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変身ヒーローと無双チート救世主
救世主の秘密
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ファイトギアのスピードでも引き離せないのか!?
マーシャの手を離して、少女を見据える。
『チャージアタックワン、メテオライトブロー!』
少女の拳を躱して、右脇腹を打ち抜いた。
殴り飛ばして、少女は坂を転がっていく。
手応えはバッチリだが、たぶんダメージはないんだろう。
「あの少女は一体……」
マーシャがつぶやく。
「わからない。天使のような姿をしているが、俺でもダメージを与えられない」
「アキラさんでも、ですか?」
冷静に言葉を返してきたが、冷や汗をかいていた。
マスクに隠されているが、俺も同じような表情をしている。
逃げようにも、ファイトギアでさえ追いつかれるなら不可能に近い。
残された方法は一つだが……。
それすら通用しなかった時のリスクがあまりに大きすぎる。
「光晴の秘密を知った者は排除します」
少女がゆっくりと立ち上がりながらそう言った。
光晴――さっきからそう呼んでいるのは、きっとハルという救世主の本名なんだろう。
どこかで聞いたことがあるような気もする。
「光晴ってのは、何者だ! お前はなぜそいつの秘密を守ろうとする!?」
「この世界の者がそれを知る必要はない。光晴のことを探ろうとする者は全て敵だと認識する」
「俺はこの世界の人間じゃない!」
「え……」
その言葉に、初めて少女が動揺を見せた。
「俺は異世界からこの世界に来た。光晴――その名前にも聞き覚えがある。ハルには魔力があった。だからこの世界のものはあいつを異世界の人間だとは思っていないようだが、あいつは日本人なんだろ」
もっと正確に言えば、光晴は東京近郊に住んでいる。
そうでなければ、秋葉原の町並をここまで再現できないだろう。
まあ、メチャクチャな部分もあるが、大通りの再現度はそれなりに高かった。
「……あなたこそ、何者……?」
「それが自分でもよくわかっていないんだ。この体は“武装セイバーネムス”って特撮番組に出てくる主人公の体らしいが、俺はそれを見た記憶がある。つまり――」
話を整理していると、客観的に自分のことが見えるようになってきた。
そうだ。
俺は、ネムスを見ていた。
だから、ネムスギアについて詳しく理解していたんだ。
ハルは子供の頃見ていたと言っていたが、俺は違う。
大人だった。
そして、あの同人誌――あれは……。
「光晴は異世界の人間じゃない。光晴はこの世界の人間です」
「違う! 異世界の人間に、この町は理解できない! ハルがここで暮らしていたと言うことは、間違いなく日本人だ!」
「黙れ!」
少女は拳を握り突っ込んできた。
そのスピードはファイトギアでもギリギリ躱せるくらい。
上体を反らして避けながら、少しずつ後ろに下がる。
『チャージアタックスリー、イラプションアッパー!』
右手が熱くなる。エネルギーが炎のように揺らめいていた。
少女が大きく腕を振り回して体勢を崩したところに、下から顎を捉える。
鈍い音と骨を砕いた感触が手に伝わる。
そのまま空中を舞っている彼女を追いかけて跳び上がる。
『スペシャルチャージアタック、スターライトストライク!』
光り輝く拳は流星のように彼女の体めがけて落ちていく。
だが――地上に落ちることはなかった。
ドオンという派手な音と衝撃によって周りの家のガラスが割れる。
あの体勢から少女は俺の拳をその両手で受け止めた。
「捕まえた」
空中で薄ら笑いを浮かべる。
そのまま翼を羽ばたかせて俺と体の位置を入れ替えたと思ったら、地上へ向かってスピードを上げる。
しまったと思っても遅かった。
他のフォームへチェンジする間もなく俺の体は地面に叩きつけられる。
背中から走る衝撃で息が出来ない。
「任務完了します」
俺を見下ろす少女の右手には、数々の魔族や魔王を倒してきたあの光の槍が握られていた。
俺がこの世界で死んだらどうなるのか。
