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変身ヒーローと魔界の覇権
戦時下の変わらぬ暮らし
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フェラルドが宣戦布告をしたといってから三日が過ぎた。
王都ファスルートには特に何も影響がなく、天使が襲ってくることもなかった。
そして、グロリアからの連絡もない。
使い魔での連絡がこんなに不便だったとは思わなかった。
これなら魔法水晶の方がよほど使い勝手が良い。
魔族の世界も人間の世界も文化や文明にそこまで大きな差はないのに、どうしてこの一点だけは魔族は遅れているのか。
「それは、魔族が遅れているのではなく、人間があまりに不用心なのではありませんか」
どういうわけか俺の愚痴に答えたのはマーシャだった。
今日のチームは俺とヨミとマーシャで、仕事は掃除と洗濯。
マーシャは水の魔法を器用に使って洗濯をしていた。
俺はそもそも魔法が使えないし、ヨミも掃除向きの魔法は使えなかったので、地道にほうきとちりとりを使ってホコリやゴミを集める。
一通り掃き掃除が終わった頃には、マーシャは洗濯を終えてこちらの手伝いに来たところだった。
水拭きをするための雑巾をマーシャが魔法で次々用意しながら、俺のこぼした愚痴を聞き逃さなかった。
使い終えた雑巾をマーシャに渡して、水の魔法でキレイにした雑巾を受け取る。
「人間が不用心って、どういう意味だ?」
「魔法水晶というのは魔力を媒介に情報をやりとりしてるんですよね?」
といわれても俺には魔法が使えないからよくわからない。
マーシャも俺に聞いたわけではなかった。
ヨミは拭き終えたガラス窓から手を離して答えた。
「ええ。詳しい仕組みは私にもわからないですけど、魔法水晶を通して魔力を別の魔法水晶に送り込むイメージです」
「魔法に長けたものなら、魔力の流れを感覚として捉えることができます。人間の中に魔族や魔王の存在に気がつける者がいるのはそのためです」
俺にも魔王のプレッシャーは感じるから、マーシャの言いたいことは何となく伝わってくる。
何より、ネムスギアは魔力すらデータ化して記録している。つまり、ネムスギアにはその魔力の流れとやらも正確に把握できる。
「つまり、魔力を使って情報をやりとりすれば、どこかで誰かにその情報を盗まれる可能性があると言うことです」
ネットワークのハッキングのようなものか。
「情報のやりとりを高速化するか、それとも安全策をとるか。魔族は後者を選んでいると言いたいってことか」
「魔族だけではありません。私たちエルフも同じようなものです」
「使い魔がいるってこと?」
「私たちは自然界に存在する生命と意思疎通が図れます。動植物に情報の伝達をお願いしているのです」
「なるほど」
機械文明と超高速情報化社会に生きてきた俺としては、魔族やエルフよりも人間に考え方は近かった。
情報の速さは利便性に繋がる。
ここは結局のところ種族による考え方の違いだろうな。
人間には寿命があって、魔族やエルフにはそれがない。
速さよりも確実性が求められている。
「ってことは、マーシャがここで生活していることも連絡済みなのか?」
「はい。近衛隊の副隊長としては当然のことですから。アキラさんの許可が必要なら次からはそうしますが……」
「いや、そこまで気を遣う必要はない。別に、マーシャは悪いことをしてるわけじゃないしな。それよりも、エリザベス女王はなんて言ってるんだ? マーシャが魔王の町で暮らしていると連絡して」
「特に驚いた様子はありませんでした。それよりも、やはり天使の動向が気になっているようです。エルフが魔王の町で暮らしていたら、天使が襲ってくる可能性が高いとお考えのようでした」
「魔王や魔族よりも、天使か……」
エルフが魔族と対立している一番の理由は天使の存在だった。
二つの種族が手を組むことはこの世界の理に反する行為らしく、エルフも魔族も天使によって多大の犠牲を払うことになる。
エルフたちはそれを心配してヨミや魔族と関わることに慎重だった。
