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広がる世界
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残された微かな記憶を頼りに説明することもできたかも知れないが、そうすることに意味があるとは思えなかった。
「フェラルド、ガイハルト。俺はまだ無駄に争うことに意味はないと思ってるけど、お前らが決着を望むなら口を挟む気はない。たった一度きりの命だ。好きにすれば良い」
「な、なに!?」
言うが否や、ガイハルトは剣を構えてフェラルドたち魔王に向けた。
俺は素速くヨミを抱き寄せる。
「あ、あの……」
ヨミが殺伐とした雰囲気にそぐわぬ微笑みを浮かべる。
「この場にいる勇者と魔王全てに言っておくが、ヨミを討伐しようとするものの存在だけは俺が許さない。それだけは覚えておけ」
「貴様、やはり魔王に取り込まれたのか――」
勇者たちが集まり、魔王も集まる。
「兄ちゃん、オレもちょっと状況がよくわからないんだけど」
父であるフェラルドと並び立っていることに戸惑いを隠せないままアスルがそう言った。
「アスルの好きに生きれば良いってことさ」
「勇者たちを倒しても良いの?」
「アスルがそれを望むならな」
アスルが困惑した表情を勇者たちに向ける。
この場には勇者と魔王が勢揃いしている。
ただ、アスルはエルフの王としての力も継承していた。
ヨミが戦力として魔王の側に加わらなくても、アスル一人で勇者たちをかなり圧倒していることはネムスギアのセンサーに頼らなくてもわかっていた。
勇者たちもその事に気づいているのか、構えたまま一向に動かない。
このままこいつらを放っておいて、俺たちだけでこの場から離れるか。
「あの、アキラはこの戦いを止めないんですか?」
ヨミが聞いてきた。
「今さら俺が止める必要あるか? 俺はヨミと二人で静かに暮らしていければそれでいいんだけど」
この期に及んで戦いたいならそれもう俺とは関係ないところで勝手にやってくれって話だ。
「え? それは私もそう思いますけど……」
「「ちょっと待ちなさい!」」
空に響き渡る大きな声と共に、見覚えのある飛翔船がやってくるのが見えた。
……嫌な予感がする。
その声にはとても聞き覚えがあった。
飛翔船が着陸して階段からぞろぞろと降りてくる。
その先頭に立っているのは俺の予想が間違いでなかったことを告げていた。
「キャロライン女王!?」
ガイハルトが声を上げる。
「魔王の魔力が復活したから駆けつけてきたんだけど、正解だったみたいね」
そう言うとキャリーはフェラルドの前に進む。
「キャロライン女王! き、危険だ! 下がってくれ!」
「剣の勇者、ガイハルト……だったわね」
「あ、ああ」
「剣を仕舞いなさい。それではケンカを売っているようなものだわ」
「何? それはどういう……」
キャリーの瞳にはもう、勇者たちは映っていなかった。
一時は世界を救う存在としてもてはやされた勇者も、本当の救世主の登場によってその立場は追われた。
今や救世主という存在自体がこの世界から排除されたが、その立場が以前のように戻ってはいないようだった。
ガイハルトの言葉を無視してフェラルドにほほ笑みを向ける。
「あなたが復活してくれて何よりだわ。あの時、天使から私を助けてくれてありがとう」
そう言って、あの時のように手を差し出す。
「……キャロライン女王。君がここに現れたと言うことは、あの時の話の続きをしても良いということかな」
「ええ、私もそのつもりであなたに――魔王フェラルドに会いに来ました」
フェラルドはキャリーの手を優しく握った。
「フェラルド、貴様まさか――」
ヴィルギールが詰め寄ろうとしたが、アスルが睨みつける。
魔王全てが復活した時点で、大勢は決している。
それでなくても魔王たちはアスル一人でも十分に支配できそうだった。
「私は願いは以前と変わりはない。ただ、その前に――」
「ええ、そうね。私もきっと同じ気持ちだわ」
キャリーとフェラルドが手を取り合ったまま、俺に視線を向けてきた。
「……な、なんだよ」
戦闘能力的には俺とヨミの方がこの二人よりも上だろう。
それなのに、冷や汗が頬を伝う。
「アキラ。あなたが世界連合国の王となってこの世界の人間たちを導いてくれない?」
「それだけでは困る。魔界の王としても人間たちとの橋渡しをしてもらいたい」
「それもいいわね」
キャリーとフェラルドは協力して恐ろしいことを言ってくれる。
