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Chapter 5

彼のおうちでクリスマスします ②

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「……シーグフリード、帰ってたのなら早く入って来なさいよ。もうお腹ペコペコよっ」

 一七五センチはあろうかという長身の「マダム」な美人が、リビングルームと思われる部屋の入り口で腕を組んで立っていた。
 カフェ・オ・レ色の髪と瞳を持ち、将吾さんに激似なその人は、おそらく彼の母親だろう。

 いや、お見合いのときに一度会っているはずなのだが、終始ぼんやりしていたので記憶はラララ星の彼方である。

 ——ということは、わたしの「お姑さん」になる人!?

 背筋に冷たい汗が流れるような気がした。

「マイヤさん、その呼び名、やめろよ」
 将吾さんの顔が苦虫を噛み潰したようになる。
「あら、どうして?あなたのスウェーデンでのファーストネームよ?シーグフリード」

 お見合いの釣書によると、彼は日本では一応日本国籍を選んでいることになってはいるが、スウェーデン国籍の離脱手続きはおこなっていないそうだ。
 だから、スウェーデンでの正式な彼の名は、シーグフリード・ショーゴ・グランホルム・トミタだという。

「せっかく、わが息子にドイツの叙事詩の英雄の名前を、スウェーデン風につけてあげたのに」
 お義母かあさまは残念そうにつぶやいた。

「どこが英雄だよっ!あんなマヌケな理由でマヌケな殺され方したヤツの名前なんかつけんじゃねえよっ」

 ——へぇ…どんな話なんだろ?おもしろそう。あとでググろっと。

「おい、彩乃、あとでググろうとか思ってんじゃねえだろうな?絶対にググるなよっ」
 将吾さんからぎろり、と睨まれた。

 ——バレてる。
 わたしは首をすくめた。

 お義母さまがそんなわたしを見た。

「あ、あの……改めまして……朝比奈彩乃です。先日のお見合いの席では失礼いたしました。そして、本日は突然お宅にお伺いしまして申し訳ありません」

 わたしは深々とお辞儀をした。

「将吾、あなた……彩乃さんにうちへご招待すること、ちゃんと言ってなかったの?」

 お義母さまはじろり、と将吾さんを見た。

「仕事がすんげぇ忙しくて、詳しく言うヒマがなかったんだよっ。……でも、めかしこんでは来させたから」
 そう言って、将吾さんは少し得意げにわたしを見た。

 ——いやいやいや。ご実家にお呼ばれされるのなら、こんなでっかい幾何学模様のワンピなんか着てこないからっ。もっと「清楚系」で「従順な嫁になりそうな系」の、好感度アップ作戦的な服で来るからっ!

 ……っていうか、実家に連れてくるのなら、前もって言っておいてよぉっ⁉︎

「彩乃さん、わたし、お見合いのときのあなたのお着物を見ても思ったんだけど……」

 あぁ、♪ 来ぅーる~、きっと来ぅる~
 貞子じゃないよっ。「お姑さん」からのお初のダメ出しだよっ。

「……キャバ嬢、でしょうか?」
 先手を打って、先に言っておこう。

「……はぁ?」
 お義母さまの麗しいお顔が素っ頓狂になった。

「言われたんです、将吾さんから……『キャバ嬢の初詣』って」
 わたしは思い切って言った。

 ——でも、お義母さま、大丈夫です。これからは、この元華族のお屋敷みたいなおうちの「富多家の嫁」にふさわしい服装を心がけます。

「ばっ、バカかっ⁉︎ おまえ、なに言って……」
 将吾さんが、突然、おろおろしだした。

「……あんた、彩乃さんにそんなこと、言ったの?」
 お義母さまは、それこそ井戸の底から貞子を呼び覚まさせるような、低ぅーいお声を発された。

「あ、そうだ。彩乃、婚約指輪見せてやれっ。マイヤさん、見たいだろ?」
 いきなり将吾さんがわたしの左手を掴んで、お義母さまに、ほれっ、と見せる。

「指輪とお揃いのイヤリングなんだ」
 今度はわたしの耳にかかった髪をぱらっと払って見せる。

 そのとき、わたしの視界の端に、わかばさんの表情が入ってきた。
 この場に立っているのがやっと、というくらい青ざめ、思いつめた顔をしていた。

 兄の島村さんがわかばさんを促し、この場からそっと辞去した。

 わたしの頬を思わずほころばせる、この婚約指輪エンゲージリングは……

 ——知らず識らずのうちに、だれかの心を傷つけていた。

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