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Chapter 9

追憶 ⑤

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   ポートアイランドから船が出る、前日の夕方。

   稍と智史は運動場の奥にある裏山にいた。山といっても丘程度の高さであったが、小学生たちはよくそのふもとで遊んでいた。
   そこには戦時中に掘られた防空壕の跡があった。

   もちろん、先生からは危ないから絶対に入ってはいけないと言われているため、近づいたりはしない。特に今は余震が続く中、いつ陥没するかわからない。

   稍と智史は少し離れたところに腰を下ろした。

   陽が落ちてきて、ダウンジャケットを着ていても寒さが増してきた。
   二人は寄り添うように、ぴったりとくっついて座る。

   しばらく、沈黙が続く。

   あんなに毎日、他愛ないことをとりとめもなく、しゃべっていた二人なのに……

  今は……なにを話していいのか、わからなかった。


「……ややちゃん」

   智史が口火を切った。

「ぼく……転校しても、ややちゃんのこと、ずぅーっと思っとうから」

   稍はしっかりと肯いた。

「うん……ややも……ずぅーっと、さとくんのこと思っとう。さとくんに、手紙書くし」

   互いの母親たちがあんなに仲がいいのだ。きっと、連絡先を知らせているだろう。

「ぼくも、手紙書く。……ほんで、ときどき電話してもええか?……ややちゃんの声、聞きたいから」

   稍はぶんぶんぶんと勢いよく、首を縦に振った。

「ややもっ!ややも、さとくんに電話するっ。さとくんの声、聞きたいもんっ」

   二人は互いに顔を見合わせて、にっこり笑った。

   けれど、その顔がだんだんと歪んできて、泣き顔になる。

   泣きたくは、なかった。だって、また会える日がきっと来るのだから……

   聡にいちゃんのように、死んでしまって二度と会えないわけではないのだから……


   聡にいちゃんが、住んでいたアパートの二階部分が落ちてきて亡くなったと知らされたとき、稍と智史はこの「防空壕」にやってきた。

   そして、人目を気にすることなく、二人っきりで大声で泣いた。

   こんなに涙が出るのか、と思うくらい、最後は泣きじゃくる声すら出なくなるまで、泣いた。

   だけど……

   稍には智史がいてくれたから……智史には稍がいてくれたから……

   一緒に思いぞんぶん、泣けたから……

   どんなに辛くても「生きていかなければならない」と思えたのだ。

   聡にいちゃんの分まで、というのはおこがましいけれど……

   せめて、聡にいちゃんに恥ずかしくないように、しっかりと「生きなければならない」と思えるようになったのだ。

   それなのに……

——さとくんと離れ離れになるやなんて、自分が「半分こ」になってしまうような気がする……


「ぼくが大人になったら……」

   稍は智史の横顔を見た。鼻筋がすっ、と通った端整な顔立ちだ。

「……ややちゃんを迎えにきてええか?」

   その声は、かすかに震えていた。

「うんっ、迎えにきてっ!やや、待っとうからっ!」

   稍は間髪入れずに無邪気に叫んでいた。

「……意味、わかりようかな?」

   智史は少し困った顔をした。稍は首を少し傾げる。

「まぁ……ええわ」

   智史はふっ、と笑った。稍にはなんだか、急に大人みたいに見えた。

   そして、智史は意を決して告げた。

「……誓いのキスをしよう」


   智史のくちびるが、一瞬だけ、稍のくちびるに、ふわっと触れた。

   そのあと、智史は稍を、ぎゅうぅっと力いっぱい抱きしめた。

   稍はどうすることもできず、ただ抱きしめられるがままだった。

   「男」の力には、到底あらがえないことを……
   「男」にゆだねることでもたらされる、言いようのない安心感を……

   稍はそのとき、初めて知った。

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