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変身ヒーローと魔界の覇権

救出作戦

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 この要塞には一応食堂も完備されていた。
 と言っても人間の世界のようなものではない。
 一見すると見逃してしまいそうな、小さな部屋だった。
 実際に利用している魔物や魔族は両手で数えるより少ない。
 だから料理人はいないし、調理は自分でするしかない。
 俺が忍び込んで食事をする余裕もあった。
 この要塞に潜入してから丸二日が過ぎる。
 すでにシャトラスのデータとの照合も終わり、今は彼が調べられなかった場所のデータさえ持っている。
 彼の調査は間違いがなく完璧なものだった。
 つまり、地下の牢屋にグロリアの妹は幽閉されている。
 そこも調べてみようと思ったが、さすがに警備が厳重だった。
 素直にシャトラスの到着を待つべきだと思ったので、AIに警戒させつつ俺は休息を取ることにした。
 敵のまっただ中にいてもAIのセンサーが優秀だから眠っていても何も問題がなかった。
 変身も解除している。
 どれくらい眠っていたのかわからないが、AIが俺を起こした。
『シャトラスが来たようですよ』
 と告げる。
 しかし、変身していないとセンサーのデータを直接見られるわけではない。
 俺はAIの誘導を頼りに、要塞の中を隠れて進みながらシャトラスに会いに行く。
 これも打ち合わせ通り。
 AIにはシャトラスの魔力データを記録させている。
 だから、彼が近づけばその反応を捉えることができる。
 そこにこの要塞のデータを重ね合わせれば、どこにシャトラスがいるのかはっきりする。
 彼が俺に何か合図を送って再会するよりもよほど安全だ。
『そこで止まってください』
 要塞の最上階――大広間の前の曲がり角で急にAIが警戒するような声を上げた。
「何かあるのか?」
『大広間の前の廊下に魔物が集まっています。シャトラスは広間で魔王と話をしているようですが……』
 ……何か、作戦の手順を間違えただろうか。
 要塞の責任者に偽の情報を流して要塞を防衛している魔族や魔物の注意を逸らすことになっている。
 ただ、その前に俺と一度接触して、牢屋の鍵を渡す手はずになっていた。
 この要塞に魔王がいたことは予想外だし、何かしらのアクシデントがあったのだろうか?
 仕切り直すならそうするが、そのためにも一度シャトラスには接触しなければならない。
「魔王ヴィルギール様、この要塞にお戻りになっていたのですね」
 シャトラスが芝居がかったような大声を上げる。
 ……魔王ヴィルギール? その名は確か、魔界最強と呼ばれるクロードという名の魔王に従う魔王だったはずだ。
「お前――――優秀――――フェラル――捕らわれた――――な。ここのところ妙な――聞くし、気に――だ」
 部屋の中の声だし、おまけにヴィルギールは大声でしゃべっているわけではないから、何を言っているのかさっぱりわからない。
「AIのセンサーでもっと声を拾えないか?」
『……私は聞こえていますが、それを一字一句伝えるより彰も自分の耳で聞きたいでしょう』
「つまり、わざわざ盗聴するために変身しろと言いたいんだな」
 こんなことで無駄なエネルギーを使いたくはなかったが、仕方がない。
 ネムスギアはキャノンギアを展開した。
「ところでヴィルギール様、新たに生まれた魔王のことはご存じですよね」
「当たり前だ。伝説の剣に封印されていた魔王は何者かに倒された。だが、我々魔族は数を減らすことはない。空席を埋めるために新たな魔王が誕生するのは魔族なら常識的な話だ」
「その魔王の正体を突き止めました」
「何!?」
「まさしく今あげられた伝説の剣に封印されていた魔王を倒したものの仲間で、元魔物の女です」
「馬鹿な!? 魔物から魔王へ覚醒したというのか!?」
「はい、私はそのものの力をこの目でしかと見届けました」
「……むう……お前がそこまで言うのなら、正しいのだろう」
 会話だけ聞いていると、よほどシャトラスがヴィルギールという魔王に信頼されているかが伝わってくる。
