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八段目
丈毋の場〈伍〉
しおりを挟むこの先、兵馬とは如何ように相対するべきか、皆目見当もつかなかった。
だが、如何なる神仏の思し召しかは存ぜぬが、二人は夫婦になったのだ。
しかも、武家同士の婚姻である。
初夜はあないなことになってしまい、兵馬からは寝屋への立ち入りを禁じられてしまった美鶴ではあるが、いずれ必ずやこの松波家の次代を担う後継ぎを産まねばならぬ身の上には変わりない。
ましてや、吉原の廓が「生家」の美鶴には、離縁して帰る家はない。
さらに、これからこの先、南町の組屋敷界隈の者たちはもちろん家人のだれに対しても、さような「出自」を絶対に知られぬことなく生きてゆかねばならぬのだ。
そうとなれば、気を巡らせてばかりいても埒は明かない。
美鶴は気を取り直して、浴衣の仕立てに取りかかることにした。
兵馬は、長身の島村 勘解由より、身丈がさらに一寸(約三・三センチ)ほどありそうだった。
——若さまは肩幅がしっかりして、手脚が長う見えたゆえ、念のため裄丈と褄下は島村さまのよりも一寸半(約五センチ)ほど出しておこうか。二寸(約六・六センチ)では長すぎるでござろう。あとは島村さまと同じでござんしょう。
あれは——美鶴が吉原を出る直前の頃だった。
美鶴が分別のつかぬ同心見習いたちに襲われかけた処を、兵馬に助けられたのが切欠であった。
いつしか、兵馬とほぼ毎日、人目を憚りつつ明石稲荷の御堂で逢うようになっていた。
あの頃の兵馬の、若侍らしく生き生きとして颯爽とした姿が、美鶴の心に過る。
——あの頃の若さまは、滅法界もなくお優しゅうござんした……
されども、今の我が身には、あの頃がひと昔もふた昔も前のことのように感じられてならない。
昨晩の兵馬は、あの頃とはまるで別人のごとく冷ややかであった。その姿は、まさに町家の者を取り締まる奉行所の役人の風情であった。
兵馬にとっては、所詮「御家のための妻」であることが、まざまざと思い知らされた。
だが、兵馬とて美鶴があの「舞ひつる」であるとは、夢にも思っていないであろう。
また、それを明かしては絶対にならぬ。
——若さまと、また心が通い合う日が来るなぞ、わたくしには到底思えぬ……
さような思いを振り切るかように、美鶴は巻かれた反物の布地を、ばさり、と畳の上に広げた。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
そうこうしている間に、夕暮れとなった。自室で夕餉を食したあと、おせいが告げた。
「御新造さん、旦那様がお呼びでやす」
兵馬の父——つまり美鶴にとっては「舅」からの呼び出しであった。
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