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変身ヒーローと魔界の覇権

主流派の要塞へ

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 俺は今、車の助手席に乗っている。運転しているのはマーシャだ。
 後ろの座席には人間の姿のシャトラスだけが乗っていた。
 広大な森の中を走らせながら、ここまでの経緯を思い返していた。

「納得できません! 私が同行しては要塞に潜入できないと言うことは理解できました! ですが、どうしてマーシャさんを連れて行く必要があるのですか!?」
 ヨミは眉をつり上げて表情と仕草で不満を示していた。
「それではヨミさんはアキラさんを一人で行かせるつもりですか?」
 マーシャが眉間にしわを寄せてヨミに抗議する。
「アキラは一人でも魔族の一人を救うくらい簡単です。マーシャさんは足手まといにしかなりません!」
「想像力が足らないようですね」
「馬鹿にしてるんですか?」
「魔族の少女を助け出すと言うことは、万が一の時アキラさんは一人でその少女を守りながら逃げなければならない。アキラさん自身は魔族や魔王を相手にしても簡単に退けるでしょう。ですが、少女が一緒では満足に戦えない。誰かが彼女の保護をするべきだと思いませんか?」
 口はマーシャの方が達者だ。
 ヨミにはどうやっても勝てる勝負ではなかった。
 反撃の糸口を探そうと考え込んでいるようだが、そのまま押し黙ってしまった。
 そして、泣きつくように俺の手を握る。
「アキラはどう思っているんですか? マーシャさんもいた方が良いと思っているなら……」
「俺のことよりも、捕らわれてるのは魔族と言えど少女なんだよな?」
 俺の質問にシャトラスが答える。
「はい。人間の年齢で表すなら、十五歳くらいでしょうか」
「十五歳の女の子が牢屋に入れられているとして、よく知らない人間の男が助けに来たとしたらどう思う?」
「私は、アキラが助けに来てくれたら嬉しいですよ」
「答えになってない。ヨミが考えるべきは知っている俺じゃなくて見知らぬ人間が助けに来たと想定して考えろ」
「……それはもちろん、警戒します。見知らぬ男に助けられるくらいなら自力で脱出する方法を探します」
 そこまで言ったところで何かに気がついたように口元を抑えた。
「それでは、ヨミさんもご理解いただけたようなので、車の準備をしてきます」
 そう言ってマーシャは足早に部屋を出て行った。
「アキラ……ごめんなさい。本当は私が側に付いていてあげたいんですけど……」
 魔王の魔力は高すぎる。
 今回は敵の目をかいくぐって要塞に潜入しなければならない。
 つまり、ヨミが一緒では作戦として成り立たない。
 待っていてもらうしかないのだが、
「ヨミが魔王として覚醒したことは悪いことじゃない。説得するべき魔王が一人減ったわけだからな」
 俺は本心からそう思っていた。
「はい、ありがとうございます……私もアキラと一緒に戦って目覚めたこの力は誇りに思っています」
「ヨミの力が必要な時もある。今回は向いていないだけだ。だから、俺を信じて待っていてくれ」
 ヨミは「はい」と一言だけ返事をして抱擁を交わした。

『そろそろ、目標の地点に着きます』
 AIに言われて、俺の意識が目の前に集中する。
 周りの景色は変わらない。
 まだ森の中だった。
 ヘッドライトが道の先を照らす。
 元々暗い森だったが、夜になると闇が深さを増す。
 車の明かりがなければ自分たちがどこにいるのかすらわからなくなりそう。
 AIにはシャトラスが書いた地図をデータ化してインプットさせた。
 GPSはないが、ここまでの走行データと照らし合わせて実際の目標地点を計算したのだろう。
 その辺りの作業は俺にはよくわからない。
「マーシャ、そろそろスピードを落としてくれ」
「はい」
