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変身ヒーローと魔界の覇権
次なる魔族の目標
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空に二つ目の太陽が輝く。
「――変身」
『起動コードを認証しました。ネムスギア、キャノンギアフォーム、展開します』
『バスターキャノンを形成します』
「ヘル・ヘヴン・カタスロトフィ!! 逃げても無駄よ! 全て焼き尽くしてやるわ!」
勝ち誇ったような高笑いが聞こえてくる。
『スペシャルチャージショット、マキシマムエナジーバスター!』
キャノンギアのセンサーが計測した魔力はそれほど高くなかった。
これならアスルの魔力を引き出して使っていたフレードリヒ伯爵の方が破壊力は上だった。
三発分もあれば十分だろう。
砲身にエネルギーを装填する。
ロックオンされた二つ目の太陽に向けて、トリガーを引いた。
砲身から放射状に発射されたエネルギーは、複合戦略魔法を飲み込み、空の彼方まで貫いていった。
そのエネルギーの余波で飛行艇がバランスを崩して次々落ちる。
先頭を飛んでいた杖の勇者が乗った飛行艇は、他の飛行艇に追突されて俺の目の前に墜落した。
とっさのことだったので、キャノンギアでは何もすることが出来なかった。
飛行艇は地上にぶつかると爆発し炎を上げた。
その中から、杖の勇者が這い出してくる。
「……くっ、この私がどうしてこんな目に……」
自業自得だろうと言ってやりたかったが、バカバカしくて止めた。
伝説の杖に寄りかかるようにして立ち上がった。
そこでようやく俺に見下ろされていることに気がついたらしい。
「お、お前が複合戦略魔法を……?」
「当然だ。お前、あれがどういう魔法かわかって使ったのか?」
「決まってるじゃない。私を馬鹿にしたお前らを皆殺しにしてやるんだから」
これだけやられてもまだ戦おうとする気力は確かに前の勇者よりは骨があるのかも知れないな。
「聖なる神の名において、我らが命ずる! 命を癒やす息吹を与えよ。リザレクション」
緑色の柔らかな光に包まれて、杖の勇者は見る間に怪我が治っていった。
俺が黙って立っていると、続け様に呪文を唱えた。
そして、炎や雷や風や水やあらゆる魔法を放ってきたが――複合戦略魔法でもキャノンギアに傷を付けることは出来ない。
通常の魔法が俺に効果があるわけなかった。
不意にキャノンギアのセンサーが空の向こうから向かってくる一隻の飛行艇を捉えた。
魔力と容姿のデータからすぐにそれが誰であるかもわかった。
このままこいつとかち合ったら面倒なことになりそうだ。
仕方ない。
「おい、誰かを攻撃するってことは、自分が攻撃されても文句は言えないからな。ちょっと痛いかも知れないぞ」
「な、なによ! 脅す気?」
杖を両手で持って威嚇するように向けてきた。
「俺はフェミニストじゃないからな。相手が女でも殴ったら殴り返す」
『その言葉の意味は間違っているような……』
AIの突っ込みを黙殺してファイトギアに変身した。
傍目には次の瞬間には、杖の勇者が倒れたように見えただけだろう。
あらゆる魔法が使える割に、魔法の使い方は前の勇者の方が上手かった。
身体能力を強化する魔法を使っていない魔道士は、俺の敵ではなかった。
ま、これは経験による差でもあるか。
そして、程なくして飛行艇が近づいてきた。
改良は上手くいったようだ。
俺の乗った試作機は止める方法もなかったのに、小型の飛行艇は音もなく空中で静止し、そのまま真っ直ぐ地上に降りてきた。
二人乗りの座席には一人しか乗っていない。
彼女は飛行によって乱れた髪を直しながら、飛行艇のドア(車のドアに作りは似ていた)を開けて降りた。
「殺してしまったわけではないようですわね」
白目を剥いて延びてはいるが、意識を奪っただけだ。
息はしている。
「そっちは殺す気満々だったがな。まさか、複合戦略魔法まで使ってくるとは思わなかった」
「……私の国の勇者がご迷惑をおかけいたしましたわ」
ルトヴィナはいつも通りの口調で話しかけてきた。
「久しぶりの挨拶も無しか」
「必要ならそうしますわ」
魔界へ行く直前に魔法水晶で連絡を取ったときのようなとげとげしさはなくなっている。
どうして急に態度が変わったのか……。
「……杖の勇者は、ルトヴィナの国で新たに選ばれたのか?」
