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Chapter 4
②
しおりを挟む仕事帰りで「腹が減ったな」と守永が言うので、麻琴が「杉山くん、なにかお願いできる?」と所望すると、杉山は「かしこまりました」と応じて、早速牛肉のカルパッチョを出してくれた。
そのあと、魚介のアクアパッツァ、さらにその鍋にごはんを「投入」してのチーズリゾットへと続く。
ポーカーフェイスで、会社ではあまりはっきりと喜怒哀楽を見せない守永ではあるが、
「すんげぇ旨いわ、これ」
と唸りながら、すっかり相好を崩している。
杉山は学生時代からいろんな飲食店でアルバイトしてきていて、その中にはスペインバルやイタリアンバールもあった。
空腹が満たされたあと、麻琴はヱ◯スからキープしているボ◯モア十二年のロックに移った。
ずっとオリ◯ンドラフトだった守永も「呑んでみたい」というので同じものを頼む。
しかし、彼はその琥珀色の香りを嗅いで、表面をぺろっと舐めたかと思うと、
「なんだ、この正露丸みたいな臭いと味は?」
と言って鼻白んだ。
どうやら、ピートの馨しさが理解できないようだ。
「じゃあ、カクテルにします?杉山くんはこの若さで、すでに世界的なコンテストでも優勝していて腕は確かですよ」
麻琴がくすっと笑いながら「提案」すると、
「じゃあ……ギムレットで」
守永が杉山に告げた。
「かしこまりました」
杉山はそう応じて、バックバーからジンのボトルを取った。
——確かギムレットのカクテル言葉って……「遠い人を思う」だったわよね?
しばらく静かに呑んでいたら、不意に「永久不変」だと思われた杉山の表情が、ほんの一瞬だけ崩れた。
彼の視線は店の出入り口にあった。
「いらっしゃいませ、恭介さま」
——えっ?
ハイストールをくるりと回転させて、麻琴は振り返った。
パリコレのモデルのような端正な顔立ちで、明るいブラウンの髪に灰緑色の瞳。
見るからに気品のある生地を使い、イギリスはサヴィル・ロウ仕立てのスリーピースをさりげなく着こなす男性。
まさしく……松波だった。
——どうして?
そして、その「隣」には、まるでそこだけにスポットライトが当たったかのような輝きを放つ、圧倒的な美女が寄り添うように立っていた。
彼女の顔の造作の美しさは言うに及ばない。
軽くウェーブのかかったブルージュの髪は、いかにも仕事のできる「オトナの女」という印象でありながら、黒髪のような重たさは一切ない。
その身長は、ヒールを履いて軽く一七〇センチを超えている。
全身に纏うオフホワイトのパンツスーツが、すらりと伸びたその肢体にしなやかに沿って、彼女のすばらしさを最大限に引き出していた。
その女は、一見しただけで非の打ち所がないことがわかる……「絶世の美女」だった。
——あれ、この女、どこかで見たことのあるような気が、するんだけれども……
「いらっしゃいませ、久城さま」
そう言って「通常営業」に戻った杉山が、彼らをカウンターに促した。
——くじょう?
「すんげぇ、美男美女。……芸能人か?」
守永がぼそり、とつぶやいた。
その言葉で麻琴はピンときた。
——彼女、久城 礼子だわ。
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