 彼女はこの真っ暗な森の中でどうやって目標値点を割り出したのか、特に疑問を持つことなく俺の指示に従った。
「婿殿は魔界に来たのは初めてですよね」
「ああ」
「俺でも夜にこの森を進むのは難しいんですが、よく俺の地図から目指す場所が近いってわかりましたね」
 シャトラスだけがしきりに感心していた。
「それだけシャトラスの書いた地図が正確だったってことだろ」
「ハハハッ! 婿殿はお世辞が上手いな」
 よほど嬉しかったのか顔をくしゃっとさせて喜んでいた。
 これだけ感情表現が豊かでよくスパイが務まると思ったが、それは余計なことだとわかっていたので口には出さなかった。
 程なくして道は二又の路地にぶつかった。
 シャトラスが車から降りる。
 俺が助手席の窓を開けると、そこからシャトラスが覗き込んできた。
「もう一度確認しておきます。この右側の道をまっすぐ行った先に森が切り開かれた場所に出ます。そこからはもう要塞は見えるでしょう。中に入る方法もあるんですが、本当に任せて良いんですよね?」
 シャトラスは要塞に潜入する方法も得ていた。
 スパイとしてはよほど優秀なんだろう。
 ただ、一度話に聞いた限りでは面倒な手順や事前の準備が欠かせない。
 シャトラスは一旦、クロードという魔王が支配する町で報告をしてから要塞に向かう口実を作るということで、そうなると俺たちが要塞に近づけても行動に出られるのはずいぶん先になる。
 俺が先に潜入しておけば、シャトラスが要塞に来た時点ですぐにグロリアという魔王の妹を救出できるのでそうすることになっていた。
 AIとファイトギアを駆使すれば一人で潜入することはそれほど難しくない。
「ああ、大丈夫だ。そっちもなるべく急いでくれ」
 時間に制限はないが、グロリアによる被害が広がれば、それだけ勇者と戦う可能性が高まる。
 人間との和平交渉が遠のくだけでなく、救世主がいつ現れてもおかしくない状況になることは避けなければならない。
 ちなみに、フェラルドの話によると救世主は魔族側が人間の大陸を半分以上奪った後に現れるらしい。
 正確な日時がはっきりしないのは、その都度魔王や魔族側の侵攻状況に差があるから。
 今はせいぜい三割程度だろうか。
 そう考えるとゆっくり行動していてもいいと言うわけでもない。
「それじゃあ、要塞で会いましょう」
 そう言ってシャトラスはカラスの姿に変身して左側の道を飛んでいった。
 その姿を見届けることなく、マーシャはギアを変えて車を走らせた。
「……アキラさん、今回のことですが……魔王や魔族の罠であるという可能性はありませんか?」
 前を向いたまま真剣な眼差しでマーシャが言った。
「否定するつもりはないよ」
「わかっていて、それでも魔王の命令に従うのですか?」
 驚きなのか呆れているのかわからない声で言った。
「嘘だとしたら、信用できる魔王や魔族はいないことが証明される。その場合、交渉の余地はない」
 フェラルドには信じると言ったが、本音では信じたいという希望の方が大きかった。
 魔王や魔族に信じられる者がいないなら、和平交渉を目指すこと自体が無意味だ。
「本当だとしたら、グロリアという魔王は自分の意志で人間を襲っているわけではないことが証明される。それを確認できるだけでも意味はある」
 魔族とは言え少女が敵の要塞に監禁されていると言うことも放置は出来ない。
 いずれにしても、俺にはフェラルドの要請を断る選択肢はなかった。
「では、これが罠だったら全ての魔族と戦うと言うことですか?」
「それはあまり現実的じゃない。俺がそうしている間に人間の大陸は半分以上魔王と魔族が支配するだろう」
 そうなってしまったら救世主とやらの出現を避けることは出来ない。
 天使と同様に救世主のすることを俺が止められるのであれば、そうしたいところだが確証はない。
「フェラルドが俺を排除するつもりなら、俺とヨミで魔界に第三の勢力を作るだけだ」
「人間との和平交渉を求める派閥として、ですか。魔界をアキラさんたちで支配すると。それも時間がかかりそうですが……」
