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四段目
身請の場〈弐〉
しおりを挟むその日の昼はめずらしく、舞ひつるにはいずれのお師匠の稽古もなかった。
ゆえに、早速妹女郎の禿たちの隣に座って稽古に加わろうとすると、
「舞ひつるは、今日は止しなんし」
姉女郎の羽衣から、ぴしゃりと制された。
「近頃、なにかに取り憑かれなんしたかのごとく根を詰めて精進しなんしゆえ」
「舞ひつる姐さん、心なしか顔色が悪うなんし」
禿の一人、羽おりが気遣わしげに云った。
「わっちも、さように思うていなんした」
もう一人の禿、羽おとも肯く。
「お稽古の最中、お邪魔しなんして申し訳のうありんす」
番頭新造のおしげが座敷に入ってきた。
「お内儀さんが、舞ひつるをお呼びでなんし」
「何のご用でなんしかえ」
かような時間に内所に呼び出されるのは滅多とないゆえ、羽衣が尋ねる。
「さぁ、わっちには、なんとも……」
どうやら、おしげには用件を知らせていないらしい。
舞ひつるは訝しみながらも、内所へ行くために腰を上げた。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
一階の内所へ降りていくと、お内儀がいて、
「……あぁ、舞ひつる、お入り。いきなり稽古の最中に呼んで悪かったね」
と、座敷に招じ入れられた。
誠にめずらしきことに、お内儀の隣には莨盆を挟んで、見世の主人が懐手をして座している。
久喜萬字屋は主人であるこの長兵衛よりも、妓たちから「お内儀さん」と呼ばれているおつたで保っていた。ゆえに、見世で長兵衛を見ることは滅多とない。いわゆる「髪結いの亭主」だ。
町家言葉のおつたは遊女でも女郎でもなく、そもそもは吉原に伝手のあった浅草の料理茶屋の娘で、年頃には店の手伝いをしていた。
おつたの客あしらいの見事さに目をつけた久喜萬字屋の先代に「是っ非とも我が倅の嫁に」と望まれ、以後この家の稼業にどっぷりと浸かることになった。
「旦那さま、舞ひつるが参ってござんすよ」
おつたが莨盆の向こうの長兵衛に目を遣る。
だが、長兵衛は「……うむ」と一度肯きはしたものの、懐手を解くことはなかった。
その刹那、おつたの目が鋭く尖った。しかしながら、はぁ、と一つため息を吐くと、丸髷に結った髪から簪を一本引き抜き、かりかりと地肌を掻いて気を取り直す。
「……舞ひつる、ようお聞き」
そして、改めて舞ひつるに向き直った。
「おまえさんに、身請けの話が来てるんだよ」
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