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الفصل ٨「砂漠へGO!」

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   車は男女別に二台に分かれて走っていて、こちらの運転手さんはもちろん女性だ。力強いハンドル捌きで、前を行くマーリク氏たち男性が乗るランクルをつかず離れず追って行く。

Ma’amアキーラ, are you all right?」
〈奥様、大丈夫ですか?〉
「I'm OK. Thanks,Fatima.」
〈大丈夫よ。ありがとう、ファティマさん〉

   一緒に来てくれたムフィードさんの奥さんのファティマさんだって、車酔いであたしとどっこいどっこいの青白い顔をしている。アブダビの市街地育ちの彼女にとっても、やはり砂漠は「重労働」のようだ。

   親切な運転手さんがあたしたちの気を紛らわせるために、ヨルダン出身だがアラブ全域で絶大な人気を誇る「歌姫」Ha◯fa Wehbeハ◯ファ・ワハビの曲を、車内じゅうにフルスロットルで流してくれている。

   歌手だけでなく女優やモデルも兼ねるハ◯ファは、アラブ世界の中では信じられないほどアグレッシブな女性だそうだ。
   ヨルダンでは女性は頭にヒジャブを被るくらいで顔は隠さず、それどころか西洋の服装を着ていてもそう問題にされないほど、ムスリム社会の中ではアブダビやドバイよりも「寛容」な地域らしい。

   とは言え、彼女の大ファンだという運転手さんが見せてくれたCDのジャケット写真には、とてもとてもムスリム女性とは思えない大胆な姿が写っていた。
   いわゆるハーレムの踊り子風というか、二の腕もお腹も露出して、今にもベリーダンスでも踊り出しそうなショットなのだ。
   そして、戒律の厳しいこの社会で夫と離婚を果たした彼女は、一人娘を育てるシングルマザーでもある。

 ——なんだか、マド◯ナと松田◯子を足して二で割ったような人みたいだなぁ……

   この地で女性運転手、しかも砂漠を運転できる女性はものすごーく希少価値レアらしい。
   ワファーと名乗った彼女は、あたしとまったく同じ姿をしているファティマさんとはまったく異なる格好をしていた。

   運転手ゆえに許されているのか、ワファーさんは視界の悪いニカーブを被らずにレ◯バンのティアドロップのサングラスをかけ、足の動きを阻むに違いない真っ黒なアバヤもまとわず、真っ白なシャツに黒いパンツ姿の完全なる「西洋スタイル」だった。

   今、車内で大音量で鳴っている曲は ♪Liek El Cha Cha だと、ワファーさんが豪快に笑いながら教えてくれた。
   NYやロンドンのクラブでかかっていたとしても不思議ではない、ポップでオシャレなダンスミュージックに聴こえる。

   一方、車酔いが辛そうなファティマさんではあるが、部族のルーツである砂漠へ「帰る」ことはやはりうれしいらしい。

   車中で彼女と話していて知ったのだが、実は彼ら夫婦はマーリク氏と同じ部族出身だったのだ。もちろんワファーさんもそうである。
   そんな素振りをおくびにも出さずに、ムフィードさんは淡々と業務をこなしていた。

「But our lineage should not be compared to our sayyid's.」
〈でも、うちは御主人様サイイドのお血筋とは比べようもありませんので〉
と、ファティマさんは恐縮する。

   それから、あたしがお子さんたちから両親をしばらくの間奪うことになってしまったのを詫びると、
「Could you please don't say that. I think it was a good opportunity for them to understand what our family's job is.」
〈そんなことはおっしゃらないでください。わたしは、あの子たちが我が家の仕事がなんであるか、理解するいい機会となったと思っています〉
   そう言って、彼女は首を左右に振った。

   ファティマさんは三十代前半の年齢だと思うが、ムフィードさんが帰国するのを待っていたためこの地の女性としては「晩婚」で、お子さんたちはまだ七歳と五歳だという。

——いくらファティマさんのお母さんが見てくれているとはいえ、やっぱり申し訳ないなぁ……

「And my husband's mother is the same way.」
〈それに、わたしの夫の母も同じなので〉
「Your husband's mother?」
〈ムフィードさんのお母さんってこと?〉

「Yes, she’s Samara who working at our sayyid's house in Abu Dhabi...」
〈はい、サマラと申しまして、御主人様サイイドのアブダビのお宅で働いている…〉

「ええっ、あのサマラさんがムフィードさんのお母さんっ⁉︎」
   
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