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変身ヒーローと魔界の覇権
魔王たちの思惑
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シャトラスは頭を下げて謝った。
「全ては、ヴィルギールがこちらへ戻るというアクシデントが始まりでした」
シャトラスの説明によると、ヴィルギールは主流派をまとめるクロードの配下ではあるが右腕のような存在だった。
ヴィルギールは人間の世界を攻略するために最前線で戦争の指揮を図っていたらしい。
戦争が始まってから、魔界における魔族と魔王の戦力バランスが崩れつつあり、その隙を突こうと考えていたフェラルドにとって、ヴィルギールは邪魔だった。
「要塞にグロリア様の妹――メリッサさんが捕らわれていることはわかっていたのです。メリッサさんを取り戻す作戦はすでに立ててはいたのですが……ヴィルギールの帰還がどうしても問題でした」
ヴィルギールが天使と協力関係にあり、彼と戦うことになれば天使の介入は防げない。
魔王や魔族にとって天使は天敵みたいなもの。
作戦の変更を余儀なくされていたところで、俺たちが魔界へ来たということだった。
「魔王を倒し、天使をも退けるという噂の力の確認と、ヴィルギールの目を誤魔化す。その裏で俺がメリッサさんを救出する。全ての目的を達成するには、婿殿を騙すしかありませんでした」
「中々に無茶な作戦だな」
「……はい。正直、婿殿が天使を本当に倒せるのかどうかが一番気になっていました。相手が魔王なら最悪の場合フェラルド様が戦えばどうとでもなると考えていましたが……」
天使の魔力はネムスギアのセンサーでも把握しているとおり、それほど高いわけではない。
今までのデータと照らし合わせてみれば、平均的な魔族やエルフと変わらないくらいだ。
それでもなぜか魔族はもちろん魔王ですらダメージを与えにくい。
この謎の答えは、天使を倒せる俺にもよくわかってはいない。
「グロリアの妹が捕らわれていることは本当だった。これで、グロリアという魔王は人間を襲わなくなるのか?」
「はい。すでに使い魔を送ったので、数日のうちに俺たちの国に戻っていただけるはずです」
スパイをやっているだけあって、シャトラスの表情や口ぶりから俺が本当と嘘を見抜くことは難しいと思った。
それでも、事実としてメリッサは捕らわれていて、シャトラスは彼女を牢屋から救い出した。
方法が俺の想定と違っていたことについては、文句を言うつもりはなかった。
「それじゃ、一応作戦は成功だったと言うことで良いんだな」
「はい。ヴィルギールに逃げられたのは痛手でしたが、これで魔界での戦力バランスは一気に俺たちの方へ向くはずです」
「それだけどな。シャトラスがあそこで魔族を連れて現れなければ、ヴィルギールも倒せていたと思うぞ」
魔族による魔力の回復がなければ、俺の変身時間に限界がきていたとしても、ヨミの到着が間に合った。
俺との戦いで魔力の消耗をしたヴィルギール相手なら、ヨミ一人でも逃がすことはなかった。
「……申し訳ありません。ヴィルギールの能力はわかっていたのですが、奴に忠誠を誓う魔族たちを止めることはできませんでした。それに、婿殿が倒した魔王のクリスタルを持っていることも想定外でした」
「あれには俺も驚かされた。ヴィルギールは他の魔王の魔力も取り込めるみたいだな」
「魔王のクリスタルは純度の高い魔力の結晶です。あのような使い方をすれば己の生命力すら減らすことになりかねないと思うのですが……。ヴィルギールがその辺りをどう克服したのかは、今後の調査次第ですね」
「とにかく、一度王都に戻ろう。この作戦について、フェラルドは全部知っていたんだろ? こういう時、謝るのは現場にいたシャトラスではなく、責任者のフェラルドのはずだからな」
「……あの、フェラルド様と戦うようなことには、ならないですよね……?」
「俺はそのつもりだけどな……」
ヨミの表情はまだ納得してなかった。
車で王都に戻り、城へ向かうとその前にフェラルドが待っていた。
「婿殿の力を疑って申し訳なかった」
彼は開口一番謝罪して、俺たちを出迎えた。
「婿殿の存在を囮に使う作戦を決定したのは私だ。シャトラスはそれを忠実に実行したに過ぎない。シャトラスは咎めないでやってくれ」
「私が間に合わなければ、アキラは死ぬかも知れなかったんですよ!?」
案の定、ヨミはフェラルドに詰め寄った。
「それについては、我々の情報不足が招いたミスだった。魔王のクリスタルの行方について、もっとよく調べるべきだったと思っている」
ヴィルギールが魔王のクリスタルを使ったのは、きっと切り札か奥の手だ。
信頼を得ている部下にさえ、その存在を明かしたとは思えない。
だから、それはミスと言うよりもヴィルギールが上手く隠していたと言うことだろう。
「魔王のクリスタルを取り込むことで、ヴィルギールの魔力は一気に増えた。あれは魔王なら誰でも可能なことなのか?」
「いや、恐らくヴィルギール固有の能力だと思う。そもそも、奴は魔族や魔物から魔力を取り込む能力に優れていた。魔王に覚醒すると、魔力を取り込んでもそれほど変化しない。それだけ魔王という存在の魔力が大きいのだが、奴は魔王としての基礎能力は低かった。その代わりに他から取り込むことで力を増大させることが出来るのだろう」
「その説明だと、ヴィルギールにはこれからも伸びしろがあるってことか」
やはり、逃がしたのは誤算だった。
「伸びしろといっても、一時的なものだと思う」
「一時的?」
意味がわからずフェラルドの言葉を繰り返した。
「ヴィルギールの魔力が膨れ上がったのは、この町にいてもわかった。しかし、その後戦いの中で大きく減らしてからは基礎魔力の上限は上がっていなかった」
つまり、俺の必殺技でヴィルギールが魔王のクリスタルを使って強化した魔力は吹き飛ばしたと言うことか。
魔王のクリスタルを取り込むことで魔力を上げるのは、俺の融合変身と似ているのかも知れない。
クリスタルを取り込むこと自体に魔力を消耗しているような感じもしたし、瞬間的な強化か。
「ヴィルギールが魔力を引き上げるために使われた魔王のクリスタルはどうなったと思う?」
「そのような使い方をしたクリスタルがまともに残っているとは思えない。すでに消失したかヴィルギールのクリスタルの一部に取り込まれているだろう。いずれにしても、次に同じようなことに使われることはない」
それが確かなら、次にヴィルギールに出会ったときは苦戦することはない。
……俺の知らないところで別の魔王が倒されてさえいなければ……。
奴が新たなクリスタルを手に入れたりしないかだけは、シャトラスにちゃんと調べておいてもらいたいものだ。
それを伝えると、フェラルドとシャトラスは当たり前のように頷いた。
今度こそ、俺たちにもその情報は全て明かすと約束した。
今回の件で、フェラルドが少しでも俺のことを信用したなら、少しは騙された価値もあったと考えて良い。
「アキラが優しいのは良いところです。私もその優しさに惹かれましたから。ただ、命が危険にさらされたことについて、もっと怒ってください。アキラが死んだら悲しむ者がいるということだけは忘れて欲しくありません」
「俺の代わりにヨミが怒ってくれたから、それでいいんだよ」
本当にそう思った。
ヨミやマーシャのお陰で特に怪我もしていないし。
「――そ、そんなことを言われたら、もう何も言えませんよ」
ヨミは顔を赤くさせながら喜んでいるのか怒っているのかよくわからない顔をさせた。
「婿殿は私たちのことを許してくださるのか」
「一番大事なことは、グロリアの妹を助けることだ。それが達成できたし、俺も無事帰ることができた。これ以上ない成果だろ」
「……フッ……アスルに聞かされていたよりもよっぽど強い人間なのだな……。剣に封印されていた魔王との戦いでは、体を張ってアスルを助けてくれたと聞いている」
しみじみとそう言って頷いていた。
あの時はまだ自分が大地彰だと言うことに疑いを持っていなかった。
だからそうすることに迷いはなかった。
もし、自分が大地彰ではないと知っていたら、そうしていただろうか?
