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Chapter 9

慶人&蓉子の結婚式に行ってます ②

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 わたしたちは大地たちの後ろの席に腰を下ろした。

「……あさひ証券は水島じゃなく、ヤツが後継者になるのか?」
 将吾さんが声を潜めてわたしに訊く。

「えっ、そうなの?なんで?」
 わたしには、あさひ証券が自分の実家のグループ企業ってことくらいしかわからない。

「経営企画本部長ってことは、その会社の実質的な舵取り役だ。取締役の中でも常務の次くらいの権限を持ってる」
 将吾さんが、前にいる彼らに聞こえないように声を落として説明してくれる。

「社長が慶人のお父さんで、専務が大地のお父さんなの。そして、常務が亜湖さんのお父さんらしいわ。……たしか、副社長は空位だったと思うけど」
 蓉子から聞いた話をする。

「なるほど。……水島は『政略結婚』にしてやられたか」
 将吾さんがぼそっとつぶやいた。

「あら、慶人の結婚相手の蓉子だって、あさひJPN銀行の頭取の娘よ」
 わたしがそう言うと、
「おまえんとこは『政略結婚』が好きだな」
 自分のことは棚に上げて、将吾さんは眉間にシワを寄せた。


「……だからな、亜湖。おまえはおれの妻なんだから、新郎側の席にいなきゃダメだろ?」

 なにやら、前の二人が揉めている。わたしと将吾さんは耳をダンボにした。

「でも、蓉子はわたしの同期で親友だよ。新婦側で蓉子のウェディングドレスが見たい」
 亜湖さんはもっともな主張をするが、大地は首を横に振って許さなかった。

「じゃあ、ヴァージンロードを挟んで、わたしが新婦側で大地が新郎側、っていうのはどう?」
 亜湖さんが妥協案を提示する。

「ダメだ」
 大地に速攻で却下される。
「そんなのは隣同士とは言えない。亜湖がおれから離れて座るのを、許すわけにはいかない」

「えーっ!?」
 亜湖さんが不満の声を上げる。
「そもそもさ、まだ挙式も披露宴もしてないから、今日だって振袖姿なんだよ。世間的にはお披露目前で入籍したことは知られてないんだから、わたしだけ新婦側に行ってもおかしくないよ」

 大地がぎょっ、とする。

「お、おまえは日本国の民法をなんだと心得てるんだっ!おれたちは婚姻届を役所に提出した正式な夫婦だぞっ!法を犯す気かっ⁉︎ 結婚して早々に犯罪者になるつもりかっ⁉︎」


「……日本国は罪刑法定主義を採っているので、犯罪と刑罰の具体的内容があらかじめ法律で定められていないと処罰することができない。しかも、それは刑法であって民法ではない」

 将吾さんがなにやらワケがわからない内容を、小声ですらすらと言った。

「よって……奥さんは不起訴で無罪放免だ」
 将吾さんは淡々と「判決」を下した。


「亜湖、ほらっ、婚約指輪を見ろ!」
 大地が亜湖さんの手を取って、左手薬指のリングをかざす。
「亜湖が気に入るのが見つかるまで、さんざん探しただろ?おれたちが入籍してることを思い出せっ!」


「……ヴァン・◯リーフ&アーペルのフルーレット・ラージだな」
 いくつかのダイヤモンドがお花みたいに見えるように配置されたリングを見て、将吾さんがつぶやいた。

 ——なんで、一目見てすぐにわかるの?
 わたしは将吾さんを横目で鋭く見た。


「婚約指輪見たって、入籍は思い出さないと思うけど?」
 亜湖さんが至極真っ当なことを言う。

「じゃあ、亜湖、結婚指輪を出せっ!今すぐ、左手薬指にはめてやるっ!!」
 そう言って、大地が亜湖さんの首のネックレスを引き出す。トップにリングが見えた。

「イヤよっ!結婚式のときに大地から初めてはめてもらうんだからっ!! 」


「……同じくヴァン◯リのエステルか」
 リングの両側に細かなビーズがぐるりと一周していた。
 ——だから、なんで一目見てすぐわかるっ!?
 わたしは将吾さんを横目で見る目に力を込めた。

「……あいつら、本当に『政略結婚』か?」
 将吾さんが呆れ果てた顔で言う。
「ただのバカップルじゃねえのか?」

 確かに蓉子が、彼らは政略結婚じゃない、って言ってたけど。
 ——大地は亜湖さんにめろめろじゃない。

 一八〇センチ近くの長身で、やんちゃな少年っぽさをどこかに残した、シャープでクールな風貌を武器にして、女の子をとっかえひっかえしながら遊びまくってた、あの大地が……変われば変わるもんだ。


 結局、大地も亜湖さんも、二人とも新郎側に座ることになったみたいだが、亜湖さんはヴァージンロード側で蓉子をかぶりつきで見ることで妥協したようだ。

 ちなみに……わたしと将吾さんは最初からそのように座っていたけれど。


 ゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 慶人が神父さまの聖書台の前に立った。
 白のフロックコートを優雅にまとった彼は、本当に「王子さま」が現実に現れたようで、周囲がどよめいている。

「えーっ、あんな恥ずかしい格好で、式が始まるまでマヌケにも一人で待ってなきゃいけないのか?……どんな罰ゲームだ」

 将吾さんが隣で心底げんなりした顔をしているので、肘で突っついてやった。
 どうやら、前でも大地が同じような感想を述べたらしく、亜湖さんがぎろり、と睨んでいた。

 ヴァージンロードを挟んだ両側の席もほぼ埋まっている。
 いよいよ……結婚式が始まるのだ。

 するとそのとき、新婦側の端の通路を姿勢良く大股で歩いていくディレクターズスーツ姿の男性が、目の端に入った。

 幼い頃から鍛錬してきた剣道の賜物である、その颯爽と歩く姿がだれなのか……

 ——わたしにわからないわけがない。

 彼は新婦側の家族たちがいる最前列の席に腰を下ろした。双子の兄だが二卵性なので似ていない太陽が、彼に話しかける。

 たった一人の妹が結婚式を挙げるのだ。アメリカから帰って来ないわけはない。

 ——海洋が、そこにいた。

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