上 下
114 / 128
Chapter 17

雨降って、地固まってます ⑥

しおりを挟む
 
 将吾のカフェ・オ・レ色の瞳がわたしを迎えた。

 片方の手で、わたしが持っていたハン◯プラスの赤いスーツケースを受け取る。
   もう片方の手はわたしと恋人つなぎで、マンションを出た。

 エントランス前の駐車スペースに置いていた自社製のワンボックスカーにスーツケースを積み込み、わたしたちも乗車する。

 将吾がわたしのヘイゼルの瞳をじっと見る。
 キスしてくるかな、と思ったがしてこなかった。

「……メシ、食いに行くぞ」
 将吾が前方を見たまま告げる。

 トランスミッションはオートマチックだ。ギアをドライブに入れたあと、サイドブレーキを解除して、発進させた。

 初めて、二人っきりで食事に出かけるということになる。でも、将吾はディーゼル、わたしはH&Mと、カジュアルな格好だ。

 カーステのFMからは八〇年代のAORのナンバー、Atl◯ntic Starrの♪Alwaysが流れていた。


゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜


 将吾は神田のコインパーキングにワンボックスカーを駐車した。
   そして、神保町の古書街を一本入った路地にある、カウンターだけの割烹料理屋に向かう。

 以前、将吾がWeb会議で行けなくて島村さんと二人で行った、ミシ◯ランで星をもらったお店で修行した人が独立して開いたお店だ。

「……リベンジだ」

 将吾がつぶやいた。もちろん、わたしの手とは恋人つなぎである。

 ——やっぱり、相当、めんどくさい人だ。


 暖簾の中に二人で入ると、三十代半ばくらいの店主から声がかかった。
「富多さん、いらっしゃい!やっと、彼女さんと……もう、奥さんかな?来てくれましたね」

 カウンターの奥にぴったり並んで座る。恋人つなぎは解かれた代わりに、将吾の左手は椅子に座ったわたしの腰に回る。

「とりあえず、ナマ中二つ」
 将吾が勝手に頼む。
 ——ま、最初はいつもビールだけど?

「はーい、生中二つ!」
 お店の若衆の威勢の良い返事が返ってくる。

「彩乃、前に茂樹と来たとき、日本酒は呑まなかっただろうな?」

 確か、あのときは……わたしは遠い目をして思い返す。

「ほぼ、ビールだったけど……最後に一杯だけ獺◯を呑んだ」

 腰に回した手が頭に移動し、こんっ、とやられた。

「おまえ、日本酒呑むと見境なくなるんだから、おれがいるとき以外は絶対呑むなよ」

「……じゃあ、今日は将吾と一緒だから、いいんだ?」
 わたしは将吾に身を寄せ、ふふっと笑った。

「おまえ、日本酒呑むと酔ってかわいくなるからな。今日は外苑前の方に帰るぞ」

 そして、声を落として、わたしの耳を甘噛みするようにささやく。

「……今晩は、覚悟しとけよ?」


「やっぱり、どこが『政略結婚』だって雰囲気じゃないっすかー」
 店主がニヤニヤと笑う。

「おまえ、そんなこと言ったのか?」
 将吾から、ぎろり、と睨まれる。わたしは肩をすくめた。

 ——もう、今はすっかり「恋愛結婚」でした。

「どこで知り合ったんですか?」
「ガキの頃、一回会って、大人になって見合いで再会」

 将吾がしれっとうそぶく。

 ——ちょ、ちょっと、ウソ言わないでよっ。

「へぇ~、それって、運命じゃないっすかー!」
 店主は目を輝かせている。もう、訂正はできない。

 将吾はわたしと「幼なじみ」だったらよかったのに、って思ってるのかな?
 大人になった今、初めて出逢えたからこそ、こうして結婚できるのに……

 ——人って……ないものねだりだ。


 隣に将吾がいてくれるから、日本酒もどんと来いっ!だ。……と思ったら、安心し過ぎて呑み過ぎた。

 わたしたちはお店を出たあとは代行を呼んで、外苑前にある将吾とわたしだけの「新居」のマンションに帰った。

 今までビールとワインを中心に呑んできたので、気づかなかったが、わたしと日本酒はどうも相性がイマイチみたいだ。今日も見事に足元を取られてしまった。
   誓子さんとオーパスワンを(実は)三本空けたときもここまではならなかった。

 将吾に抱きかかえられるようにして、ようやく最上階の部屋にたどり着いた。


 ゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 次に気がついたときは、なぜか将吾と一緒にバスルームのバスタブに浸かっていた。

 わたしはカラダの力が入らなくて、彼に支えてもらわないと、ぐらぐらだ。将吾は背後から、わたしをすっぽり包むように抱きしめている。

 わたしは少しカラダをずらし、彼の顔を見て言った。

「ねぇ……将吾……どうして、キスしてくれないの?」

「……っとに、おまえは、酔ってると……究極にかわいくなるな」
 彼は苦しげに息を吐いた。

「将吾……キスして……」
 わたしは上目遣いでねだった。

「駄目だ……『お仕置き』だ。今夜は、キスはしない」

 ——あ、海洋とキスしたの、バレてる。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者が、私より従妹のことを信用しきっていたので、婚約破棄して譲ることにしました。どうですか?ハズレだったでしょう?