『……二重スパイ、ということはないですよね』
 心配そうにAIがつぶやいた。
「それで、今その魔王はどこにいる?」
「あのフェラルドと共にいます」
「まさか、平和主義派なのか?」
「そのようです。人間のパートナーと結婚するとまでいっていました」
「人間と? 愚かな魔物――いや、魔王だな。人間と魔王が共生などできるはずがない。天使どもにまとめて殺されるだけだ」
「それが、そうとも言えないかもしれませんよ」
「……それはどういう意味だ?」
「先ほど言いましたよね。新たな魔王は封印されていた魔王を倒したものの仲間だと」
「ああ……その仲間とやらは魔王を倒せる実力を持っている……勇者の誰かか?」
「それが、よくわからないのです。そのものは勇者だけでなく天使をも倒せることが出来るとか……」
「シャトラス。下らん冗談はよせ。天使はあのクロードですら倒すことは出来ん。人間などに倒せるものか」
「……そうお思いでしたら、ご自身でそのものの実力を試してみるのはいかがですか?」
 シャトラスの声が途切れたと思ったら、大広間の壁が吹き飛ばされた。
 俺はキャノンギアのお陰で傷一つ付いてはいないが……。
 シャトラスやヴィルギールという名の魔王と目が合う。
 ヴィルギールは頬が少しこけていて目の下にクマがある病的な顔をしていた。もう少し健康的な生活を送っていれば、美形だったと思う。
 背は高いがマントの下から覗かせる体は痩せ気味というより痩せすぎで戦闘向きではない。
 魔力も今まで見てきた魔王の中では一番低かった。
 ただ、何か妙な禍々しさを感じさせる。
「な……何者だ!?」
 驚いて声を荒げるヴィルギール。
「彼が、今私が言った新たな魔王――ヨミの仲間ですよ」
「貴様、そこで何をしている!?」
 ヴィルギールの言葉は聞こえていたが意味は入ってこない。
 それよりも、不敵に笑うシャトラスに困惑させられた。
 言いたいことはたくさんある。
 俺を裏切ったのか。
 それとも、フェラルドを裏切ったのか。
「そいつを殺せ!」
 廊下や部屋にいた魔物と魔族が襲いかかる。
『彰! 作戦は失敗です! バスターキャノンを形成します』
 AIの警告に俺の思考が重なる。
『チャージショットスリー、ショットガンバレット!』
 武器の形成から砲弾のセット、そしてトリガーを引くまでにかかった時間は二秒程度だったと思う。
 砲身の先から爆発したエネルギーが小さな弾丸となって俺の前方に広がる。
 力の弱い魔物はその数発だけでクリスタルとなり、魔族も部屋に倒れ込んだ。
 背後から襲いかかろうとしていた魔物や魔族はその威力を目の当たりにして立ちすくんでいた。
「人間相手に怖じ気づいてどうする! 戦え!」
 魔王に怒られたからか、足を止めていた魔物と魔族が動き出す。
 俺は砲身をそいつらに向けて叫んだ。
「無駄に殺したくはない! 命が惜しかったら、かかってくるな!」
 俺の言葉に動きを止める。
「貴様ら……」
 静かだが怒りの込められた声をヴィルギールが発した。
 俺は再びヴィルギールの方を見ると、そこにはすでにシャトラスの姿はなかった。
 どういうつもりなのか問い質すつもりだったのだが……。
『シャトラスを追いかけるのはお勧めできません』
 AIはここからの脱出を望んだ。
 このままここにいても魔王と戦うことになりかねない。
 この魔王の魔力なら、俺一人で十分だが……。
 ここが主流派の要塞だということを忘れてはならない。
「変身!」
 ファイトギアを展開させて、魔物と魔族の包囲網を強行突破する。
 そのフロアには俺の姿を捉えられる者はいなかった。
 要塞の地図はAIだけでなくほとんど俺の頭にも入っていた。
 だから、一応最短ルートでの脱出路もわかっている。
 本来は、グロリアの妹を連れて通るはずだったのだが、全て台無しだった。
 要塞の一階まで駆け下りたところで、警告音が鳴り響いた。
 この世界にもサイレンなんてものがあったのかと妙な関心をしている場合ではない。
 もう少しで要塞の正面出入り口に出ると言うところで、一人の魔族がこちらを見ていた。
 その目は真っ直ぐに俺を捉えていた。
 まさか、超高速で動いている俺を見切っているのか?
