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二段目
邂逅の場〈弐〉
しおりを挟むそして、兵馬は「与力」として「同心」たちに命じた。
「おまえたちの沙汰は、追って目付役より出させるゆえ…… 即刻、御役目に戻れ」
武家に生まれたる者にとって、上役からの下知は「絶対」だ。
「「「「「御意」」」」」
さように声を揃えた男たちは、がっくりと肩を落としつつも、足早にこの場を去って行った。
「……お武家さま」
舞ひつるは、おずおずと兵馬に声をかけた。
本来であらば、舞ひつるのような下賤な者から与力などという雲の上のお方に話しかけるのは御法度である。
だが、おのれの不用心から生じたことで助けてもらった手前、詫びだけは云っておきたかった。
「此度は、危なき処をお助けおくれなんして、まことに申し訳のうなんし」
嫋やかな所作で深々と頭を下げる。
「おめぇさん、『なんし』って物云いをするってこたぁ、久喜萬字屋の妓かい」
舞ひつるは、目を伏せながら肯いた。
吉原の廓の大見世には独特の云い回しがあり、中見世や小見世のような「ありんす」言葉はほとんど使われていない。
語尾に付ける言葉がそれぞれの見世で異なり、松葉屋は「おす」、扇屋は「だんす」、丁字屋は「ざんす」、中萬字屋は「まし」、そして久喜萬字屋が「なんし」である。
もちろん、客に「ほかとは違う特別な見世」と思い込ませて浮かれさせる狙いもあるのだが、さようなこととは別に、女郎が逃げ出した際に「廓言葉」でお廓を知れさせるのに役立った。
たとえ、女郎が懇ろになった客と吉原の大門の外へ逃げ仰せたと思っても、ひとたび裏長屋の片隅で「廓言葉」を使えば、追っ手が血眼で飛んでくる。
女郎たちは吉原に売られた際に、話す言葉までも売られていた。
「いくら、見世からは目と鼻の先の勝手知ったる御堂だっ云ってもよ、おなごの一人歩きはいただけねぇな」
兵馬の口調は、同心たちに云い放った格式ばった武家言葉から、すっかり気安い町家言葉に戻っていた。
町奉行所に奉公する与力は、ほとんどが町家相手の「町方役人」である。くだけた物云いの方が受けがいいため、敢えてかようにしているのだ。
「奉行所の役人だって男だ。男なんてぇのは羽目を外しゃあ、武家も町家もそないに変わりゃしねぇのよ。それに、おれら見習いは二十歳前後だっ云っても、まだまだ未熟者だしな」
実は、吉原の面番所に詰める御役目を担う町方役人は隠密同心のみのため、いくら「見習い」とはいえ与力が配されることはない。
ところが、兵馬の父で南町奉行所・筆頭与力である松波 多聞の、
『町方役人は恵まれない境遇の者を扱うことが多い。かの地には、孔子先生の論語を素読するよりもずっと教えてくれることがある』
という言により、特別に兵馬は遣わされたのだ。
兵馬が吉原じゅうの者から「若さま」と呼ばれている由縁である。
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