遠い昔からの物語

佐倉 蘭

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第二部「さくら、さくら」

第十話

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〽︎ わ…れは…う…みの…こ、し…らな…み…の……

   微睡まどろみの中で、廣子の透き通った美しい歌声が聴こえてきた。

〽︎ さ…わぐ…い…そべ…の、ま…つば…らに……

   わしは目を開けた。

「……起きたん」
   廣子がふっくらと微笑んだ。

   既にきっちりと服を身につけ、わしが眠っている蒲団のそばに座って、すっかり乾いた洗濯物の中の軍足を繕っていた。 かかとの部分の補強がない軍足は穴が開きやすいため、薄くなった生地のところに当て布をしていた。

「義彦さんが無事にお務めを果たせますように、ってお祈りしもって繕っとるんよ。……うちが知っとる海の歌、歌いもって」
   いじらしいその姿にぐっときたわしは、身を起こして、廣子を引き寄せようとした。

「うち、針持っとるけぇ、危なぁんよ……」
   廣子は慌てて針と軍足を脇へ置き、それから、裸のままのわしのために下着を持って来ようとした。

   わしはそれを制して、廣子を抱きしめた。そして、そのぷっくりしたくちびるを奪った。

「……わしもその歌、好きじゃ。特に最後の歌詞がこんまい時分から一番いっちゃん好きじゃったのう」
   廣子から唇を離したおれはそう云って、
「〽︎ ぃい~でぇ~大船ぇを乗~り出~してぇ~」と歌ってみた。

   てっきり、廣子も一緒に歌ってくれるのかと思えば、
「……はよう、これを仕上げてしまわんといけんわ」
と口の中でもごもご云って、繕い物を再開した。

   歌詞を知らないからだと思ったわしは、
「〽︎ い~ざ、軍艦にぃ乗~り組みてぇ~我はまもらん~海の国ぃ~」
と、歌い切った。


   廣子に「お蒲団の上に灰落とさんでね」と云われながら煙草を吹かしていたら、今日は一日中部屋に閉じこもっていたことに気づいた。
   せっせと繕い物をしている廣子に、行きたいところはないか尋ねた。

   すると、廣子は目を輝かせて答えた。
「義彦さんが夕べ、裏のみぞに蛍がようけおるって云うとったじゃろ。うち、見に行きたいんじゃけど」

   わしは快くそれを請け負った。

「……ほいで、もう一つ、聞いてほしいんじゃけど……」
   廣子は上目遣いで探るように云った。

「うちらに、子ぉが生まれたら……」
   廣子が思い切ったように言葉をつないだ。

   わしは煙草を持っていない方の指で、いとおしい廣子の頬を優しく撫でた。
——わりゃぁ頼みじゃったら、わしゃぁなんでも聞くけぇのう。

「……絶対に、子どもの前では歌わんでね」
   廣子の有無も云わさぬ目を見て、わしは敵よりもいびせぇと思った。


   旅館へ戻ってきた神谷たちと四人で夕飯を済ませたあと、わしと廣子は二人きりで風呂へ入った。

   わしの身体からだを廣子が洗い終えたら、今度はわしがしきりに恥ずかしがる廣子の身体の隅々まで洗ってやった。

   明日帰る廣子に湯船の中で、わしの身体を求めて寂しくなったときに自分で慰めるやり方を教えてやった。
   最初は「そがぁなことをするんじゃったら、舌噛み切るけぇ……」と涙ぐんでいやがっていたが、促されていざ始めると、だんだん興が乗じてきて、最後はしっかり達していた。

   風呂から戻ってきたわしらと入れ替えに、次は神谷たちが入っていった。


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*こんまい ー 幼い・小さい
*ようけ ー たくさん
*いびせえ ー 怖い・恐ろしい
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