「ソニックエッジ!」
 魔族が手を振り下ろすと、風の刃が迫る。
 その魔法は高速で動く俺と同等のスピードで飛んできた。
 床を蹴り、ジャンプをしながら体を捻る。
 その俺の上下を風の刃がすり抜けていった。
 魔法は俺の背後の柱に当たり、半分ほど切れ込みが入っていた。
『威力はそれほどたいした魔法ではないようです。生身やファイトギアのままでは危険でしたが、あの程度ならソードギアでも傷が入る程度ですね』
 速さに特化させた魔法か。
「フッ……やっと足を止めたな。言っておくが、俺の五感はどの魔族よりも優れている。逃げ切れるとは思わないことだ」
「そうか、それじゃあ退いてもらうだけだ」
 俺は再びキャノンギアにフォームチェンジする。
 バスターキャノンを構えると、その魔族はブツブツ呪文を唱え始めた。
「一応忠告しておくが、道を開けないなら、死ぬことになるぞ。話が通じるならあまり殺したくはないが、今の俺には大地彰としての矜持を守る気はない」
「ソニックエッジ!」
 俺の言葉の意味は通じていなかった。
 同じ魔法が高速で飛んできた。
 センサーが空気を斬り裂いて向かってくる風の刃のようなものを捉えていたが、このフォームでは当然避けることは出来ない。
 まともに両腕の付け根辺りに喰らったが、確かに威力はそれほど高くなかった。
 防御性能の高いキャノンギアだと、せいぜい撫でられたくらいにしか感じなかった。
「な……俺の魔法が、効かない……?」
「もう一度言う。そこを退け。死にたくなければ」
 その魔族は視線を落として震えながら、扉の端へ寄った。
 俺は武器をしまって要塞の外へ出る。
 外郭の中庭から外壁の外まではそこまで距離はない。
 時間的には堀を越えるための橋が下ろされていると思うが、警告音が鳴り響いていたから期待はしていない。
 それに、橋の近くにはさすがに警備の魔物や魔族も集まっているだろう。
 俺は入ってきた時に跳び越えた壁の上に、ファイトギアで跳び乗った。
 要塞の内部はまだ混乱している様子だった。
 シャトラスが俺の潜入をヴィルギールにバラしてからここに来るまでに要した時間は五分もない。
 まさか、たったそれだけの時間で脱出したとは思わないだろう。
『何を考えているのですか?』
 AIが冷静な声で聞く。
「いや、せっかくここまで来て何もしないで帰るのもどうかと思う。混乱している状況なら、地下の牢屋区画も調べられないかな」
『グロリアという魔王の妹を助け出すつもりですか?』
「少なくとも、今はまだ俺の目的は知られていない。シャトラスはそこまで俺のことを言わなかったし」
『その必要はないと言っておきましょう』
「どうしてそう言いきれる」
『私たちがシャトラスに騙されていたことは間違いありませんが、彼は恐ろしく計算高く頭の切れるもののようです』
 騙されたと認めているのにAIが珍しく褒めた。
「このまま俺たちが戻ったら、シャトラスの思うつぼってことか?」
『そうではありません。彼はすでに目的を達成しています。私たちも合流地点に戻りましょう。後のことはきっと、彼が上手く処理してくれるはずです』
 何を言っているのかさっぱりわからない。
 AIはとにかく俺が要塞から離れることを望んでいるようだった。
 意味はわからないが、ここはAIの判断に従うことにした。
 壁の上から堀の外側までジャンプする。
 そこから森へ向かって一気に走り抜けた。
 森の入り口近くまで来てもまだサイレンが届く。