魔族たちもエルフとは極力関わらないようにしているだろうが、この町の魔族はすんなりとマーシャのことを受け入れた。
フェラルドやヨミの存在のためではない。
そもそもこの町の魔族は人間と和平を結ぶことを望んでいる。
つまり、エルフと関わりを持とうが持つまいが天使に狙われるだけの理由がある。
今さらその理由が一つ増えたところで気にするものはいなかった。
「アキラ、マーシャさん。いつまでサボるつもりですか? 早く掃除を終わらせないとお昼になってしまいますよ」
ヨミに急かされて、俺たちは床の水拭きに集中した。
買い出しに行っていたチーム――メリッサとエトワスとエミリーは予定の時間より少し遅れてお昼過ぎに帰ってきた。
今日の昼食は残り物を使ってチャーハンを作るつもりだったから、買い物が遅れても問題はなかったが……。
食料を入れた紙袋をダイニングテーブルに下ろすと、エミリーが嬉しそうに言った。
「ねえねえ。フェラルド様の部隊、すごい戦果を上げてるって話だよ」
「戦果?」
今、主流派と平和主義派が戦争をしているのは、この町に住む者なら誰もが知っている。
しかし、もちろんテレビはないし、魔法水晶も使われていないから状況がいまいち伝わっていなかった。
一体、それでどうやって戦果なんてものがわかるのか。
「はい。実は、フェラルド様直筆の新聞が張り出されていまして」
答えたのはエトワスだった。
そして、その手には新聞が握られていた。
額を手で抑えたくなった。
戦争でのやりとりに新聞が使われる。
これには苦い思い出しかない。
「ちなみに、これはその新聞を私の魔法で複製したものです。良かったらご覧になりますか?」
「いや、いい。それよりも、その新聞は信憑性があるものなのか?」
「この刻印を見てください」
新聞の中央に魔法陣のような模様が見えた。
「これは魔法による複製品なので少しぼやけていますが、本物にはフェラルド様の魔力を感じることが出来ます。それに、この新聞を王都に届けたのはシャトラスですから。間違いはありません」
「あと数日以内にクロードの城を落とせるって♪」
エミリーが鼻歌交じりにそう言いながら、食材を貯蔵庫にしまっている。
「クロードって、魔界最強の魔王と呼ばれている奴のことだよな」
「そうだよ」
「……フェラルドたちだけで倒せるのか……」
俺はてっきり魔族同士の戦争にも戦力として加わるように言われるんだろうと思っていた。
天使からこの町を守ることになっているが、それは俺たちをこの町に引き止めるための建前で、いよいよとなったら呼ばれる覚悟はしていた。
参加するかどうかは別として、話すら来ないとは思わなかった。
少なくとも、同じ魔王であるヨミの戦力はフェラルドにとっても無視は出来ないと考えていたが……。
「良かったですね。これで、魔界が平和主義派で一つにまとまります」
ヨミは素直に喜んでいた。
エトワスもメリッサもエミリーも少しホッとしたようにしている。
マーシャはいつも冷静で表情がそんなに変わらないから、どう思っているのかその真意を探るのはシャトラスより難しい。
だから、俺だけがまるで仲間外れのようだった。
「ヴィルギールは倒したのか?」
エトワスが新聞に目を通しながら答えた。
「要塞を捨てて逃亡したようです。きっとシャトラスが上手く立ち回ったのでしょう」
逃げたのか、それとも逃がしたのか。
戦争の当事者になることを喜ぶものはいないだろう。
だが、今回ほど自分が現場にいないことを歯がゆく思うことはなかった。
「天使はまだどこにも現れていないのか?」
ヴィルギールが逃げるほど追い詰められて、手を組んでいるはずの天使は現れない。
そんなことがあるのだろうか。
主流派が負ければ天使たちの思惑も崩れる。
それだけは絶対に守ろうとするはずだ。
この町も狙われるだろうが、前線で戦っているフェラルドたちだって十分狙われる可能性がある。
「ここに連絡が来ないと言うことは、そう言うことでしょうね」
エトワスは新聞を折りたたんでダイニングテーブルに置いた。そしてさらに言葉を続ける。
「天使といえど、一度死ぬと復活にはそれなりに時間が必要なのではありませんか?」
