56 / 128
Chapter 9
慶人&蓉子の結婚式に行ってます ②
しおりを挟むわたしたちは大地たちの後ろの席に腰を下ろした。
「……あさひ証券は水島じゃなく、ヤツが後継者になるのか?」
将吾さんが声を潜めてわたしに訊く。
「えっ、そうなの?なんで?」
わたしには、あさひ証券が自分の実家のグループ企業ってことくらいしかわからない。
「経営企画本部長ってことは、その会社の実質的な舵取り役だ。取締役の中でも常務の次くらいの権限を持ってる」
将吾さんが、前にいる彼らに聞こえないように声を落として説明してくれる。
「社長が慶人のお父さんで、専務が大地のお父さんなの。そして、常務が亜湖さんのお父さんらしいわ。……たしか、副社長は空位だったと思うけど」
蓉子から聞いた話をする。
「なるほど。……水島は『政略結婚』にしてやられたか」
将吾さんがぼそっとつぶやいた。
「あら、慶人の結婚相手の蓉子だって、あさひJPN銀行の頭取の娘よ」
わたしがそう言うと、
「おまえんとこは『政略結婚』が好きだな」
自分のことは棚に上げて、将吾さんは眉間にシワを寄せた。
「……だからな、亜湖。おまえはおれの妻なんだから、新郎側の席にいなきゃダメだろ?」
なにやら、前の二人が揉めている。わたしと将吾さんは耳をダンボにした。
「でも、蓉子はわたしの同期で親友だよ。新婦側で蓉子のウェディングドレスが見たい」
亜湖さんはもっともな主張をするが、大地は首を横に振って許さなかった。
「じゃあ、ヴァージンロードを挟んで、わたしが新婦側で大地が新郎側、っていうのはどう?」
亜湖さんが妥協案を提示する。
「ダメだ」
大地に速攻で却下される。
「そんなのは隣同士とは言えない。亜湖がおれから離れて座るのを、許すわけにはいかない」
「えーっ!?」
亜湖さんが不満の声を上げる。
「そもそもさ、まだ挙式も披露宴もしてないから、今日だって振袖姿なんだよ。世間的にはお披露目前で入籍したことは知られてないんだから、わたしだけ新婦側に行ってもおかしくないよ」
大地がぎょっ、とする。
「お、おまえは日本国の民法をなんだと心得てるんだっ!おれたちは婚姻届を役所に提出した正式な夫婦だぞっ!法を犯す気かっ⁉︎ 結婚して早々に犯罪者になるつもりかっ⁉︎」
「……日本国は罪刑法定主義を採っているので、犯罪と刑罰の具体的内容があらかじめ法律で定められていないと処罰することができない。しかも、それは刑法であって民法ではない」
将吾さんがなにやらワケがわからない内容を、小声ですらすらと言った。
「よって……奥さんは不起訴で無罪放免だ」
将吾さんは淡々と「判決」を下した。
「亜湖、ほらっ、婚約指輪を見ろ!」
大地が亜湖さんの手を取って、左手薬指のリングをかざす。
「亜湖が気に入るのが見つかるまで、さんざん探しただろ?おれたちが入籍してることを思い出せっ!」
「……ヴァン・◯リーフ&アーペルのフルーレット・ラージだな」
いくつかのダイヤモンドがお花みたいに見えるように配置されたリングを見て、将吾さんがつぶやいた。
——なんで、一目見てすぐにわかるの?
わたしは将吾さんを横目で鋭く見た。
「婚約指輪見たって、入籍は思い出さないと思うけど?」
亜湖さんが至極真っ当なことを言う。
「じゃあ、亜湖、結婚指輪を出せっ!今すぐ、左手薬指にはめてやるっ!!」
そう言って、大地が亜湖さんの首のネックレスを引き出す。トップにリングが見えた。
「イヤよっ!結婚式のときに大地から初めてはめてもらうんだからっ!! 」
「……同じくヴァン◯リのエステルか」
リングの両側に細かなビーズがぐるりと一周していた。
——だから、なんで一目見てすぐわかるっ!?
