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変身ヒーローと未知の国
女王からの餞別
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戦争が話し合いで終わったとしたら、救世主なんていう奴が介入する意味はなくなる。
そう考えたのだが、女王の表情はあまり冴えなかった。
「……争いを止めるのは簡単ではありません。なぜ私たちエルフが表立って魔王や魔族と協力関係を結ばないのか、わかりますか?」
質問の意図はわかったけど、答えはわからなかった。
エルフと魔族が手を組んだことを人間が知れば、人間だって争うことを一番に考えたりはしないだろう。
話し合いの余地が出来る。
でも、そうしない。
エルフと魔族が敵対しているからという理由ではない。
女王は魔王の一人と通じている。女王が命令すれば、他のエルフたちだって人間と争わない魔王なら協力してくれるはずだ。
何か、出来ない理由がある。
「すでに、女王様はそれを試したと言うことか」
「ええ、私と同じように世界の理に気がついた魔王がいることを知った時に、私と彼が協力すれば争いは止められると考えたのです」
「どうしてそれは失敗したんだ?」
「天使による介入です」
「天使? そう言えば、天使の行動基準って結局何なんだ?」
一見すると魔族と敵対しているように見えるが、人間を襲わないと誓った魔族を殺そうとするし、まるで世界の混乱を望んでいるような……。
「天使は神の御使い。そして、この世界の神は平和を望んでいない。つまり、天使は世界が平和になることを拒絶するかのように介入します」
それじゃあ、魔族のグレースが殺されてバルトラムが襲われた理由って、人間との争いを拒絶したから?
……そう考えると、あの時バルトラムを庇おうとしたレオノーラにまで手を出そうとしたのは、人間が魔族を守ろうとしたからなのか?
アスルも人間の世界を混乱させるために利用されたし、天使が関わる時、世界は平和とは逆の方向へ進む。
「だとしたら、人間との未来を望むヨミはよく天使に狙われなかったな……」
「え? 私も天使という方に狙われるようなことをしているんですか?」
ヨミはキョトンとしてそう言った。
「恐らくは、魔物だったからでしょう」
女王は俺の疑問に答えた。
「魔族とは扱いが違うのか?」
「本来、魔物は世界の大勢を変えてしまうほどの影響力はありません。天使といえども、まさか魔物が魔王にまで覚醒するとは思い至らなかったのでしょう」
「ってことは、これからはそうもいかなくなるってことか」
「表立って人間との和平を望むように行動すれば、必ず天使は介入します。今のヨミさんの魔力は、人間ですら魔王であると見抜くことが出来るほど強力ですから」
俺と女王に視線を向けられて、別に悪いことをしているわけでもないのにヨミはちょっと萎縮している様子だった。
「も、申し訳ありません。魔王として覚醒してから、もはや自分でも魔力を抑えることができなくなってしまったので……」
以前は魔物であることを隠すために、戦闘時以外では魔力を抑えていると言っていたが、強くなりすぎた弊害だな。
だからといって、何もしないわけにはいかない。
今の状況はこの世界の神が望んだようになりつつある。
救世主が現れるのを待って、そいつを倒すというのは最後の手段だ。
相手は魔王も倒せるほどの力を持っている。
今の俺でも必ず勝てるとは言えない。
それに、このままエルフの国に留まることも、もはや得策とはいえない。
エルフの国に魔王がいて、何も起こらなかったら天使が介入する可能性が高まる。
そういう意味でも俺たちは早急にこの国から出て行かなければならなかった。
「女王様。すでに経験済みの女王様に言うのは失礼かも知れないが、何とか戦争を止めてみようと思う」
「……そうですか……いえ、そうですね。いずれにしてもアキラさんは魔王と共にいるわけですから、いつか必ず救世主とは出会うことになります。それまでに出来ることを全て試しておくべきでしょう」
「悪あがきにしかならないかも知れないけど」
「運命に抗う気持ちを持つと言うことは無駄ではないと思います。私のように、諦めてしまうよりも、きっと……」
「それじゃ、ずいぶん世話になったな。マーシャにも、いろいろあったけど感謝してる」
「行くのですね。でしたら、私から一つ餞別を差し上げたいと――」
