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March
笑った顔が見たくて Side 司 01話
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いつもの時間に目が覚めて、ベッド際の出窓から今日の天気を確認する。
まだ少し薄暗いが、曇っているというわけではなさそうだ。
「この感じは晴れ……」
昨夜の天気予報でも降水確率は零パーセントとのことだったし、間違いはないだろう。
シャワーを浴びてから一階へ下りると、すでに起きて朝食の用意をしていた母さんに声をかけられた。
「おはよう! 今日も早いのね?」
「今日で最後だから、道場に寄ってから行く」
「司は本当に弓道が好きね」
クスクスと笑う母さんは、
「大学へ行っても弓道は続けるの?」
何気なく訊かれた問いに少し考える。
「まだ決めてない。弓を持ちたくなれば高等部の道場を使わせてもらうこともできるし、わざわざサークルや部に入るまでもないかなとは思ってる」
「そう……。あっ、卒業式では答辞を読むのでしょう? 今日は涼さんも半休を取ってくださっているから一緒に行くわね!」
まるでデートにでも出かけるようなテンションの高さ。
息子の卒業式ってそんなに嬉しいものなのか? たかが通過点のひとつに過ぎないのに。
俺は不思議に思いながら、「ふーん」と軽く流す。
テーブルに着くと、焼きあがったばかりの塩鮭や小鉢が並べられ、純和風の朝食を摂ってから家を出た。
自宅前で待機していた高遠さんに今日の予定を伝える。
「弓道場に寄ってから学校。卒業式が終わったあとは翠をマンションへ送っていく予定。夕方六時までには本家へ行くよう言われてるから、五時半にマンション前へ迎えをお願いします」
「かしこまりました。道着などのお荷物はいかがなさいますか?」
「朝、着替え終わったら回収してもらえると助かります」
「では、後ほど受け取りにまいります」
申し送りのような会話を済ませてから部室棟へ向かい、着替えを済ませてから道場へ向かった。
道場へ入り神拝を済ませると板戸を開き、外の空気を場内へ入れる。
後輩指導を引き受ける代わりに、道場は好きに使っていいと顧問から言われているが、今までのように頻繁に来れるのは一年限り。二年以降、支倉へ拠点を移してからはどうするかな。
そんなことを考えながら弓を取る。
いつもより丁寧に射法八節をこなし弓を放つ。
聞き慣れた弦音を聞きながら的を見やると、矢は的の図星に的中していた。
ゆっくりと息を吐きながら弓を倒し、今日のコンディションに満足する。
精神状態は悪くない。
中等部から六年間、毎朝弓を持つことで精神状態を維持してきたが、大学に入ってからはどうするかな……。
自宅で射法八節を行うのも手だし、瞑想という方法もある。あとは――
少し考えると翠の顔が脳裏に浮かんだ。
翠の写真を見るというのもいいかもしれない。でも、何分細さが目立つだけに、不安に駆られる気がしなくもなく……。
「あとで写真を撮らせてもらおう……」
できれば、カロリーの高そうなものを食べているところを――
教室へ入ると、各々の机に卒業式で着けるコサージュが置かれていた。
例年なら、コサージュが入った箱が教卓に置かれており、各自そこからひとつずつ取っていくのが慣わしだが、ひとりひとりの机に配布されているのは今の生徒会メンバーの心遣いといったところか……。
単純作業というよりは、翠が心をこめてひとつずつ机にコサージュを置いていく様が想像できて気持ちが和らぐ。
それに気づいたのは俺だけではななかった。
嵐たちもコサージュを胸に着けながら、
「あの子たちらしい心遣いね」
「だな。無造作に箱に入れられているより全然いいね」
嵐と優太の会話に朝陽が、
「でも、こういうのに気づきそうなのって翠葉ちゃんあたりだよね」
「わかるわかる!」
「でもって、それに賛同するのがあのメンバーだよな。飛翔が若干面倒くさがって従ってる様が容易に想像できて笑えるっ!」
話にこそ加わらなかったが、俺も同感だった。
おそらく、俺の机にコサージュを置いたのは翠だろう。
そう思うと、大量生産されたであろうコサージュが、途端に愛おしいものに思えてくる。
そっと指先でコサージュに触れ、「俺も重症だな」と一言零した。
「それはそうと、今日は翠葉ボロッボロに泣くんじゃない?」
「あー、想像ができるだけにちょっとかわいそうだね」
「司、ちゃーんとフォローしなさいよー?」
嵐と優太の言葉を疑問に思う。
なぜ翠が泣く……? しかも、ボロボロになるほど。
「おふたりさん、司にその心情を分かれっていうのはハードルが高い気がするなぁ」
クスクスと笑う朝陽が会話に混ざれば、
「だって、好きな人が先に卒業しちゃうんだよ?」
嵐はヒントを与えたような顔をしているが、クエスチョンマークは増殖を続ける一方だ。
「ほらね?」
朝陽はそう言って早々に戦線離脱を図る。
残されたふたりは、
「司は翠葉と離れるの寂しくないのっ!?」
「たかだか高等部を卒業するだけで何を悲しむ必要がある?」
今生の別れでもあるまいし……。
「こりゃ翠葉は苦労するわね……」
「ホントホント……もういっそのこと、ガンガンに泣く翠葉ちゃんを目の前に困ればいいんだ、こんなやつ」
嵐と優太も言いたいだけ言って去っていってしまった。