エトワスが“復活”と言う言葉を使ったのは、天使が複数いるとは思っていないことの現れでもあった。
そもそも天使はこの世界のものには倒せない。
明らかに魔力の高い魔王であっても逃げるのが精一杯だというのだからその存在は異常ともいえる。
おまけにどの天使も姿や魔力が同じだから、それを裏付けることにもなっている。
天使を倒した後に、魔族みたいにクリスタルでも残してくれたらわかりやすいんだけど、天使は倒しても砂のように消えてしまうだけだった。
命の行方はネムスギアでも分析不可能だ。
だから天使が複数存在することの証明は倒すことの出来る俺にも出来なかった。
ちなみに、平和主義派が主流派を押しているというニュースは、翌日には街中に広まっていた。
このまますんなり平和主義派が俺の知らないところで魔界を統一するのだろうか。
それは悪いことじゃないのに、不安が拭いきれなかった。
翌々日の午後。
今日のチームは俺とヨミとメリッサ。
さすがにこの人数で効率よく家事をしているとやることがなくなってきた。
仕事をする必要がないのは楽だけど、退屈ではある。
それを解消するために戦争に参加するのはあまりに馬鹿げている。
もう一方のチームも担当が風呂掃除だけだったので、午後には終えてみんな一緒にリビングでお茶をすることになった。
せっかくだからと、俺はネムスギアのデータからケーキを再現した。
イチゴのホールケーキを人数分で切り分ける。
つまり、イチゴのショートケーキを作った。
もちろん、俺にはそのレシピを詳細にわたって教えてもらっても作る能力はない。
全てネムスギアのAIに頼って作った。
リビングテーブルに集まっていたみんなの前にケーキを載せた皿を配り、エミリーが入れた紅茶のカップを並べておく。
「これは、何ですか?」
ヨミがフォークでケーキをつつきながら聞いてきた。
「俺の世界のお菓子だ。ショートケーキって言う」
「うまっ!」
説明を終えるより先に、エミリーが叫んだ。
「いただきます」
エミリーの様子を見て、みんな一斉にフォークでケーキを切り分けて口に運んだ。
俺もみんなの反応を待たずにケーキを食べる。
それはどこか懐かしい味だった。
ネムスギアに登録されていたデータは有名な洋菓子チェーン店のレシピだった。
俺の世界とネムスギアが存在する彰の世界には、やはり何らかの関係性がある。
こんな些細なことからもそれが窺えた。
「ねー、これってどうやって作るの?」
ケーキに一番興味を示したのは、エミリーだった。
彼女は魔族には珍しく食べること――特にお菓子が好きだと言った。
人間の作るお菓子にも興味があるようだが、ショートケーキは初めて知ったらしい。
そう言えば、この世界の人間の町には菓子店はなかった。
「作り方を教えても、同じように作れるとは限らないからな」
「これが簡単じゃないってことはわかってるって。これでも、いろんなお菓子を食べてきたんだから」
俺はその日の夕食後にネムスギアが書いたケーキのレシピをエミリーに渡した。
そして、この家で生活を始めてから一週間が過ぎた。
グロリアからの連絡も、フェラルドからの連絡もない。
天使が町を襲うこともない。
特に何もすることがなかったので、俺は荷物の整理をすることにした。
部屋で布の袋の中身を出しているとノックの音が聞こえた。
「はい」
「あ、私です」
「今日は仕事もないしチーム分けもしないって言ったよな」
昼食は各自で好きに取ることになっていて、夕食は外食にするつもりだった。
「婚約者に会いに行くのに、何か理由が必要ですか?」
それもそうだ。
俺はひとまず荷物を置いて、扉を開けた。
「ちょっと散らかってるけど、どうぞ」
「はい、お邪魔します」
俺の部屋は――と言うか、このお屋敷の部屋はどれも広い。
ベッドを十台並べても余裕で収まる。
部屋の造りはどこも似ていて、ベッドとタンスと本棚とテーブルと椅子が整然と並べられている。
奥には大きなガラス窓があって、そこから日の光を取り込む。
俺は部屋の真ん中に置かれていたテーブルと椅子を端に追いやり、床に荷物を全て出していた。