珠宮さくら
恋愛
婚約者が、従妹の言葉を信用しきっていて、婚約破棄することになった。 だが、彼は身をもって知ることとになる。自分が選んだ女の方が、とんでもないハズレだったことを。 全2話。

【完結】婚約破棄×お見合い=一目惚れ!?

秋月一花
恋愛
 とある学園の卒業パーティーで、私――エリカ・レームクールは、婚約者である第一王子ダニエル殿下に 「エリカ、きみとの婚約破棄を宣言する!」  と、言われた。彼の隣にはアデーレ・ボルク男爵令嬢がいて、勝ち誇ったような表情を浮かべていた。 「かしこまりました、お幸せに!」  私の祝福の言葉は、彼らにとってとても意外なものだったらしい。  ありがとう、アデーレ・ボルク男爵令嬢。この人の心を奪ってくれて!  毎年一回は浮気相手といちゃいちゃしているところを見せつける男性なんて、私は必要としていませんので!  笑顔でそう言うと、アデーレがわなわなと震えていたのが見えた。  とりあえず、婚約破棄イベントは終わったのだから、次の婚約者を探さないとね。今度は浮気をしない、一途な人が良いわ。  ――そう考えていたら、お父さまに紹介された男性がなんと私の好みにぴったり当てはまっていて、一目惚れをしてしまった。  さらには、彼も私のことを一目見て気になっていたようで……?  あれ? もしかして、私……幸せになれるんじゃないの? ※別名義で書いていた小説をリメイクしました。 ※後日他サイトにも掲載します。

お兄様、奥様を裏切ったツケを私に押し付けましたね。只で済むとお思いかしら?

百谷シカ
恋愛
フロリアン伯爵、つまり私の兄が赤ん坊を押し付けてきたのよ。 恋人がいたんですって。その恋人、亡くなったんですって。 で、孤児にできないけど妻が恐いから、私の私生児って事にしろですって。 「は?」 「既にバーヴァ伯爵にはお前が妊娠したと告げ、賠償金を払った」 「はっ?」 「お前の婚約は破棄されたし、お前が母親になればすべて丸く収まるんだ」 「はあっ!?」 年の離れた兄には、私より1才下の妻リヴィエラがいるの。 親の決めた結婚を受け入れてオジサンに嫁いだ、真面目なイイコなのよ。 「お兄様? 私の未来を潰した上で、共犯になれって仰るの?」 「違う。私の妹のお前にフロリアン伯爵家を守れと命じている」 なんのメリットもないご命令だけど、そこで泣いてる赤ん坊を放っておけないじゃない。 「心配する必要はない。乳母のスージーだ」 「よろしくお願い致します、ソニア様」 ピンと来たわ。 この女が兄の浮気相手、赤ん坊の生みの親だって。 舐めた事してくれちゃって……小娘だろうと、女は怒ると恐いのよ?

【完結】愛とは呼ばせない

野村にれ
恋愛
リール王太子殿下とサリー・ペルガメント侯爵令嬢は六歳の時からの婚約者である。 二人はお互いを励まし、未来に向かっていた。 しかし、王太子殿下は最近ある子爵令嬢に御執心で、サリーを蔑ろにしていた。 サリーは幾度となく、王太子殿下に問うも、答えは得られなかった。 二人は身分差はあるものの、子爵令嬢は男装をしても似合いそうな顔立ちで、長身で美しく、 まるで対の様だと言われるようになっていた。二人を見つめるファンもいるほどである。 サリーは婚約解消なのだろうと受け止め、承知するつもりであった。 しかし、そうはならなかった。

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

【完結】婚約破棄?ってなんですの?

紫宛
恋愛
「相も変わらず、華やかさがないな」 と言われ、婚約破棄を宣言されました。 ですが……? 貴方様は、どちら様ですの? 私は、辺境伯様の元に嫁ぎますの。

君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか

砂礫レキ
恋愛
十九歳のマリアンは、かなり年上だが美男子のフェリクスに一目惚れをした。 そして公爵である父に頼み伯爵の彼と去年結婚したのだ。 しかし彼は妻を愛することは無いと毎日宣言し、マリアンは泣きながら暮らしていた。 ある日転んだことが切っ掛けでマリアンは自分が二十五歳の日本人女性だった記憶を取り戻す。 そして三十歳になるフェリクスが今まで独身だったことも含め、彼を地雷男だと認識した。 「君を愛することはない」「いちいち言わなくて結構ですよ、それより離婚して頂けます?」 別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。しかしこれは反撃の始まりに過ぎなかった。  ※一万文字ぐらいで終わる予定です。

「不吉な子」と罵られたので娘を連れて家を出ましたが、どうやら「幸運を呼ぶ子」だったようです。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
マリッサの額にはうっすらと痣がある。 その痣のせいで姑に嫌われ、生まれた娘にも同じ痣があったことで「気味が悪い!不吉な子に違いない」と言われてしまう。 自分のことは我慢できるが娘を傷つけるのは許せない。そう思ったマリッサは離婚して家を出て、新たな出会いを得て幸せになるが……

処理中です...