 要塞の内部の混乱ぶりが伝わってくるようだった。
 俺は森の木々に身を潜めて変身を解除する。
 ファイトギアの連続使用時間だけは注意しなければならない。
『彰、私のセンサーにはシャトラスの魔力が登録してあります』
「それは改めて言うことじゃないだろ。それがなければ、シャトラスが要塞に来てもわからなかったわけだし」
『では、私たちが潜入していることをバラしたシャトラスがどこに消えたかわかりますか?』
 そう言えば、振り返った時にはヴィルギールの側にシャトラスの姿はなかった。
「いや……俺も文句の一つくらい言ってやろうと思っていたんだが……」
『シャトラスの反応は地下に向かっていました』
「地下に?」
 そこは牢屋がある区画のはず。
 それじゃ、まさか!?
『私たちは囮にされたようです』
 もう一度要塞に目を向けると、一人の少女がこちらに向かって歩いているのが見えた。
「あの子は……」
『たぶん、グロリアという魔王の妹ではないでしょうか』
 彼女はこちらに気付くと小走りに近づいてきた。
「あの、あなたがアキラさんですか?」
 年齢は十歳くらいだろうか。
 クセの強そうな黒髪と、気の強そうな瞳が特徴的。
 ふわりとしたスカートのワンピースとベストを着ていた。
 この姿だけを見てこの少女が魔族であると気付く人間はいないと思った。
「君は?」
「えと……グロリアお姉さまの妹でメリッサと言います」
 うつむき気味にそう言う。
 やはりと思う反面、どうやってここへ来たのか聞こうと思ったが、
『ここで話している余裕はなさそうです。こちらに魔族が向かってきています』
 AIに言われて要塞の方へ目を向けると、確かに空にいくつかの人影が浮かんでいる。
 メリッサの魔力を追ってきたのかも知れない。
「事情は後で聞く。取り敢えず、逃げよう」
「はい」
 俺はすぐに森の中に入ろうとしたら、そこへ車が走ってきた。
 急ブレーキをかけながら俺たちの前でターンを決める。
 運転席の窓からマーシャが顔を出して叫んだ。
「早く乗ってください!」
 その言葉に頷くよりも先に、メリッサの手を取り後部座席へ乗せる。
 俺が助手席に座ると、車は一気に加速した。
「作戦は成功したんですね? と言うことは、フェラルドという魔王は信じてもいいと言うことでしょうか?」
 即答は出来なかった。
 打ち合わせとまるで違う。
 シャトラスが勝手にしたことなのか、あるいはフェラルドが考えたことなのか。
 当初の予定では敵に気付かれることなくもっとスマートに助け出すはずだった。
 戦うのは最後の手段だったのだが……。
 しかし、一番の目的は達成できたわけだから騙されたと言うほどでもない。
 誰が何を考えているのかだけわからない。
 モヤモヤした感情だけが纏わり付くようだった。
 サイドミラーで追ってくる魔族を見ようとしたら、車が急にハンドルを切った。
「きゃあ!」
 後ろの座席に座っていたメリッサが声を上げてシートに倒れる。
 俺の体もシートベルトに思いきり押さえつけられた。
 次の瞬間、車の側に光の槍が突き刺さった。
『警告では間に合わないと思ったので、やむを得ず私が操作しました』
「……この光の槍は……ホーリーランス?」
 マーシャがそうつぶやく。
 俺はフロントガラスの向こう側を見た。
 空からこちらを見下ろす冷たい瞳。
 それは、天使だった。
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