「あの! 女王様!」
マーシャが真剣な眼差しで女王を見上げた。
「……どうしたのですか?」
「私も、アキラさんと共に人間の世界へ行きたいです」
「それは調査の時のように、定期的に報告に戻ることもなく、このエルフの国を出て行くと言うことですか?」
「いえ、報告には戻ります。女王様の望む平和な未来を手に入れた後に」
女王が目を丸くさせる。
そして、声を上げて笑った。
「……マーシャはよほどアキラさんのことを信用しているようですね。ですが、彼の気持ちをヨミさんから奪うのは、世界を救うよりも難しいと思いますよ」
「でも、何もしないでいるよりはマシです。私も、悪あがきしたいと思いました」
その言葉にヨミは思いきり警戒心をあらわにさせた。
俺はもう呆れるしかなかった。
「アハハハハハッ! やはり、マーシャにアキラさんの監視をさせたのは間違いではなかったようですね。わかりました。マーシャには新たな任務を与えます。アキラさんの心を掴み、共に世界に未来をもたらしてください」
「はい!」
マーシャが元気よく返事をすると、ヨミが俺の手を強く握ってきた。
「女王様、私はアキラを渡すつもりはありませんよ」
「そうですね。今は確かにヨミさんの方が一歩リードしているでしょうが、子作りどころかキスすらまだなのでしょう? マーシャにも十分チャンスはあると思いますよ」
そういうことをこっちを見ながら言わないで欲しいんだけど。
「こ、子作りでしたら私の心の準備はすでに出来ています! それが私の夢でもあるのですから!」
「ヨミ、ただの挑発だから乗せられるな。女王様も余計なことを言って煽らないでくれ」
「あら、余計なことでしたか? 事実だと思いましたが」
ヨミが俺の手を引っ張って、女王に背を向ける。
「もう二人で行きましょう。これ以上ここに留まっているとアキラの貞操が危ない気がします」
「それは、俺をあまり信用していないってことになるような……」
「逃げるんですか?」
マーシャが凛とした声を投げかける。
それに反応してヨミの足が止まった。
「逃げる? 私が?」
「魔王として覚醒したのに、自分に自信がないんですね。私が加わることでお二人の関係が変わってしまうなら、所詮はその程度の気持ちだったと言うことですよ」
振り返ったヨミの表情は意外にも落ち着いていた。
「違います。私はアキラの世話をしてくれた方が傷つくのを見たくないだけです。アキラの心があなたに向くことはありませんから」
「そこまで自信があるのなら、一緒に行ってもいいじゃありませんか」
ヨミとマーシャの表情は変わらない。
それが逆に怖さを感じた。
「わかりました。傷つく覚悟をしているのなら、もう私から言うことはありません。一緒に行きましょう」
ヨミはため息をつきながらそう言った。
「おいおい、俺に拒否権はないのか?」
「アキラが同行を拒絶しても、彼女は付いてきますよ。だったら、まだ私の目の届くところにいてくれた方が安心できます」
ヨミの考えは間違っていないと思うが、俺は決して安心は出来ない気がした。
世界の平和の前に、俺の平和が遠のいていくような気分だが、ヨミが同行を許可した以上は俺が話を蒸し返してこじれさせても意味はない。
「それでは、話もまとまったところでアキラさんたちには私から餞別を与えたいと思います」
そう言えば、その話の途中でマーシャが割り込んだんだった。
「ネムスギアの改造を手伝ってくれただけでも、十分餞別になってるけど」
「実は、それと少し関連していることでもあります」
「ネムスギアの改造と?」
「あの時、AIの許可を得てナノマシンの一部を研究用に分けていただいたのです」
「そうなのか?」
俺のつぶやきはAIに向けられたものだったが、答えたのは女王だった。
「やはり、ナノマシンがいかなるものなのかを私の手で確認したかったものですから。もっとも、それで判明したことはすでに説明している通り、今の私たちでは再現できるものではありませんし、アキラさん専用のものだと言うことがはっきりしただけだったのですが……一つだけ成果がありました」
「成果?」
「そのナノマシンを私たちの作った車に移植することが出来たのです」
「ネムスギアを、車に?」
「ええ、さすがに車を変身させるだけのエネルギーは作り出せませんが、この国で充電する必要がなく半永久的に走ることが出来ます。肉体ではなく物質なので制御システムは不要ですし、車体のほとんどはナノマシンに置き換わりました。アキラさんの意志に従う、丈夫な車が出来ましたよ」