夢なら目覚めて終わりだろう。
「シャイニングブラスト!」
光が爆発した。
衝撃で少女が吹っ飛ばされる。
「大丈夫ですか?」
マーシャが駆け寄って俺を抱き起こす。
「ああ、いくつか骨が折れてるっぽいが……」
『折れてはいません。せいぜいヒビが入ったくらいでしょう』
AIはそう分析したが、それでも十分痛いんだが。
「すぐに回復魔法を――」
ハッとした表情でマーシャが視線をあげる。
当たり前だが、少女には傷一つ入っていなかった。
俺の攻撃が効かないのに、マーシャの魔法でダメージを与えられるわけはなかった。
「マーシャ、お前は逃げろ」
「そんな!? アキラさんを置いて行けません!」
「俺は大丈夫だ。これ以上傷つくことがあるなら、きっと……」
『私はあの力に頼るのは反対ですけど』
AIは否定したが、俺の意志もAIの意志も関係ない。
大地彰の体が危機に陥ったなら、自動的に展開されるのだから。
「だから私は、まだこの国へ来るのは早いと忠告したのです」
唐突に声が聞こえて、未来が俺たちの前に現れた。
「それで、何かを思い出しましたか?」
「朧気だが、少しはな」
「ここに至っても、全てを認めることはないんですね」
未来が呆れたような瞳を向ける。
「そろそろ、俺に知っていることを話してくれても良いんじゃないか?」
「それは、あなたの心次第です」
「……お前は、何者だ? どこから現れた?」
少女が未来を見て困惑している。
「私は最初からこの町にいましたよ。気付いていなかったんですか?」
「……それじゃ、あなたも光晴の……?」
「そうかも知れないですね」
小悪魔のようなほほ笑みを少女に向ける。
「あれ? ですが、光晴のハーレムは七人のはず……八人目? ありえない」
困惑する少女を横目に、未来は俺とマーシャの手を取った。
「イテテ……」
「少し我慢してください」
未来がそう言うと、周りの景色が揺らぐ。
グニャグニャと空気が生きているような感覚に襲われたかと思ったら、俺たちは見知らぬ森の中にいた。
「え? 今のは、一体……?」
マーシャが目を丸くしていたが、未来のテレポートだ。
「ここはどこだ?」
「あなたたちが魔界と呼んでいる場所です」
「魔界? ここが? ありえません。一瞬の間に別の場所へ移動する魔法なんて聞いたこともありません」
「マーシャ、彼女は大地彰の妹だ。だから、魔法は使えない」
「それなら尚更意味がわかりません」
「そんなことよりも、早くお兄様の怪我を治してもらえませんか?」
「あ……」
俺が変身を解除すると同時に、マーシャはまたリザレクションを使った。
回復魔法が便利すぎるな。
これなら何度だって戦えそうだ。
問題は――何度戦ってもダメージを与えられそうにないあの少女の存在だった。
「もう一度改めて言っておきますが、その体は私のお兄様のものなので、あまり無茶なことはしないでください」
少しだけ目をつり上げて未来が迫った。
整った顔立ちをしているから照れてしまって、怒られているのに威圧感はなかった。
「わかってはいるさ。俺だって早いところ本当の自分を取り戻したいと思ってる」
「それでは、あの町を見てもまだ自分が何者か理解していないと言うことですか?」
表情こそ変わっていないが、その言葉には呆れがにじみ出ていた。
「いや、まったく理解していないわけじゃないぞ。少なくともあれが秋葉原を模倣した町だってことはわかってるし、俺もあそこに並んでる店に行ったことはある」
「……それだけ、ですか?」
「何が言いたいんだ?」
「あの少女に傷一つ付けられなかった意味がわかりました。今のあなたには、もはや天使は倒せないでしょう」
「え!? それじゃ、あの少女は天使と同じってことか?」
「……はい。やはり、あの町へ行ったことは間違いだったようですね」
「間違い? そうとも言いきれないだろ。ハルって奴の名前がわかった。俺と同じ日本人で秋葉原についてもそこそこ知っている。間違いなく情報は増えてる。もう少しで光晴って奴の正体もわかるかも知れない」
少なくとも奴がこの世界の人間ではないことは間違いない。
なぜ魔力を持っているのかは、たぶん異世界転生をしたからだろう。
神のギフトもその時に与えられたんだろうか。
「あなたはここがどんな異世界だと思っていますか?」
「……異世界という言葉を表現するのに適切かどうかはわからないけど、ごくありふれた異世界だと思ってるよ」
「……そうですか……。はっきり言っておきますが、“夢の世界”ではありませんよ」
未来に言い当てられてドキッとさせられた。
「テレパシーで俺の心を読むなら、あえて質問しなくてもよかっただろ」
「そう思うなら、私の前ではあまり嘘をつかないでください」
「嘘じゃないってことも理解してるんだろ」
「少しは、わかっているようですね。ですが、それは間違えています。天使と同一であるにも関わらず、あの少女にダメージを与えられなかった。それはあなたがこの世界に取り込まれていることを表しています」
「世界に取り込まれる?」
「この世界であなたが死ねば、目が覚めたりはしません。ループを認識できるかどうかも定かではありません。この世界を構成する要素の一つになります」
「俺もループすることになるってことか?」
「あなただけではありません。私も、お兄様も、です」
それだけ言うと、未来はまたフッと姿を消した。
ハルの正体、この世界の理、全てに近づいた気がしていたのに、遠ざかっていくような感覚。
未来は俺が気付いていてそれを認めていないと思っている。
俺にはそれが理解できなかった。
「アキラさん、ここが魔界だと言うことは本当のようです」
辺りを調べていたマーシャが言う。
「向こうの方に大きな魔力が二つ。そして、あっちには――え?」
マーシャが首をかしげて不思議がった。
「どうかしたのか?」
「確か、魔王はヨミさんとアスラフェル。それからメリッサの三人だけですよね」
「ああ」
「だったら、この魔力は……?」
言いっぱなしで俺の返事も聞かずにブツブツと考え事を始めてしまった。
「何かあったのか説明してくれないとわからないんだけど」
マーシャの方を指でつつくと、彼女は大きくビックリしてから言った。
「驚かせないでください。あちらの方角に二つの強い魔力を感じるんですよ」
森の中だから指し示してもらっても、それがどっちの方角かは俺にはわからなかった。
「一つは恐らく、メリッサさんの魔力だと思います。ただ……もう一つ同じくらいの魔力を感じるんです……」
魔王が、四人?
それが不思議なことではないことはすぐに気がついた。
「ハルに倒されると魔王の数が減るってことは、四人目が現れてもおかしくはない。ヴィルギールを倒したのはアスルだからな」
「……確かに、そうでしたね。どうしましょう、このままだと接触することになると思います」
「え?」
こんな森の中に魔王が住んでいるってことなのか?
あ、いや。そうじゃないか。
魔王に目覚めたのはヴィルギールが死んだ後だから、森の中で生活していた誰かが魔王として目覚めたと考えるのが自然だ。
そうなると、魔物かな。
まさか、魔族がこんなところで生活しているはずがない。
新しい魔王がどんな奴か、確認しておくべきか。
森の中で生活していたなら、ハルという救世主の存在も知らないだろう。
情報もないまま新しい魔王がハルと戦って殺されてしまったら、また魔王の数が減ることになる。
問題の先送りにしかならないとしても、今は極力ハルとの接触を避けるべきだ。
「こっちから会いに行こう」
「良いんですか? どんな魔王かわかりませんよ」
「だから、確認しておかなければならないし、忠告もしておきたい」
「はぁ……」
マーシャの案内で森の中を進む。
ここが魔界のどの辺りなのかは、まだわからなかった。
歩いていれば、その内にAIのデータで割り出せるだろうと楽観している。
程なくして俺にも強い魔力のプレッシャーがわかった。
マーシャが身構える。
俺はその場で腕組みをして、魔王が現れるのを待った。
木の陰から姿を現したその魔王は――。
「あなたは、アキラさん!?」
「え?」
声だけ先に聞こえてきたから、誰なのかすぐにはわからなかった。
日の光が差し込む場所に魔王が出てきて、それがあのバルトラムだと言うことを思いだした。