俺はただ、ヨミと静かに暮らしていきたいだけだ。
そんな面倒なことに関わるつもりはない。
答えるよりも先に、俺の思考を読み取ってエルフから与えられたネムスギア仕様の車が近づいてきた。
「ヨミ、逃げるぞ」
ヨミの耳元で囁くと、少しくすぐったそうな表情を浮かべながら「はい」とだけ返した。
「――変身!」
「あ! 待ちなさい!」
『起動コードを認証しました。ネムスギア、ファイトギアフォーム、展開します』
キャリーの叫び声を背に、ヨミを抱きかかえて走り出す。
俺の行動をバッチリ予測したところに車が止まっていたので、そのまま乗り込むと勝手にアクセルを踏み込んで危機的状況から離脱した。
世界が本当の在り方を取り戻して半年が経とうとしていた。
俺とヨミは今、ネムスギア仕様の車に乗って海を渡っている。
ヨミが魔法を使っているわけではない。
エルフの元女王とネムスギアのAIが協力して再び車を改造して飛行形態への変更を加えた。
なぜそう言うことになったのかというと――。
それまで暗黒に閉ざされていて世界の端だと思われていた海の向こうが開かれたのだ。
俺はもう朧気にしか認識できないが、エリザベスはこの世界の神が消失した影響なのかも知れないと言った。
世界をループさせていた神には海の向こうの世界まで想像できなかったが、神がいなくなったことによって、本来の世界を取り戻した。
無限に広がる世界の果てがどうなっているのか、それはこの大陸に生きる人間も別の大陸に生きる魔族も誰にもわからない。
それは少なからず人間と魔族双方にとって影響を与えていた。
あの時の提案がどれほど本気だったのかはわからないが、この半年の間にキャリーとフェラルドが中心となって人間と魔族の和平条約が結ばれたらしい。
エリザベスの調査によると、それは新世界との間に何か問題があった時に対抗するには、それぞれが別々に行動をしていては対処しきれなくなるかも知れないからと言う打算的な考えもあったのだろうと言うことだった。
みんなの記憶にもどれだけ残っているかはわからないが、神や救世主としての存在がその危機感を与えたのだとしたら皮肉なものだった。
近く、飛翔船を使って連合国と魔界それぞれの代表者が協力して新世界の調査を始めるらしい。
そのメンバーの中心がアスルだった。
人間側は勇者とエリーネが一緒に行動するようだ。
もしかしたら、新大陸で再会することもあるかも知れない。
「……見えてきませんね。本当にこちらであっているんでしょうか?」
ヨミがキョロキョロと辺りを見回しながらそう言った。
「って言ってるけど?」
『この世界の海がどれほど広いのかわかりかねるので到着時間の予測は不可能です。ですが、これまで進んできた距離を逆算すると、太平洋を三分の一を越えた辺りでしょうか』
AIが俺の世界のデータを使って計算して見せた。
つまり、別の大陸が見つかるまで今の二倍は時間がかかる可能性があるかも知れないってことだ。
「……エネルギーは持つのか?」
『帰れなくなると判断した時は引き返そうと思います』
「出来れば、その前に辿り着きたいけどな」
「アキラ? またAIさんとお話ですか?」
俺の独り言の意味をヨミは正しく理解していた。
さすがにヨミにはAIのことを理解できるほど説明した。
俺を通して話しもさせているからAIの心のこともわかってる。
「ああ。AIが言うにはもっとかかるかも知れないらしい。一応、エネルギーが持たなそうだったら引き返すことになるって」
「少しだったら、私の飛行魔法で何とかして見せますけど」
「さすがに車ごと飛ぶのは魔力が続かないだろ」
「アキラが望むなら私はどこまででも飛んで見せますよ」
「ヨミがそう言うと冗談に聞こえないんだよな。あまり無茶なことは考えるなよ」
「はい」
俺たちが新大陸を目指している理由は一つ。
誰にも追われることなく静かで穏やかな生活を手に入れるためだ。
エルフの国は結界によって隔絶されているが、エルフの存在が明るみに出た以上キャリーやフェラルドが見逃し続けるはずはない。
元の大陸では魔界も含めて俺たちは名前も姿もあまりに知られすぎていた。
おまけに、ヨミは魔王としての強大な魔力がある。
さらなる成長を経て、魔力のコントロールは魔物の時と同様になったらしいが、戦えばバレてしまうので効果は限定的だった。
「それにしても、マーシャはよく一緒に付いてくると言わなかったな」
今回はさすがにどんな理由があっても同行させるつもりはなかったが、愛人でもいいと言っていた彼女が車の改造まで手伝ってくれたのに一緒に行くと言わなかったことは意外だった。
