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March
未来の約束 Side 翠葉 01話
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それは三ヶ月前の出来事――
年越し初詣で日の出を見た帰り、私はツカサの警護斑に送られ幸倉の自宅へ帰宅した。
車を降りて家の前で別れるのだろうと思っていたのは私。けれどツカサは、当然のように車から降り、玄関のインターホンを押したのだ。
「新年の挨拶?」
「それもあるけど、もっと大切な用があるだろ?」
そう言ったツカサは、ひどく真剣な顔をしていた。
「大切な用って……?」とたずねる前にドアが開いて、事前に訊くことはかなわなかった。
両親はというと、まさかインターホンを鳴らして帰宅するとは思っていなかったようで、とても不思議そうな顔をして出てきた。
「あら、司くん」
「朝早くにすみません」
「そんなこと気にしないで? そうね、まずは新年の挨拶かしら……時間に余裕があるなら上がって?」
お母さんの言葉に促され、私たちは家へ上がった。
リビングへ通されるなりツカサは、
「明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします」
とても丁寧に腰を折った。
それを受けた両親も、同様の挨拶を返す。
挨拶が終わると微妙な間が流れた。
ツカサが何か話そうとしているのを察したお父さんは、
「まぁ、座ってよ」
と、ソファへ掛けるように促し、お母さんはお茶を淹れに行った。
少ししてお母さんが戻ってくると、私たちの前には梅昆布茶に金箔が浮かべられたお湯のみが出される。
これは我が家のお正月に出されるお茶なのだ。
お母さんが向かいのソファに腰掛けると、それが合図のようにツカサが口を開いた。
「先ほど、翠と結婚の約束をしました。自分が大学を卒業したら、すぐに籍を入れるつもりです。つきましては、自分の高校卒業と同時に正式に婚約をしたく、ご了承をいただきに参りました。翠葉さんと結婚させてください」
とても簡潔でストレートな申し出に、私も驚いたけれど両親はもっと驚いていた。
目を見開いたのはお父さんもお母さんも同じだったけれど、その次の動作はちょっと違った。
お母さんが動きを止めたのに対し、お父さんはテーブルから少し身を引いた。
そんなふたりを見て、「まだ早い」と反対されるのではないかと思う。
ツカサはというと、真剣な表情を崩すことなく、じっと両親の反応を、言葉を待っていた。
けれども、なかなか反応が返ってこないことに焦りを覚えたのか、
「まだ未熟だと言われればそれまでです。ですが六年後には必ず、翠を支えられるだけの人間になるとお約束します。ですから、どうかお許しいただけないでしょうか」
畳み掛けるように言葉を継ぎ足すと、お父さんがとても深いため息を、長く長く吐き出した。
「いやー……いつか来ると思ってたよね。うん、思ってた思ってた。でも、実際に来ると結構堪えるもんだなぁ……」
こんな返事ではいいのか悪いのかわからない。けれど、とてもお父さんらしい反応ではあって……。
お母さんはというと、そんなお父さんを見てクスクスと笑いだしていた。
「れーい、それじゃ返事になってないわ」
「あ、そうかそうか……」
お父さんは右手で顎をさすりながら、
「藤宮は高校卒業と同時に縁談がしこたまやってくるもんね。でも、婚約者がいればそれもまた違ってくる。狙いはそのあたり?」
「正直に話せばそれもあります。ですが、それが目的ではありません。あくまでも、翠との将来を約束したいがための申し出です」
お父さんはツカサと目を合わせたまましばらく黙っていた。
やっぱり反対される……?
