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Last chapter
騎士 ②
しおりを挟む部屋に入ると、早速、稍をベッドに寝かせた。
「彼女に水を飲ませて」
そう医師から指示されて、山口があわてて冷蔵庫からペットボトルを持ってくる。
壁際にあるデスクの上にある電話の受話器を取って、医師がフロントに繋がるボタンをプッシュした。
『はい、こちらフロントでございます』
フロントクラークが出た。
「……あ、フロント?今ね、エレベーターの前で女性が倒れてるところに通りがかってね」
『……えっ、女性がエレベーターの前で倒れられた?』
フロントクラークが驚いている。
『それでは、すぐに救急車を要請いたします』
「いいや、救急車は必要ないよ」
『ですが、万が一のこともありますし』
「彼女は大丈夫だ。ドクターのお墨付きだよ。……だって僕、医師だから」
そう言って彼は、ははは…と笑った。
「それで……今、その女性の連れの人がリザーブした部屋で寝ませてるんだけど……」
そのとき、突然がさがさがさっ…という音とともに『……お客様っ!?』と叫ぶクラークの声が、心なしか遠ざかっていく気配がして……
『……山口か?おまえ、山口やろが。稍はどこや?おれの嫁をどこへ連れて行きやがった?』
代わりに、ドスの効いた関西弁の男の冷たく低い声が聞こえてきた。
「わっ、なんだ、君……僕は山口って人じゃないよ。ちょっと、ちょっと、落ち着いて……」
医師は稍にペットボトルのミネラルウォーターを飲まそうとしている山口を、ちらりと見た。
「ねぇ、君はもしかして……関西のヤ◯ザの情婦にでも手を出したの?」
山口は、はぁっ?という顔になる。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
智史は、電話の主がどうやら山口ではないことに気がついた。声が違う。
「あの……エレベーターの前で倒れた女性って……麻生 稍という名前ではありませんか?」
改まった声で尋ねた。標準語だ。
『あぁ、そうだよ。確かに倒れていた人の名前はその「ややさん」だ』
電話の主があっさりと答えた。
智史は息を飲んだ。みるみるうちに顔が歪んでいく。
「稍が倒れたって……どうして……」
「えっ、その倒れてた女性って、ややちゃんなのっ!?」
麻琴が智史の袖を掴み、揺さぶる。
「……稍は僕の妻です。妻になにがあったんですか?妻は今、どのような状態なんですか?」
いつも冷静沈着な「青山」がその声に焦りを滲ませていた。
『「ややさん」のご主人、心配しなくても大丈夫だよ。奥さんは今ここで静かに横になってるからさ。それから、僕……たまたま居合わせた医師なんだけどね』
「えっ……医師?」
智史が目を見張る。
『そう、医師なんですよ』
電話の向こうにある声には、相手を落ち着かせる響きがあった。
『奥さんは突然、心因性のパニックを起こしたようだね。しばらく寝んでいれば落ち着くだろうから、選択的セロトニン再取り込み阻害薬を投与するほどじゃないし、今日のところは病院に行く必要はないよ』
「医師の説明」に智史は安堵のため息を吐いた。
『……じゃあ、ご主人、とりあえずこっちに来てくれる?あっ、それからさ、フロントで体温計と、あと家庭用のものでいいから血圧計借りてきてよ』
そして、彼はその部屋の番号を智史に伝えた。
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