「残念でしたか?」
ヨミが少しだけ小悪魔的なほほ笑みを向ける。
……余計なことを言ったか。
「そんなわけないだろ。断る理由を数日かけてAIと理論武装してたんだから」
「マーシャさんは諦めたんですよ。私たちの覚悟を理解していただけたことは、神様に感謝しなければいけないかも知れませんね」
「……意味がわからないけど」
「アキラは男性ですからわからないのかも知れませんね。あ、一応伝言は預かってます」
「伝言?」
「はい、“お幸せに”だそうです」
「マーシャがヨミにそう言ったのか?」
「はい。アキラにもちゃんと伝えるようにって」
本当に諦めてくれたなら幸いだけど、やっぱり俺には女心ってよくわからない。
「それよりも、新大陸ってどういうところなんでしょうね」
「さあな。今までの世界の人たちにとっては地図にない世界だからな。想像も付かない」
「番犬の森のように人の住まないような世界だったらどうしますか?」
「好都合じゃないか。誰もいないなら気兼ねなく俺たちで開拓すれば良い」
「人間にとっては不便な世界かも知れませんよ」
「そりゃ、食べ物がないと俺は困ったことになるけど、砂漠の広がる世界じゃなければどうとでもなるだろ」
「……キャロライン女王にお願いして家を建ててもらった方が、アキラにとっては快適な生活が送れたと思うんですけど」
「いいや、それだけはお断りだ。そんな借りを作ったらどんな面倒ごとに巻き込まれるかわかったもんじゃない。今の俺の幸せはヨミと穏やかな生活を送ることだけだ」
ヨミは顔を赤くさせたまま黙ってしまった。
「何か、変なことを言ったか?」
『野暮ですから追究はしない方が良いと思います』
AIがため息交じりにそう言った。
それからさらに一時間飛び続けていると、遠くに何かが見えてきた。
「アキラ、今度こそ新大陸でしょうか」
ヨミがそういう言い方をしたのは、もう何度か蜃気楼を見ているからだった。
「どう思う? ネムスギアのセンサーでわかるだろ?」
『はい、気温に差が感じられます。あの部分を境目に海水とは明らかに違いが観測できます』
「え!? ってことは本当に新大陸か!?」
ヨミが気がついてから新大陸へ辿り着くまで数分しかかからなかった。
「フェラルド、ガイハルト。俺はまだ無駄に争うことに意味はないと思ってるけど、お前らが決着を望むなら口を挟む気はない。たった一度きりの命だ。好きにすれば良い」
「な、なに!?」
言うが否や、ガイハルトは剣を構えてフェラルドたち魔王に向けた。
俺は素速くヨミを抱き寄せる。
「あ、あの……」
ヨミが殺伐とした雰囲気にそぐわぬ微笑みを浮かべる。
「この場にいる勇者と魔王全てに言っておくが、ヨミを討伐しようとするものの存在だけは俺が許さない。それだけは覚えておけ」
「貴様、やはり魔王に取り込まれたのか――」
勇者たちが集まり、魔王も集まる。
「兄ちゃん、オレもちょっと状況がよくわからないんだけど」
父であるフェラルドと並び立っていることに戸惑いを隠せないままアスルがそう言った。
「アスルの好きに生きれば良いってことさ」
「勇者たちを倒しても良いの?」
「アスルがそれを望むならな」
アスルが困惑した表情を勇者たちに向ける。
この場には勇者と魔王が勢揃いしている。
ただ、アスルはエルフの王としての力も継承していた。
ヨミが戦力として魔王の側に加わらなくても、アスル一人で勇者たちをかなり圧倒していることはネムスギアのセンサーに頼らなくてもわかっていた。
勇者たちもその事に気づいているのか、構えたまま一向に動かない。
このままこいつらを放っておいて、俺たちだけでこの場から離れるか。
「あの、アキラはこの戦いを止めないんですか?」
ヨミが聞いてきた。
「今さら俺が止める必要あるか? 俺はヨミと二人で静かに暮らしていければそれでいいんだけど」
この期に及んで戦いたいならそれもう俺とは関係ないところで勝手にやってくれって話だ。
「え? それは私もそう思いますけど……」
「「ちょっと待ちなさい!」」
空に響き渡る大きな声と共に、見覚えのある飛翔船がやってくるのが見えた。
……嫌な予感がする。
その声にはとても聞き覚えがあった。
飛翔船が着陸して階段からぞろぞろと降りてくる。
その先頭に立っているのは俺の予想が間違いでなかったことを告げていた。
「キャロライン女王!?」
ガイハルトが声を上げる。
「魔王の魔力が復活したから駆けつけてきたんだけど、正解だったみたいね」
