カラダから、はじまる。

佐倉 蘭

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Secret 5

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  はぽわーっと浮き立つ気持ちをぐっ、と抑えて、わたしは彼の方に向き直り、わざとぞんざいな感じで立つ。

「なにかしら?」

「……諒志さん、先に行ってますね」
   場の「空気」を察したのか、すかさず高木がそう言った。

   そして、わたしに「失礼します」と会釈したあと、すっと前を通り過ぎて行く。ふわりと白檀の香りだけが残った。

——どこのフレグランスかな?サンダルウッドがベースなのかしら?

「ウワサにたがわず、優秀な『秘書』さんね。ちゃんとわきまえてるし」

   好奇心の塊のような戸川なら、へばりついてここから離れないだろう。

「それに、所作がすごく綺麗だわ」

   背筋を伸ばしてたおやかに歩く高木の美しい後ろ姿を、わたしは目だけで追った。

「あぁ……あいつは子どもの頃から日本舞踊をやってるからな」

——えっ? プラベを把握しているのは、高木だけじゃなくて田中の方も、ってこと?  

   確かに、田中が自分の方のプラベを一方的に握られているとは考えにくいから、双方でというのは妥当なことではあるが……

「もしかして……昔からの知り合いとか?」

   思わずわたしが問いかけると、田中は首を左右に振った。

「いや、役所ここに入ってからしか知らない」

——そんな短期間で?

   高木は入庁入社してまだ四年足らずのはずだ。

   だけど……なかなか他人に心を開かない彼が、高木にはなぜそうなのか、先刻さっきの二人の短いやりとりでほんの少しわかった気がする。

   いや、「短い」からこそ、判ったのだ。

   別にいちいち説明せずとも……二人の間には「通じ合うものがある」ということを——

   さらに、互いに静謐せいひつな雰囲気を持ち合わせていて、二人が並んで歩いていると、ほんと「お似合い」なのだ。

   でも、だとすると……

「ねぇ、田中……うちの七海は、あの子とは対極なんじゃないの?」

「……彼女はどうしてる?」

   田中は、わたしの質問には完全スルーして逆に訊いてきた。

——うわっ、話題を変えやがったな?

「水野局長と君の様子から、おれの今の状態をわかってはくれていると思うが、まだ二回しか会えてないんでね」

   もちろん身なりはきちんとしているが、たぶんほとんど新宿の宿舎には帰れていないんだろう。
   田中の顔は青白く、はっきりと疲れが滲み出ていた。

「わたしも、七海とはほとんど会えてないわよ。家には眠りに帰るだけだもの」

   ホレた弱みだ。「わたしの質問には、答えないつもり?」とは言えなかった。
   しかも、こうして彼と二人で話しているというだけで、心はふわふわと浮き立っているのだから……

「もともと、休みの日に出歩く子じゃないのよ。呑みに行くときは、会社の呑み会とかみたいだしね。そういうときは、会社の友達のアパートに泊めてもらうこともあるらしいけれど……」

   そのとき、田中のリムレスの眼鏡がギラリと光ったような気がした。

「そうか……大人気ないとは思ったが、釘を刺しておいたのは正解だったな」
   田中がぼそりとつぶやいた。

——はい?

「どうせ、七海にも『いつもの放置プレイ』なんでしょ?」
   わたしはトリー◯ーチのポーチを持った手を組んで、田中を横目で睨んだ。

「一応、毎週末にはL◯NEを送るようにはしているけどな」

——へっ? 『L◯NE』? 『毎週末』って言った?

   思わず組んでいた手が緩み、トリー◯ーチを落っことしそうになる。

「う、う……ウソでしょ⁉︎」
   わたしは今、とてもT大出身者とは思えないほど、間の抜けた顔になってると思う。

   ごく普通の感覚からすると、会えないどころか週末だけしか連絡してこない「見合い相手」なんて、とんでもないヤツに違いないのだが——なんといっても、この田中なのだ。

   わたしは、天地がひっくり返ってバック転するほど驚いた。

「……そんな顔するな」

   田中が口の端をほんの少し上げてふっ、と笑い、呆れた顔をした。

——普段の無表情な人造人間サイボーグとのギャップが超ヤバいんですけれども……

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