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Chapter 14

同居する相手が変わります ①

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 三月に入った月曜日、わたしは歯を食いしばって出社した。

 いつまでこの会社に勤めていられるかはわからないけれど、同僚の誓子さんや七海ちゃんはもう友達みたいだし、ほかの部署の人たちとも挨拶やちょっとした立ち話ができるようになってきた矢先だったからとても残念だ。

 ——あっ、ケンちゃんに頼まれていた誓子さんへの「橋渡し」はなんとしても退職までに仕上げておかないと!

 ……だけど、いくら「友達」といっても今回の件のことはだれにも言えない。

 たとえ、幼稚園からの親友、華絵であっても。「朝比奈」の名を汚すかもしれないことは他言しない、というのは哀しいかな、骨の髄まで叩き込まれて染み込んでいるのである。

 だから、結局、海洋との間であったことも、華絵には言わずじまいだ。
 それで、今でも「美しい誤解」をしてくれているのだが……

 今回の将吾さんとの破談の件も、名を重んじる両家のためになんとか穏便に済ませたい。

 そして、将吾さんには……愛する人と幸せになってほしい。


 ゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 お昼休憩が終わる頃、島村さんが秘書室に入ってきた。
 午前中はずっとこの部屋でグループ秘書の仕事を手伝っていた。島村さんの配慮だった。

「休憩中申し訳ありませんが、朝比奈さん、副社長室にお茶をお願いします」

「は…はい」
 わたしはランチボックスのふたを閉めて、立ち上がった。

 ——また、ケンちゃんかな?

 だとしたら、誓子さんとのL◯NEのID交換の絶好のチャンスだ。

「今日からは出社されないと思っていましたよ」
 副社長室に向かう途中で、島村さんが静かに言った。

 ——お義父とうさまやお義母かあさまにはなにも告げず、土曜日の夜に突然出てきてしまったからなぁ。

 島村さんはわかばちゃんのお兄さんだ。
 妹の恋敵のわたしを、今までどんな目で見ていたのだろう。

 ——きっと快く思っていなかったに違いないのに、わたしのためにいろんなことをしてくれていたのだ。

「旦那さまと奥さまには、あなたに少し里心がついて実家へ帰っている、ということになっています」

 ——とんだホームシックだことっ。

「実家には帰られていらっしゃらないようですが……今はどちらに?」
 島村さんは顔を曇らせる。

「……将吾さまがたいへん心配されています」

 会社では必ず「副社長」と役職名で呼ぶ島村さんが、名前を挙げた。

 ——だれのせいだと思ってんのよっ。

 わたしは無言のまま、副社長室に着いた。


「……失礼致します」
 トレイにお茶とお茶菓子を乗せ、わたしは副社長の執務室に入って行った。

 向かい合わせのソファにはそれぞれお客様と副社長が座っていた。わたしが、お客様の方からお茶をお出ししていると……

「……そうやってると、いっぱしの秘書だな」
と、声がかかった。

 顔を上げて、お客様を確認した。

 心臓が飛び出そうになる、っていうのはこういうことだ。
 わたしは目を限界までめいっぱい見開いた。

 漆黒の髪をサイドに流し、明らかにオーダーと思われるダークネイビーのスリーピースをピシッと着こなしたその人が、平然と座っていた。

「ど…ど…どうして……?」
 そうつぶやいたくちびるが震えていた。

「この三月から、我が社の社外取締役になった、朝比奈 海洋氏だ。彼にはアメリカで培った情報システム工学を活かして、システム統括本部の抜本的な改革に携わってもらう」

 将吾さん——副社長が言った。

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