……たぶん、どんな状況でも“俺”が逃げることはないと思った。
もう二度と後悔したくない。
大地彰のように立ち向かう勇気が欲しいと心から願ったのだから――。
ずきっと頭の片隅が痛くなった。
「アキラ?」
「いや、大丈夫だ。気にするな」
ヨミは俺の微妙な表情の変化にかなり敏感に気付く。
思い出しかけた記憶に蓋をするように話題を変えた。
「ところで、フェラルドは城の外に出て良いのか?」
フェラルドは主流派だけでなく、天使にも狙われる身だからこそ魔力の反応を閉ざす城の最深部に隠れていたはずだった。
「ヨミ殿は、婿殿のピンチを知るとそこに天使がいると言われていても構わず飛び出していった。その迷いのない覚悟と想いを知ったとき、私もいつまでも引きこもっているわけにもいかないと気付かされたよ」
自虐的に笑いながら、フェラルドはバツが悪そうな顔をしていた。
「これからどうするつもりだ?」
「婿殿。すでに魔界の覇権争いは次の段階へ入ろうとしている」
覇権争いなんてものに興味はない。
俺たちは争いを終わらせるためにここへ来たのだ。
これ以上複雑な状況に巻き込まれるのはお断りだった。
黙っていると、フェラルドはさらに言葉を続ける。
「私は平和主義派の代表として、人間との争いを望む者たちに宣戦布告をした」
なんて矛盾した話だと思った。
平和を望んでいるのに、戦いを求めるなんて。
でも、それは人間の世界の何も変わらない。
ヴィルギールと向かい合って感じたのは、主流派の魔王や魔族は説得して応じるとは思えなかった。
人間との和平交渉を目指すには、まず魔界の意思を一つに統一しなければならないというのがフェラルドの宣戦布告の理由だった。
「人間たちの中に勇者が現れたことで、魔族個人個人の意識は変わってきている」
「どう変わってるんだ?」
「やはり、人間の世界に残されている数々の伝承のように魔族は勇者たちに滅ぼされることを恐れている。だから、戦わずにすむ方法を模索する動きが見られる」
「それは、フェラルドにとってはいいことだな」
「確かに、意識が変わってきていることは我々にとって追い風となるだろう」
そう言いながらもあまり浮かない表情をしていた。
「何か問題があるのか?」
「魔族の力では勇者には勝てないからな。結局、彼らは仕える魔王の意向に左右されて生きることになる」
「魔王を裏切ったり逆らったりしたら、やっぱり殺されるのか?」
「裏切りについては裏切られる魔王の支配能力にも問題があると思うが、問題はやはり魔族の本能に逆らうことだと思う」
魔族の本能――それは人間と戦うことか。
ヴィルギールはそう言っていた。
「意識を一気に変えることは容易じゃないだろ。そこはもうちょっと長い目で見る必要があるんじゃないか?」
「そうも言っていられない。天使は魔族の本能に逆らう魔族の存在を許さない。ヴィルギールはその天使の特性を利用して手を組んでいる。天使を恐れて主流派にいる魔族も少なからず存在する」
宣戦布告は、つまり天使に狙われてもフェラルドの意志は変わらないと表明することで、天使を恐れている魔族を平和主義派に取り込む計算もあるらしい。
それの意味するところはつまり――。
「俺に、天使の排除をしろということか」
「虫のいい話だと言うことはわかっている。だが、天使だけは我々ではどうにもならない」
この魔界でも結局は戦争に関わることになるのか。
その事にジレンマがないわけではない。
だが、現実問題として主流派を説得するのは容易ではない。
ここで平和主義派が天使たちに殺されれば、もう人間との和平は絶望的だ。
どちらが滅びるまで戦いは止められない。
そして、救世主が現れて人間が勝利をする。
ここでの選択は、世界の流れを決定づけることになりかねない。
「私はアキラを騙したあなた方を信用することはできません。ですから、魔族同士の戦争に参加する気はありません」
ヨミは眉をキリッとさせて厳しい表情でそう言った。
ヨミにとっては世界の行く末よりも俺の方が心配らしい。
素直に嬉しい気持ちではあるが、フェラルドは俺たちを戦力として期待しているから宣戦布告までしたんだろう。
感情にまかせて彼をここで突き放すことが、正しい判断だとは思えないんだよな。
「それは構いません。クロードを倒せば主流派は自然と崩壊するでしょう。ヨミ殿と婿殿は、この町を天使が襲ってきたときだけ対処していただければそれで構いません」
意外にも、フェラルドは俺たちに戦力として活躍することを求めてこなかった。