ネムスギアのAIが搭載された車か。
移動手段が飛翔船しかなかった俺にとって、今最も必要なものだった。
「もらって良いのか?」
「と言うより、あれはもうアキラさんにしか扱えないでしょう。ネムスギアとアキラさんは一心同体のようですし」
ナノマシンを使って本当は何がしたかったのか、それを問い詰める気はない。
ネムスギアのAIも間違えることはあるが、女王がナノマシンを悪用するために求めたことではないことは、さすがに理解している。
「ありがとう。その車はきっと役に立つ」
「地下の駐車場の一番奥にありますから、どうぞ乗っていってください」
「それじゃ、今度こそ行ってくる」
俺は最後に女王に手を差し出した。
彼女は玉座から立ち上がり、俺の手を両手でしっかり握る。
「……本来であるならば、この世界のことは私たちが解決すべきことだと思います。それを、異世界のものに託さなければならないことは慚愧の念に堪えません」
「……いつだったか、キャリーも……アイレーリスの女王も同じようなことを言っていた。俺も国の争いやこの世界の事情に積極的に関わるつもりはなかった。妹を見つけて元の世界へ帰ることが俺のするべきことだと思っていたし、全てはそのための行動だったけど……目の前で困っている人を放っておけないのは、彰ではなく俺の感情だったのかも知れないな」
「では、そのためにアキラさんはこの世界に呼ばれたのかも知れませんね」
自惚れるつもりはないが、確かにそんな気はした。
大地彰だけでなく、俺がこの世界に来た理由。
全てを思い出すことは出来ないが、無関係ではないと思った。
女王に言われた通り、地下駐車場に降りるとエレベーターの前でフィリーが仁王立ちしていた。
すっかり忘れていたけど、魔法で眠らせて車に放置していたんだった。
「マーシャ。そこの女は魔王よね。まさか、女王様と魔王を会わせたの?」
まさかも何もこのエレベーターから出てきた時点でわかるだろうに。
「詳しい話は女王様に聞いてください。彼女はヨミというアキラさんの仲間です。女王様もアキラさんと同じようにエルフの国へ出入りすることを認められました」
「そんな!? まさか!?」
フィリーの驚きぶりを見ると、女王が他の魔王(フェラルド)とも繋がりがあると知ったら卒倒しそうだな。
「私もヨミさんはエルフにとって害のある存在だとは思っていません。個人的には、ライバルですが」
「……よくわからないけど、マーシャにとっては敵なのね? 戦うなら協力するけど」
「恋のライバルですから、フィリーさんの協力は不要です。むしろより厄介なことになりそうですし」
「恋のって……やっぱり本気で人間を好きになったの? 鍵まで渡したと聞いたから、そうじゃないかとは思っていたけど……あんた、やっぱり変わってるわ」
「女王様を偏愛しているあなたに言われたくはありません」
「そういう言い方はないでしょう。女王様よりも素晴らしい方はこの世にはいないわ」
放っておくと、いつまでも続けてしまいそうだ。
「フィリーは早く魔王にこの国から出て行って欲しいと思ってるんだろ? だったら、そこを退いてくれ。俺たちは人間の世界へ行く」
フィリーは俺たち三人を順番に見て、道を開けた。
「そう言うことなら好きにしなさい。私はマーシャのしたことについて、女王様に報告するわ」
そう言って入れ違いにエレベーターに乗り込み上へと向かった。
魔王を連れてきたことについて抗議しても、意味はないと思うが。
とにかく俺たちは駐車場の奥に向かう。
『彰、左へ向かってください』
急にAIが話しかけてきた。
「わかるのか?」
『ええ、いわば私の分身が使われていますから』
駐車場の一番奥、角のスペースに黒いスポーツタイプの車が佇んでいた。
すでにボディはナノマシンに置き換わっていると言っていたが、外見は普通の車と変わらない。
でも、俺にも同じナノマシンが使われているからか、その車がネムスギアと同じ物質であることはわかった。
「ネムスギアのナノマシンが使われているってことは、AIもあるんだよな?」
『はい』
「お前のようにしゃべったりするのか?」
『言っておきますが、私もしゃべっているのではなく彰とだけ思考を伝え合えると言うだけですよ』
「感覚的にはしゃべってるのと同じだけどな」
