、
「私たち、付き合っているの?」
少しではまったく足りなかった。
翠のきょとんとした目が俺を見上げる。俺は言葉を返すこともできず、まじまじと翠を見下ろしていた。俺の視線に何を感じ取ったのか、
「そうだよね。私もサザナミくんや嵐子先輩に訊かれてびっくりしちゃった」
翠はひとり自己完結させる。
……ちょっと待て。何がどうしてこの質問だったのかも疑問だが、それ以前に付き合っているのかって……。
翠は、俺が好きでもない人間を抱きしめ口付けると思っているのだろうか。あの日、気持ちが通じた気がしたのは気のせいだったのか?
翠の小さな頭を見ながら歩いていると、
「今日、このあとは部活?」
「……そうだけど」
「じゃ、早く行かなくちゃだね」
さっきまでの会話はなんだったのか、と口を挟む間もなく話を切り上げられた。
翠が何も考えずにあんなことを口にするとは思わない。でも、何がどうして、という疑問を自力では解けそうになかった。
この奇妙な生き物をもう少し観察していたくて、
「……翠の予定がないならこのあと少し付き合って」
「え?」
「さっきの予算案、パソコンに入力してプリントアウトするから」
「……うん、わかった」
生徒会の仕事を理由に、時間をもらうことにした。
入学式の準備は昼過ぎには終わる予定だった。ということは、翠は弁当を持ってきてはいないだろう。
とくに確認するでもなく食堂で学食を買って図書室へ戻り、かばんから弁当箱を取り出すと、
「両方食べるの?」
びっくりした目が俺を見ていた。
「まさか……。翠は今日弁当持ってきてないだろ?」
「うん」
「弁当は翠が食べていい」
「えっ……もしかしてそのために学食でオーダーしたの?」
「そうだけど……」
それ以外に何があると……?
「言ってくれれば良かったのにっ。私、まだお腹空いてないし大丈夫だったのに」
「……もう一時半。お腹が空いてなくても何か食べるべき」
「でも……私、これ全部は食べられないよ?」
「言われなくてもわかってる。食べられる分だけ食べればいい。残した分は俺が食べる」
「……ありがとう」
翠はおずおずと手を伸ばし、俺の弁当箱を広げ始めた。
普段どんな話をしていたって、こんな話ばかりな気がする。体調がどうだとかご飯がどうだとか……。いや――基本、あまり会話はしていないのかもしれない。
昼休みに弁当を食べに行くからといって、何を話すでもなかった。目の前で翠が何かを口にする姿に安堵する。いわば、確認のようなもので……。
言葉を交わさなくても、目の届く場所にいてくれさえすればそれで良かった。それは俺が、という話で翠がどう思っているのかは知らないけれど。
考えれば考えるほどに謎は深まる。
ふたり共通の会話って――
「最近秋兄に会った?」
口にして後悔。何も秋兄の話をしなくてもよかったはずだ。
咄嗟に思いついたのが秋兄だっただけだと思おうとしたものの、その時点で最悪を極めている。
すぐに出てくる話題がほかにないとわかれば、話題の乏しさを痛感せざるを得ない。追い討ちをかけるように、
「ほとんど毎日会ってるよ?」
翠の答えに瞠目した。
「なんで毎日?」
「唯兄が夕飯に戻ってくるとき、たいていは秋斗さんも一緒に来るの。だから、三月末からかな? 土日以外は一緒に夕飯を食べることが多いよ」
「……ふーん」
図書棟を引き払い、マンションで仕事を始めたことは知っていた。けど、マンションで翠と秋兄が会う確率はそれほど高くないと思っていただけに、この展開は予想外。
「……それがどうかした?」
「別に」
面白くないとは言えなかった。
「……来週にある模試の準備は?」
「少しずつやってはいるけど……」
こちらをうかがう目に隙を見つける。
「必要があるなら見るけど?」
「嬉しいっ!」
「……そんなに自信がないわけ?」
「ツカサほどの自信を持ち合わせている人はそうそういないと思うの……」
こういう切り返し方が翠だと思う。
いつもと変わらない会話にほっとすると、あとは無言で昼食を摂り、ついでのような仕事を済ませて翠と別れた。
翠に尋ねられた件を後日に持ち越すことになるとは思いもせずに――
「何」
「私たち、一緒にいて何を話してたかな?」
「は?」
入学式の準備を終えた今、俺は翠に何を尋ねられているのだろう。
翠に話しかけたのは自分。体調に関するやりとりを二、三したあと、何をどうしたらこんな話に飛躍するのか……。
「ううん、ただ訊いてみただけ」
「あっそ……」
翠の思考は相変わらず読めない。そう思った次の瞬間、
「もうひとつ訊いてもいい?」
まだ何か質問事項があるらしい。少しの心構えをして臨んだものの、
「私たち、付き合っているの?」
少しではまったく足りなかった。
翠のきょとんとした目が俺を見上げる。俺は言葉を返すこともできず、まじまじと翠を見下ろしていた。俺の視線に何を感じ取ったのか、
「そうだよね。私もサザナミくんや嵐子先輩に訊かれてびっくりしちゃった」
翠はひとり自己完結させる。
……ちょっと待て。何がどうしてこの質問だったのかも疑問だが、それ以前に付き合っているのかって……。
翠は、俺が好きでもない人間を抱きしめ口付けると思っているのだろうか。あの日、気持ちが通じた気がしたのは気のせいだったのか?