「お久しぶりです」
「そっちこそ、ずいぶん成長したみたいだな」
外見は別れた時と変わらない。
だが、溢れる魔力の大きさがあの時とは桁違いに違うことを表していた。
「いつか天使ともう一度戦うことがあるかも知れないと思っていたので、鍛えていました」
「そうか……」
バルトラムの恋人――グレースは天使に殺された。
そして、バルトラム自身もフェラルドに同調していたから命を狙われた。
「ところで、アキラさんはここで何をしているんですか?」
「バルトラムがどこまで事情を知っているかによるんだけど……」
と前置きをしてから、俺は決戦の時に現れたハルという救世主を倒す方法を探していることを説明した。
「……それで、僕が新たな魔王として覚醒した」
「そうらしいな」
あの決戦で戦闘向きの強い魔族はほとんどハルの取り巻きの女たちに殺された。
一人で力を磨いていたバルトラムが魔王として覚醒することは必然だったのかも知れない。
「あの、アキラさん。そちらの方はエルフ、ですよね」
「え?」
マーシャのことをすっかり忘れて話し込んでしまったが、もの言いたげな瞳で見ているだけだった。
「ああ、悪い。こいつはバルトラムって言って、以前天使の襲撃から助けたことがあったんだ」
「新たな魔王がお知り合いでよかったですね」
普通のことを言っているのに怒っているように聞こえるのは、俺の心の問題なんだろうな。
「と、とにかく俺がバルトラムに伝えたいことは、ハルとの接触をできる限り避けて欲しいってことだな」
「その人間――人間と言っていいのかわかりませんが、どうして魔王の数を減らせるんでしょうね」
考えても答えが出なかったからウォルカ王国まで行ったのだ。
しかし、張りぼての町を見たところでハルの力の謎に迫ることは出来なかった。
唯一わかったのは、ハルが光晴。
恐らくは日本人であると言うことだけ。
おまけに俺は天使を倒す力まで失った。
二歩進んで三歩下がっているようだと思った。
マーシャの手を離して、少女を見据える。
『チャージアタックワン、メテオライトブロー!』
少女の拳を躱して、右脇腹を打ち抜いた。
殴り飛ばして、少女は坂を転がっていく。
手応えはバッチリだが、たぶんダメージはないんだろう。
「あの少女は一体……」
マーシャがつぶやく。
「わからない。天使のような姿をしているが、俺でもダメージを与えられない」
「アキラさんでも、ですか?」
冷静に言葉を返してきたが、冷や汗をかいていた。
マスクに隠されているが、俺も同じような表情をしている。
逃げようにも、ファイトギアでさえ追いつかれるなら不可能に近い。
残された方法は一つだが……。
それすら通用しなかった時のリスクがあまりに大きすぎる。
「光晴の秘密を知った者は排除します」
少女がゆっくりと立ち上がりながらそう言った。
光晴――さっきからそう呼んでいるのは、きっとハルという救世主の本名なんだろう。
どこかで聞いたことがあるような気もする。
「光晴ってのは、何者だ! お前はなぜそいつの秘密を守ろうとする!?」
「この世界の者がそれを知る必要はない。光晴のことを探ろうとする者は全て敵だと認識する」
「俺はこの世界の人間じゃない!」
「え……」
その言葉に、初めて少女が動揺を見せた。
「俺は異世界からこの世界に来た。光晴――その名前にも聞き覚えがある。ハルには魔力があった。だからこの世界のものはあいつを異世界の人間だとは思っていないようだが、あいつは日本人なんだろ」
もっと正確に言えば、光晴は東京近郊に住んでいる。
そうでなければ、秋葉原の町並をここまで再現できないだろう。
まあ、メチャクチャな部分もあるが、大通りの再現度はそれなりに高かった。
「……あなたこそ、何者……?」
「それが自分でもよくわかっていないんだ。この体は“武装セイバーネムス”って特撮番組に出てくる主人公の体らしいが、俺はそれを見た記憶がある。つまり――」
話を整理していると、客観的に自分のことが見えるようになってきた。
そうだ。
俺は、ネムスを見ていた。
だから、ネムスギアについて詳しく理解していたんだ。