不安に思ってお母さんを見ると、お母さんはとても穏やかな表情でツカサを見ていた。
再度お父さんに視線を戻すと、
「碧さーん……俺、司くんに勝てる気がまったくしないんですが、負けちゃってもいいですかね?」
「そうねぇ……かなり手強いことは確かね。でも、負けたところで翠葉が不幸になるわけじゃないのだから、いいんじゃない?」
ツカサはとても真剣に申し込んでいるというのに、うちの両親ときたら――
両者の温度差に私がヒヤヒヤする。でも、隣のツカサは相も変わらず冷静で、
「それでは、認めていただけるということでよろしいでしょうか」
と話を詰めだすしだい。
「いいよ、認めよう。……っていうか、本当にいつ来るかいつ来るかって思っていたからね」
そう言うお父さんは苦々しくも笑顔で答えた。
「一昨年、翠葉が手術を受けたあと、司くんがうちを訪ねてきたときからこんな日が来る予感はしてたんだ。国外逃亡を企てていた秋斗くんを翠葉が引き止めに行けたのは、何が起こっても必ず収拾してやるっていう司くんの気概あってのもので、あのときに、この子になら娘を任せられるかな、って思っちゃったんだよね。……そのときから、今日みたいな日が来ることは常に予想していたんだ」
「右に同じく。司くんになら翠葉を任せられる。でも……知ってるとは思うけど、うちの子はとっても手がかかるわよ?」
「それも承知の上です」
意外すぎる両親の反応に、私はただただ呆気にとられていた。
「それはそうと、司くんのご両親は納得なさってるのかしら? 会長は?」
「両親には最初からそのつもりで交際していることを伝えてありますし、祖父に文句を言われる筋合いはありません」
お父さんとお母さんは顔を見合わせ吹き出す。
「元さん相手にこう言えちゃうあたりが司くんだよな」
「本当! 実の孫であっても頭が上がらないものかと思っていたけど、違うみたいね?」
「でもさでもさ、反対されたらどうするの?」
好奇心旺盛なお父さんの質問にツカサは、
「黙らせる一択ですね」
にこりと笑ったツカサに言葉を失ったのは私だけで、向かいに座る両親はお腹を抱えて笑いだした。
笑いがおさまったころ、お父さんが改まった顔で口を開く。
「でも、今婚約しても結婚まで六年間ある。その間には色んなことが起きると思うんだよね。それぞれ人との出逢いもあれば、ケンカしたりすれ違ったりすることもあるだろう。そのときは、婚約を解消するも何も、すべて自分たちでケリをつけられるかい?」
「翠にも言いましたが、この先どんな人間と出逢おうが、翠以外の女性に惹かれることも求婚することもあり得ません。それから、ケンカやすれ違いは恐らく起こるでしょう。でも、それらすべて乗り越えて結婚します」
まるで宣誓のようなそれに、やっぱり私は呆気にとられるしかなくて、改めてツカサの覚悟を見せ付けられた気がした。
「そう言い切れちゃうところに若さを感じなくもないけれど――司くん、娘を、翠葉をよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。自分の高校卒業後に婚約を正式なものにするために両家揃っての会食を行いたいのですが、碧さんと零樹さんのご都合をおうかがいしてもよろしいでしょうか」
えっ、そこまで話を詰めるのっ!?
驚いたのは私ひとり。正面に座る両親は慌てる素振りも見せず、ふたり一様にスケジュール帳を確認し始める。
「うちは自営業だから土日にも仕事が入るのだけど……涼先生は土日休みよね?」
「司くんの卒業後って言ったら――俺のほうは三月十五日ならOK。碧は?」
「あ、私もその日はフリー。しかも大安!」
「では三月十五日に両家顔合わせということでよろしいでしょうか。場所はウィステリアホテルのレストラン、個室を押さえようと思っています。時間は追ってご連絡いたします」
「あ、司くん、後日服装の件をお母様にご相談させていただきたいのだけど、自宅の電話番号、もしくはお母様の携帯電話の番号をおうかがいしてもいいかしら?」
「はい」
ツカサはお母さんに差し出された手帳に、自宅の電話番号と真白さんの携帯番号を記し、ついでのように涼先生と自分の携帯番号を書き足した。
「さ、君はこのあと本家で新年会だろう?」
「はい」
「用件はわかったから、もう帰りなさい」
「お言葉に甘えて、失礼させていただきます」
そう言うと、ツカサは出されたお茶を一気に飲み干して、「ごちそうさまでした」と口にして席を立った。
お父さんとお母さんは玄関で見送り、私は玄関の外まで見送りに出た。
「なんかずっとぼけっとした顔してたけど?」
ツカサに言われてはっとする。
「だ、だって――まさかここまで話を詰めるとは思ってもみなかったから……」
「そりゃ、翠があとに引ける状況なんてとっととなくすに決まってるだろ?」
真顔で言われて固まる。
「っていうのは冗談だけど、これでもう少し現実味がわいたんじゃない?」
そんな言い方が妙にツカサらしくて、思わず笑みが漏れた。
「うん。だいぶ現実味がわきました」
「それは何より」
これがプロポーズされたその日にあった出来事だった――
年越し初詣で日の出を見た帰り、私はツカサの警護斑に送られ幸倉の自宅へ帰宅した。
車を降りて家の前で別れるのだろうと思っていたのは私。けれどツカサは、当然のように車から降り、玄関のインターホンを押したのだ。
「新年の挨拶?」
「それもあるけど、もっと大切な用があるだろ?」
そう言ったツカサは、ひどく真剣な顔をしていた。
「大切な用って……?」とたずねる前にドアが開いて、事前に訊くことはかなわなかった。
両親はというと、まさかインターホンを鳴らして帰宅するとは思っていなかったようで、とても不思議そうな顔をして出てきた。
「あら、司くん」
「朝早くにすみません」
「そんなこと気にしないで? そうね、まずは新年の挨拶かしら……時間に余裕があるなら上がって?」
お母さんの言葉に促され、私たちは家へ上がった。
リビングへ通されるなりツカサは、
「明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします」
とても丁寧に腰を折った。
それを受けた両親も、同様の挨拶を返す。
挨拶が終わると微妙な間が流れた。
ツカサが何か話そうとしているのを察したお父さんは、
「まぁ、座ってよ」
と、ソファへ掛けるように促し、お母さんはお茶を淹れに行った。
少ししてお母さんが戻ってくると、私たちの前には梅昆布茶に金箔が浮かべられたお湯のみが出される。
これは我が家のお正月に出されるお茶なのだ。
お母さんが向かいのソファに腰掛けると、それが合図のようにツカサが口を開いた。
「先ほど、翠と結婚の約束をしました。自分が大学を卒業したら、すぐに籍を入れるつもりです。つきましては、自分の高校卒業と同時に正式に婚約をしたく、ご了承をいただきに参りました。翠葉さんと結婚させてください」
とても簡潔でストレートな申し出に、私も驚いたけれど両親はもっと驚いていた。
目を見開いたのはお父さんもお母さんも同じだったけれど、その次の動作はちょっと違った。
お母さんが動きを止めたのに対し、お父さんはテーブルから少し身を引いた。
そんなふたりを見て、「まだ早い」と反対されるのではないかと思う。
ツカサはというと、真剣な表情を崩すことなく、じっと両親の反応を、言葉を待っていた。
けれども、なかなか反応が返ってこないことに焦りを覚えたのか、
「まだ未熟だと言われればそれまでです。ですが六年後には必ず、翠を支えられるだけの人間になるとお約束します。ですから、どうかお許しいただけないでしょうか」
畳み掛けるように言葉を継ぎ足すと、お父さんがとても深いため息を、長く長く吐き出した。
「いやー……いつか来ると思ってたよね。うん、思ってた思ってた。でも、実際に来ると結構堪えるもんだなぁ……」
こんな返事ではいいのか悪いのかわからない。けれど、とてもお父さんらしい反応ではあって……。
お母さんはというと、そんなお父さんを見てクスクスと笑いだしていた。
「れーい、それじゃ返事になってないわ」
「あ、そうかそうか……」
お父さんは右手で顎をさすりながら、
「藤宮は高校卒業と同時に縁談がしこたまやってくるもんね。でも、婚約者がいればそれもまた違ってくる。狙いはそのあたり?」
「正直に話せばそれもあります。ですが、それが目的ではありません。あくまでも、翠との将来を約束したいがための申し出です」
お父さんはツカサと目を合わせたまましばらく黙っていた。
やっぱり反対される……?
