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第三部「いつか」
第十六話
しおりを挟むとうとう、彼の入営のための壮行会の日が来た。
おめでたい席だから、一緒にお祝いに行こうと、伯父も伯母もそして廣子も云ってくれた。
だけど、わたしは左右に頭を振って頑なに拒んだ。
弾除けのお守りは、廣子に習って作ってあった。
でも、これは彼には渡せないかもしれない。わたしは、明日の駅への見送りにも、行くつもりはなかった。
伯父たちは、八丁堀というところにある彼の家へ出かけて行った。
わたしの生まれ育った東京にも同じ「八丁堀」という地名がある。よくある地名ではないと思うから、なんだかちょっと、不思議な気がした。
留守番のわたしは、彼から勧められた「浅草紅団」の続編である「浅草祭」を読んでいたが、そのうち夕闇が訪れて読みづらくなった。
本を放り出したわたしは、灯火管制のために電灯を点けても薄暗い部屋の中で、夕飯も食べずにただぼんやりしていた。お腹は四六時中空いているのに、今はなにも口に入れる気にはなれなかった。
——やっぱり、つまらない意地なんか張らないで、あの人のうちへ行けばよかったかもしれない。
この地へ疎開してきたときは……いや、ほんの数週間前は、こんな気持ちを味わうなんて、だれが想像できただろう。ついこの間まで、無邪気に好奇心の塊で「痴人の愛」を読んでいたわたしが、我ながら別人のようだ。
どうして、こんなことになったんだろう。考えても、考えても、わからない。
そのとき、恐れていたことが起こった。突如、警戒警報のサイレンの音が鳴り響いてきたのだ。
わたしは、ラジオに飛んで行って、つまみを捻った。
夜にたった一人で空襲を待ち受けるのは、東京にいた頃でも一度もなかった。真夏なのにゾクッとして、背中に一筋、冷たい汗が流れた。
祈るような気持ちで警報解除を待ったが、とうとう空襲警報に切り替わった。
わたしは電灯を消し、暗闇の中、防空頭巾を取りに行って被った。
——たった一人で、防空壕に入れるだろうか。
夜にやってくる空襲が惨事を巻き起こしやすいということは、経験上嫌ってほど知っている。防空壕へは絶対に入らねばならない。
不安が波のように心に押し寄せてくる。心臓が、バクバクと音を立てているのが聞こえてきた。
わたしはそんな気持ちをなんとか宥めながら、とにかく勝手口のある台所へ向かった。
火の元を確認していたら、すでに脂汗が額に浮き出していた。
いよいよ外に出るために、勝手口の戸の閂を抜こうとした。
閂にかけた手が、指が、小刻みに震えている。
そのうち、だんだん息苦しくなってきて、わたしは胸を押さえた。
知らず識らずのうちに、荒い息になっていた。
そして、目の前がさーっと暗くなり、次の瞬間、わたしは土間の上にしゃがみ込んでいた。
——また、「あれ」がやってきたのだ。
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