「ええ、魔界の結界が消滅してすぐ後に」
ルトヴィナは左手で右肘を持ち右手で顎に触れながらさらに言葉を続けた。
「特に才能のある魔道士ではありませんでしたわ。それよりもストーカーとして有名だったようで、一部の魔道士からは忌み嫌われていたとか」
「勇者になって攻撃的になったのは、その辺りに関係ありそうだな」
「彼女だけではなくて、他の勇者もそれぞれ事情があるようですわ。私が独自に調べた情報によりますけれど」
「どうしてルトヴィナがそんなスパイのまねごとみたいなことを……」
「私たちは今、勇者たちを信じる者たちに監視されていますから。キャロラインさんやシャリオットさんと連絡を取ることも出来ませんし」
「魔法水晶は?」
聞いてから思い出した。
魔法水晶は杖の勇者にハッキングのようなことをされてしまうから使えないんだった。
……ん、待てよ。
それじゃあ、この前魔法水晶でルトヴィナと話したとき、よそよそしかったのはその事があったからか。
魔法水晶の回線を奪ったのだ。盗聴のようなこともできたのかも知れない。
それを警戒していたってことか。
「ルトヴィナ、改めて聞いて良いか?」
「何でしょう?」
「今でもヨミは怖いか?」
「……そう、ですわね……正直に言えばあの魔力には脅威を感じます。ただ、アキラくんの幸せそうな顔を見ていると怖がっている自分がバカバカしく思えてきますわ」
「そんな顔してるか? どっちかって言うと、あまりにも上手くいかなすぎてイライラしてると思っていたんだけど」
「そう言う割に冷静に見えるのは、きっとヨミさんがアキラくんを上手に支えているんでしょうね。もう、私の入り込む余地はなさそうですわね」
憂いを帯びたほほ笑みを向けられて、俺には返す言葉がなかった。
「それよりも、アキラくんたちは今何をしているのですか?」
「何って言われてもな。思うような成果が上げられていない。逆にみんなはどこまで事情を知っている?」
「私は和平交渉の席でキャロラインさんが襲われそうになり、勇者がそれを助けたと。和平交渉は統一連合国の代表の命を狙った魔族側の陰謀だと伝えられています」
「キャリーがそれを発表したのか?」
「いいえ、同席した勇者ですわ」
「勇者の言うことを人間は信じてるのか?」
「以前にも伝えましたが、勇者は人間の希望であることに間違いはありません。勇者でなければ魔王とまともに渡り合うことも出来ないのですから」
思っていたとおり、事態は深刻だ。
今の人間の中で和平を望むものが現れるだろうか。
恐れと怒りと悲しみは魔族だけの感情ではない。
人間もそれに支配されている。
「アキラくん、もはや真実など問題ではなくなっていますわ。人間も魔族もお互いの命を守るためにはどちらかを滅ぼすしかないと思ってます。この戦いを誰が止められると思いますの?」
俺も同じ気持ちだった。
この事態を救えるのは、魔王の数を減らせる救世主だけ。
だが、そいつが現れると世界は救われるが終焉に向かって行く――。
そのことが……。
ルトヴィナを見つめた。
「な、何ですの?」
知らないんだ。ルトヴィナもキャリーも、世界の理について。
人間でその事を知っているのはクランスだけ。
あいつは誰にもそのことを話さなかった。
俺はエルフの国で知ったこと、魔界で知ったことをルトヴィナにそのまま伝えた。
世界の理、この世界は平和になってもその先がない。
だから、そもそもこの戦い自体に意味がない。
勝っても負けても……違うか、人間の勝利は約束されていて、平和にはなる。
しかし、平和の先に待っているのは世界の終焉と再生。
この世界は再びアイレーリスでケルベロスの問題が発生する辺りから始まるらしい。
「……アキラくん……あなたが異世界の人間であると言うことは信用してもいいですが、そのような話を受け入れろと言うつもりですの?」
クランスの気持ちが少しだけわかった。
あいつも誰にも話さなかったわけじゃなかったのかも。
話しても信じてもらえないと悟ったから、世界の理については自分の心の中にだけしまった。
「勇者でも魔族には勝てず、どこからともなく現れた救世主が人類を救って平和になるですって? しかも、平和になった未来は訪れず、またこの世界が魔族と戦争になる前に戻って始まる? それでは、私たちは一体何なのです?」
客観的に見れば、勇者は道化だ。
この世界の人間は救世主を賞賛するためのモブキャラ。
主役はもちろん、救世主だろう。
それじゃ、俺は……?