『サバイバルギアのように身体機能の全てを奪わなければ、言葉を発することは出来ません。そして、この車にはと言うか……エルフの車にはスピーカーはないので音を発する機能がありません』
「要するに、しゃべれないってことか」
『でも、私とデータをリンクさせますので、彰の意志を伝えることは出来ますよ。変身後であるならばネムスギアと同様に思うだけで動かすことが可能です』
「運転は? AIによる自動運転とか?」
『手動でも自動でも可能のようです』
と言われても、俺には運転した記憶はなかった。
大地彰も車を運転したことはなかったと思う。
どうしようか迷っていたら、マーシャが運転席側のドアを開けた。
「運転なら私がします。どうぞ乗ってください」
ヨミはさっきのように躊躇うことなく後部座席のドアを開けて乗り込んだ。
俺は迷った末に助手席に乗る。
マーシャの隣りに座ったことにヨミは特に文句を言わなかった。
俺も特別な意味はない。
これから戦争まっただ中の人間の世界に行くのだから、前の座席に座っていた方が何かと対処しやすいと思っただけだ。
「それでは、発進させます」
マーシャがハンドルを握ると、車はゆっくりと走り出した。
ボディが全てナノマシンに置き換わっていても、車としての機能はまったく違和感がない。
マーシャの運転も実に軽快なものだった。
「まずはどこに行きましょう」
早々にエルフの町を出ると、マーシャは運転したまま聞いてくる。
この車での移動も悪くはないが、さすがに速度は飛翔船に劣るだろう。
それに、いずれウォルカ王国にも行かなければならない。
海を越える手段を確保しておきたいところだが、何はともあれキャリーに会うべきだろう。
帝国がすでに魔族に領土となっているらしいから、事実上人間界のトップは同盟を結ぶことで連合国を造り上げたキャリーであることは間違いない。
「アイレーリス王国の王都へ向かってくれ」
「はい、わかりました」
次に俺は後部座席に座るヨミに顔を向ける。
「あの魔法水晶はまだ持ってるか? 持っていたら、キャリーやシャリオット、ルトヴィナ辺りと連絡を取りたいんだけど」
「あ、はい。それがですね……。一応持ってはいるんですけど……」
そう言って胸元から板状の水晶を取り出す。
それは丁度真ん中から二つに割れてしまっていた。
「申し訳ありません。魔王との戦いの時に、こうなってしまったみたいで……」
「それだと連絡できないのか?」
「はい。何度か試しましたが……」
直接会って話すか、それともどこかの町でギルドへ行くか……。
「ちなみに、この車ってどれくらいの速度で走れる」
「最大時速五百キロですね。お急ぎでしたら、出しましょうか?」
涼しい顔してマーシャは答えた。
「い、いや……もうちょっと控えめでいい」
日本の高速道路のように整備された場所でもその速度で走るのは危ないだろう。
こんな異世界で交通事故で死んだらバカみたいなものだ。
とはいえ、多少スピードを落としても途中の町でギルドへ寄る必要はないか。
俺はそのまま王都で直接キャリーに会うことにした。
そう考えたのだが、女王の表情はあまり冴えなかった。
「……争いを止めるのは簡単ではありません。なぜ私たちエルフが表立って魔王や魔族と協力関係を結ばないのか、わかりますか?」
質問の意図はわかったけど、答えはわからなかった。
エルフと魔族が手を組んだことを人間が知れば、人間だって争うことを一番に考えたりはしないだろう。
話し合いの余地が出来る。
でも、そうしない。
エルフと魔族が敵対しているからという理由ではない。
女王は魔王の一人と通じている。女王が命令すれば、他のエルフたちだって人間と争わない魔王なら協力してくれるはずだ。
何か、出来ない理由がある。
「すでに、女王様はそれを試したと言うことか」
「ええ、私と同じように世界の理に気がついた魔王がいることを知った時に、私と彼が協力すれば争いは止められると考えたのです」
「どうしてそれは失敗したんだ?」
「天使による介入です」
「天使? そう言えば、天使の行動基準って結局何なんだ?」
一見すると魔族と敵対しているように見えるが、人間を襲わないと誓った魔族を殺そうとするし、まるで世界の混乱を望んでいるような……。
「天使は神の御使い。そして、この世界の神は平和を望んでいない。つまり、天使は世界が平和になることを拒絶するかのように介入します」
それじゃあ、魔族のグレースが殺されてバルトラムが襲われた理由って、人間との争いを拒絶したから?