魔界最強と彼らが言っているにもかかわらず、クロードを倒すことには自信を覗かせている。
まだ何か俺たちには隠し事をしているってことか。
俺が訝しげな表情を向けても、フェラルドの表情に変化は見られない。
逆にこっちの真意を窺っているように覗き込んできた。
「差し当たって、お二人にはメリッサさんの護衛をお願いしたいと思っています」
フェラルドがそう言うと、エトワスがメリッサを連れて現れた。
「メリッサの護衛?」
「はい。この町で天使に最も狙われやすいのは、魔王を姉に持つ彼女ですから」
捨てられた子犬のような目をするメリッサに、ヨミも表情を緩ませるしかなかったようだ。
フェラルドを見るときとは一転して優しげな瞳でメリッサに目線を合わせるようにしゃがんだ。
「怖がらないでください。私も魔王ですが、人間との争いは望んでいない魔王ですから。あなたやあなたのお姉さんの味方です」
「……怖くはないんです。お姉さんは、グロリアお姉さまよりもしっかりしていると思います」
そこまで言ったところで、メリッサは俯いてしまった。
「あの、まずは自己紹介をしましょうか」
すでにお互いの名前が飛び交っているからわかっているとは思うが、きっとヨミはメリッサの緊張を解きほぐすためにそう言ったのだろう。
「私はヨミ=アラクネと言います。元は魔物でしたが、今は魔王として覚醒しました。これも全て、私の愛するアキラのお陰なんです」
そう言って、今度は俺に目を向ける。
「えーと、俺はアキラ=ダイチ。異世界を救った変身ヒーローだ」
「異世界?」
「ああ、こことは違う世界から来た」
「だから、天使にも負けないんですか?」
「それについては俺もよくわかっていない。ただ、フェラルドに言われるまでもなく、天使にメリッサが狙われるなら、俺が守る」
「あ……ありがとうございます」
そこまで言うと顔を真っ赤にさせて少しうつむき加減になった。
「あの、もう知ってるみたいですけど、私はメリッサって言います。よろしくお願いします」
フェラルドの思惑はひとまず置いてくとして、メリッサとグロリアが再会するまでは、彼女のことは守らなければならない。
それだけは心に誓った。
「……アキラって、本当に無自覚に心を動かしてしまうんですね」
なぜか呆れたようにヨミが言った。
「全ては、ヴィルギールがこちらへ戻るというアクシデントが始まりでした」
シャトラスの説明によると、ヴィルギールは主流派をまとめるクロードの配下ではあるが右腕のような存在だった。
ヴィルギールは人間の世界を攻略するために最前線で戦争の指揮を図っていたらしい。
戦争が始まってから、魔界における魔族と魔王の戦力バランスが崩れつつあり、その隙を突こうと考えていたフェラルドにとって、ヴィルギールは邪魔だった。
「要塞にグロリア様の妹――メリッサさんが捕らわれていることはわかっていたのです。メリッサさんを取り戻す作戦はすでに立ててはいたのですが……ヴィルギールの帰還がどうしても問題でした」
ヴィルギールが天使と協力関係にあり、彼と戦うことになれば天使の介入は防げない。
魔王や魔族にとって天使は天敵みたいなもの。
作戦の変更を余儀なくされていたところで、俺たちが魔界へ来たということだった。
「魔王を倒し、天使をも退けるという噂の力の確認と、ヴィルギールの目を誤魔化す。その裏で俺がメリッサさんを救出する。全ての目的を達成するには、婿殿を騙すしかありませんでした」
「中々に無茶な作戦だな」
「……はい。正直、婿殿が天使を本当に倒せるのかどうかが一番気になっていました。相手が魔王なら最悪の場合フェラルド様が戦えばどうとでもなると考えていましたが……」
天使の魔力はネムスギアのセンサーでも把握しているとおり、それほど高いわけではない。
今までのデータと照らし合わせてみれば、平均的な魔族やエルフと変わらないくらいだ。
それでもなぜか魔族はもちろん魔王ですらダメージを与えにくい。
この謎の答えは、天使を倒せる俺にもよくわかってはいない。
「グロリアの妹が捕らわれていることは本当だった。これで、グロリアという魔王は人間を襲わなくなるのか?」
「はい。すでに使い魔を送ったので、数日のうちに俺たちの国に戻っていただけるはずです」
スパイをやっているだけあって、シャトラスの表情や口ぶりから俺が本当と嘘を見抜くことは難しいと思った。
それでも、事実としてメリッサは捕らわれていて、シャトラスは彼女を牢屋から救い出した。
方法が俺の想定と違っていたことについては、文句を言うつもりはなかった。