そう言うとキャリーはフェラルドの前に進む。
「キャロライン女王! き、危険だ! 下がってくれ!」
「剣の勇者、ガイハルト……だったわね」
「あ、ああ」
「剣を仕舞いなさい。それではケンカを売っているようなものだわ」
「何? それはどういう……」
キャリーの瞳にはもう、勇者たちは映っていなかった。
一時は世界を救う存在としてもてはやされた勇者も、本当の救世主の登場によってその立場は追われた。
今や救世主という存在自体がこの世界から排除されたが、その立場が以前のように戻ってはいないようだった。
ガイハルトの言葉を無視してフェラルドにほほ笑みを向ける。
「あなたが復活してくれて何よりだわ。あの時、天使から私を助けてくれてありがとう」
そう言って、あの時のように手を差し出す。
「……キャロライン女王。君がここに現れたと言うことは、あの時の話の続きをしても良いということかな」
「ええ、私もそのつもりであなたに――魔王フェラルドに会いに来ました」
フェラルドはキャリーの手を優しく握った。
「フェラルド、貴様まさか――」
ヴィルギールが詰め寄ろうとしたが、アスルが睨みつける。
魔王全てが復活した時点で、大勢は決している。
それでなくても魔王たちはアスル一人でも十分に支配できそうだった。
「私は願いは以前と変わりはない。ただ、その前に――」
「ええ、そうね。私もきっと同じ気持ちだわ」
キャリーとフェラルドが手を取り合ったまま、俺に視線を向けてきた。
「……な、なんだよ」
戦闘能力的には俺とヨミの方がこの二人よりも上だろう。
それなのに、冷や汗が頬を伝う。
「アキラ。あなたが世界連合国の王となってこの世界の人間たちを導いてくれない?」
「それだけでは困る。魔界の王としても人間たちとの橋渡しをしてもらいたい」
「それもいいわね」
キャリーとフェラルドは協力して恐ろしいことを言ってくれる。
俺はただ、ヨミと静かに暮らしていきたいだけだ。
そんな面倒なことに関わるつもりはない。
答えるよりも先に、俺の思考を読み取ってエルフから与えられたネムスギア仕様の車が近づいてきた。
「ヨミ、逃げるぞ」
ヨミの耳元で囁くと、少しくすぐったそうな表情を浮かべながら「はい」とだけ返した。
「――変身!」
「あ! 待ちなさい!」
『起動コードを認証しました。ネムスギア、ファイトギアフォーム、展開します』
キャリーの叫び声を背に、ヨミを抱きかかえて走り出す。
俺の行動をバッチリ予測したところに車が止まっていたので、そのまま乗り込むと勝手にアクセルを踏み込んで危機的状況から離脱した。
世界が本当の在り方を取り戻して半年が経とうとしていた。
俺とヨミは今、ネムスギア仕様の車に乗って海を渡っている。
ヨミが魔法を使っているわけではない。
エルフの元女王とネムスギアのAIが協力して再び車を改造して飛行形態への変更を加えた。
なぜそう言うことになったのかというと――。
それまで暗黒に閉ざされていて世界の端だと思われていた海の向こうが開かれたのだ。
俺はもう朧気にしか認識できないが、エリザベスはこの世界の神が消失した影響なのかも知れないと言った。
世界をループさせていた神には海の向こうの世界まで想像できなかったが、神がいなくなったことによって、本来の世界を取り戻した。
無限に広がる世界の果てがどうなっているのか、それはこの大陸に生きる人間も別の大陸に生きる魔族も誰にもわからない。
それは少なからず人間と魔族双方にとって影響を与えていた。
あの時の提案がどれほど本気だったのかはわからないが、この半年の間にキャリーとフェラルドが中心となって人間と魔族の和平条約が結ばれたらしい。
エリザベスの調査によると、それは新世界との間に何か問題があった時に対抗するには、それぞれが別々に行動をしていては対処しきれなくなるかも知れないからと言う打算的な考えもあったのだろうと言うことだった。
みんなの記憶にもどれだけ残っているかはわからないが、神や救世主としての存在がその危機感を与えたのだとしたら皮肉なものだった。
近く、飛翔船を使って連合国と魔界それぞれの代表者が協力して新世界の調査を始めるらしい。
そのメンバーの中心がアスルだった。
人間側は勇者とエリーネが一緒に行動するようだ。
もしかしたら、新大陸で再会することもあるかも知れない。
「……見えてきませんね。本当にこちらであっているんでしょうか?」
ヨミがキョロキョロと辺りを見回しながらそう言った。
「って言ってるけど?」