「魔王や魔族の侵攻を遅らせることが出来れば、取り敢えずは平気だと思う」
「アキラさんは救世主が現れなければ、女王様が体験したループ現象が止まるとお考えなのですか?」
「そこがどう解釈していいのかまだよくわかっていない。俺には救世主がどんな奴なのかもわからないし。ただ、世界の理を考えたら、救世主が現れて魔王の数を減らし始めたらそれを止めるのは簡単じゃないだろう」
「……救世主というのは本当に何者なんでしょうか……?」
「人間にとっては魔王を本当の意味で倒してくれる文字通りの存在だろう。その先に何が起こることになるのか、知っているのはエルフの女王様だけだからな」
 エルフの女王もフェラルドも俺に対する第一印象は救世主だった。
 救世主と俺には明確な違いがある。
 俺には魔力はない。しかし、救世主には魔力があった。
 それだけ大きな違いがあるにもかかわらず、世界のループに気がついている二人の意見が似ていたことは無視できるものじゃない。
 エルフの女王様は俺と救世主は同一ではないと結論づけたが……そう思わせただけの何かがある。
「あ、そろそろ森を抜けるみたいです」
 目の前の視界が広がる。
「それじゃ、ヘッドライトを消してくれ」
 俺がそう言うと、マーシャは何もしていないが勝手に消えた。
 AIが操作してくれたのだ。
 森の終わりで車を止めて、俺だけ車から降りた。
 月明かりが森の出入り口から差し込んでくる。
 取り敢えずここからはやるべきことに集中するべきだな。
 森の出入り口の先は、大きな広場になっていた。
 草原が広がり、川が見えた。
 シャトラスの地図によると、あの川は東から西へ向かって流れているようだ。
 そして、その川の途中に石やレンガで作られたと思われる巨大な要塞が目に入る。
 川を利用して堀を作り、草原の中に浮かび上がるようにして佇んでいた。
 周りの森の様子を見ると、この草原は自然のものではなく、森を切り開いた広場を整備するために作られたものだと想像できた。
 草の伸び具合が皆同じで、手入れされている様子が伝わってくる。
 ここから先は車で移動することは出来ない。
 人だけでなく自然の動物もこの草原に入ったら見つかってしまいそう。
 俺は運転席側に周り、マーシャが開けた窓に近づいて確認した。
「この車は、森の中に隠しておいてくれ。打ち合わせ通りなら、シャトラスは二日後へ要塞に来る」
「はい」
「三日……いや、四日待っても俺がここへ戻ってこなかったら、ヨミに連絡してくれ」
「畏まりました。どうか、御無事で」
 そう言うとマーシャはすぐに車をバックさせて車を森の中へ突っ込ませた。
 バックアップは必要だと思ったが、実際に潜入するのは俺一人で良いと思っていた。
 それについて、やはりマーシャはごねることもなく従うだけだった。
 物分かりがよすぎるというのも、楽ではあるがそれはそれで物足りないものだな。
「さて、と」
 俺は森の木々の裏に隠れて、
「変身」
『起動コードを認証しました。ネムスギア、ファイトギアフォーム、展開します』
 赤いアーマーに上半身が覆われるのと同時に森から飛び出した。
『どうやら、ここまではシャトラスが書いてくれた地図通りですね』
 地図をデータ化させたAIが言っているのだから、間違いない。
 周囲に気を配る間もないほどの高速で草原を駆け抜ける。
 ファイトギアの弱点は身体強化にナノマシンのほとんどが使われてしまうからセンサーの精度が低いことだった。
 肉眼で兵士たちを捉えて彼らの目を誤魔化すように動かなければならない。
 こんなところで立ち止まっていたら、怪しいものですと言っているようなものだ。
 要塞の周りで警戒に当たっている兵士は全て魔物だった。
 魔族は少ないから、こういう下働きは魔物に割り振られているってことか。
 堀に近づくにつれて妙なプレッシャーに襲われる。
 誰かに気付かれたわけではない。
 と言うか、この感覚は……魔王?