……そう考えると、あの時バルトラムを庇おうとしたレオノーラにまで手を出そうとしたのは、人間が魔族を守ろうとしたからなのか?
アスルも人間の世界を混乱させるために利用されたし、天使が関わる時、世界は平和とは逆の方向へ進む。
「だとしたら、人間との未来を望むヨミはよく天使に狙われなかったな……」
「え? 私も天使という方に狙われるようなことをしているんですか?」
ヨミはキョトンとしてそう言った。
「恐らくは、魔物だったからでしょう」
女王は俺の疑問に答えた。
「魔族とは扱いが違うのか?」
「本来、魔物は世界の大勢を変えてしまうほどの影響力はありません。天使といえども、まさか魔物が魔王にまで覚醒するとは思い至らなかったのでしょう」
「ってことは、これからはそうもいかなくなるってことか」
「表立って人間との和平を望むように行動すれば、必ず天使は介入します。今のヨミさんの魔力は、人間ですら魔王であると見抜くことが出来るほど強力ですから」
俺と女王に視線を向けられて、別に悪いことをしているわけでもないのにヨミはちょっと萎縮している様子だった。
「も、申し訳ありません。魔王として覚醒してから、もはや自分でも魔力を抑えることができなくなってしまったので……」
以前は魔物であることを隠すために、戦闘時以外では魔力を抑えていると言っていたが、強くなりすぎた弊害だな。
だからといって、何もしないわけにはいかない。
今の状況はこの世界の神が望んだようになりつつある。
救世主が現れるのを待って、そいつを倒すというのは最後の手段だ。
相手は魔王も倒せるほどの力を持っている。
今の俺でも必ず勝てるとは言えない。
それに、このままエルフの国に留まることも、もはや得策とはいえない。
エルフの国に魔王がいて、何も起こらなかったら天使が介入する可能性が高まる。
そういう意味でも俺たちは早急にこの国から出て行かなければならなかった。
「女王様。すでに経験済みの女王様に言うのは失礼かも知れないが、何とか戦争を止めてみようと思う」
「……そうですか……いえ、そうですね。いずれにしてもアキラさんは魔王と共にいるわけですから、いつか必ず救世主とは出会うことになります。それまでに出来ることを全て試しておくべきでしょう」
「悪あがきにしかならないかも知れないけど」
「運命に抗う気持ちを持つと言うことは無駄ではないと思います。私のように、諦めてしまうよりも、きっと……」
「それじゃ、ずいぶん世話になったな。マーシャにも、いろいろあったけど感謝してる」
「行くのですね。でしたら、私から一つ餞別を差し上げたいと――」
「あの! 女王様!」
マーシャが真剣な眼差しで女王を見上げた。
「……どうしたのですか?」
「私も、アキラさんと共に人間の世界へ行きたいです」
「それは調査の時のように、定期的に報告に戻ることもなく、このエルフの国を出て行くと言うことですか?」
「いえ、報告には戻ります。女王様の望む平和な未来を手に入れた後に」
女王が目を丸くさせる。
そして、声を上げて笑った。
「……マーシャはよほどアキラさんのことを信用しているようですね。ですが、彼の気持ちをヨミさんから奪うのは、世界を救うよりも難しいと思いますよ」
「でも、何もしないでいるよりはマシです。私も、悪あがきしたいと思いました」
その言葉にヨミは思いきり警戒心をあらわにさせた。
俺はもう呆れるしかなかった。
「アハハハハハッ! やはり、マーシャにアキラさんの監視をさせたのは間違いではなかったようですね。わかりました。マーシャには新たな任務を与えます。アキラさんの心を掴み、共に世界に未来をもたらしてください」
