カラダから、はじまる。

【Extra Secret】あなたは知らない

Confidential 4 ②

   この半年間、高木は決してだれにも気づかれることなく「あの女ひと」を観察し続けた。

   と言っても、終業後に尾行したりするような「探偵」みたいなことはしていない。
   ただ、庁舎内会社内での彼女の様子を注意深く見ているだけだ。

   それでも、彼女がだれを好きなのかはすぐにわかった。
   そして、たぶんずっと前から想っていて、かなり「恋心」を拗こじらせているであろうことも——

   彼女だって、挫折知らずの超エリートだ。
   こんなに思いどおりにならなかったことなんて、今までなかったに違いない。
   ゆえに「耐性」を身につけることなくここに至っているであろうことは、容易に想像できる。

   なのに……なぜだろう？

   田中が不貞腐ふてくされた顔で、じとり、と見てきたときには、面倒くさい以外の何物でもなかったのに……

   もし、彼女からそんな顔で見つめられる日が来たら、と想像するだけで……

   心の奥底から、今まで味わったことのない、仄ほの暗い悦よろこびが……

——こんなにも、止めどなく湧き上がってくるなんて……


゜ﾟ･*:.｡. .｡.:*･゜ﾟ･*:.｡. .｡.:*･゜ﾟ


「……じゃあ、高木、よろしく頼んだぞ」
   そう水野局長から言われ、
「はい、わかりました。それでは、失礼します」
   高木は嫋たおやかに一礼して、局長室を退去した。

   すると、戸口のところで、向こうから人が入ってきた。

——「あの女ひと」だ。


   実は今、証券取引等監視委員会が日本有数の自動車メーカー・目産のコーン会長に対して、有価証券報告書の虚偽記載の疑いによる金融商品取引法違反で、検察庁に告発しようとしていた。
   このことは、この件に携わるごく一部の者を除いて、その他の職員には厳しく箝口令が敷かれている。

   告発するための証拠書類を作成する一端を担う田中の補佐している高木は、その「ごく一部の者」に含まれていた。
   そもそも、この事務局長室にやってきた本来の目的は、その証拠書類の一つを提出するためだった。

   秘密裏に陣頭指揮を執る水野事務局長はすこぶる忙しく、まるで若手職員のように庁舎に詰めているため、ほとんど家に帰れていない。

   「あの女ひと」は紙袋を手にしていた。たぶん、娘である彼女が着替えなどを持ってきたのだ、と高木は察した。

   高木は、すっ、と会釈した。直ちに、彼女から目礼が返ってきた。

   ほんの一瞬——二人の視線が重なった。

   彼女は切れ長の澄んだ目で、高木をまっすぐに見上げていた。

   高木は思わず、口の端を歪ゆがめそうになる。

——僕が、あなたを手に入れるために……

   これまでどれほど「動いてきた」のかを……
   これからどれほど「動いていく」のかを……


   あなたは、知らない。