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Last Secret
⑤
しおりを挟むその後、披露宴がお開きになり、黒留袖から着替えた母がわたしに訊いた。
「……七瀬、あなた、これから二次会へ行くんでしょ?」
「えぇ、そうよ……ちょっと、おとうさんっ、重たいんだけどっ!しっかり歩いてよっ⁉︎」
ホッとしたのか急激に酔いが回ったらしい父を、わたしと母が両脇で支えながら、ホテルのエントランスに向かっていた。
母は小柄なうえにキャリーバッグを引いているため、長身の父は同じくガタイの良いわたしの方に重心を置いている。
——それでなくても、ふかふかのホテルの絨毯の上を高いヒールのル◯タンで歩いているというのにっ。
「もうっ、おとうさんたら、あんなに呑むからよっ⁉︎」
母は激怒りだ。きっとこれから何日も、父は「お小言」を喰らい続けるに違いない。
だが、こんなに酔った父を見るのは、生まれて初めてだった。
ホテルのエントランスまで出ると、母はタクシーの運転手にキャリーバッグを預けた。
そのキャリーバッグを後ろのトランクに入れてもらっている間に、ポーターの手を借りて無事父をタクシーの後部座席に押し込むことができた。
「七瀬、二次会に行っても、おとうさんみたいにこんなに呑むじゃないわよ?」
母がタクシーに乗り込みなから言う。
「わかってるわよ」
わたしは口を尖らせて言った。
「……七瀬」
不意に、父の声がした。
「えっ、なに? まさか……吐きたいの⁉︎」
わたしはギョッとして咎めるような口調になる。
「あらっ、イヤだっ、おとうさん、ガマンできないの⁉︎ タオルはキャリーバッグの中なのにっ⁉︎」
母は悲鳴をあげたが、ふと私の首元を見た。
「あ、七瀬、ちょうどいいわっ、そのショール貸しなさいっ!」
「えぇーーーっ、イヤよぉっ!これ、すっごく気に入ってるんだからっ‼︎」
わたしは発狂しそうなくらい叫んだ。
「七瀬……」
「きゃあぁっ、おとうさんっ、待って待ってっ!」
仕方なく、わたしはしゅるるっと首に巻いたショールを解いた。
「おまえが嫁に行くのは……もうちょっと、先にしてくれ」
父はそうぼそりと告げると、気怠そうにヘッドレストに頭を預けた。
「あのう……車、出していいですか?」
運転手から声がかかった。
「あっ、赤坂見附までお願いします」
母が弾かれたように答えた。
そのあと、ドアが閉まってタクシーが発車した。
わたしは一人エントランスに佇んで、両親を見送りながら思った。
——麻琴ちゃん……やっぱりわたしは、うちの親からせっつかれたりしなかったよ。
それに、そもそもわたしには——結婚する人なんか、影も形もないけどね。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
結婚式の二次会は、松濤にある隠れ家的な雰囲気を持つイタリアン・レストランだった。
田中の昔からの知人が営んでいるお店の一つで、横浜の旧居留地にあった明治時代のイギリス商人の邸宅を移築してオープンしたらしい、と七海は言っていた。
ヴィクトリアン様式の大きくて細長いテーブルの上に並べられたビュッフェスタイルのお料理は、どれも美しく盛りつけられていて、ものすごく美味しそうだ。
だが、残念ながら先刻までの披露宴ですっかりお腹がくちくなってしまったので、専らお酒ばかりを呑んでいた。乾杯の際に配られたスプマンテから、白、ロゼ、赤と、しっかり堪能している。
わたしはきょろきょろと周囲を見渡した。本宮を探しているのに、姿が見えない。
——こんなに美味しいお酒と、それに合うアンティパストがふんだんにあるっていうのに、ここを途中で抜けるなんて、ちょっとありえないんだけれども……
だから、正直言って彼が『話したい』と言っていた「話」は、また今度別の日にでもしてもらいたかった。
「……おねえちゃん」
声がして振り向くと、ベビーピンクのAラインのノースリーブワンピースを纏った七海が立っていた。
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