翠の小さな頭を見ながら歩いていると、
「今日、このあとは部活?」
「……そうだけど」
「じゃ、早く行かなくちゃだね」
さっきまでの会話はなんだったのか、と口を挟む間もなく話を切り上げられた。
翠が何も考えずにあんなことを口にするとは思わない。でも、何がどうして、という疑問を自力では解けそうになかった。
この奇妙な生き物をもう少し観察していたくて、
「……翠の予定がないならこのあと少し付き合って」
「え?」
「さっきの予算案、パソコンに入力してプリントアウトするから」
「……うん、わかった」
生徒会の仕事を理由に、時間をもらうことにした。
入学式の準備は昼過ぎには終わる予定だった。ということは、翠は弁当を持ってきてはいないだろう。
とくに確認するでもなく食堂で学食を買って図書室へ戻り、かばんから弁当箱を取り出すと、
「両方食べるの?」
びっくりした目が俺を見ていた。
「まさか……。翠は今日弁当持ってきてないだろ?」
「うん」
「弁当は翠が食べていい」
「えっ……もしかしてそのために学食でオーダーしたの?」
「そうだけど……」
それ以外に何があると……?
「言ってくれれば良かったのにっ。私、まだお腹空いてないし大丈夫だったのに」
「……もう一時半。お腹が空いてなくても何か食べるべき」
「でも……私、これ全部は食べられないよ?」
「言われなくてもわかってる。食べられる分だけ食べればいい。残した分は俺が食べる」
「……ありがとう」
翠はおずおずと手を伸ばし、俺の弁当箱を広げ始めた。
普段どんな話をしていたって、こんな話ばかりな気がする。体調がどうだとかご飯がどうだとか……。いや――基本、あまり会話はしていないのかもしれない。
昼休みに弁当を食べに行くからといって、何を話すでもなかった。目の前で翠が何かを口にする姿に安堵する。いわば、確認のようなもので……。
言葉を交わさなくても、目の届く場所にいてくれさえすればそれで良かった。それは俺が、という話で翠がどう思っているのかは知らないけれど。
考えれば考えるほどに謎は深まる。
ふたり共通の会話って――
「最近秋兄に会った?」
口にして後悔。何も秋兄の話をしなくてもよかったはずだ。
咄嗟に思いついたのが秋兄だっただけだと思おうとしたものの、その時点で最悪を極めている。
すぐに出てくる話題がほかにないとわかれば、話題の乏しさを痛感せざるを得ない。追い討ちをかけるように、
「ほとんど毎日会ってるよ?」
翠の答えに瞠目した。
「なんで毎日?」
「唯兄が夕飯に戻ってくるとき、たいていは秋斗さんも一緒に来るの。だから、三月末からかな? 土日以外は一緒に夕飯を食べることが多いよ」
「……ふーん」
図書棟を引き払い、マンションで仕事を始めたことは知っていた。けど、マンションで翠と秋兄が会う確率はそれほど高くないと思っていただけに、この展開は予想外。
「……それがどうかした?」
「別に」
面白くないとは言えなかった。
「……来週にある模試の準備は?」
「少しずつやってはいるけど……」
こちらをうかがう目に隙を見つける。
「必要があるなら見るけど?」
「嬉しいっ!」
「……そんなに自信がないわけ?」
「ツカサほどの自信を持ち合わせている人はそうそういないと思うの……」
こういう切り返し方が翠だと思う。
いつもと変わらない会話にほっとすると、あとは無言で昼食を摂り、ついでのような仕事を済ませて翠と別れた。
翠に尋ねられた件を後日に持ち越すことになるとは思いもせずに――
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