不安に思ってお母さんを見ると、お母さんはとても穏やかな表情でツカサを見ていた。
再度お父さんに視線を戻すと、
「碧さーん……俺、司くんに勝てる気がまったくしないんですが、負けちゃってもいいですかね?」
「そうねぇ……かなり手強いことは確かね。でも、負けたところで翠葉が不幸になるわけじゃないのだから、いいんじゃない?」
ツカサはとても真剣に申し込んでいるというのに、うちの両親ときたら――
両者の温度差に私がヒヤヒヤする。でも、隣のツカサは相も変わらず冷静で、
「それでは、認めていただけるということでよろしいでしょうか」
と話を詰めだすしだい。
「いいよ、認めよう。……っていうか、本当にいつ来るかいつ来るかって思っていたからね」
そう言うお父さんは苦々しくも笑顔で答えた。
「一昨年、翠葉が手術を受けたあと、司くんがうちを訪ねてきたときからこんな日が来る予感はしてたんだ。国外逃亡を企てていた秋斗くんを翠葉が引き止めに行けたのは、何が起こっても必ず収拾してやるっていう司くんの気概あってのもので、あのときに、この子になら娘を任せられるかな、って思っちゃったんだよね。……そのときから、今日みたいな日が来ることは常に予想していたんだ」
「右に同じく。司くんになら翠葉を任せられる。でも……知ってるとは思うけど、うちの子はとっても手がかかるわよ?」
「それも承知の上です」
意外すぎる両親の反応に、私はただただ呆気にとられていた。
「それはそうと、司くんのご両親は納得なさってるのかしら? 会長は?」
「両親には最初からそのつもりで交際していることを伝えてありますし、祖父に文句を言われる筋合いはありません」
お父さんとお母さんは顔を見合わせ吹き出す。
「元さん相手にこう言えちゃうあたりが司くんだよな」
「本当! 実の孫であっても頭が上がらないものかと思っていたけど、違うみたいね?」
「でもさでもさ、反対されたらどうするの?」
好奇心旺盛なお父さんの質問にツカサは、
「黙らせる一択ですね」
にこりと笑ったツカサに言葉を失ったのは私だけで、向かいに座る両親はお腹を抱えて笑いだした。
笑いがおさまったころ、お父さんが改まった顔で口を開く。
「でも、今婚約しても結婚まで六年間ある。その間には色んなことが起きると思うんだよね。それぞれ人との出逢いもあれば、ケンカしたりすれ違ったりすることもあるだろう。そのときは、婚約を解消するも何も、すべて自分たちでケリをつけられるかい?」
「翠にも言いましたが、この先どんな人間と出逢おうが、翠以外の女性に惹かれることも求婚することもあり得ません。それから、ケンカやすれ違いは恐らく起こるでしょう。でも、それらすべて乗り越えて結婚します」
まるで宣誓のようなそれに、やっぱり私は呆気にとられるしかなくて、改めてツカサの覚悟を見せ付けられた気がした。
「そう言い切れちゃうところに若さを感じなくもないけれど――司くん、娘を、翠葉をよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。自分の高校卒業後に婚約を正式なものにするために両家揃っての会食を行いたいのですが、碧さんと零樹さんのご都合をおうかがいしてもよろしいでしょうか」
えっ、そこまで話を詰めるのっ!?
驚いたのは私ひとり。正面に座る両親は慌てる素振りも見せず、ふたり一様にスケジュール帳を確認し始める。
「うちは自営業だから土日にも仕事が入るのだけど……涼先生は土日休みよね?」
「司くんの卒業後って言ったら――俺のほうは三月十五日ならOK。碧は?」
「あ、私もその日はフリー。しかも大安!」
「では三月十五日に両家顔合わせということでよろしいでしょうか。場所はウィステリアホテルのレストラン、個室を押さえようと思っています。時間は追ってご連絡いたします」
「あ、司くん、後日服装の件をお母様にご相談させていただきたいのだけど、自宅の電話番号、もしくはお母様の携帯電話の番号をおうかがいしてもいいかしら?」
「はい」
ツカサはお母さんに差し出された手帳に、自宅の電話番号と真白さんの携帯番号を記し、ついでのように涼先生と自分の携帯番号を書き足した。
「さ、君はこのあと本家で新年会だろう?」
「はい」
「用件はわかったから、もう帰りなさい」
「お言葉に甘えて、失礼させていただきます」
そう言うと、ツカサは出されたお茶を一気に飲み干して、「ごちそうさまでした」と口にして席を立った。
お父さんとお母さんは玄関で見送り、私は玄関の外まで見送りに出た。
「なんかずっとぼけっとした顔してたけど?」
ツカサに言われてはっとする。
「だ、だって――まさかここまで話を詰めるとは思ってもみなかったから……」
「そりゃ、翠があとに引ける状況なんてとっととなくすに決まってるだろ?」
真顔で言われて固まる。
「っていうのは冗談だけど、これでもう少し現実味がわいたんじゃない?」
そんな言い方が妙にツカサらしくて、思わず笑みが漏れた。
「うん。だいぶ現実味がわきました」
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