ハルは子供の頃見ていたと言っていたが、俺は違う。
大人だった。
そして、あの同人誌――あれは……。
「光晴は異世界の人間じゃない。光晴はこの世界の人間です」
「違う! 異世界の人間に、この町は理解できない! ハルがここで暮らしていたと言うことは、間違いなく日本人だ!」
「黙れ!」
少女は拳を握り突っ込んできた。
そのスピードはファイトギアでもギリギリ躱せるくらい。
上体を反らして避けながら、少しずつ後ろに下がる。
『チャージアタックスリー、イラプションアッパー!』
右手が熱くなる。エネルギーが炎のように揺らめいていた。
少女が大きく腕を振り回して体勢を崩したところに、下から顎を捉える。
鈍い音と骨を砕いた感触が手に伝わる。
そのまま空中を舞っている彼女を追いかけて跳び上がる。
『スペシャルチャージアタック、スターライトストライク!』
光り輝く拳は流星のように彼女の体めがけて落ちていく。
だが――地上に落ちることはなかった。
ドオンという派手な音と衝撃によって周りの家のガラスが割れる。
あの体勢から少女は俺の拳をその両手で受け止めた。
「捕まえた」
空中で薄ら笑いを浮かべる。
そのまま翼を羽ばたかせて俺と体の位置を入れ替えたと思ったら、地上へ向かってスピードを上げる。
しまったと思っても遅かった。
他のフォームへチェンジする間もなく俺の体は地面に叩きつけられる。
背中から走る衝撃で息が出来ない。
「任務完了します」
俺を見下ろす少女の右手には、数々の魔族や魔王を倒してきたあの光の槍が握られていた。
俺がこの世界で死んだらどうなるのか。
夢なら目覚めて終わりだろう。
「シャイニングブラスト!」
光が爆発した。
衝撃で少女が吹っ飛ばされる。
「大丈夫ですか?」
マーシャが駆け寄って俺を抱き起こす。
「ああ、いくつか骨が折れてるっぽいが……」
『折れてはいません。せいぜいヒビが入ったくらいでしょう』
AIはそう分析したが、それでも十分痛いんだが。
「すぐに回復魔法を――」
ハッとした表情でマーシャが視線をあげる。
当たり前だが、少女には傷一つ入っていなかった。
俺の攻撃が効かないのに、マーシャの魔法でダメージを与えられるわけはなかった。
「マーシャ、お前は逃げろ」
「そんな!? アキラさんを置いて行けません!」
「俺は大丈夫だ。これ以上傷つくことがあるなら、きっと……」
『私はあの力に頼るのは反対ですけど』
AIは否定したが、俺の意志もAIの意志も関係ない。
大地彰の体が危機に陥ったなら、自動的に展開されるのだから。
「だから私は、まだこの国へ来るのは早いと忠告したのです」
唐突に声が聞こえて、未来が俺たちの前に現れた。
「それで、何かを思い出しましたか?」
「朧気だが、少しはな」
「ここに至っても、全てを認めることはないんですね」
未来が呆れたような瞳を向ける。
「そろそろ、俺に知っていることを話してくれても良いんじゃないか?」
「それは、あなたの心次第です」
「……お前は、何者だ? どこから現れた?」
少女が未来を見て困惑している。
「私は最初からこの町にいましたよ。気付いていなかったんですか?」
「……それじゃ、あなたも光晴の……?」
「そうかも知れないですね」
小悪魔のようなほほ笑みを少女に向ける。
「あれ? ですが、光晴のハーレムは七人のはず……八人目? ありえない」
困惑する少女を横目に、未来は俺とマーシャの手を取った。
「イテテ……」
「少し我慢してください」
未来がそう言うと、周りの景色が揺らぐ。
グニャグニャと空気が生きているような感覚に襲われたかと思ったら、俺たちは見知らぬ森の中にいた。
「え? 今のは、一体……?」
マーシャが目を丸くしていたが、未来のテレポートだ。
「ここはどこだ?」
「あなたたちが魔界と呼んでいる場所です」
「魔界? ここが? ありえません。一瞬の間に別の場所へ移動する魔法なんて聞いたこともありません」
「マーシャ、彼女は大地彰の妹だ。だから、魔法は使えない」
「それなら尚更意味がわかりません」
「そんなことよりも、早くお兄様の怪我を治してもらえませんか?」