「それじゃ、一応作戦は成功だったと言うことで良いんだな」
「はい。ヴィルギールに逃げられたのは痛手でしたが、これで魔界での戦力バランスは一気に俺たちの方へ向くはずです」
「それだけどな。シャトラスがあそこで魔族を連れて現れなければ、ヴィルギールも倒せていたと思うぞ」
魔族による魔力の回復がなければ、俺の変身時間に限界がきていたとしても、ヨミの到着が間に合った。
俺との戦いで魔力の消耗をしたヴィルギール相手なら、ヨミ一人でも逃がすことはなかった。
「……申し訳ありません。ヴィルギールの能力はわかっていたのですが、奴に忠誠を誓う魔族たちを止めることはできませんでした。それに、婿殿が倒した魔王のクリスタルを持っていることも想定外でした」
「あれには俺も驚かされた。ヴィルギールは他の魔王の魔力も取り込めるみたいだな」
「魔王のクリスタルは純度の高い魔力の結晶です。あのような使い方をすれば己の生命力すら減らすことになりかねないと思うのですが……。ヴィルギールがその辺りをどう克服したのかは、今後の調査次第ですね」
「とにかく、一度王都に戻ろう。この作戦について、フェラルドは全部知っていたんだろ? こういう時、謝るのは現場にいたシャトラスではなく、責任者のフェラルドのはずだからな」
「……あの、フェラルド様と戦うようなことには、ならないですよね……?」
「俺はそのつもりだけどな……」
ヨミの表情はまだ納得してなかった。
車で王都に戻り、城へ向かうとその前にフェラルドが待っていた。
「婿殿の力を疑って申し訳なかった」
彼は開口一番謝罪して、俺たちを出迎えた。
「婿殿の存在を囮に使う作戦を決定したのは私だ。シャトラスはそれを忠実に実行したに過ぎない。シャトラスは咎めないでやってくれ」
「私が間に合わなければ、アキラは死ぬかも知れなかったんですよ!?」
案の定、ヨミはフェラルドに詰め寄った。
「それについては、我々の情報不足が招いたミスだった。魔王のクリスタルの行方について、もっとよく調べるべきだったと思っている」
ヴィルギールが魔王のクリスタルを使ったのは、きっと切り札か奥の手だ。
信頼を得ている部下にさえ、その存在を明かしたとは思えない。
だから、それはミスと言うよりもヴィルギールが上手く隠していたと言うことだろう。
「魔王のクリスタルを取り込むことで、ヴィルギールの魔力は一気に増えた。あれは魔王なら誰でも可能なことなのか?」
「いや、恐らくヴィルギール固有の能力だと思う。そもそも、奴は魔族や魔物から魔力を取り込む能力に優れていた。魔王に覚醒すると、魔力を取り込んでもそれほど変化しない。それだけ魔王という存在の魔力が大きいのだが、奴は魔王としての基礎能力は低かった。その代わりに他から取り込むことで力を増大させることが出来るのだろう」
「その説明だと、ヴィルギールにはこれからも伸びしろがあるってことか」
やはり、逃がしたのは誤算だった。
「伸びしろといっても、一時的なものだと思う」
「一時的?」
意味がわからずフェラルドの言葉を繰り返した。
「ヴィルギールの魔力が膨れ上がったのは、この町にいてもわかった。しかし、その後戦いの中で大きく減らしてからは基礎魔力の上限は上がっていなかった」
つまり、俺の必殺技でヴィルギールが魔王のクリスタルを使って強化した魔力は吹き飛ばしたと言うことか。
魔王のクリスタルを取り込むことで魔力を上げるのは、俺の融合変身と似ているのかも知れない。
クリスタルを取り込むこと自体に魔力を消耗しているような感じもしたし、瞬間的な強化か。
「ヴィルギールが魔力を引き上げるために使われた魔王のクリスタルはどうなったと思う?」
「そのような使い方をしたクリスタルがまともに残っているとは思えない。すでに消失したかヴィルギールのクリスタルの一部に取り込まれているだろう。いずれにしても、次に同じようなことに使われることはない」
それが確かなら、次にヴィルギールに出会ったときは苦戦することはない。
……俺の知らないところで別の魔王が倒されてさえいなければ……。
奴が新たなクリスタルを手に入れたりしないかだけは、シャトラスにちゃんと調べておいてもらいたいものだ。
それを伝えると、フェラルドとシャトラスは当たり前のように頷いた。
今度こそ、俺たちにもその情報は全て明かすと約束した。
今回の件で、フェラルドが少しでも俺のことを信用したなら、少しは騙された価値もあったと考えて良い。
