カラダから、はじまる。

佐倉 蘭

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Secret 2

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——ところが……

   あれから、秋が訪れ冬がやってきたが、田中と七海がお見合いすることはなかった。

「七瀬さん、『あの話』って……確か、夏頃でしたよね?」

   わたしのしちめんどくさい仕事のために、いつもパシッてくれる——じゃなくて、あれこれ「動いて」くれている山岸 あらたが、PCでデータ入力している指を止めずにそう尋ねてきた。

   山岸は以前は「国家二種」と言っていた一般職ノンキャリアだ。ちなみに、田中や本宮の下で働く子たちもそうで、彼らは同期だった。

   ノンキャリにも「学閥」というものがあって、彼らはMARCHの中でも昔から弁護士や国家公務員を輩出しているC大法学部出身だ。
   彼らは司法試験にはとっとと回れ右をしたらしく、法科大学院には進むことなく学士卒で国家公務員になっていた。

「ほんと、意外ですよねぇ。……なんでだろ?」

   あのあと「田中が水野局長の末娘と見合いする」という情報が、瞬く間に庁内社内を駆け巡った。「キー局」は本宮ではなかろうか?

——それなのに、なんで見合い話が進んでいないんだろう?

   もしかして、七海が断ったのだろうか?

   もしそうなら、あの子のことだから、うちで言わないわけないと思うんだけれども。

   おとうさんに尋ねてみようか?でも、もし藪蛇になったりしたらなぁ……


「ほんとに不可解ですよ。水野局長……なんで、七瀬さんにしなかったんですかね?」
   対面のデスクに座る山岸がPCのenterキーをターンッ、と思いっきり叩く。

——国民の皆さまからの血税で購入した備品だから、取り扱いは丁寧にね。

   手元の資料とPCのディスプレイを交互に見ながらキーを叩いていたわたしは、顔を上げて山岸を見た。
   と言っても、そのデスクはわたしの指示によって集められた資料がうずたかく積まれていて、まったくその表情は窺えないが。

「だって、七瀬さんの方が絶対適任じゃないですか?」

——山岸、そうだよね?親だったらさ、三十過ぎたってのに、ろくに男っ気のない姉の方を、まずすよね?

   七海は来年の二月が来たとしても、まだ二十七歳なのだ。

——ありがとう、山岸。いつもしちめんどくさいことをすっかり丸投げしているくせに、虫の居所の悪いときにはねちねち・・・・と小姑のようにイビったりして、ほんとにごめんね。

   わたしのキーを打つ手が思わず止まる。すっからかんに乾いた砂漠のようだった心が、うるっと来た。

「外部とのリーダー研修って、事務局P M Oが人選するんじゃないんですか?」

——はぁ?『リーダー研修』?

「そりゃあ、田中さんと本宮さんは外せないのはわかりますけど、一期上の……」
「ちょっと、待った!ねぇ、何の話?」
   わたしは山岸の話を遮った。

「だから……リーダー研修に、七瀬さんが選ばれなかったことですよ」

   リーダー研修とは、金融庁うちの幹部候補生が外部の金融機関で次代を担うとされるスーパーエリートたちと、一緒に研鑽するプログラムのことだ。

   集められた各方面の若手の精鋭たちが最新の金融システムを学ぶのが本来の目的ではあるが、わたしたち金融庁は行政機関として各金融機関を監視する立場である以上、銀行・証券・保険などの分野でそれぞれの状況や意見を聞いたり、情報を交換できる人脈を形成するという狙いもあった。
   特に財務省(大蔵省)と切り離されて内閣府の管轄下に置かれて以来、東京にある本庁から地方の役所へ異動することが少なくなったため、世間知らずの井の中のかわずになりやすいのだ。

——うっ、イヤなことを思い出させたな……

   今回のリーダー研修の対象者は三十代前半の総合職キャリアで、わたしの同期五名の中から選ばれたのが田中と本宮だったのだ。

「仕方がなかったのよ。各期から二名ずつ選出、って決まってたんだから」

   子どもの頃から勉強しかしてこなかった。就職してからは仕事しかしてこなかった。これまでの人生で、願ってなにかが叶わなかったことなんて、まずなかった。
   もちろん、そのための努力も怠らなかった。

   そんなわたしが選から漏れたということは、実は存在証明アイデンティティまで脅かされる一大事だった。
   生まれて初めての「挫折」と言っていいと思う。

   だから、表にはまーったく出ていなかったらしいが……相当、へこんだ。

   でも——彼らに「負ける」ことはわかっていた。

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