23 / 129
三段目
玉ノ緒の場〈弐〉
しおりを挟む「……そのお方は、梅ノ香姐さんでありんす」
おしげが話を引き取った。
「部屋持ちでいなんした梅ノ花姐さんは、わっちがまだ月の障りが来る前、下働きとして此処で奉公し始めなんした時分に落籍かれなんしたゆえ、わっちが口をきいたことはほとんどあらでなんしが……」
そして、舞ひつるをじっと見る。
「まだ引っ込み禿でいなんして、真名の『おてふ』と呼ばれていなんした胡蝶姐さんと、親しゅう話をしていなんした」
胡蝶は、若くして世を去った舞ひつるの母だ。
母を知る久喜萬字屋のお内儀などは、最近ますますその時分の胡蝶に似てきたと、舞ひつるを眺めては云う。
「さすれば……淡路屋さんは玉ノ緒姐さんよりも、今のお内儀さんが昔親しゅうしなんしたお方の娘の舞ひつる姐さんを、身請けしなんした方がよろしゅうなんしではないかえ」
羽おりが邪気なく思ったことを云う。
「あれ、忘れなんしたのかえ」
詮なきことを申す羽おりを、羽おとは呆れた目で見る。
「そもそも、淡路屋の若旦那が玉ノ緒姐さんを見初めて自らお望みしなんした、と云う話でありんす」
「そ、そないなこと、忘れてなんしなぞ……」
うっかり失念していた処を見事に羽おとに突かれ、羽おりが色をなす。
「……玉ノ緒は、お廓きってのお三味の上手にてありんす」
見かねた舞ひつるが、すっと口を挟む。
「町家に嫁ぎなんした折には、ずいぶんと重宝がられなんし」
町家の者たちの間では、気軽に奏でられてしかも持ち運びの良い三味線がたいそうな人気で、老若男女を問わず元芸妓の「お師匠」の許に出向き、教えを請う者があとを絶たない。
ゆえに、近頃の町家の娘たちの嫁入り支度としても、箏よりお三味の方に軍配が上がった。
もう直に子の刻を迎える見世は、宴を終えてすっかり静まりかえっていた。
羽衣はすでに今宵の客と閨に入っている。
舞ひつるたちはこってりと塗った化粧を米糠で擦って落としつつ、客が手をつけなかった御膳のお菜を腹が重くならぬ程度に摘んでいた。
もし、羽おりと羽おとの諍いが始まって夜半にもかかわらず騒ぎ立てでもしたら、翌朝舞ひつるやおしげまでもが内所に呼び出されて、お内儀にこっぴどく叱れる羽目になる。
「お廓のことをよう知るお姑がおられなんし。……玉ノ緒は、きっと幸せになりんす」
舞ひつるは声を抑えてつぶやいた。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし
佐倉 蘭
歴史・時代
★第10回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
ある日、丑丸(うしまる)の父親が流行病でこの世を去った。
貧乏裏店(長屋)暮らしゆえ、家守(大家)のツケでなんとか弔いを終えたと思いきや……
脱藩浪人だった父親が江戸に出てきてから知り合い夫婦(めおと)となった母親が、裏店の連中がなけなしの金を叩いて出し合った線香代(香典)をすべて持って夜逃げした。
齢八つにして丑丸はたった一人、無一文で残された——
※「今宵は遣らずの雨」 「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜
佐倉 蘭
歴史・時代
★第9回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
「近頃、吉原にて次々と遊女の美髪を根元より切りたる『髪切り』現れり。狐か……はたまた、物の怪〈もののけ〉或いは、妖〈あやかし〉の仕業か——」
江戸の人々が行き交う天下の往来で、声高らかに触れ回る讀賣(瓦版)を、平生は鳶の火消しでありながら岡っ引きだった亡き祖父に憧れて、奉行所の「手先」の修行もしている与太は、我慢ならぬ顔で見ていた。
「是っ非とも、おいらがそいつの正体暴いてよ——お縄にしてやるぜ」
※「今宵は遣らずの雨」 「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」に関連したお話でネタバレを含みます。
ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す
矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。
はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき……
メイドと主の織りなす官能の世界です。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる