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Chapter 2
②
しおりを挟む大学時代、あれだけ女をとっかえひっかえしていたおれが、紗香なしではいられなくなった。
——紗香と結婚したい。
人生をともに歩んでもらいたいのは紗香だけだ、と思うようになった。
それは、清香とつき合い始めた水島も、同様だった。
だが、彼女たちは社長令嬢だ。
この頃、やんごとなき血をひく母親の美貌と佇まいを受け継いだ美人姉妹には、政略結婚の見合い話が山のように来ていたそうだ。姉である清香の方が待ったなし、である。
いつも余裕綽々の水島が切羽詰まった顔で、おれに相談してきたので『社長に「お嬢さんをください」をやれ』とけしかけると、そのとおり実行した。
そして、社長から「朝比奈」の姓は継がなくてもいいが実質的な「婿養子」になる覚悟はあるか、と詰問された水島は長男であるにもかかわらず『もちろんですっ!』と即答し、結婚を承諾された。(後日、水島の実家側は唖然としたらしいが……)
水島の総務での働きぶりに将来性が見込まれたのだ。実際、現在の彼はあさひ証券の社長である。
次はおれの番だ。自信はあった。それに三兄弟の次男だし。
もともと悪くなかったおれの営業成績だったが、紗香と結婚できる力を身につけなければと思ってしゃかりきに取り組むうちに、群を抜いて良くなり始め、他の追随を許さないほどになっていた。全国の本支店合わせた中で、ぶっちぎりのトップセールスだった。
おれは二十代で、本店営業部の営業課長になっていた。
ところが——
『上條、おまえと紗香の結婚は絶対に許さない』と、社長から言われたのだ。
姉の清香が「恋愛結婚」なので、妹の紗香には会社のために、なんとしても政略結婚してもらう、ときっぱり告げられた。
何度も頭を下げて結婚の許しを乞うたが、聞き入れてもらえなかった。おれは本店から沖◯支店に飛ばされ、遠距離恋愛になった紗香が不安になって、家出騒ぎを起こした。
その結果、おれはとうとう会社を辞めて、紗香をかっ攫う決意を固めた。
他社からヘッドハンティングの話がちらほら来ていたから——◯縄支店でも相変わらず全国一のトップセールスを死守した——紗香をじゅうぶん養っていけると思った。世間知らずの紗香は『わたしもパートで働くっ!』と喚いていたけれど……
そんなとき、動いたのは会社の重役たちだった。
おれが辞表を出してライバル会社へ転職するかもしれない、と聞きつけたらしい。
突如、役員会議が開かれ、重役たちが社長解任の緊急動議をチラつかせ、おれが流出するのは会社にとってこの上ない痛手となるから、社長に結婚を承諾するよう迫ったのだ。
そういうわけで、社長は渋々、紗香との結婚を承諾してくれ、結婚準備もあっておれは沖◯支店から東京の本店に戻ってこられたのだが、結婚式のあとハネムーンから帰ってきたおれたちを待っていたのは——
【本店 営業部 営業課長 上條 真也殿
七月一日付で、網◯出張所 所長を命ずる】
という辞令だった。
——あば◯りぃ?うちに◯走出張所なんてあったっけ?
と思っていたら、人事部長自らすっ飛んできた。
『上條、すまん。社長の妄想が暴走した。正しいのは……こっちだ』
息を切らしながら、辞令を渡してくれた。
【本店 営業部 営業課長 上條 真也殿
七月一日付で、札幌支店 営業部長を命ずる】
——一応、栄転ではあるが……
しかし、役員会で顔を潰された社長が黙ったままでいるはずがなかった。そのときから、一年ごとに転勤する「参勤交代」生活が始まったのだ。
寿退社した紗香は、大地を産んでからも転勤先についてきた。だが、さすがに子どもを連れて一年ごとに引っ越しするには限界があった。
大地が幼稚園へ入園する年齢になったのを機に、二人を東京に残しておれだけ単身で赴任することにした。東京だとおれと紗香の実家もあるし、大地と同い年の慶人を育てる姉の清香だっている。
『真也さんが東京に戻って来られるように、わたしがここで大地とがんばるっ!』
涙がぷっくりと盛り上がって今にもあふれ出しそうなのに、必死で堪えている紗香が、健気でかわいくて愛しくて……
思わず引き寄せて、ぎゅーっと抱きしめたら、紗香はおれの腕の中で子どものようにわんわん泣いた。
二人目の子を……それも女の子を熱望していたのに、とうとう授けてやれなかったのは悪かったと思っている。
とはいっても……
確かに一年ごとに単身赴任先のマンションは次の赴任地へ引っ越さざるを得なかったが、実際は東京での得意先がおれでないと話にならんと言うので、一ヶ月のうち一週間ほどは「出張」扱いで東京の広尾の自宅に帰っていたのだが。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜
それから時は流れて……
専務になってからも相変わらず「参勤交代」していたが、大阪支社長も兼ねてこちらに来てからはここ数年、転勤はない。
——もしかしたら、この地で「上がり」かもしれないな。
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