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Chapter 7
⑦
しおりを挟む礼子は優雅な所作でワインボトルを手に取り、グラスに注いだ。香りを閉じ込めるように、リムが窄まった形状になったワイングラスだ。
「あなたもお呑みになる?」
杉山は麻琴の分のワイングラスも置いていた。
「ありがとうございます。でも、ギ◯スのあとはボ◯モアを呑みますので」
一口にアルコールと言っても、それぞれ好みがある。ピートを好む麻琴は甘い酒が苦手だ。
礼子は気分を害することなく「そう」と言って、麻琴の質問に答え始めた。
「恭介からイギリスへ発つ、って聞いたとき、てっきりプロポーズされて、わたしも連れて行ってくれるもんだと思ったわよ。……『永すぎた春』のいいきっかけになる、ってね」
麻琴も、普通はそう思うでしょう、と思った。
「でも、恭介はそうじゃなかった。同じ『きっかけ』にするにも、彼は真反対のベクトルに向いていたの。『これが潮時だと思うから別れよう』って、きっぱり言われたわ」
礼子は慣れた手つきでスワリングする。
「わたしたちは確かにつき合ってはいたけれど、実はお互い『一筋』ってわけじゃなかったのよ。二十歳前後からアラサーまでの間なんて、誘惑もあるし好奇心も旺盛だし。……長い人生の中で『たった一人しか知らない』っていうのは考えられなかったわ。だったらと、いざ別れるとなれば、今度は急に一人になるのがさみしくなったり、怖くなったりしてね。だから、わたしも恭介も、多少のことには目を瞑ってやり過ごしていたわ」
礼子はワイングラスの中の蜂蜜色を見つめる。
「……別れるまでもなく、とっくに終わっていたのよ、わたしたち」
礼子はワイングラスを店の照明にかざす。蜂蜜色が黄金色に変わった。
「だから、ヨリを戻すなんて考えられないわ。きっと——恭介もそうよ」
礼子はワイングラスをテーブルの上に置いた。
「それにね、あなた……SNSとかでアゲたりする人には見えないから言うけれど」
もちろん、麻琴はそんなことはしない。
「わたし今、うちの社長とおつき合いしてるんだけど、この前プロポーズされたの」
——ええぇっ?
むしろ、恭介と同い歳の礼子がその年齢まで独身なのが不思議なくらいだった。
だからこそ、未だ恭介のことが忘れられないのかと、勘ぐったくらいだ。
——そりゃあ、これだけの美貌の女だから、プロポーズされるのなんて日常茶飯事なんでしょうけれど……
「普段使いできる上質なジュエリー」をコンセプトにして一九七〇年代に創業された(株)Jubileeは、通勤から休日のお出かけまで気軽に使える優れモノでありながら、ちょっと気の張ったフレンチレストランやお寿司屋さんにも堂々とつけていける品質の高さだ。それでいて、海外のブランドよりもリーズナブルなのである。
また、テレビのニュース番組に出演する女性キャスターたちにも貸し出されているため、知的で洗練された雰囲気もある。
そのJubileeの現在の社長は、創業家の二代目だ。
父親から会社を引き継いだ彼は、職人の手技が常識だったこの業界で、いち早くコンピュータを導入し、最新の正確無比な宝石のカッティング技術によって大幅なコストカットを実現させた。
同時に、雑誌などの広告媒体に積極的にアプローチしながら、全国の主要デパートに店舗を展開していく拡大路線に舵を切り、会社に今のような繁栄をもたらした。
すでに五〇代にさしかかっているが、いわゆるちょい悪オヤジのレオン系「イケオジ」である。若い頃から女優やモデルと浮名を流していて、テレビのワイドショーや週刊誌などを賑わせてきた。
——うーん、確かバツが二つか三つ、ついてたと思うんだけども。お子さんもそれぞれにいたような……
他人事ながら麻琴は心配になって、慶ばしいことを告げられたはずなのに、表情が曇った。
——もし、自分の友だちだったら、絶対に踏み止まるように忠告するわね。
気が早すぎるかもしれないが、遺産相続で確実にどろっどろに揉めるパターンだ。
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