――――観客――――?
「アキラくん?」
何かが見えたような気がしたが、いつの間にか俺はルトヴィナに肩を抱かれていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう……」
「でも、もしその話が本当ならその救世主はアイレーリスに現れるかも知れませんわね」
「え? どういうことだ?」
「すでに帝国とダグルドルド、エオフェリア、グライオフが魔族の手に堕ちています。次に彼らが狙うのは――」
「アイレーリスだって言うのか?」
「その事を伝えるために、監視の目をかいくぐってアキラくんに会いに来たのです。もっとも、杖の勇者がアキラくんたちを見つけて暴走してくれたお陰でもあるのですけど」
ルトヴィナは足下に転がる杖の勇者を見下すようにホホホと笑みを浮かべた。
「アキラくん。ここまで来たら見届けたくなりましたわ。一緒にアイレーリスへ向かいませんか?」
そう言ってルトヴィナは飛行艇に首を向けた。
「それは構わないが、まずはヨミたちと合流しないと」
問題は今どこにいるのかわからないってところだ。
車にはネムスギアのナノマシンとAIが搭載されているから、呼べば戻ってくるのかな。
ギルド世界本部のときはそれで何とかなったけど、距離が離れていても有効なのだろうか。
俺の心配は杞憂に終わった。
数十分後には車が勝手に目の前に戻ってきた。
もちろん、車から一番にヨミが降りてきて抱きついてきた。
「よかった、無事だったんですね」
「……心配していたのか? 俺がこんな奴に負けるとでも?」
魔王を数人相手にしたならまだしも、勇者一人が俺の敵になると思ってもらっちゃ困る。
「……そうですね。焦ってしまいましたが、アキラには複合戦略魔法が効かないことを忘れていました」
最初にキャリーからあの魔法を思い切り撃たれた記憶があるからかな。
危険だと思い込んでしまう気持ちはわからなくはない。
実際、マーシャやエトワスたちは助からないだろうから、彼らを逃がしたことは間違いではなかった。
「ところで、こちらの方は?」
マーシャが車を降りて、さっきから舐めるように車を観察しているルトヴィナを指で差した。
「ルトヴィナさん! お久しぶりです」
「え? ええ、そうですわね」
車から目を上げることなく素っ気ない返事を返してきた。
ヨミを恐れているわけではなさそう。
ただ、なんて言うか……。
ここには魔族もエルフも魔王もいるのに、今のルトヴィナの目にはまったく映っていない。
眼中にないって言葉がピッタリだった。
俺の世界の車がそんなに珍しいかね。
「これ、すごいですわね。エルフが作ったものですの?」
少し興奮気味にマーシャに詰め寄った。
「い、いえ。これは異世界の車というものを模倣したもので……」
「異世界!? と言うことは、アキラくんの世界の?」
「外見的には似てるが、ナノマシンを使った電気自動車だから、俺の知ってる車よりも高性能かつ高機能だ」
「電気? これの動力は魔法ではないのですか?」
「俺の世界には魔法なんてないって言っただろ」
「……私でも、使えますの?」
「え……」
ルトヴィナの瞳はもう運転してみたいと訴えていた。
「マーシャ、悪いがそっちの飛行艇を使って俺たちを追いかけてくれないか?」
「わかりました。ただ、私があれを使うとたぶん、車よりもスピードが出るかと思います」
「速度は上手く調整できるだろ」
「あ、いえ。そうではなくて、先行して状況を確かめようかと思いました」
そうか……ルトヴィナとの再会に喜んでいる場合じゃない。
俺たちはあくまでも勇者と魔王の衝突を防ぎ、何とか戦争を回避する方法を探すためにここにいる。
「危険かも知れないぞ」
ルトヴィナが調べた情報だと、アイレーリスの国境付近、クリームヒルト近郊に勇者が集まってきていて、そこへ魔王を中心とした本隊が迫っている。
「ところで、どうして杖の勇者はここにいるんだ? 勇者が集まっているなら、こいつもそっちに行くべきじゃなかったのか?」
ふと疑問に思ったので質問すると、ルトヴィナは車のボディを触ったまま答えた。
「我がメリディアとホルクレストは一応健在ですから、奇襲を防ぐために一人ずつ勇者が守りについているのですわ」
ってことは、俺たちはまんまとその網に引っかかったってことか。
「それじゃ、アイレーリスに集まってる勇者は五人か」
「ええ」
魔王は……メリッサは単独行動しているらしいから三人。
数の上では勇者が有利なのか?