 だとしたら、妙だ。
 今、主流派の魔王はほとんどが人間との戦争に向かっていて、クロードという魔王がいるだけのはずだ。
 クロードに捕虜として捕らわれていたことを報告するためにシャトラスはそちらに向かった。
 こっちに魔王がいるはずはない。
 ……騙された?
『ここまで来て迷うのは愚かです。せめてグロリアの妹が捕らえられているのかだけでも確認すべきだと思います』
 AIに目的を告げられて、俺は潜入することに意識を集中させる。
 要塞に入るための橋は可動式で、夜中は全てあげられているからそちらから入ることはできない。
 堀の端に立ち、堀から要塞までの距離と要塞の壁の高さを見る。
 これならファイトギアでも十分跳び越えることが出来る。
 走る勢いのまま堀の端を蹴って要塞の壁をも跳び越えた。
 そのまますぐに近くの建物の影に隠れた。
 ……誰にも見られてはいないと思う。
 すぐにキャノンギアへとフォームチェンジする。
 センサーを頼りに、周囲の様子を窺う。
 やはり、この要塞には魔王がいる。
 魔力はヨミやフェラルドほどではない。
 しかし、戦うとなるとハイパーユニオンギアは必要になる。
 時間制限があり、解除後はインターバルを必要とするから単独行動中に使いたいフォームではない。
 とにかく、このままセンサーで周囲を警戒しながら要塞を探索しつつマッピングをしておこう。
 シャトラスは要塞の内部についても地図を書いてくれたが、幹部でなければ立ち入りの許されない場所もあり、完全ではないと言っていた。
 シャトラスがこちらへ来て行動を開始する前に、俺自身も把握しておくべきだし、シャトラスの情報と照らし合わせておきたい。
 この要塞はほぼ正方形に近い形をしている。
 外壁の四つの角には太くて大きめの円柱の塔が立っている。
 中の建物も正方形だった。
 シンプルな作りだが、大きさや建物の形がまるで城のようでもあった。
『壁までの広さはだいたい野球場よりも倍くらい広いと思われます』
 ってことは、要塞の本体は野球場よりも広い。
 地図のデータを見せてもらおうとしたら、
『立ち止まってください。そちらの小屋の影に座りましょう』
 言われたとおりにすると、センサーが二つの魔力反応を捉えていた。
 俺から見て左側を歩き、外壁の角にある円柱の塔へ向かって行った。
『大丈夫のようです』
 こういう時は俺に魔力がないというのは最大の利点だった。
 要塞の建物の周囲をAIのセンサーを駆使しながらマッピングしていく。
 完成したマップはシャトラスが書いたものとほとんど同じだった。
「今回の件が嘘かホントかはこれからはっきりするが、少なくともシャトラスが優秀なスパイであることは間違いなさそうだ」
『そのようですね』
 となると、この外郭の中庭から要塞内部に入るには正面の扉しかないってことも間違いなさそうだな。
『そうですね。要塞の窓は小さくてとてもそこから入れそうにはありません』
 俺はまたセンサーを使ってこの中庭を警邏している魔物をやり過ごして正面の入口へ向かった。
 夜中だから出入り口はもちろん閉まっていて、扉の前には見張りが一人立っていた。
 柱の陰に隠れて様子を窺っているが動く気配はない。
 かといって、このままずっと一人で見張りを続けるわけじゃないはずだ。
 俺の予想は意外に早く当たった。
「交代の時間だ」
「ああ、助かった。そろそろ眠くて参っていたんだ」
 そんな会話が聞こえてきたので、すぐに柱から飛び出した。
 見張りの交代のために出てきた魔物とすれ違うようにして要塞内部へ入る。
 ファイトギアの超高速移動は魔物たちの目にも映ることは許さなかった。
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