「あ……」
俺が変身を解除すると同時に、マーシャはまたリザレクションを使った。
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これなら何度だって戦えそうだ。
問題は――何度戦ってもダメージを与えられそうにないあの少女の存在だった。
「もう一度改めて言っておきますが、その体は私のお兄様のものなので、あまり無茶なことはしないでください」
少しだけ目をつり上げて未来が迫った。
整った顔立ちをしているから照れてしまって、怒られているのに威圧感はなかった。
「わかってはいるさ。俺だって早いところ本当の自分を取り戻したいと思ってる」
「それでは、あの町を見てもまだ自分が何者か理解していないと言うことですか?」
表情こそ変わっていないが、その言葉には呆れがにじみ出ていた。
「いや、まったく理解していないわけじゃないぞ。少なくともあれが秋葉原を模倣した町だってことはわかってるし、俺もあそこに並んでる店に行ったことはある」
「……それだけ、ですか?」
「何が言いたいんだ?」
「あの少女に傷一つ付けられなかった意味がわかりました。今のあなたには、もはや天使は倒せないでしょう」
「え!? それじゃ、あの少女は天使と同じってことか?」
「……はい。やはり、あの町へ行ったことは間違いだったようですね」
「間違い? そうとも言いきれないだろ。ハルって奴の名前がわかった。俺と同じ日本人で秋葉原についてもそこそこ知っている。間違いなく情報は増えてる。もう少しで光晴って奴の正体もわかるかも知れない」
少なくとも奴がこの世界の人間ではないことは間違いない。
なぜ魔力を持っているのかは、たぶん異世界転生をしたからだろう。
神のギフトもその時に与えられたんだろうか。
「あなたはここがどんな異世界だと思っていますか?」
「……異世界という言葉を表現するのに適切かどうかはわからないけど、ごくありふれた異世界だと思ってるよ」
「……そうですか……。はっきり言っておきますが、“夢の世界”ではありませんよ」
未来に言い当てられてドキッとさせられた。
「テレパシーで俺の心を読むなら、あえて質問しなくてもよかっただろ」
「そう思うなら、私の前ではあまり嘘をつかないでください」
「嘘じゃないってことも理解してるんだろ」
「少しは、わかっているようですね。ですが、それは間違えています。天使と同一であるにも関わらず、あの少女にダメージを与えられなかった。それはあなたがこの世界に取り込まれていることを表しています」
「世界に取り込まれる?」
「この世界であなたが死ねば、目が覚めたりはしません。ループを認識できるかどうかも定かではありません。この世界を構成する要素の一つになります」
「俺もループすることになるってことか?」
「あなただけではありません。私も、お兄様も、です」
それだけ言うと、未来はまたフッと姿を消した。
ハルの正体、この世界の理、全てに近づいた気がしていたのに、遠ざかっていくような感覚。
未来は俺が気付いていてそれを認めていないと思っている。
俺にはそれが理解できなかった。
「アキラさん、ここが魔界だと言うことは本当のようです」
辺りを調べていたマーシャが言う。
「向こうの方に大きな魔力が二つ。そして、あっちには――え?」
マーシャが首をかしげて不思議がった。
「どうかしたのか?」
「確か、魔王はヨミさんとアスラフェル。それからメリッサの三人だけですよね」
「ああ」
「だったら、この魔力は……?」
言いっぱなしで俺の返事も聞かずにブツブツと考え事を始めてしまった。
「何かあったのか説明してくれないとわからないんだけど」
マーシャの方を指でつつくと、彼女は大きくビックリしてから言った。
「驚かせないでください。あちらの方角に二つの強い魔力を感じるんですよ」
森の中だから指し示してもらっても、それがどっちの方角かは俺にはわからなかった。
「一つは恐らく、メリッサさんの魔力だと思います。ただ……もう一つ同じくらいの魔力を感じるんです……」
魔王が、四人?
それが不思議なことではないことはすぐに気がついた。
「ハルに倒されると魔王の数が減るってことは、四人目が現れてもおかしくはない。ヴィルギールを倒したのはアスルだからな」
「……確かに、そうでしたね。どうしましょう、このままだと接触することになると思います」
「え?」
こんな森の中に魔王が住んでいるってことなのか?
あ、いや。そうじゃないか。
魔王に目覚めたのはヴィルギールが死んだ後だから、森の中で生活していた誰かが魔王として目覚めたと考えるのが自然だ。
そうなると、魔物かな。
まさか、魔族がこんなところで生活しているはずがない。
新しい魔王がどんな奴か、確認しておくべきか。
森の中で生活していたなら、ハルという救世主の存在も知らないだろう。
情報もないまま新しい魔王がハルと戦って殺されてしまったら、また魔王の数が減ることになる。
問題の先送りにしかならないとしても、今は極力ハルとの接触を避けるべきだ。
「こっちから会いに行こう」
「良いんですか? どんな魔王かわかりませんよ」
「だから、確認しておかなければならないし、忠告もしておきたい」
「はぁ……」
マーシャの案内で森の中を進む。
ここが魔界のどの辺りなのかは、まだわからなかった。
歩いていれば、その内にAIのデータで割り出せるだろうと楽観している。
程なくして俺にも強い魔力のプレッシャーがわかった。
マーシャが身構える。
俺はその場で腕組みをして、魔王が現れるのを待った。
木の陰から姿を現したその魔王は――。
「あなたは、アキラさん!?」
「え?」
声だけ先に聞こえてきたから、誰なのかすぐにはわからなかった。
日の光が差し込む場所に魔王が出てきて、それがあのバルトラムだと言うことを思いだした。
「お久しぶりです」
「そっちこそ、ずいぶん成長したみたいだな」
外見は別れた時と変わらない。
だが、溢れる魔力の大きさがあの時とは桁違いに違うことを表していた。
「いつか天使ともう一度戦うことがあるかも知れないと思っていたので、鍛えていました」
「そうか……」
バルトラムの恋人――グレースは天使に殺された。
そして、バルトラム自身もフェラルドに同調していたから命を狙われた。
「ところで、アキラさんはここで何をしているんですか?」
「バルトラムがどこまで事情を知っているかによるんだけど……」
と前置きをしてから、俺は決戦の時に現れたハルという救世主を倒す方法を探していることを説明した。
「……それで、僕が新たな魔王として覚醒した」
「そうらしいな」
あの決戦で戦闘向きの強い魔族はほとんどハルの取り巻きの女たちに殺された。
一人で力を磨いていたバルトラムが魔王として覚醒することは必然だったのかも知れない。
「あの、アキラさん。そちらの方はエルフ、ですよね」
「え?」
マーシャのことをすっかり忘れて話し込んでしまったが、もの言いたげな瞳で見ているだけだった。
「ああ、悪い。こいつはバルトラムって言って、以前天使の襲撃から助けたことがあったんだ」
「新たな魔王がお知り合いでよかったですね」
普通のことを言っているのに怒っているように聞こえるのは、俺の心の問題なんだろうな。
「と、とにかく俺がバルトラムに伝えたいことは、ハルとの接触をできる限り避けて欲しいってことだな」
「その人間――人間と言っていいのかわかりませんが、どうして魔王の数を減らせるんでしょうね」
考えても答えが出なかったからウォルカ王国まで行ったのだ。
しかし、張りぼての町を見たところでハルの力の謎に迫ることは出来なかった。
唯一わかったのは、ハルが光晴。
恐らくは日本人であると言うことだけ。
おまけに俺は天使を倒す力まで失った。
二歩進んで三歩下がっているようだと思った。
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23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
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