「アキラが優しいのは良いところです。私もその優しさに惹かれましたから。ただ、命が危険にさらされたことについて、もっと怒ってください。アキラが死んだら悲しむ者がいるということだけは忘れて欲しくありません」
「俺の代わりにヨミが怒ってくれたから、それでいいんだよ」
本当にそう思った。
ヨミやマーシャのお陰で特に怪我もしていないし。
「――そ、そんなことを言われたら、もう何も言えませんよ」
ヨミは顔を赤くさせながら喜んでいるのか怒っているのかよくわからない顔をさせた。
「婿殿は私たちのことを許してくださるのか」
「一番大事なことは、グロリアの妹を助けることだ。それが達成できたし、俺も無事帰ることができた。これ以上ない成果だろ」
「……フッ……アスルに聞かされていたよりもよっぽど強い人間なのだな……。剣に封印されていた魔王との戦いでは、体を張ってアスルを助けてくれたと聞いている」
しみじみとそう言って頷いていた。
あの時はまだ自分が大地彰だと言うことに疑いを持っていなかった。
だからそうすることに迷いはなかった。
もし、自分が大地彰ではないと知っていたら、そうしていただろうか?
……たぶん、どんな状況でも“俺”が逃げることはないと思った。
もう二度と後悔したくない。
大地彰のように立ち向かう勇気が欲しいと心から願ったのだから――。
ずきっと頭の片隅が痛くなった。
「アキラ?」
「いや、大丈夫だ。気にするな」
ヨミは俺の微妙な表情の変化にかなり敏感に気付く。
思い出しかけた記憶に蓋をするように話題を変えた。
「ところで、フェラルドは城の外に出て良いのか?」
フェラルドは主流派だけでなく、天使にも狙われる身だからこそ魔力の反応を閉ざす城の最深部に隠れていたはずだった。
「ヨミ殿は、婿殿のピンチを知るとそこに天使がいると言われていても構わず飛び出していった。その迷いのない覚悟と想いを知ったとき、私もいつまでも引きこもっているわけにもいかないと気付かされたよ」
自虐的に笑いながら、フェラルドはバツが悪そうな顔をしていた。
「これからどうするつもりだ?」
「婿殿。すでに魔界の覇権争いは次の段階へ入ろうとしている」
覇権争いなんてものに興味はない。
俺たちは争いを終わらせるためにここへ来たのだ。
これ以上複雑な状況に巻き込まれるのはお断りだった。
黙っていると、フェラルドはさらに言葉を続ける。
「私は平和主義派の代表として、人間との争いを望む者たちに宣戦布告をした」
なんて矛盾した話だと思った。
平和を望んでいるのに、戦いを求めるなんて。
でも、それは人間の世界の何も変わらない。
ヴィルギールと向かい合って感じたのは、主流派の魔王や魔族は説得して応じるとは思えなかった。
人間との和平交渉を目指すには、まず魔界の意思を一つに統一しなければならないというのがフェラルドの宣戦布告の理由だった。
「人間たちの中に勇者が現れたことで、魔族個人個人の意識は変わってきている」
「どう変わってるんだ?」
「やはり、人間の世界に残されている数々の伝承のように魔族は勇者たちに滅ぼされることを恐れている。だから、戦わずにすむ方法を模索する動きが見られる」
「それは、フェラルドにとってはいいことだな」
「確かに、意識が変わってきていることは我々にとって追い風となるだろう」
そう言いながらもあまり浮かない表情をしていた。
「何か問題があるのか?」
「魔族の力では勇者には勝てないからな。結局、彼らは仕える魔王の意向に左右されて生きることになる」
「魔王を裏切ったり逆らったりしたら、やっぱり殺されるのか?」
「裏切りについては裏切られる魔王の支配能力にも問題があると思うが、問題はやはり魔族の本能に逆らうことだと思う」
魔族の本能――それは人間と戦うことか。
ヴィルギールはそう言っていた。
「意識を一気に変えることは容易じゃないだろ。そこはもうちょっと長い目で見る必要があるんじゃないか?」
「そうも言っていられない。天使は魔族の本能に逆らう魔族の存在を許さない。ヴィルギールはその天使の特性を利用して手を組んでいる。天使を恐れて主流派にいる魔族も少なからず存在する」
宣戦布告は、つまり天使に狙われてもフェラルドの意志は変わらないと表明することで、天使を恐れている魔族を平和主義派に取り込む計算もあるらしい。
それの意味するところはつまり――。
「俺に、天使の排除をしろということか」
「虫のいい話だと言うことはわかっている。だが、天使だけは我々ではどうにもならない」
この魔界でも結局は戦争に関わることになるのか。
その事にジレンマがないわけではない。
だが、現実問題として主流派を説得するのは容易ではない。