ちょっと待て……。
「本当に意味がわからないんだけど――」
俺は謎の疑問を投げかけられたまま立ち尽くす羽目になった。
まだ少し薄暗いが、曇っているというわけではなさそうだ。
「この感じは晴れ……」
昨夜の天気予報でも降水確率は零パーセントとのことだったし、間違いはないだろう。
シャワーを浴びてから一階へ下りると、すでに起きて朝食の用意をしていた母さんに声をかけられた。
「おはよう! 今日も早いのね?」
「今日で最後だから、道場に寄ってから行く」
「司は本当に弓道が好きね」
クスクスと笑う母さんは、
「大学へ行っても弓道は続けるの?」
何気なく訊かれた問いに少し考える。
「まだ決めてない。弓を持ちたくなれば高等部の道場を使わせてもらうこともできるし、わざわざサークルや部に入るまでもないかなとは思ってる」
「そう……。あっ、卒業式では答辞を読むのでしょう? 今日は涼さんも半休を取ってくださっているから一緒に行くわね!」
まるでデートにでも出かけるようなテンションの高さ。
息子の卒業式ってそんなに嬉しいものなのか? たかが通過点のひとつに過ぎないのに。
俺は不思議に思いながら、「ふーん」と軽く流す。
テーブルに着くと、焼きあがったばかりの塩鮭や小鉢が並べられ、純和風の朝食を摂ってから家を出た。
自宅前で待機していた高遠さんに今日の予定を伝える。
「弓道場に寄ってから学校。卒業式が終わったあとは翠をマンションへ送っていく予定。夕方六時までには本家へ行くよう言われてるから、五時半にマンション前へ迎えをお願いします」
「かしこまりました。道着などのお荷物はいかがなさいますか?」
「朝、着替え終わったら回収してもらえると助かります」
「では、後ほど受け取りにまいります」
申し送りのような会話を済ませてから部室棟へ向かい、着替えを済ませてから道場へ向かった。
道場へ入り神拝を済ませると板戸を開き、外の空気を場内へ入れる。
後輩指導を引き受ける代わりに、道場は好きに使っていいと顧問から言われているが、今までのように頻繁に来れるのは一年限り。二年以降、支倉へ拠点を移してからはどうするかな。
そんなことを考えながら弓を取る。
いつもより丁寧に射法八節をこなし弓を放つ。
聞き慣れた弦音を聞きながら的を見やると、矢は的の図星に的中していた。
ゆっくりと息を吐きながら弓を倒し、今日のコンディションに満足する。
精神状態は悪くない。
中等部から六年間、毎朝弓を持つことで精神状態を維持してきたが、大学に入ってからはどうするかな……。
自宅で射法八節を行うのも手だし、瞑想という方法もある。あとは――
少し考えると翠の顔が脳裏に浮かんだ。
翠の写真を見るというのもいいかもしれない。でも、何分細さが目立つだけに、不安に駆られる気がしなくもなく……。
「あとで写真を撮らせてもらおう……」
できれば、カロリーの高そうなものを食べているところを――
教室へ入ると、各々の机に卒業式で着けるコサージュが置かれていた。
例年なら、コサージュが入った箱が教卓に置かれており、各自そこからひとつずつ取っていくのが慣わしだが、ひとりひとりの机に配布されているのは今の生徒会メンバーの心遣いといったところか……。
単純作業というよりは、翠が心をこめてひとつずつ机にコサージュを置いていく様が想像できて気持ちが和らぐ。
それに気づいたのは俺だけではななかった。
嵐たちもコサージュを胸に着けながら、
「あの子たちらしい心遣いね」
「だな。無造作に箱に入れられているより全然いいね」
嵐と優太の会話に朝陽が、
「でも、こういうのに気づきそうなのって翠葉ちゃんあたりだよね」
「わかるわかる!」
「でもって、それに賛同するのがあのメンバーだよな。飛翔が若干面倒くさがって従ってる様が容易に想像できて笑えるっ!」
話にこそ加わらなかったが、俺も同感だった。
おそらく、俺の机にコサージュを置いたのは翠だろう。
そう思うと、大量生産されたであろうコサージュが、途端に愛おしいものに思えてくる。
そっと指先でコサージュに触れ、「俺も重症だな」と一言零した。
「それはそうと、今日は翠葉ボロッボロに泣くんじゃない?」
「あー、想像ができるだけにちょっとかわいそうだね」
「司、ちゃーんとフォローしなさいよー?」
嵐と優太の言葉を疑問に思う。
なぜ翠が泣く……? しかも、ボロボロになるほど。
「おふたりさん、司にその心情を分かれっていうのはハードルが高い気がするなぁ」
クスクスと笑う朝陽が会話に混ざれば、
「だって、好きな人が先に卒業しちゃうんだよ?」
嵐はヒントを与えたような顔をしているが、クエスチョンマークは増殖を続ける一方だ。
「ほらね?」
朝陽はそう言って早々に戦線離脱を図る。
残されたふたりは、
「司は翠葉と離れるの寂しくないのっ!?」
「たかだか高等部を卒業するだけで何を悲しむ必要がある?」
今生の別れでもあるまいし……。
「こりゃ翠葉は苦労するわね……」
「ホントホント……もういっそのこと、ガンガンに泣く翠葉ちゃんを目の前に困ればいいんだ、こんなやつ」
嵐と優太も言いたいだけ言って去っていってしまった。
ちょっと待て……。
「本当に意味がわからないんだけど――」
俺は謎の疑問を投げかけられたまま立ち尽くす羽目になった。
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