「何をしているんですか?」
「ああ、これまでに手に入れた物の整理かな」
袋をひらひらさせて見せた。
「その袋は、確かエリーネさんのお父さんからもらったものですよね」
「ああ。結構丈夫で便利なんだよ。この魔法の瓶も」
水を入れておけば冷たいままで腐ることもない。
文字通り魔法の瓶だ。
「何だか、とても懐かしい感じがします」
ヨミはしみじみとそう言った。
「そうだな……。もし、エリザベス女王の言うように、この世界がループするとしたら俺はどうなるんだろうな」
「え……」
エリザベス女王の記憶にもフェラルドの記憶にも俺は存在しなかった。
しかも、世界のループが始まる起点は丁度俺がこの世界へ来たときと重なっている。
俺は記憶を失ったまま番犬の森に戻るのか。
それとも……。
「あの……ずっと気になっていたことがあるんです」
ヨミが意を決したような瞳を向けてきた。
「気になっていたこと?」
「はい。アキラはアキラ=ダイチではないんですよね。本当の名前を教えてください。私はあなたのことを本当の名前で呼びたいです」
ヨミの言葉に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「……情けない話だけど、俺は本当の自分の名前すら覚えていないんだ」
「そうだったんですか? じゃあ、これから私はどう呼べば……」
「今までのように“アキラ”でいいよ」
「でも、私はもうあなたのことをアキラではないと知ってしまったわけで……」
そのことをヨミに話したのは再会したときだから結構前になる。
これまでずっと気にかけていた気持ちが嬉しかった。
「ありがとう。ヨミが本当の俺を見てくれているといってくれただけで今は十分だ。真実を思い出したらヨミには誰よりも早く教える。約束するから、それまでは今まで通りで良いよ」
「……はい。わかりました」
その日の夜だった。
シャトラスの使い魔が俺たちの家にやってきた。
フェラルドからの面会の要請を伝えに来た。
俺たちはすぐに返事をして、魔王の城へ向かう準備をした。
王都ファスルートには特に何も影響がなく、天使が襲ってくることもなかった。
そして、グロリアからの連絡もない。
使い魔での連絡がこんなに不便だったとは思わなかった。
これなら魔法水晶の方がよほど使い勝手が良い。
魔族の世界も人間の世界も文化や文明にそこまで大きな差はないのに、どうしてこの一点だけは魔族は遅れているのか。
「それは、魔族が遅れているのではなく、人間があまりに不用心なのではありませんか」
どういうわけか俺の愚痴に答えたのはマーシャだった。
今日のチームは俺とヨミとマーシャで、仕事は掃除と洗濯。
マーシャは水の魔法を器用に使って洗濯をしていた。
俺はそもそも魔法が使えないし、ヨミも掃除向きの魔法は使えなかったので、地道にほうきとちりとりを使ってホコリやゴミを集める。
一通り掃き掃除が終わった頃には、マーシャは洗濯を終えてこちらの手伝いに来たところだった。
水拭きをするための雑巾をマーシャが魔法で次々用意しながら、俺のこぼした愚痴を聞き逃さなかった。
使い終えた雑巾をマーシャに渡して、水の魔法でキレイにした雑巾を受け取る。
「人間が不用心って、どういう意味だ?」
「魔法水晶というのは魔力を媒介に情報をやりとりしてるんですよね?」
といわれても俺には魔法が使えないからよくわからない。
マーシャも俺に聞いたわけではなかった。
ヨミは拭き終えたガラス窓から手を離して答えた。
「ええ。詳しい仕組みは私にもわからないですけど、魔法水晶を通して魔力を別の魔法水晶に送り込むイメージです」
「魔法に長けたものなら、魔力の流れを感覚として捉えることができます。人間の中に魔族や魔王の存在に気がつける者がいるのはそのためです」
俺にも魔王のプレッシャーは感じるから、マーシャの言いたいことは何となく伝わってくる。
何より、ネムスギアは魔力すらデータ化して記録している。つまり、ネムスギアにはその魔力の流れとやらも正確に把握できる。
「つまり、魔力を使って情報をやりとりすれば、どこかで誰かにその情報を盗まれる可能性があると言うことです」