でも、ヴィルギールはクロードの力を得ている。
最強の魔王の力を手に入れたなら、魔王と勇者の力関係は互角と見ても良いんじゃないか。
となると、さらに魔族を全て率いている魔族側が優勢に見える。
「アキラくん。アイレーリスでの戦争は恐らく総力戦になります。剣の勇者の呼びかけで冒険者や各国の国軍も集まっていますわ」
「勇者の呼びかけ? 国軍は王の命令で動くんじゃないのか?」
「勇者たちは内政だけを私たちに任せて、国軍の指揮権は奪いました。人類を救うために必要だという名目で」
それで国民が反発していないってことは、やっぱり勇者を支持してるってことか。
和平交渉が上手く使われたな。
それは魔界におけるヴィルギールも同じだけど。
そうなると確かに戦況がどうなっているかの情報は必要だ。
「マーシャ、危ないと思ったらすぐに逃げるんだぞ」
「はい」
「あ、待ってください。私も同行しましょう」
名乗りを上げたのはエトワスだった。
「……なぜ、魔族が私と? あなたはヨミさんに仕える魔族のはず。ヨミさんと共にいるべきでは?」
拒絶していると言うよりは、マーシャは困惑しているように見えた。
「二人の方がいざというとき何かの役に立ちますよ。それに、私はヨミ様のお役に立てていいませんから、ここら辺で少し仕事をしておかないと」
新しい飛行艇は二人乗りで座席が前後に一つずつ。
エトワスは微笑みながらそう言って飛行艇の前の座席に乗り込んだ。
理由を聞いてもいまいち納得できない顔のままマーシャも後ろの座席に乗り込む。
「それでは、ヨミ様。アキラ様。行ってきます」
「アキラさん。向こうで待ってます」
二人がそれぞれ挨拶をすると、飛行艇はふわりと空中に浮かび、一気に飛び出す。
飛行艇はすぐに空の彼方へ消えていった。
「――変身」
『起動コードを認証しました。ネムスギア、キャノンギアフォーム、展開します』
『バスターキャノンを形成します』
「ヘル・ヘヴン・カタスロトフィ!! 逃げても無駄よ! 全て焼き尽くしてやるわ!」
勝ち誇ったような高笑いが聞こえてくる。
『スペシャルチャージショット、マキシマムエナジーバスター!』
キャノンギアのセンサーが計測した魔力はそれほど高くなかった。
これならアスルの魔力を引き出して使っていたフレードリヒ伯爵の方が破壊力は上だった。
三発分もあれば十分だろう。
砲身にエネルギーを装填する。
ロックオンされた二つ目の太陽に向けて、トリガーを引いた。
砲身から放射状に発射されたエネルギーは、複合戦略魔法を飲み込み、空の彼方まで貫いていった。
そのエネルギーの余波で飛行艇がバランスを崩して次々落ちる。
先頭を飛んでいた杖の勇者が乗った飛行艇は、他の飛行艇に追突されて俺の目の前に墜落した。
とっさのことだったので、キャノンギアでは何もすることが出来なかった。
飛行艇は地上にぶつかると爆発し炎を上げた。
その中から、杖の勇者が這い出してくる。
「……くっ、この私がどうしてこんな目に……」
自業自得だろうと言ってやりたかったが、バカバカしくて止めた。
伝説の杖に寄りかかるようにして立ち上がった。
そこでようやく俺に見下ろされていることに気がついたらしい。
「お、お前が複合戦略魔法を……?」
「当然だ。お前、あれがどういう魔法かわかって使ったのか?」
「決まってるじゃない。私を馬鹿にしたお前らを皆殺しにしてやるんだから」
これだけやられてもまだ戦おうとする気力は確かに前の勇者よりは骨があるのかも知れないな。
「聖なる神の名において、我らが命ずる! 命を癒やす息吹を与えよ。リザレクション」
緑色の柔らかな光に包まれて、杖の勇者は見る間に怪我が治っていった。
俺が黙って立っていると、続け様に呪文を唱えた。
そして、炎や雷や風や水やあらゆる魔法を放ってきたが――複合戦略魔法でもキャノンギアに傷を付けることは出来ない。
通常の魔法が俺に効果があるわけなかった。
不意にキャノンギアのセンサーが空の向こうから向かってくる一隻の飛行艇を捉えた。
魔力と容姿のデータからすぐにそれが誰であるかもわかった。
このままこいつとかち合ったら面倒なことになりそうだ。
仕方ない。