ここで平和主義派が天使たちに殺されれば、もう人間との和平は絶望的だ。
どちらが滅びるまで戦いは止められない。
そして、救世主が現れて人間が勝利をする。
ここでの選択は、世界の流れを決定づけることになりかねない。
「私はアキラを騙したあなた方を信用することはできません。ですから、魔族同士の戦争に参加する気はありません」
ヨミは眉をキリッとさせて厳しい表情でそう言った。
ヨミにとっては世界の行く末よりも俺の方が心配らしい。
素直に嬉しい気持ちではあるが、フェラルドは俺たちを戦力として期待しているから宣戦布告までしたんだろう。
感情にまかせて彼をここで突き放すことが、正しい判断だとは思えないんだよな。
「それは構いません。クロードを倒せば主流派は自然と崩壊するでしょう。ヨミ殿と婿殿は、この町を天使が襲ってきたときだけ対処していただければそれで構いません」
意外にも、フェラルドは俺たちに戦力として活躍することを求めてこなかった。
魔界最強と彼らが言っているにもかかわらず、クロードを倒すことには自信を覗かせている。
まだ何か俺たちには隠し事をしているってことか。
俺が訝しげな表情を向けても、フェラルドの表情に変化は見られない。
逆にこっちの真意を窺っているように覗き込んできた。
「差し当たって、お二人にはメリッサさんの護衛をお願いしたいと思っています」
フェラルドがそう言うと、エトワスがメリッサを連れて現れた。
「メリッサの護衛?」
「はい。この町で天使に最も狙われやすいのは、魔王を姉に持つ彼女ですから」
捨てられた子犬のような目をするメリッサに、ヨミも表情を緩ませるしかなかったようだ。
フェラルドを見るときとは一転して優しげな瞳でメリッサに目線を合わせるようにしゃがんだ。
「怖がらないでください。私も魔王ですが、人間との争いは望んでいない魔王ですから。あなたやあなたのお姉さんの味方です」
「……怖くはないんです。お姉さんは、グロリアお姉さまよりもしっかりしていると思います」
そこまで言ったところで、メリッサは俯いてしまった。
「あの、まずは自己紹介をしましょうか」
すでにお互いの名前が飛び交っているからわかっているとは思うが、きっとヨミはメリッサの緊張を解きほぐすためにそう言ったのだろう。
「私はヨミ=アラクネと言います。元は魔物でしたが、今は魔王として覚醒しました。これも全て、私の愛するアキラのお陰なんです」
そう言って、今度は俺に目を向ける。
「えーと、俺はアキラ=ダイチ。異世界を救った変身ヒーローだ」
「異世界?」
「ああ、こことは違う世界から来た」
「だから、天使にも負けないんですか?」
「それについては俺もよくわかっていない。ただ、フェラルドに言われるまでもなく、天使にメリッサが狙われるなら、俺が守る」
「あ……ありがとうございます」
そこまで言うと顔を真っ赤にさせて少しうつむき加減になった。
「あの、もう知ってるみたいですけど、私はメリッサって言います。よろしくお願いします」
フェラルドの思惑はひとまず置いてくとして、メリッサとグロリアが再会するまでは、彼女のことは守らなければならない。
それだけは心に誓った。
「……アキラって、本当に無自覚に心を動かしてしまうんですね」
なぜか呆れたようにヨミが言った。
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だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて
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私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。
敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。
決して追放に備えていた訳では無いのよ?
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
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ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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