ネットワークのハッキングのようなものか。
「情報のやりとりを高速化するか、それとも安全策をとるか。魔族は後者を選んでいると言いたいってことか」
「魔族だけではありません。私たちエルフも同じようなものです」
「使い魔がいるってこと?」
「私たちは自然界に存在する生命と意思疎通が図れます。動植物に情報の伝達をお願いしているのです」
「なるほど」
機械文明と超高速情報化社会に生きてきた俺としては、魔族やエルフよりも人間に考え方は近かった。
情報の速さは利便性に繋がる。
ここは結局のところ種族による考え方の違いだろうな。
人間には寿命があって、魔族やエルフにはそれがない。
速さよりも確実性が求められている。
「ってことは、マーシャがここで生活していることも連絡済みなのか?」
「はい。近衛隊の副隊長としては当然のことですから。アキラさんの許可が必要なら次からはそうしますが……」
「いや、そこまで気を遣う必要はない。別に、マーシャは悪いことをしてるわけじゃないしな。それよりも、エリザベス女王はなんて言ってるんだ? マーシャが魔王の町で暮らしていると連絡して」
「特に驚いた様子はありませんでした。それよりも、やはり天使の動向が気になっているようです。エルフが魔王の町で暮らしていたら、天使が襲ってくる可能性が高いとお考えのようでした」
「魔王や魔族よりも、天使か……」
エルフが魔族と対立している一番の理由は天使の存在だった。
二つの種族が手を組むことはこの世界の理に反する行為らしく、エルフも魔族も天使によって多大の犠牲を払うことになる。
エルフたちはそれを心配してヨミや魔族と関わることに慎重だった。
魔族たちもエルフとは極力関わらないようにしているだろうが、この町の魔族はすんなりとマーシャのことを受け入れた。
フェラルドやヨミの存在のためではない。
そもそもこの町の魔族は人間と和平を結ぶことを望んでいる。
つまり、エルフと関わりを持とうが持つまいが天使に狙われるだけの理由がある。
今さらその理由が一つ増えたところで気にするものはいなかった。
「アキラ、マーシャさん。いつまでサボるつもりですか? 早く掃除を終わらせないとお昼になってしまいますよ」
ヨミに急かされて、俺たちは床の水拭きに集中した。
買い出しに行っていたチーム――メリッサとエトワスとエミリーは予定の時間より少し遅れてお昼過ぎに帰ってきた。
今日の昼食は残り物を使ってチャーハンを作るつもりだったから、買い物が遅れても問題はなかったが……。
食料を入れた紙袋をダイニングテーブルに下ろすと、エミリーが嬉しそうに言った。
「ねえねえ。フェラルド様の部隊、すごい戦果を上げてるって話だよ」
「戦果?」
今、主流派と平和主義派が戦争をしているのは、この町に住む者なら誰もが知っている。
しかし、もちろんテレビはないし、魔法水晶も使われていないから状況がいまいち伝わっていなかった。
一体、それでどうやって戦果なんてものがわかるのか。
「はい。実は、フェラルド様直筆の新聞が張り出されていまして」
答えたのはエトワスだった。
そして、その手には新聞が握られていた。
額を手で抑えたくなった。
戦争でのやりとりに新聞が使われる。
これには苦い思い出しかない。
「ちなみに、これはその新聞を私の魔法で複製したものです。良かったらご覧になりますか?」
「いや、いい。それよりも、その新聞は信憑性があるものなのか?」
「この刻印を見てください」
新聞の中央に魔法陣のような模様が見えた。
「これは魔法による複製品なので少しぼやけていますが、本物にはフェラルド様の魔力を感じることが出来ます。それに、この新聞を王都に届けたのはシャトラスですから。間違いはありません」
「あと数日以内にクロードの城を落とせるって♪」
エミリーが鼻歌交じりにそう言いながら、食材を貯蔵庫にしまっている。
「クロードって、魔界最強の魔王と呼ばれている奴のことだよな」
「そうだよ」
「……フェラルドたちだけで倒せるのか……」
俺はてっきり魔族同士の戦争にも戦力として加わるように言われるんだろうと思っていた。