「おい、誰かを攻撃するってことは、自分が攻撃されても文句は言えないからな。ちょっと痛いかも知れないぞ」
「な、なによ! 脅す気?」
杖を両手で持って威嚇するように向けてきた。
「俺はフェミニストじゃないからな。相手が女でも殴ったら殴り返す」
『その言葉の意味は間違っているような……』
AIの突っ込みを黙殺してファイトギアに変身した。
傍目には次の瞬間には、杖の勇者が倒れたように見えただけだろう。
あらゆる魔法が使える割に、魔法の使い方は前の勇者の方が上手かった。
身体能力を強化する魔法を使っていない魔道士は、俺の敵ではなかった。
ま、これは経験による差でもあるか。
そして、程なくして飛行艇が近づいてきた。
改良は上手くいったようだ。
俺の乗った試作機は止める方法もなかったのに、小型の飛行艇は音もなく空中で静止し、そのまま真っ直ぐ地上に降りてきた。
二人乗りの座席には一人しか乗っていない。
彼女は飛行によって乱れた髪を直しながら、飛行艇のドア(車のドアに作りは似ていた)を開けて降りた。
「殺してしまったわけではないようですわね」
白目を剥いて延びてはいるが、意識を奪っただけだ。
息はしている。
「そっちは殺す気満々だったがな。まさか、複合戦略魔法まで使ってくるとは思わなかった」
「……私の国の勇者がご迷惑をおかけいたしましたわ」
ルトヴィナはいつも通りの口調で話しかけてきた。
「久しぶりの挨拶も無しか」
「必要ならそうしますわ」
魔界へ行く直前に魔法水晶で連絡を取ったときのようなとげとげしさはなくなっている。
どうして急に態度が変わったのか……。
「……杖の勇者は、ルトヴィナの国で新たに選ばれたのか?」
「ええ、魔界の結界が消滅してすぐ後に」
ルトヴィナは左手で右肘を持ち右手で顎に触れながらさらに言葉を続けた。
「特に才能のある魔道士ではありませんでしたわ。それよりもストーカーとして有名だったようで、一部の魔道士からは忌み嫌われていたとか」
「勇者になって攻撃的になったのは、その辺りに関係ありそうだな」
「彼女だけではなくて、他の勇者もそれぞれ事情があるようですわ。私が独自に調べた情報によりますけれど」
「どうしてルトヴィナがそんなスパイのまねごとみたいなことを……」
「私たちは今、勇者たちを信じる者たちに監視されていますから。キャロラインさんやシャリオットさんと連絡を取ることも出来ませんし」
「魔法水晶は?」
聞いてから思い出した。
魔法水晶は杖の勇者にハッキングのようなことをされてしまうから使えないんだった。
……ん、待てよ。
それじゃあ、この前魔法水晶でルトヴィナと話したとき、よそよそしかったのはその事があったからか。
魔法水晶の回線を奪ったのだ。盗聴のようなこともできたのかも知れない。
それを警戒していたってことか。
「ルトヴィナ、改めて聞いて良いか?」
「何でしょう?」
「今でもヨミは怖いか?」
「……そう、ですわね……正直に言えばあの魔力には脅威を感じます。ただ、アキラくんの幸せそうな顔を見ていると怖がっている自分がバカバカしく思えてきますわ」
「そんな顔してるか? どっちかって言うと、あまりにも上手くいかなすぎてイライラしてると思っていたんだけど」
「そう言う割に冷静に見えるのは、きっとヨミさんがアキラくんを上手に支えているんでしょうね。もう、私の入り込む余地はなさそうですわね」
憂いを帯びたほほ笑みを向けられて、俺には返す言葉がなかった。
「それよりも、アキラくんたちは今何をしているのですか?」
「何って言われてもな。思うような成果が上げられていない。逆にみんなはどこまで事情を知っている?」
「私は和平交渉の席でキャロラインさんが襲われそうになり、勇者がそれを助けたと。和平交渉は統一連合国の代表の命を狙った魔族側の陰謀だと伝えられています」
「キャリーがそれを発表したのか?」
「いいえ、同席した勇者ですわ」
「勇者の言うことを人間は信じてるのか?」
「以前にも伝えましたが、勇者は人間の希望であることに間違いはありません。勇者でなければ魔王とまともに渡り合うことも出来ないのですから」
思っていたとおり、事態は深刻だ。