『この世界の海がどれほど広いのかわかりかねるので到着時間の予測は不可能です。ですが、これまで進んできた距離を逆算すると、太平洋を三分の一を越えた辺りでしょうか』
AIが俺の世界のデータを使って計算して見せた。
つまり、別の大陸が見つかるまで今の二倍は時間がかかる可能性があるかも知れないってことだ。
「……エネルギーは持つのか?」
『帰れなくなると判断した時は引き返そうと思います』
「出来れば、その前に辿り着きたいけどな」
「アキラ? またAIさんとお話ですか?」
俺の独り言の意味をヨミは正しく理解していた。
さすがにヨミにはAIのことを理解できるほど説明した。
俺を通して話しもさせているからAIの心のこともわかってる。
「ああ。AIが言うにはもっとかかるかも知れないらしい。一応、エネルギーが持たなそうだったら引き返すことになるって」
「少しだったら、私の飛行魔法で何とかして見せますけど」
「さすがに車ごと飛ぶのは魔力が続かないだろ」
「アキラが望むなら私はどこまででも飛んで見せますよ」
「ヨミがそう言うと冗談に聞こえないんだよな。あまり無茶なことは考えるなよ」
「はい」
俺たちが新大陸を目指している理由は一つ。
誰にも追われることなく静かで穏やかな生活を手に入れるためだ。
エルフの国は結界によって隔絶されているが、エルフの存在が明るみに出た以上キャリーやフェラルドが見逃し続けるはずはない。
元の大陸では魔界も含めて俺たちは名前も姿もあまりに知られすぎていた。
おまけに、ヨミは魔王としての強大な魔力がある。
さらなる成長を経て、魔力のコントロールは魔物の時と同様になったらしいが、戦えばバレてしまうので効果は限定的だった。
「それにしても、マーシャはよく一緒に付いてくると言わなかったな」
今回はさすがにどんな理由があっても同行させるつもりはなかったが、愛人でもいいと言っていた彼女が車の改造まで手伝ってくれたのに一緒に行くと言わなかったことは意外だった。
「残念でしたか?」
ヨミが少しだけ小悪魔的なほほ笑みを向ける。
……余計なことを言ったか。
「そんなわけないだろ。断る理由を数日かけてAIと理論武装してたんだから」
「マーシャさんは諦めたんですよ。私たちの覚悟を理解していただけたことは、神様に感謝しなければいけないかも知れませんね」
「……意味がわからないけど」
「アキラは男性ですからわからないのかも知れませんね。あ、一応伝言は預かってます」
「伝言?」
「はい、“お幸せに”だそうです」
「マーシャがヨミにそう言ったのか?」
「はい。アキラにもちゃんと伝えるようにって」
本当に諦めてくれたなら幸いだけど、やっぱり俺には女心ってよくわからない。
「それよりも、新大陸ってどういうところなんでしょうね」
「さあな。今までの世界の人たちにとっては地図にない世界だからな。想像も付かない」
「番犬の森のように人の住まないような世界だったらどうしますか?」
「好都合じゃないか。誰もいないなら気兼ねなく俺たちで開拓すれば良い」
「人間にとっては不便な世界かも知れませんよ」
「そりゃ、食べ物がないと俺は困ったことになるけど、砂漠の広がる世界じゃなければどうとでもなるだろ」
「……キャロライン女王にお願いして家を建ててもらった方が、アキラにとっては快適な生活が送れたと思うんですけど」
「いいや、それだけはお断りだ。そんな借りを作ったらどんな面倒ごとに巻き込まれるかわかったもんじゃない。今の俺の幸せはヨミと穏やかな生活を送ることだけだ」
ヨミは顔を赤くさせたまま黙ってしまった。
「何か、変なことを言ったか?」
『野暮ですから追究はしない方が良いと思います』
AIがため息交じりにそう言った。
それからさらに一時間飛び続けていると、遠くに何かが見えてきた。
「アキラ、今度こそ新大陸でしょうか」
ヨミがそういう言い方をしたのは、もう何度か蜃気楼を見ているからだった。
「どう思う? ネムスギアのセンサーでわかるだろ?」
『はい、気温に差が感じられます。あの部分を境目に海水とは明らかに違いが観測できます』
「え!? ってことは本当に新大陸か!?」
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それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
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