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切り立った崖の上に大きな森が広がっている。
本当にヨミの言ったとおり、人の住んでいない未開の森なのか。
「どこかに車を下ろせないかな。エネルギーは大丈夫か?」
飛行形態は通常走行よりもエネルギーがかかるから、新大陸に辿り着いた時点で通常走行形態に変形させたい。
『まだ数時間は飛行可能ですが、私も同意見です』
ゆっくりと森の上を飛行していくと、森の中に切り開かれた場所が見えてきた。
と言うか、森の中に一本の線が走っているように見える。
「あれってもしかして……」
近づいて確認すればすぐにそれの正体がわかった。
森の中に道路が作られている。
もちろん、俺の世界のようにアスファルトで固められているような道ではない。
単純に木を切り倒して土をならしただけ。
ただ、馬車二台はゆうに行き交うことが出来るだけの広さはある。
これってつまり、そう言うことが出来る文明があるってことじゃないだろうか。
まあ、元の大陸には人間だけじゃなくて魔物もいたわけだから、人間の存在を証明するわけではないが。
車をすぐに走行形態へ変形させて、ゆっくりと走らせる。
「……森の中には野生の生き物もいるようです」
ヨミが窓の外を真剣に見つめていた。
「わかるのか?」
「小さな魔力を感じることが出来ます。魔物というよりは、野生動物でしょうか……」
「まあ、これだけの森が広がっているなら、木の実とかもあるだろうし。少なくとも、俺が餓死する可能性だけはなくなったかな」
さらに走らせていくと、森を抜けて草原に出た。
「アキラ、このまま新大陸を探索しますか?」
ヨミが聞きたいことの意味はさすがにわかる。
俺たちが生活するだけなら、あの森の中だけでも十分かも知れない。
むしろ、好都合か。
ただ、気になることが一つだけあった。
森の中を切り開いて道を作る者がいる。
つまり、あの森の所有者がいないとも限らない。
番犬の森に勝手に住み処を作ってヨミは王国軍に狙われていた。
俺たちがこの新大陸で同じことにならない可能性はない。
「あの森に勝手に家を作って、面倒なことになるのは避けたいかな」
「……それも、そうですね……」
遠くを見つめるヨミの目にはかつて魔物だった時の記憶が映し出されていたのかも知れない。
さらに道を進んでいくと、石造りの道に入っていく。
なんて言うか、アイレーリスの街道のような雰囲気を感じさせる。
「アキラ! あれは!?」
ヨミが指を差した方向を見ると、街道の脇に馬車が横転していた。
車を止めて馬車に歩いて近づく。
荷台には木の実が詰まった籠がいくつか残っていたが、横転したせいで辺りにも籠と木の実が散乱していた。
森で収穫したものだとしたら、やっぱりあの森には所有者がいそうだ。
「事故にでも遭ったのかな」
『このような開けた道でですか?』
少しだけ馬鹿にするような口調に聞こえたのは俺の勘違いではないはずだ。
「馬車のように見えますけど、馬は見当たりませんね」
「いや、蹄の跡はある。逃げ出したのか?」
それを目で追いかけようとしたら、ヨミが俺の腕を引っ張った。
「アキラ、これって服の切れ端のように見えますが」
そう言ってビリビリに引き裂かれた布の切れ端をヨミが見つけてきた。
「あっちにもあります」
それを追いかけていくと、林の中へ続いていた。
『……これは、どういうことでしょう。魔力ではない……?』
AIの警戒する声が脳内に響く。
「何を言ってるんだ?」
『未知のエネルギーを検出しました。周囲に警戒を』
AIの警告をヨミに伝えようとした時、
「きゃああああああ!! 誰か! 助けて!!」
林の中から女性の悲鳴が聞こえてきた。
「闇の神の名において、我が命ずる! 闇の力をその身に纏い、破壊する力を与えよ! ダーククロースアーマー!」
「ちょっと!」
待てという言葉も聞かずに、ヨミが林の中を突き進んでいく。
「変身!」
『起動コードを認証しました。ネムスギア、ファイトギアフォーム、展開します』
即座に追いかける。
今のヨミの魔力だと、これでも追いつくのがやっとだった。
ヨミがボロボロの姿の女性を背に庇っている。
そして、ヨミの前に立っているのは、二本足で立つ蜘蛛のような人間。あるいは人間のような蜘蛛?
俺はそいつの前に立った。
「なんだぁ? お前らは?」
「人間の言葉がわかるのか?」
「何を言ってやがる。そこの女は俺の獲物だ。横取りするつもりなら全員まとめて喰うぞ」
睨みつけてきたが、あまりプレッシャーは感じない。
むしろ、俺の背に隠れてはいるが臨戦態勢のヨミの方が強いプレッシャーを放っている。
「お前は魔物、なのか?」
「魔物? 何だそりゃ? 俺はフェルディナント様だ! 覚える必要はないぜ。お前らは俺の餌だからな!」
「そいつは人間を餌にするミュータントです! どなたかはわかりませんが気をつけてください!」
ヨミが庇っている女性が震える声で叫んだ。
「ミュータント?」
『データにありません。未知のエネルギーは検知していますが、魔力でもない。この生物は一体……』
「まあ、あんたが何者でもいい。人間を餌にすると言っていたな。そういう生き物が存在する世界もあるだろう。ただ、俺としては人間が殺されるのを黙って見過ごすことはできないんでね。大人しく引き下がってくれないか?」
「お前、俺の言っている意味がわからないようだな。餌が命乞いをするならまだしも、引き下がれだと? このまま噛み砕いてやるよ!!」
未知のエネルギーと言っても、ミュータントの動きはファイトギアだとほとんどスローにしか見えない。
言葉が理解できるなら話し合いで解決が一番だと思ったが、問答無用で襲ってくるなら仕方ない。
『チャージアタックワン、メテオライトブロー!』
正面から思いきり叩き込む。
ミュータントは大きく吹き飛んで木に激突した。
その衝撃で木が倒れる。
「カ、カハッ……」
血を吐きながらもよろよろと立ち上がった。
今の一撃は普通の魔物なら倒せている。
ダメージは与えられているから魔王ほどの能力はなさそうだが、殴った時の感触から外殻が今まで戦ってきた魔物よりも硬いことがわかった。
「お、お前……何者だ……」
「こことは異なる世界を救った変身ヒーローかな。俺のことも覚えてもらわなくて結構だ。面倒なことに巻き込まれるだけだからな」
「ふざけるな!!」
叫ぶと同時に蜘蛛のミュータントは糸を吐き出した。
放射状に吐き出された糸は、俺だけじゃなくてヨミと女性も絡め取る。
「どうだ、これで身動き取れまい! 今度こそ、喰い殺してやる」
「止めてください! アキラは私の大切な人です! 傷つけることは許しません!」
「ほぉう。なら、お前からだ!」
よりにも選って、蜘蛛のミュータントはヨミに向かって行った。
「はあっ!」
ヨミは力任せに糸を引きちぎろうとするが、ゴムのように伸び縮みするだけだった。
「無駄だ!!」
そう言ってヨミの腕に噛みつこうとする。
しかし、そもそもヨミの動きを止めることができていないのに、近づいてしまうことが致命的なことに蜘蛛のミュータントは気付いていなかった。
魔力がヨミの右足に集中するのが見て取れる。
糸が絡みついたまま、ヨミは右足を振り回した。
「ガッ!!」
蜘蛛のミュータントの首に直撃し、声を上げながらこっちに体ごと飛んできた。
あれで首が切り落とされなかっただけでも、ミュータントの体が丈夫な証拠だ。
俺は糸を切断するためにソードギアへ変身していたのだが、その必要はなくなった。
『スペシャルチャージアタック、ファイナルスラッシュ!』
エネルギーは30%ほど。
エネルギーの放出によって延びた刃でミュータントの体を捉える。
「ぐおあああああああ!!」
断末魔の声と共にミュータントの体が真っ二つになり、爆発した。
魔物ではないからクリスタルが残ることはないとは思っていたが、爆散するとは思ってなかった。
取り敢えず敵は倒したものの、それで糸が消えるなんてことはなく、マテリアルソードで糸を斬り裂いて脱出するのにさらに数十分ほどかかった。
女性を連れて馬車のところまで戻ってようやく一息ついた。
俺が変身を解除して、ヨミもダーククロースアーマーを解除する。
それまでずっと緊張したような表情をさせていた女性が頭を下げた。
「あの、ありがとうございました」
「なんて言うか、こういうキザっぽいことを言うのって照れるけど、礼を言われるほどのことはしてないよ。ああいうのは、俺としては見過ごせないだけだから」
「はぁ……」
「それよりも、もしよかったらこの木の実を少し分けていただいてもよろしいでしょうか?」
ヨミが珍しくお礼に言葉ではなく物を求めた。
きっと、俺のために食べ物を手に入れようとしてくれたんだ。
「こんな物でよければいくらでも良いですよ。馬車が壊されちゃったし、馬も逃げちゃったから籠一つ分くらいしか持って帰れそうにないですし」
そう言って彼女は比較的無事だった荷台の籠を一つ背負った。
「あの、アキラ」
ヨミの言いたいことはだいたいわかる。
ネムスギアのAIもわかっていたようだ。
ゆっくりと車が近づいてきた。
「馬車の荷台ほど広くはないから全部は難しいけど、俺の車に載せられるだけ載せよう。君のことも送っていくよ」
「え、ええ!? そんな、助けていただいたのにそこまでお世話になるのは……」
「特に行く当てがあったわけじゃないし、出来ればこの大陸について、君の知っていることを道中教えてもらえると助かるかな。さっきのミュータントとかいう奴のこともさ」
「はぁ、そんなことでよければ」
俺とヨミと彼女で籠を二つトランクに載せて後部座席にも二つ載せた。
作業をしている途中でいくつか食べさせてもらったが、アーモンドのようなピーナッツのような味がしてそれなりに食える物だった。
彼女はこれを食堂に食材として売ったり自分で加工商品を作って生活しているらしい。
あらかた片付いて、彼女に目的地の方向を確認した。
「それじゃ、出発前に自己紹介をしておこうか」
「あ、そうでした。こんなに助けていただいたのに、忘れてました。私はクリスチーナ=リトヴァクと言います」
「俺も名乗らなかったからそこはお互い様だ。俺はアキラ=ダイチ。海の向こうの大陸からやってきた」
「私はヨミ=ダイチと言います。アキラと一緒に小さくても素敵なお家が建てられる場所を探しています」
「……海の向こうから……お二人はご夫婦なんですか?」
「はい!」
ヨミが満面の笑みで答えながら左手の薬指にはめた指輪に触れた。
「それじゃ、行きましょう!」
そう言って後部座席のドアを開けてクリスチーナを座らせる。
ヨミが助手席のドアを開けたので、俺も運転席側に回ろうとしたらヨミが腕を掴んできた。
「何だか、冒険者に戻ったみたいで楽しいですね」
「まあ、あの時ほど緊張感には欠けるけどな」
「はい……正直、家とかちょっとどうでもいいかなって思ってます」
「おいおい、それはヨミの夢だったんじゃないか? そのために俺も頑張りたいと思ってるんだけど」
「そうですけど、こうして一緒にいられるだけで幸せだから――」
そう言ってヨミは軽く唇を重ねさせて、逃げるように助手席に座ってしまった。
照れ隠しのつもりだろうか、結婚してもそう言うところは変わらないというか。
このままだと子供とかはずっと先の話になりそうだ。
俺が運転席に座ると、ゆっくりと車が動き出す。
俺たちの冒険はまだ終わらないようだが、俺とヨミの二人ならだいたい何とかなるだろ。
車が一気に加速する。
眼前に広がる世界はきっと、無限の可能性を秘めている。
そんなわくわくした予感を胸に抱いていた――。
本当にヨミの言ったとおり、人の住んでいない未開の森なのか。
「どこかに車を下ろせないかな。エネルギーは大丈夫か?」
飛行形態は通常走行よりもエネルギーがかかるから、新大陸に辿り着いた時点で通常走行形態に変形させたい。
『まだ数時間は飛行可能ですが、私も同意見です』
ゆっくりと森の上を飛行していくと、森の中に切り開かれた場所が見えてきた。
と言うか、森の中に一本の線が走っているように見える。
「あれってもしかして……」
近づいて確認すればすぐにそれの正体がわかった。
森の中に道路が作られている。
もちろん、俺の世界のようにアスファルトで固められているような道ではない。
単純に木を切り倒して土をならしただけ。
ただ、馬車二台はゆうに行き交うことが出来るだけの広さはある。
これってつまり、そう言うことが出来る文明があるってことじゃないだろうか。
まあ、元の大陸には人間だけじゃなくて魔物もいたわけだから、人間の存在を証明するわけではないが。
車をすぐに走行形態へ変形させて、ゆっくりと走らせる。
「……森の中には野生の生き物もいるようです」
ヨミが窓の外を真剣に見つめていた。
「わかるのか?」
「小さな魔力を感じることが出来ます。魔物というよりは、野生動物でしょうか……」
「まあ、これだけの森が広がっているなら、木の実とかもあるだろうし。少なくとも、俺が餓死する可能性だけはなくなったかな」
さらに走らせていくと、森を抜けて草原に出た。
「アキラ、このまま新大陸を探索しますか?」
ヨミが聞きたいことの意味はさすがにわかる。
俺たちが生活するだけなら、あの森の中だけでも十分かも知れない。
むしろ、好都合か。
ただ、気になることが一つだけあった。
森の中を切り開いて道を作る者がいる。
つまり、あの森の所有者がいないとも限らない。
番犬の森に勝手に住み処を作ってヨミは王国軍に狙われていた。
俺たちがこの新大陸で同じことにならない可能性はない。
「あの森に勝手に家を作って、面倒なことになるのは避けたいかな」
「……それも、そうですね……」
遠くを見つめるヨミの目にはかつて魔物だった時の記憶が映し出されていたのかも知れない。
さらに道を進んでいくと、石造りの道に入っていく。
なんて言うか、アイレーリスの街道のような雰囲気を感じさせる。
「アキラ! あれは!?」
ヨミが指を差した方向を見ると、街道の脇に馬車が横転していた。
車を止めて馬車に歩いて近づく。
荷台には木の実が詰まった籠がいくつか残っていたが、横転したせいで辺りにも籠と木の実が散乱していた。
森で収穫したものだとしたら、やっぱりあの森には所有者がいそうだ。
「事故にでも遭ったのかな」
『このような開けた道でですか?』
少しだけ馬鹿にするような口調に聞こえたのは俺の勘違いではないはずだ。
「馬車のように見えますけど、馬は見当たりませんね」
「いや、蹄の跡はある。逃げ出したのか?」
それを目で追いかけようとしたら、ヨミが俺の腕を引っ張った。
「アキラ、これって服の切れ端のように見えますが」
そう言ってビリビリに引き裂かれた布の切れ端をヨミが見つけてきた。
「あっちにもあります」
それを追いかけていくと、林の中へ続いていた。
『……これは、どういうことでしょう。魔力ではない……?』
AIの警戒する声が脳内に響く。
「何を言ってるんだ?」
『未知のエネルギーを検出しました。周囲に警戒を』
AIの警告をヨミに伝えようとした時、
「きゃああああああ!! 誰か! 助けて!!」
林の中から女性の悲鳴が聞こえてきた。
「闇の神の名において、我が命ずる! 闇の力をその身に纏い、破壊する力を与えよ! ダーククロースアーマー!」
「ちょっと!」
待てという言葉も聞かずに、ヨミが林の中を突き進んでいく。
「変身!」
『起動コードを認証しました。ネムスギア、ファイトギアフォーム、展開します』
即座に追いかける。
今のヨミの魔力だと、これでも追いつくのがやっとだった。
ヨミがボロボロの姿の女性を背に庇っている。
そして、ヨミの前に立っているのは、二本足で立つ蜘蛛のような人間。あるいは人間のような蜘蛛?
俺はそいつの前に立った。
「なんだぁ? お前らは?」
「人間の言葉がわかるのか?」
「何を言ってやがる。そこの女は俺の獲物だ。横取りするつもりなら全員まとめて喰うぞ」
睨みつけてきたが、あまりプレッシャーは感じない。
むしろ、俺の背に隠れてはいるが臨戦態勢のヨミの方が強いプレッシャーを放っている。
「お前は魔物、なのか?」
「魔物? 何だそりゃ? 俺はフェルディナント様だ! 覚える必要はないぜ。お前らは俺の餌だからな!」
「そいつは人間を餌にするミュータントです! どなたかはわかりませんが気をつけてください!」
ヨミが庇っている女性が震える声で叫んだ。
「ミュータント?」
『データにありません。未知のエネルギーは検知していますが、魔力でもない。この生物は一体……』
「まあ、あんたが何者でもいい。人間を餌にすると言っていたな。そういう生き物が存在する世界もあるだろう。ただ、俺としては人間が殺されるのを黙って見過ごすことはできないんでね。大人しく引き下がってくれないか?」
「お前、俺の言っている意味がわからないようだな。餌が命乞いをするならまだしも、引き下がれだと? このまま噛み砕いてやるよ!!」
未知のエネルギーと言っても、ミュータントの動きはファイトギアだとほとんどスローにしか見えない。
言葉が理解できるなら話し合いで解決が一番だと思ったが、問答無用で襲ってくるなら仕方ない。
『チャージアタックワン、メテオライトブロー!』
正面から思いきり叩き込む。
ミュータントは大きく吹き飛んで木に激突した。
その衝撃で木が倒れる。
「カ、カハッ……」
血を吐きながらもよろよろと立ち上がった。
今の一撃は普通の魔物なら倒せている。
ダメージは与えられているから魔王ほどの能力はなさそうだが、殴った時の感触から外殻が今まで戦ってきた魔物よりも硬いことがわかった。
「お、お前……何者だ……」
「こことは異なる世界を救った変身ヒーローかな。俺のことも覚えてもらわなくて結構だ。面倒なことに巻き込まれるだけだからな」
「ふざけるな!!」
叫ぶと同時に蜘蛛のミュータントは糸を吐き出した。
放射状に吐き出された糸は、俺だけじゃなくてヨミと女性も絡め取る。
「どうだ、これで身動き取れまい! 今度こそ、喰い殺してやる」
「止めてください! アキラは私の大切な人です! 傷つけることは許しません!」
「ほぉう。なら、お前からだ!」
よりにも選って、蜘蛛のミュータントはヨミに向かって行った。
「はあっ!」
ヨミは力任せに糸を引きちぎろうとするが、ゴムのように伸び縮みするだけだった。
「無駄だ!!」
そう言ってヨミの腕に噛みつこうとする。
しかし、そもそもヨミの動きを止めることができていないのに、近づいてしまうことが致命的なことに蜘蛛のミュータントは気付いていなかった。
魔力がヨミの右足に集中するのが見て取れる。
糸が絡みついたまま、ヨミは右足を振り回した。
「ガッ!!」
蜘蛛のミュータントの首に直撃し、声を上げながらこっちに体ごと飛んできた。
あれで首が切り落とされなかっただけでも、ミュータントの体が丈夫な証拠だ。
俺は糸を切断するためにソードギアへ変身していたのだが、その必要はなくなった。
『スペシャルチャージアタック、ファイナルスラッシュ!』
エネルギーは30%ほど。
エネルギーの放出によって延びた刃でミュータントの体を捉える。
「ぐおあああああああ!!」
断末魔の声と共にミュータントの体が真っ二つになり、爆発した。
魔物ではないからクリスタルが残ることはないとは思っていたが、爆散するとは思ってなかった。
取り敢えず敵は倒したものの、それで糸が消えるなんてことはなく、マテリアルソードで糸を斬り裂いて脱出するのにさらに数十分ほどかかった。
女性を連れて馬車のところまで戻ってようやく一息ついた。
俺が変身を解除して、ヨミもダーククロースアーマーを解除する。
それまでずっと緊張したような表情をさせていた女性が頭を下げた。
「あの、ありがとうございました」
「なんて言うか、こういうキザっぽいことを言うのって照れるけど、礼を言われるほどのことはしてないよ。ああいうのは、俺としては見過ごせないだけだから」
「はぁ……」
「それよりも、もしよかったらこの木の実を少し分けていただいてもよろしいでしょうか?」
ヨミが珍しくお礼に言葉ではなく物を求めた。
きっと、俺のために食べ物を手に入れようとしてくれたんだ。
「こんな物でよければいくらでも良いですよ。馬車が壊されちゃったし、馬も逃げちゃったから籠一つ分くらいしか持って帰れそうにないですし」
そう言って彼女は比較的無事だった荷台の籠を一つ背負った。
「あの、アキラ」
ヨミの言いたいことはだいたいわかる。
ネムスギアのAIもわかっていたようだ。
ゆっくりと車が近づいてきた。
「馬車の荷台ほど広くはないから全部は難しいけど、俺の車に載せられるだけ載せよう。君のことも送っていくよ」
「え、ええ!? そんな、助けていただいたのにそこまでお世話になるのは……」
「特に行く当てがあったわけじゃないし、出来ればこの大陸について、君の知っていることを道中教えてもらえると助かるかな。さっきのミュータントとかいう奴のこともさ」
「はぁ、そんなことでよければ」
俺とヨミと彼女で籠を二つトランクに載せて後部座席にも二つ載せた。
作業をしている途中でいくつか食べさせてもらったが、アーモンドのようなピーナッツのような味がしてそれなりに食える物だった。
彼女はこれを食堂に食材として売ったり自分で加工商品を作って生活しているらしい。
あらかた片付いて、彼女に目的地の方向を確認した。
「それじゃ、出発前に自己紹介をしておこうか」
「あ、そうでした。こんなに助けていただいたのに、忘れてました。私はクリスチーナ=リトヴァクと言います」
「俺も名乗らなかったからそこはお互い様だ。俺はアキラ=ダイチ。海の向こうの大陸からやってきた」
「私はヨミ=ダイチと言います。アキラと一緒に小さくても素敵なお家が建てられる場所を探しています」
「……海の向こうから……お二人はご夫婦なんですか?」
「はい!」
ヨミが満面の笑みで答えながら左手の薬指にはめた指輪に触れた。
「それじゃ、行きましょう!」
そう言って後部座席のドアを開けてクリスチーナを座らせる。
ヨミが助手席のドアを開けたので、俺も運転席側に回ろうとしたらヨミが腕を掴んできた。
「何だか、冒険者に戻ったみたいで楽しいですね」
「まあ、あの時ほど緊張感には欠けるけどな」
「はい……正直、家とかちょっとどうでもいいかなって思ってます」
「おいおい、それはヨミの夢だったんじゃないか? そのために俺も頑張りたいと思ってるんだけど」
「そうですけど、こうして一緒にいられるだけで幸せだから――」
そう言ってヨミは軽く唇を重ねさせて、逃げるように助手席に座ってしまった。
照れ隠しのつもりだろうか、結婚してもそう言うところは変わらないというか。
このままだと子供とかはずっと先の話になりそうだ。
俺が運転席に座ると、ゆっくりと車が動き出す。
俺たちの冒険はまだ終わらないようだが、俺とヨミの二人ならだいたい何とかなるだろ。
車が一気に加速する。
眼前に広がる世界はきっと、無限の可能性を秘めている。
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