今の人間の中で和平を望むものが現れるだろうか。
恐れと怒りと悲しみは魔族だけの感情ではない。
人間もそれに支配されている。
「アキラくん、もはや真実など問題ではなくなっていますわ。人間も魔族もお互いの命を守るためにはどちらかを滅ぼすしかないと思ってます。この戦いを誰が止められると思いますの?」
俺も同じ気持ちだった。
この事態を救えるのは、魔王の数を減らせる救世主だけ。
だが、そいつが現れると世界は救われるが終焉に向かって行く――。
そのことが……。
ルトヴィナを見つめた。
「な、何ですの?」
知らないんだ。ルトヴィナもキャリーも、世界の理について。
人間でその事を知っているのはクランスだけ。
あいつは誰にもそのことを話さなかった。
俺はエルフの国で知ったこと、魔界で知ったことをルトヴィナにそのまま伝えた。
世界の理、この世界は平和になってもその先がない。
だから、そもそもこの戦い自体に意味がない。
勝っても負けても……違うか、人間の勝利は約束されていて、平和にはなる。
しかし、平和の先に待っているのは世界の終焉と再生。
この世界は再びアイレーリスでケルベロスの問題が発生する辺りから始まるらしい。
「……アキラくん……あなたが異世界の人間であると言うことは信用してもいいですが、そのような話を受け入れろと言うつもりですの?」
クランスの気持ちが少しだけわかった。
あいつも誰にも話さなかったわけじゃなかったのかも。
話しても信じてもらえないと悟ったから、世界の理については自分の心の中にだけしまった。
「勇者でも魔族には勝てず、どこからともなく現れた救世主が人類を救って平和になるですって? しかも、平和になった未来は訪れず、またこの世界が魔族と戦争になる前に戻って始まる? それでは、私たちは一体何なのです?」
客観的に見れば、勇者は道化だ。
この世界の人間は救世主を賞賛するためのモブキャラ。
主役はもちろん、救世主だろう。
それじゃ、俺は……?
――――観客――――?
「アキラくん?」
何かが見えたような気がしたが、いつの間にか俺はルトヴィナに肩を抱かれていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう……」
「でも、もしその話が本当ならその救世主はアイレーリスに現れるかも知れませんわね」
「え? どういうことだ?」
「すでに帝国とダグルドルド、エオフェリア、グライオフが魔族の手に堕ちています。次に彼らが狙うのは――」
「アイレーリスだって言うのか?」
「その事を伝えるために、監視の目をかいくぐってアキラくんに会いに来たのです。もっとも、杖の勇者がアキラくんたちを見つけて暴走してくれたお陰でもあるのですけど」
ルトヴィナは足下に転がる杖の勇者を見下すようにホホホと笑みを浮かべた。
「アキラくん。ここまで来たら見届けたくなりましたわ。一緒にアイレーリスへ向かいませんか?」
そう言ってルトヴィナは飛行艇に首を向けた。
「それは構わないが、まずはヨミたちと合流しないと」
問題は今どこにいるのかわからないってところだ。
車にはネムスギアのナノマシンとAIが搭載されているから、呼べば戻ってくるのかな。
ギルド世界本部のときはそれで何とかなったけど、距離が離れていても有効なのだろうか。
俺の心配は杞憂に終わった。
数十分後には車が勝手に目の前に戻ってきた。
もちろん、車から一番にヨミが降りてきて抱きついてきた。
「よかった、無事だったんですね」
「……心配していたのか? 俺がこんな奴に負けるとでも?」
魔王を数人相手にしたならまだしも、勇者一人が俺の敵になると思ってもらっちゃ困る。
「……そうですね。焦ってしまいましたが、アキラには複合戦略魔法が効かないことを忘れていました」
最初にキャリーからあの魔法を思い切り撃たれた記憶があるからかな。
危険だと思い込んでしまう気持ちはわからなくはない。
実際、マーシャやエトワスたちは助からないだろうから、彼らを逃がしたことは間違いではなかった。
「ところで、こちらの方は?」
マーシャが車を降りて、さっきから舐めるように車を観察しているルトヴィナを指で差した。
「ルトヴィナさん! お久しぶりです」
「え? ええ、そうですわね」
車から目を上げることなく素っ気ない返事を返してきた。
ヨミを恐れているわけではなさそう。
ただ、なんて言うか……。
ここには魔族もエルフも魔王もいるのに、今のルトヴィナの目にはまったく映っていない。
眼中にないって言葉がピッタリだった。
俺の世界の車がそんなに珍しいかね。
「これ、すごいですわね。エルフが作ったものですの?」
少し興奮気味にマーシャに詰め寄った。
「い、いえ。これは異世界の車というものを模倣したもので……」
「異世界!? と言うことは、アキラくんの世界の?」
「外見的には似てるが、ナノマシンを使った電気自動車だから、俺の知ってる車よりも高性能かつ高機能だ」
「電気? これの動力は魔法ではないのですか?」
「俺の世界には魔法なんてないって言っただろ」
「……私でも、使えますの?」
「え……」
ルトヴィナの瞳はもう運転してみたいと訴えていた。
「マーシャ、悪いがそっちの飛行艇を使って俺たちを追いかけてくれないか?」
「わかりました。ただ、私があれを使うとたぶん、車よりもスピードが出るかと思います」
「速度は上手く調整できるだろ」
「あ、いえ。そうではなくて、先行して状況を確かめようかと思いました」
そうか……ルトヴィナとの再会に喜んでいる場合じゃない。
俺たちはあくまでも勇者と魔王の衝突を防ぎ、何とか戦争を回避する方法を探すためにここにいる。
「危険かも知れないぞ」
ルトヴィナが調べた情報だと、アイレーリスの国境付近、クリームヒルト近郊に勇者が集まってきていて、そこへ魔王を中心とした本隊が迫っている。
「ところで、どうして杖の勇者はここにいるんだ? 勇者が集まっているなら、こいつもそっちに行くべきじゃなかったのか?」
ふと疑問に思ったので質問すると、ルトヴィナは車のボディを触ったまま答えた。
「我がメリディアとホルクレストは一応健在ですから、奇襲を防ぐために一人ずつ勇者が守りについているのですわ」
ってことは、俺たちはまんまとその網に引っかかったってことか。
「それじゃ、アイレーリスに集まってる勇者は五人か」
「ええ」
魔王は……メリッサは単独行動しているらしいから三人。
数の上では勇者が有利なのか?
でも、ヴィルギールはクロードの力を得ている。
最強の魔王の力を手に入れたなら、魔王と勇者の力関係は互角と見ても良いんじゃないか。
となると、さらに魔族を全て率いている魔族側が優勢に見える。
「アキラくん。アイレーリスでの戦争は恐らく総力戦になります。剣の勇者の呼びかけで冒険者や各国の国軍も集まっていますわ」
「勇者の呼びかけ? 国軍は王の命令で動くんじゃないのか?」
「勇者たちは内政だけを私たちに任せて、国軍の指揮権は奪いました。人類を救うために必要だという名目で」
それで国民が反発していないってことは、やっぱり勇者を支持してるってことか。
和平交渉が上手く使われたな。
それは魔界におけるヴィルギールも同じだけど。
そうなると確かに戦況がどうなっているかの情報は必要だ。
「マーシャ、危ないと思ったらすぐに逃げるんだぞ」
「はい」
「あ、待ってください。私も同行しましょう」
名乗りを上げたのはエトワスだった。
「……なぜ、魔族が私と? あなたはヨミさんに仕える魔族のはず。ヨミさんと共にいるべきでは?」
拒絶していると言うよりは、マーシャは困惑しているように見えた。
「二人の方がいざというとき何かの役に立ちますよ。それに、私はヨミ様のお役に立てていいませんから、ここら辺で少し仕事をしておかないと」
新しい飛行艇は二人乗りで座席が前後に一つずつ。
エトワスは微笑みながらそう言って飛行艇の前の座席に乗り込んだ。
理由を聞いてもいまいち納得できない顔のままマーシャも後ろの座席に乗り込む。
「それでは、ヨミ様。アキラ様。行ってきます」
「アキラさん。向こうで待ってます」
二人がそれぞれ挨拶をすると、飛行艇はふわりと空中に浮かび、一気に飛び出す。
飛行艇はすぐに空の彼方へ消えていった。
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