わたしは将吾さんを横目で見る目に力を込めた。
「……あいつら、本当に『政略結婚』か?」
将吾さんが呆れ果てた顔で言う。
「ただのバカップルじゃねえのか?」
確かに蓉子が、彼らは政略結婚じゃない、って言ってたけど。
——大地は亜湖さんにめろめろじゃない。
一八〇センチ近くの長身で、やんちゃな少年っぽさをどこかに残した、シャープでクールな風貌を武器にして、女の子をとっかえひっかえしながら遊びまくってた、あの大地が……変われば変わるもんだ。
結局、大地も亜湖さんも、二人とも新郎側に座ることになったみたいだが、亜湖さんはヴァージンロード側で蓉子をかぶりつきで見ることで妥協したようだ。
ちなみに……わたしと将吾さんは最初からそのように座っていたけれど。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
慶人が神父さまの聖書台の前に立った。
白のフロックコートを優雅に纏った彼は、本当に「王子さま」が現実に現れたようで、周囲がどよめいている。
「えーっ、あんな恥ずかしい格好で、式が始まるまでマヌケにも一人で待ってなきゃいけないのか?……どんな罰ゲームだ」
将吾さんが隣で心底げんなりした顔をしているので、肘で突っついてやった。
どうやら、前でも大地が同じような感想を述べたらしく、亜湖さんがぎろり、と睨んでいた。
ヴァージンロードを挟んだ両側の席もほぼ埋まっている。
いよいよ……結婚式が始まるのだ。
するとそのとき、新婦側の端の通路を姿勢良く大股で歩いていくディレクターズスーツ姿の男性が、目の端に入った。
幼い頃から鍛錬してきた剣道の賜物である、その颯爽と歩く姿がだれなのか……
——わたしにわからないわけがない。
彼は新婦側の家族たちがいる最前列の席に腰を下ろした。双子の兄だが二卵性なので似ていない太陽が、彼に話しかける。
たった一人の妹が結婚式を挙げるのだ。アメリカから帰って来ないわけはない。
——海洋が、そこにいた。
0
お気に入りに追加
166
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
副社長と出張旅行~好きな人にマーキングされた日~【R18】
日下奈緒
恋愛
福住里佳子は、大手企業の副社長の秘書をしている。
いつも紳士の副社長・新田疾風(ハヤテ)の元、好きな気持ちを育てる里佳子だが。
ある日、出張旅行の同行を求められ、ドキドキ。
【R-18】年下国王の異常な執愛~義母は義息子に啼かされる~【挿絵付】
臣桜
恋愛
『ガーランドの翠玉』、『妖精の紡いだ銀糸』……数々の美辞麗句が当てはまる17歳のリディアは、国王ブライアンに見初められ側室となった。しかし間もなくブライアンは崩御し、息子であるオーガストが成人して即位する事になった。17歳にして10歳の息子を持ったリディアは、戸惑いつつも宰相の力を借りオーガストを育てる。やがて11年後、21歳になり成人したオーガストは国王となるなり、28歳のリディアを妻に求めて……!?
※毎日更新予定です
※血の繋がりは一切ありませんが、義息子×義母という特殊な関係ですので地雷っぽい方はお気をつけください
※ムーンライトノベルズ様にも同時連載しています
子どもを授かったので、幼馴染から逃げ出すことにしました
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※ムーンライト様にて、日間総合1位、週間総合1位、月間総合2位をいただいた完結作品になります。
※現在、ムーンライト様では後日談先行投稿、アルファポリス様では各章終了後のsideウィリアム★を先行投稿。
※最終第37話は、ムーンライト版の最終話とウィリアムとイザベラの選んだ将来が異なります。
伯爵家の嫡男ウィリアムに拾われ、屋敷で使用人として働くイザベラ。互いに惹かれ合う二人だが、ウィリアムに侯爵令嬢アイリーンとの縁談話が上がる。
すれ違ったウィリアムとイザベラ。彼は彼女を無理に手籠めにしてしまう。たった一夜の過ちだったが、ウィリアムの子を妊娠してしまったイザベラ。ちょうどその頃、ウィリアムとアイリーン嬢の婚約が成立してしまう。
我が子を産み育てる決意を固めたイザベラは、ウィリアムには妊娠したことを告げずに伯爵家を出ることにして――。
※R18に※
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる