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変身ヒーローと魔界の覇権

錯綜する戦い

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 斧の勇者は伝説の斧を構えたままこちらを睨みつけていた。
 この状況では勝ち目がないことは明らかだろうに、それでも引くつもりはないらしい。
 やはり、弓と同じく破壊しなければ時間稼ぎも出来ないか。
「あんたは何のために戦うんだ?」
「魔王の味方をする者に話すことはない」
 鼻を鳴らして小馬鹿にするように言葉を返してきた。
「俺は魔王の味方をしているわけじゃない。仲間が魔王になっただけだ。それに、戦争を止めるためなら魔王であっても戦う。お前ら勇者が魔王を倒すために戦うのなら、その必要はない。魔王は全て俺が止める。だから、引いてくれないか?」
「魔王を従えて俺たちに攻撃してきたお前が、よくそんなことが言えたもんだな」
「こうでもしないとお前が攻撃を止めないからだろ」
「黙れ!」
 斧の勇者は重い足取りでこちらに向かってきた。
 走っているつもりのようだが、ドスドスと荒野を踏みならす音が聞こえる。
「アキラ」
 俺を守ろうとヨミが前に出ようとしたが、それを右手で制した。
 斧の勇者の攻撃はアルラウネの魔法の影響で子供でも避けられるくらい緩慢な動きだった。
「勇者は魔王を倒して平和をもたらす存在なんだろ? 魔王は倒しても減ることはない。勇者の資格が渡り歩くように、人間か魔族のどちらかが滅びるまで戦いが続く。俺はその連鎖を断ち切るために双方に停戦を求める。そうしなければ、平和にはならないからな」
「そんなものは平和とは呼ばない! どちらかが滅びるまで戦いが続くならそれでいいだろう! 人間は俺たちがいる限り負けない! 最後まで戦ってやる!」
 やっぱり、そこなんだよな。
 話す気はないと言いながら、挑発に乗って本音を零してくれたことはよかった。
 勇者たちは平和を求めてはいない。
 戦い続けることを求めている。
 魔王も同じだ。
 だから、この戦いに終わりはない。
 運命に抗う力のない人間が平和を手に入れるには、戦いを終わらせることの出来る特別な存在が必要になる。
 それは、勇者ではない。
「やっぱり、人類の平和なんてお前らはどうでもいいんだな。戦うことでしか価値を見いだせない」
「うるさい! 黙れ!」
「お前らは魔王とたいして変わらない。それに希望を見いだしている人たちが哀れに見えるな」
 その言葉に斧の勇者の動きが止まった。
 その瞳は俺を見ているようで見ていない。
 どこか虚ろな表情を浮かべていた。
 アルラウネの魔法の影響なんだろうか。
「違う! あいつらは俺をずっと嘲ってきた! デブで馬鹿で魔法もろくに使えない奴だって笑いものにしてきたんだ! それがどうだ! 俺が勇者になった途端に掌を返しやがって、あんなやつらに守ってやる価値なんて無い! 俺はただこの伝説の斧で戦ってるだけであいつらから羨望の眼差しを浴びることが出来る! これ以上に気持ちの良いことなんてない!」
「己の目的のために勇者として戦いを求めてるってことか。正直だが、迷惑な話だ」
「お前のような男に俺の何がわかる!」
 斧の勇者の瞳に光が戻ってきた。
 彼の目に映る俺は、きっと嫌いなタイプだろう。
 大地彰の容姿はどこかの芸能人のように整っていて、背も高くてスタイルもよかった。
 つまり、この姿ではどんなに説得しても無駄だ。
 戦う理由からして、手段を奪わなければこの男も止められない。
 もはやその必要もないのだが、俺は素速く動いて斧の勇者の横に移動した。
 ファイトギアの動きはアルラウネの魔法の影響がなくても普通の人間の動体視力で見きれるものではない。
 斧の勇者の視線はまだ前を向いたままだった。
 右手で構えている斧の刃を横から殴りつける――。
 伝説の弓と同じく、それは破壊されるはずだったのだが、俺の拳ががしっと掴まれた。
「俺と同じように素速く動くというのは本当らしいな。ガイハルトに聞かされていなければ、油断するところだった」
 そう言ったのは、もちろん斧の勇者ではない。
 俺の拳を受け止めたのは、右手に鉤爪を付けた男だった。
 それにも伝説の武器特有の刻印が見えた。
 左手には何も付けていないが、それで俺の拳を受け止めたと言うことは、何か身体強化の魔法を使っているか、あるいは伝説の武器の能力か。
「はっ!」
 鉤爪で引っ掻こうとしてきたので、飛び退いて離れた。
「ペトロか!? 余計なマネを……」
「そう言ってる場合かよ。こいつはあっちでジュリアスの弓を破壊したらしい。お前の斧も狙われてたぜ」
「何!?」
 爪の勇者と斧の勇者は俺に警戒心を向けたまま会話を続けていた。
「それと、あっちで戦ってるガイハルトとティーモが苦戦してる。ダグラスとジュリアスの力も借りたかったんだが、それどころじゃなさそうだな」
「いいや、ペトロがあのわけのわからないのを相手してくれれば、他の魔王は俺が何とかする」
「……わけのわからないの? お前あいつが誰か知らないのか?」
「あんな妙な奴知ってるわけないだろ」
「結構有名だぞ。元上級冒険者でアイレーリスを戦争とクーデターから救った英雄。ま、俺も実際に見たのは初めてだが」
「アイレーリスの英雄? ああ! お前、あの時キャロライン女王に連絡しようとしてきた奴か!」
 今さら気がついたのか、大声を上げて叫んだ。
「俺が誰であるかはどうでもいいだろ。俺の目的はお前ら勇者を止めることだ。話して手を引いてくれるならそれでも良いと思っていたが、あんたとは戦うしかないってことは十分わかった」
「それもそうだな」
 斧の勇者は再び斧を構える。
「仕方ない。さっさと終わらせてガイハルトたちを助けに行くぞ」
 爪の勇者も格闘家のように足を広げて左手を前に突き出し、右手の肘を折って爪を構えた。
「どうするの? 勇者を二人相手に一人で戦うつもり?」
 楽しげな口調でアルラウネが言った。
「そうですよ。要は、勇者を殺さなければいいんですから、一緒に戦いましょう」
 ヨミが俺の隣に立とうとする。
「だから、魔王と勇者が戦うこと自体が――」
 世界の理に近づくことになると言葉を続けようとしたら。
 何かが空から降ってきて、俺たちと勇者たちの間に落ちた。
 巻き上げられた土煙の中から立ち上がったのは、ガイハルトと槍の勇者。
「ヴィ、ヴィルギール!?」
 振り返って声を上げたのは、アルラウネだった。
 俺もヨミも目の前のことに集中していて魔王の接近にまったく気がついていなかった。
 その傍らにはバルガスもいる。
「……バルガスから話は聞いた。ここに至ってもまだ俺たちの邪魔をするつもりか」
「当然だ」
 言いながら、冷や汗が頬を伝う。
 この場にほとんど全員が集まってしまった。
 誰から止める?
「無駄だ。俺は勇者を殺すまで戦いを止めない」
 その言葉に強い反発を見せたのは、勇者たちだった。
「それはこっちのセリフだ! 俺は魔王を殺すまで諦めない!」
 ガイハルトが剣を構える。
 その周りに爪の勇者と斧の勇者と槍の勇者が並び立つ。
 向かい合うのはヴィルギールとバルガス。
 一触即発の雰囲気に包まれていた。
「ね、どうするの? アキラ様?」
 その場にそぐわない声でアルラウネが笑っている。
「アルラウネ……お前はそいつにつくのか?」
「だって、この場で一番強いのはヨミ様だしぃ。ヨミ様を従えている人に付くのは当たり前じゃない」
 ヴィルギールは俺とヨミを見比べたが、口元を緩めた。
「まあ、それがお前の選んだことなら何も言うことはない。アキラとヨミ。お前らも手出ししなければ見逃してやっても構わない。アキラは異世界のもので、ヨミは俺たちの仲間だからな」
「私はあなたの仲間ではありません!」
 即座にヨミが否定するが、ヴィルギールは表情を変えなかった。
「いいや、人間から見れば同じことさ」
 そこまで言うと、勇者たちに殺気を込めた視線を送った。
「さあ、始めようか」
 ヴィルギールとバルガスが勇者たちに向かって行く。
 勇者たちもそれぞれ応戦する。
 俺たちはまるで蚊帳の外に置かれてしまった。
「アルラウネの魔法で全員を眠らせることは出来ないのか?」
「……一応、そう言う魔法も使えるけど、たぶん無理ね」
「無理?」
「さっきの魔法も冒険者たちの戦意を喪失させることは出来たけど、あの勇者には無理だったでしょ。それと同じ。ヴィルギールもバルガスも私より魔力が上だし、多少眠気を感じさせることくらいはできると思うけど……この様子じゃその効果も見込めないかもね」
 爪の勇者が一人でバルガスと拳の応酬をしている。
 炎に包まれた拳は伝説の武器で触れてもその炎が勇者の全身を襲うことはなかった。
 それに、爪の勇者はファイトギアのスピードにもついてくることが出来た。
 バルガスにはそれほどの高速戦闘に対抗する手段がない。
 手数では圧倒的に押されていた。
 ただ、爪の勇者の攻撃力がそれほど高くないのか。
 バルガスの体を傷つけることは出来ても、すぐに魔力で再生させる。
 二人はほとんど互角の戦いを繰り広げていた。
 ヴィルギールには勇者三人が相手をしていた。
 剣と槍と斧。
 入れ替わりながら、途切れることなく攻撃を繰り出す。
 ヴィルギールはそれを躱したり、素手で受け流していた。
 戦いに集中している者たちに、眠気を与えたくらいで止めるのは不可能だ。
「ヨミ、バルガスを止めてくれ。まずは爪の勇者から何とかする」
「はい」
「……本当に馬鹿なことをするのね。こんな奴ら放っておいて私たちだけでどこかへ逃げてしまえば楽なのに」
 それは、ここへ来る前にヨミに提案したことだった。
