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الفصل ١「アブダビってどこ?」
①
しおりを挟む「——えっ、人事部長から呼び出し、ですか?」
いつものように定時出社し、タブレットでスケジュールアプリを開いて、この日ご希望される物件の内覧にご案内するお客様の確認を自席で行っていたときだった。
「そうなんだよ。今、僕に部長から社内メールで連絡があってね」
あたしが所属するマンション事業販売部の田代課長が腕を組んで訝しげな顔をする。
四十代半ばの上司の目下のお悩みは、一人娘ちゃんが中学生になって反抗期モードに突入し、なかなか口を聞いてくれなくなったことだと聞いている。
「いったい、何の用だろうね?」
ゆるキャラのタヌキみたいな風貌で 、惚けた顔して訊いてくる。
——いやいやいや、こっちが聞きたいんですけれども。
そういうところですよ、娘ちゃんがイラッとするの。決して、悪い人ではないんだけどなぁ……
人当たりも良く、お客様のお話を親身になって聞いて決してガツガツと売り込んだりしないから、成約物件数はいつも上位の人なんだけど……
まぁ、今は売り手市場で特に都内の物件数自体が不足しているし、それでなくてもうちは大手の不動産会社だから景気に左右されることは少なく、おかげさまで少々余裕かましてても割とコンスタントに売れていくんだけどもね。
もちろん、あたしはいつでもベストを尽くすけどっ!
「とにかく、行ってきます」
お客様との約束の時間もあるし、担当の新築物件のマンションギャラリーにも寄らなきゃいけない。なんだかわからない厄介な話は、とっとと終わらせるに越したことはない。
あたしは、すくっと席から立ち上がった。
あたしが勤務する(株)長澤不動産は、長澤ホールディングスを持株会社として、傘下にはほかに(株)長澤建設や(株)長澤リゾートなどを擁する総合建設業である。
そして、本社にある首都圏住宅販売事業部・マンション事業販売部に、あたしは配属されている。
本社は、有栖川パークヒルズ内に聳え立つ高層のオフィスビル内にあった。このオフィスビルは、四十八階までは店舗や企業などのテナントが入居するライフサービスゾーンで、四十九階から上は我が国屈指の歴史を誇る名門ホテルになっていて、最上階の五十四階にはフランスの某タイヤ会社から齎らされた星を冠する高級レストランがある。
さらに、有栖川パークヒルズはそんなオフィスゾーンだけではなく、「日本の古き良き文化を世界に発信する」というコンセプトで老舗和菓子店・呉服店・宝石店などが入ったショッピングモール、二十四時間コンシェルジュ常駐で一戸が軽く億を越える低層の高級レジデンス、全室個室のうえにホテル並みのサービスを提供するという高級総合病院まで備えているのだ。
まさに、「複合タウン」である。
あたしの所属するマンション事業販売部は、長澤不動産の有栖川パークヒルズ支店の店舗がある二階にある。
ところが、人事部のある管理部門は四十六階にあった。社長室や重役室がある本社フロアだ。
なので、いったんオフィスから出て、ビルのエレベーターに乗って四十六階へと赴く。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
「——あら、パールじゃん。どうしたの?」
同期で人事部にいる井上 朋美があたしを見て、不思議そうな顔で尋ねる。もともと、個人情報を扱う人事部はなにかと法令遵守がうるさいから、一般社員はおいそれとは近づけないのだ。
あたしの名前は、三浦 真珠子と書いて「みうら まみこ」と読む。キラキラネームではないと思いたいが、生まれてこの方、一度たりとも正しく読んでもらったことはない。
そして、小学生の頃から「真珠」と呼ばれてきた。(もっとも、男子からは「パールライス」と呼ばれてきたけれど……ムカつく)
「人事部長から呼び出されてんのよ」
あたしがそう答えると、
「えっ、そうなんだ。すぐに部長呼んでくるわ」
朋美は奥にあるミーティングルームへと案内してくれた。
ミーティングルームに通されてから、しばらくすると近藤人事部長がやってきた。
五十代の部長は、さすが人事部を任されているだけあって、ゆったりとした所作ではあるが切れ者の印象は隠せない。
「あぁ、三浦さん、こっちから呼び出しておいて待たせてすまなかったね。ちょっと、急に社長から呼ばれたもんでね」
長澤不動産の現社長は、前社長の二男で創業者一族のうちの一人だ。
「いえ……それで、どのような御用件でしょう?」
あたしは早速本題に入った。
「三浦さん、君は海外事業部への転属願いを出していたよね?」
——そうだ、ダメ元で人事に出していたんだった。
「正式な辞令は後日になるが、その前に君の意思を確認しておきたい」
できれば若いうちに日本以外の国で働いて、自分の力を試してみたかったのだ。
「君に——アブダビへの海外赴任の内示だ」
——って……アブダビって、どこ⁉︎
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