天使からこの町を守ることになっているが、それは俺たちをこの町に引き止めるための建前で、いよいよとなったら呼ばれる覚悟はしていた。
参加するかどうかは別として、話すら来ないとは思わなかった。
少なくとも、同じ魔王であるヨミの戦力はフェラルドにとっても無視は出来ないと考えていたが……。
「良かったですね。これで、魔界が平和主義派で一つにまとまります」
ヨミは素直に喜んでいた。
エトワスもメリッサもエミリーも少しホッとしたようにしている。
マーシャはいつも冷静で表情がそんなに変わらないから、どう思っているのかその真意を探るのはシャトラスより難しい。
だから、俺だけがまるで仲間外れのようだった。
「ヴィルギールは倒したのか?」
エトワスが新聞に目を通しながら答えた。
「要塞を捨てて逃亡したようです。きっとシャトラスが上手く立ち回ったのでしょう」
逃げたのか、それとも逃がしたのか。
戦争の当事者になることを喜ぶものはいないだろう。
だが、今回ほど自分が現場にいないことを歯がゆく思うことはなかった。
「天使はまだどこにも現れていないのか?」
ヴィルギールが逃げるほど追い詰められて、手を組んでいるはずの天使は現れない。
そんなことがあるのだろうか。
主流派が負ければ天使たちの思惑も崩れる。
それだけは絶対に守ろうとするはずだ。
この町も狙われるだろうが、前線で戦っているフェラルドたちだって十分狙われる可能性がある。
「ここに連絡が来ないと言うことは、そう言うことでしょうね」
エトワスは新聞を折りたたんでダイニングテーブルに置いた。そしてさらに言葉を続ける。
「天使といえど、一度死ぬと復活にはそれなりに時間が必要なのではありませんか?」
エトワスが“復活”と言う言葉を使ったのは、天使が複数いるとは思っていないことの現れでもあった。
そもそも天使はこの世界のものには倒せない。
明らかに魔力の高い魔王であっても逃げるのが精一杯だというのだからその存在は異常ともいえる。
おまけにどの天使も姿や魔力が同じだから、それを裏付けることにもなっている。
天使を倒した後に、魔族みたいにクリスタルでも残してくれたらわかりやすいんだけど、天使は倒しても砂のように消えてしまうだけだった。
命の行方はネムスギアでも分析不可能だ。
だから天使が複数存在することの証明は倒すことの出来る俺にも出来なかった。
ちなみに、平和主義派が主流派を押しているというニュースは、翌日には街中に広まっていた。
このまますんなり平和主義派が俺の知らないところで魔界を統一するのだろうか。
それは悪いことじゃないのに、不安が拭いきれなかった。
翌々日の午後。
今日のチームは俺とヨミとメリッサ。
さすがにこの人数で効率よく家事をしているとやることがなくなってきた。
仕事をする必要がないのは楽だけど、退屈ではある。
それを解消するために戦争に参加するのはあまりに馬鹿げている。
もう一方のチームも担当が風呂掃除だけだったので、午後には終えてみんな一緒にリビングでお茶をすることになった。
せっかくだからと、俺はネムスギアのデータからケーキを再現した。
イチゴのホールケーキを人数分で切り分ける。
つまり、イチゴのショートケーキを作った。
もちろん、俺にはそのレシピを詳細にわたって教えてもらっても作る能力はない。
全てネムスギアのAIに頼って作った。
リビングテーブルに集まっていたみんなの前にケーキを載せた皿を配り、エミリーが入れた紅茶のカップを並べておく。
「これは、何ですか?」
ヨミがフォークでケーキをつつきながら聞いてきた。
「俺の世界のお菓子だ。ショートケーキって言う」
「うまっ!」
説明を終えるより先に、エミリーが叫んだ。
「いただきます」
エミリーの様子を見て、みんな一斉にフォークでケーキを切り分けて口に運んだ。
俺もみんなの反応を待たずにケーキを食べる。
それはどこか懐かしい味だった。
ネムスギアに登録されていたデータは有名な洋菓子チェーン店のレシピだった。
俺の世界とネムスギアが存在する彰の世界には、やはり何らかの関係性がある。
こんな些細なことからもそれが窺えた。