 だから、ヨミは一笑に付したが、アルラウネの言葉はまだ続いていた。
「ま、それが出来ない人だから見ていて退屈しないんだけれど」
「そう思ってくれているなら、少しは手を貸してくれると思っていいのか?」
 ほんの少しだけ、ヨミが動揺していたから気付いていないふりをしてアルラウネに聞いた。
「いいわよ。でも、私の精神系の魔法がここの連中に効くとは思わないでね。せいぜい多少動きを鈍らせるくらいしか意味はないからね」
「それでも今の俺とヨミには十分だ」
 俺はキャノンギアにフォームチェンジした。
「へぇ……その鎧、姿を変えるのね」
「アルラウネに見せたのは初めてだったか。変わるのは見た目だけじゃない」
 爪の勇者はファイトギアの攻撃に反応できた。
 つまり、同じようなスピードで戦うことが出来る。
 それじゃ戦いが長引いてしまう。
 キャノンギアのセンサーなら、ファイトギア並の動きでも捉えることは可能だ。
 バスターキャノンを構えると、早々に爪の勇者をロックオンした。
『チャージショットツー、スプレットバスター!』
 砲弾がセットされる。後はトリガーを引くだけだ。
「ヨミ! 今だ!」
「はい!」
 合図と同時にヨミが駆け出し、バスターキャノンから上空にエネルギーの弾が発射される。
 その場にいた全員の視線がそちらに向いたのがセンサー越しに確認できた。
 だが、狙うのはただ一人。
 空で破裂したエネルギーが小さな弾丸となって雨のように降り注ぐ。
 本来なら広範囲に広がる砲弾だが、今はロックオンした爪の勇者しか狙っていない。
 彼はその素早さで何とか降り注ぐ弾丸から逃れようとするが、躱しきれるような弾丸の量と速度ではない。
 そして、バルガスもその状況の爪の勇者に近づけるはずもない。
「アキラ=ダイチ! お前やっぱり魔王の味方をするのか!」
 ヴィルギールと戦いながら、ガイハルトが叫ぶ。
 そう思いたければ勝手に思っていればいい。
 もはやこいつらに言葉が届くとは思っていない。
「おいおい、俺は助けてくれだなんて一言も……」
 迷惑そうな表情をさせながらもどこか楽しげにバルガスが言う。
 あいつは目の前のことに集中していると、周りが疎かになる。
 完全に油断していた。
「バルガス! 後ろを見ろ!」
 ヴィルギールが叫んでも、もう遅い。
 視線が上に向かっている間にヨミはバルガスの背後に回っていた。
 バルガスの頭に向かって真後ろから跳び蹴りを食らわせる。
 思いきり後頭部を蹴られて、バルガスの頭が地面にめり込んだ。
 ……本当にあれで死んでないんだよな、と心配になるほど大きな音を立ててほんの少し大地が揺れる。
 そして、それと同時に爪の勇者もその場に倒れた。
 こちらも死んではいない。
 ただ、弾丸が足に集中して当たったから身動きは取れないと思う。
 生きていれば魔法で治してもらえるんだから、この場では我慢してもらおう。
 後は、魔王が一人に勇者が三人。
 ヴィルギールはヨミに任せるとして、残りの勇者はファイトギアの動きを見切ることが出来ない。
 勇者さえ引けば、国軍やら冒険者やらは逃げ出すはずだ。
 魔王も戦闘不能なら、魔族や魔物も勝手には動かないだろう。
 力で支配するのは望むところではない。
 だが、それ以外で戦争を止める手段がないのなら、別の方法が見つかるまではそうするしかないのか。
「もう一度だけ言おう。ここから引け」
「断る!」
 ガイハルトは迷いなく俺に剣を向けた。
「あなたも、引いてはくれないんでしょうね」
 ヨミが静かにヴィルギールに語りかけた。
「わかっているようだな」
 ヨミが大地を蹴るように駆ける。
 その勢いを利用して蹴りを繰り出した。
 右足がヴィルギールの体を狙う。
 だが、体の前で両手をクロスさせてヨミの蹴りを正面から受け止めていた。
 そのままヨミに蹴りを返そうとしたが、ヨミも左腕一本で受け流した。
 今の攻防一つでもヨミとヴィルギールがほとんど互角だとわかった。
 キャノンギアのセンサーだと、ほんのわずかだけヨミの魔力の方が上だが、実際の戦闘ではそこまで大きな差にはならないようだ。
 それでも俺が助けなければならないほどではない。
 ヨミに任せても大丈夫だ。
 俺はもう一度ファイトギアに変身する。
「気をつけろ! あの姿だと俺たちの反応速度を超えて攻撃をしてくる!」
 ガイハルトがそう言うと、三人の勇者はお互いの背中を合わせるようにして構えを取った。
 それで、ファイトギアに対抗できると思っているのか。
 狙うのは伝説の武器だけ。
 目をつけて走り出そうとしたその時、ひんやりとした空気に辺りが覆われた。
「勇者は殺す」
 凄まじい殺気を纏いながら、ゆっくりと姿を現したのは――メリッサだった。
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