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Chapter 2
①
しおりを挟む首都高速台場線のインターを降りてすぐにある海外でも有名な系列のホテルに、そのショットバー「Viscum」は入っていた。会社があるテレ◯ムセンターからでも、タクシーで十分もかからない。
一見の客がふらっと訪れるには敷居の高い、いかにも「オトナの宿り木」という落ち着いた雰囲気を醸し出すそのバーに、麻琴はなんの躊躇いもなく入っていく。
以前からここには、なにも考えずにただ一人で呑みたいときに訪れていた。
麻琴がいつものようにカウンターのハイスツールに腰を下ろすと、艶やかな黒髪をオールバックにし左耳にダイヤのピアスを輝かせたバーテンダーがおしぼりを持ってきた。
「いらっしゃいませ、渡辺さま」
背筋をすっ、と伸ばしてやたらと姿勢がいい彼は、まだ二〇代の半ばであるにもかかわらず、すでにバーテンダーの世界大会で優勝している若手の有望株だ。
胸のネームプレートには「杉山」とある。オーナーである祖父からこの店のマスターを任されていた。
「とりあえずビールでよろしいですか?」
杉山がコースターをセットしながら尋ねる。
「そうねぇ、杉山くん、ホワイトエールはあるかしら?」
「ヒュ◯ガルデン・ホワイトでしたらございますが」
ベルギービールの中でもコリアンダーとオレンジピールの風味のするホワイトビールだ。
「……じゃあ、それをお願い」
しばらくヒューガルデン・ホワイトを呑んでいると、背後に気配を感じた。
麻琴の隣のスツールに手が掛かる。
「ごめん、待たせたね。……麻琴さん」
麻琴はスツールを四分の一ほど回転させ、一八五センチはあろうかという長身のスーツ姿の男を見た。
見るからに仕立ての良さそうなチャコールグレーのスーツは、店の照明の加減でシャークスキンの布地が微妙な光沢を放っている。
「大阪で学会があってね。これでも、がんばって早く帰ってきたんだけどなぁ」
灰緑色の瞳を少し曇らせた彼が、明るめのブラウンの髪をかき上げながらつぶやく。
「いえ、お忙しいのはわかっていますから」
日本人離れした顔立ちから、どう見てもパリコレなどのモデルにしか見えない彼に向かって、麻琴はにっこり微笑んだ。
「いらっしゃいませ、恭介さま」
杉山が彼におしぼりを差し出す。
「Cheers,mate.」
彼——松波 恭介が酒を覚えたのが「伝説のバーテンダー」として名を馳せた杉山の祖父のバーだった。
その縁で、杉山のことは彼がまだ酒も飲めない十代の頃から知っている。祖父の手伝いをして下働きしていたからだ。
「恭介さまはギ◯スでよろしいですね?」
杉山はすでにジョッキを左手に持ち、右手はサーバーのレバーを握っていた。
「おい、翔、『決定事項』かよ?ま、いつもそうだけどさ」
松波は口を歪めて苦笑する。最初の乾杯が、アイルランドを代表する黒ビールになるのが彼の定番だった。
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