「ねー、これってどうやって作るの?」
ケーキに一番興味を示したのは、エミリーだった。
彼女は魔族には珍しく食べること――特にお菓子が好きだと言った。
人間の作るお菓子にも興味があるようだが、ショートケーキは初めて知ったらしい。
そう言えば、この世界の人間の町には菓子店はなかった。
「作り方を教えても、同じように作れるとは限らないからな」
「これが簡単じゃないってことはわかってるって。これでも、いろんなお菓子を食べてきたんだから」
俺はその日の夕食後にネムスギアが書いたケーキのレシピをエミリーに渡した。
そして、この家で生活を始めてから一週間が過ぎた。
グロリアからの連絡も、フェラルドからの連絡もない。
天使が町を襲うこともない。
特に何もすることがなかったので、俺は荷物の整理をすることにした。
部屋で布の袋の中身を出しているとノックの音が聞こえた。
「はい」
「あ、私です」
「今日は仕事もないしチーム分けもしないって言ったよな」
昼食は各自で好きに取ることになっていて、夕食は外食にするつもりだった。
「婚約者に会いに行くのに、何か理由が必要ですか?」
それもそうだ。
俺はひとまず荷物を置いて、扉を開けた。
「ちょっと散らかってるけど、どうぞ」
「はい、お邪魔します」
俺の部屋は――と言うか、このお屋敷の部屋はどれも広い。
ベッドを十台並べても余裕で収まる。
部屋の造りはどこも似ていて、ベッドとタンスと本棚とテーブルと椅子が整然と並べられている。
奥には大きなガラス窓があって、そこから日の光を取り込む。
俺は部屋の真ん中に置かれていたテーブルと椅子を端に追いやり、床に荷物を全て出していた。
「何をしているんですか?」
「ああ、これまでに手に入れた物の整理かな」
袋をひらひらさせて見せた。
「その袋は、確かエリーネさんのお父さんからもらったものですよね」
「ああ。結構丈夫で便利なんだよ。この魔法の瓶も」
水を入れておけば冷たいままで腐ることもない。
文字通り魔法の瓶だ。
「何だか、とても懐かしい感じがします」
ヨミはしみじみとそう言った。
「そうだな……。もし、エリザベス女王の言うように、この世界がループするとしたら俺はどうなるんだろうな」
「え……」
エリザベス女王の記憶にもフェラルドの記憶にも俺は存在しなかった。
しかも、世界のループが始まる起点は丁度俺がこの世界へ来たときと重なっている。
俺は記憶を失ったまま番犬の森に戻るのか。
それとも……。
「あの……ずっと気になっていたことがあるんです」
ヨミが意を決したような瞳を向けてきた。
「気になっていたこと?」
「はい。アキラはアキラ=ダイチではないんですよね。本当の名前を教えてください。私はあなたのことを本当の名前で呼びたいです」
ヨミの言葉に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「……情けない話だけど、俺は本当の自分の名前すら覚えていないんだ」
「そうだったんですか? じゃあ、これから私はどう呼べば……」
「今までのように“アキラ”でいいよ」
「でも、私はもうあなたのことをアキラではないと知ってしまったわけで……」
そのことをヨミに話したのは再会したときだから結構前になる。
これまでずっと気にかけていた気持ちが嬉しかった。
「ありがとう。ヨミが本当の俺を見てくれているといってくれただけで今は十分だ。真実を思い出したらヨミには誰よりも早く教える。約束するから、それまでは今まで通りで良いよ」
「……はい。わかりました」
その日の夜だった。
シャトラスの使い魔が俺たちの家にやってきた。
フェラルドからの面会の要請を伝えに来た。
俺たちはすぐに返事をして、魔王の城へ向かう準備をした。
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【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
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