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الفصل ٣「あなたがCEO ⁉︎」

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   ムフィードさんがコンコンコン…とドアをノックして、
「المعذرة ، هل تمانع إذا دخلت؟」
と声をかけた。

「إن شاء الله」
   中から返事らしき声が聞こえ、ムフィードさんがドアを開けてくれる。室長のあとに続いて、あたしもブースの中に入っていく。最後に入ってきたムフィードさんがドアを閉めた。

   奥まったところに配置されているL字型の皮張りのソファに、スーツ姿の男性がゆったりと座ってコーヒーを飲んでいた。
   少しうねりのある漆黒の髪をした彼が、黒曜石のような瞳であたしたちを見る。

——うわっ、なに、このひと……スーパーモデルかハリウッドスター⁉︎

   彼は何事にもいっさい臆することないように堂々と真正面から、じっとあたしたちを見ていた。
   日本人と違って外国人は目を見て話すのが基本だが、それにしても彼の目力はハンパなかった。その黒い瞳以外にも、うつくしく整えられた濃い眉やすーっと一筋通った隆鼻に、彼の「意志」のようなものが感じられる。

——ムフィードさんにはあまり感じられなかった「圧」だけど、ガチのアラブの男の人ってこんな感じなのかなぁ……

   しかし、精悍そうに見える浅黒い肌には、イスラム教徒ムスリムの成人男性にしてはめずらしくヒゲがない。
   そして、この地域特有の湿気を含んだ蒸し暑い気候にもかかわらず、グレンチェックのブリティッシュスタイルのスリーピースをきっちりと着ていた。
——まぁ、室内はガンガンに冷房効いてるけれども……
   日本人男性よりもしっかりとした彼の骨格に、ぴったりと沿ったカッティングが施されているそのスーツは、見るからに上質そうな生地だ。

「صاحب السمو أمير」
   ムフィードさんが彼に話しかける。
「السلام عليكم」
   彼がムフィードさんに目を移して答えた。
「والسلام عليكم」
   小声でもよく響く低音だった。

——うっわー、このひと見た目だけじゃなくて、声まで「イケボ」じゃん。

‎「كيف حالكم؟」
‎「أنا بخير بفضل الله」
‎「الله أكبر」
‎「وأنت؟」
「أنا بخير بفضل الله أيضًا. بالمناسبة ، هناك شخص أود أن أقدم لكم」
‎「إن شاء الله」

   だけど、なにをしゃべってんのか、さっぱりわかんないわ……

「صاحب السمو」
と彼に呼びかけつつ、ムフィードさんがあたしを見て言った。
「هي ماميكو ميورا من شركة ناغازاوا العقارية التي انتقلت من طوكيو.」

   すると、彼もまたあたしを見る。ムフィードさんの言葉の中に『マミコ・ミウラ』や『ナガサワ』とあったような気がしたので、たぶんあたしのことを彼に紹介してくれたのだろう。

「マミコさん、Malikマーリク Property Development不動産開発会社最高経営責任者C E O、イブン・マーリクさんです」

   今回のプロジェクトの総責任者だ。彼が采配を振るう範囲はアブダビ内だけでなく、あたしたちのような外国の会社にまで及ぶ。
   つまり、この地域の長澤不動産うちの社運を握っているのは彼なのだ。

——絶対に、粗相のないようにしなければ!

「初めまして、ミスター・マーリク。長澤不動産の三浦 真珠子まみこです。初めてこの国にきたばかりでなにもわからず、ご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いいたします」

   あたしはそう告げて、握手する手を差し出す代わりに、深々とお辞儀した。丁寧なお辞儀は、存外に外国人にウケるのだ。

「『真珠子』の漢字は『真珠パール』を意味します」
   愛想良くにっこりと笑いながら話すこの「ネタ」は、外国人に対して自己紹介する際のあたしの「鉄板」だ。
   日本ではなかなか読んでくれない我が名ではあるが、外国人にとっては「pearl=日本」なので重宝するのだ。このときばかりは、名付けてくれた両親に感謝だ。

「صاحب السمو ، تقول إنها ستزعجك لأنها لا تعرف شيئًا عن هذا البلد」
‎「إن شاء الله」
「بالإضافة إلى ذلك ، اسمها يعني لؤلؤة في اليابانية」
「هل هي تتحدىنا للقتال؟」
「إنه غير ممكن」

——あぁ、やっぱりさっぱりわからない……

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