カラダから、はじまる。

佐倉 蘭

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Secret 6

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   しかし、田中の「発作」は、わたしたちが遠巻きに眺めている間に、だんだんと落ち着いていって、やがて終息を迎えた。

「ななみん……もしかして、外?」

   ようやく、スマホに向かって、田中が言葉を発した。

「……だれかと一緒?」

——やっぱり、七海と通話してたんだ。

   わたしの胸が、ずきり、とする。


「げっ、あいつが『ななみん』⁉︎——って、だれだ、そいつ⁉︎」
   本宮が素っ頓狂な声をあげた。

「もおっ、本宮さんっ、声がデカいっ」
   すぐさま、戸川にたしなめられる。

「諒志さんのお見合い相手です。水野局長のお嬢さんで、七瀬さんの妹さんですよ」
   高木が簡潔に「解説」する。

「へぇ……あいつ、『見合いするのは、出世のためじゃない』って言ってただけあるな。うまくやってんじゃん」
   本宮がぼそりとつぶやく。

   先刻さっきまでの笑い転げていた余韻はすっかり影を潜めたが、ビデオ通話で映っているのであろう七海へ、田中はやさしくて穏やかな笑顔を向けていた。

——あいつでも、あんな顔するんだ……


「……一人?」

   その口調が今までとガラリと変わって、いきなり冷気が漂い始めたような気がする——と言っても、いつもの「人造人間サイボーグの田中」に戻っただけなんだけれども……

「ななみん、今どこ?」

   まるで、容疑者を取り調べる刑事のように——いや、書類送検された被疑者の調書を取る検察官のように、田中は「尋問」する。

「道玄坂のどこ?」
   間髪入れず、畳みかけるように「尋問」は続く。

——って言うか、七海っ、あんたこんな深夜に、渋谷なんかを一人でほっつき歩いてんのっ⁉︎

「とにかく、どこでもいいから、速攻で近くのコンビニに入ってくれ」

——姉のわたしだって、強くつよくそう願うわっ。

「今から、迎えに行くから」
 

「えっ……し、仕事はどうするんですか?」
   高木が息をのんだ。いつも冷静な顔を痙攣ひきつらせている。

   田中だって、この土日は庁舎会社から出られないほどの案件を抱えているはずだ。

「こんな時間に、ななみんをたった一人で渋谷になんか置いておけないだろう?」
   なのに、田中はスマホの向こうに向かって、もどかしげに言い放っていた。

「いいか、コンビニに入ったら、もう一度通話して店舗の名前を教えてくれ。とりあえず、これから道玄坂方面へ向かうから」
   そう言いながらデスクの上を手早く片付けだして、すぐにでも外に出られるよう支度を始めている。

——ううっ、姉のわたしとしては、申し訳なさすぎて、隣にいる高木の顔をまともに見られないんですけれども……


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


「おい、高木!」

   七海とのスマホでの通話を終えた田中が、ようやくこちらに目を向けた。

「悪いが……少し、出てくる。なにかあったら、おれのスマホに連絡してくれ」

   田中は銀座タニ◯ワの黒いブリーフケースを手にし、わたしたちの前をすーっと通り過ぎて行くと、課のドアに手をかけた。

「……わかりましたよ。でも、この『貸し』は、今度きっちりと返してもらいますからね?」
   高木は顳顬こめかみを押さえ、ため息を吐きつつも、なんとか了承した。

「田中……七海が迷惑かけて、ごめんね」
   姉として居たたまれなくなったわたしは、田中に謝罪した。

「いや、水野が謝ることじゃない」
   田中は、わたしをちらりと見て言った。

   口の端を少し上げて、一見微笑んでいるような表情なのだが「暖かみ」なんて微塵もない。
   そこからは「冷気」以外、いっさいなにも感じられなかった。

   一目見たら最後、背筋がカチコチに凍りついてしまうほど——怖ろしい「笑顔」だった。

「どうやら、おれが……彼女のことを野放しにさせすぎちまったみたいだからな」

   そんな彼を見て、戸川はもちろん本宮だって、息をのんで黙ったまんまだ。


「だが、もう二度と——こんなふうにはさせない」

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