「はい!」
マーシャが元気よく返事をすると、ヨミが俺の手を強く握ってきた。
「女王様、私はアキラを渡すつもりはありませんよ」
「そうですね。今は確かにヨミさんの方が一歩リードしているでしょうが、子作りどころかキスすらまだなのでしょう? マーシャにも十分チャンスはあると思いますよ」
そういうことをこっちを見ながら言わないで欲しいんだけど。
「こ、子作りでしたら私の心の準備はすでに出来ています! それが私の夢でもあるのですから!」
「ヨミ、ただの挑発だから乗せられるな。女王様も余計なことを言って煽らないでくれ」
「あら、余計なことでしたか? 事実だと思いましたが」
ヨミが俺の手を引っ張って、女王に背を向ける。
「もう二人で行きましょう。これ以上ここに留まっているとアキラの貞操が危ない気がします」
「それは、俺をあまり信用していないってことになるような……」
「逃げるんですか?」
マーシャが凛とした声を投げかける。
それに反応してヨミの足が止まった。
「逃げる? 私が?」
「魔王として覚醒したのに、自分に自信がないんですね。私が加わることでお二人の関係が変わってしまうなら、所詮はその程度の気持ちだったと言うことですよ」
振り返ったヨミの表情は意外にも落ち着いていた。
「違います。私はアキラの世話をしてくれた方が傷つくのを見たくないだけです。アキラの心があなたに向くことはありませんから」
「そこまで自信があるのなら、一緒に行ってもいいじゃありませんか」
ヨミとマーシャの表情は変わらない。
それが逆に怖さを感じた。
「わかりました。傷つく覚悟をしているのなら、もう私から言うことはありません。一緒に行きましょう」
ヨミはため息をつきながらそう言った。
「おいおい、俺に拒否権はないのか?」
「アキラが同行を拒絶しても、彼女は付いてきますよ。だったら、まだ私の目の届くところにいてくれた方が安心できます」
ヨミの考えは間違っていないと思うが、俺は決して安心は出来ない気がした。
世界の平和の前に、俺の平和が遠のいていくような気分だが、ヨミが同行を許可した以上は俺が話を蒸し返してこじれさせても意味はない。
「それでは、話もまとまったところでアキラさんたちには私から餞別を与えたいと思います」
そう言えば、その話の途中でマーシャが割り込んだんだった。
「ネムスギアの改造を手伝ってくれただけでも、十分餞別になってるけど」
「実は、それと少し関連していることでもあります」
「ネムスギアの改造と?」
「あの時、AIの許可を得てナノマシンの一部を研究用に分けていただいたのです」
「そうなのか?」
俺のつぶやきはAIに向けられたものだったが、答えたのは女王だった。
「やはり、ナノマシンがいかなるものなのかを私の手で確認したかったものですから。もっとも、それで判明したことはすでに説明している通り、今の私たちでは再現できるものではありませんし、アキラさん専用のものだと言うことがはっきりしただけだったのですが……一つだけ成果がありました」
「成果?」
「そのナノマシンを私たちの作った車に移植することが出来たのです」
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「ええ、さすがに車を変身させるだけのエネルギーは作り出せませんが、この国で充電する必要がなく半永久的に走ることが出来ます。肉体ではなく物質なので制御システムは不要ですし、車体のほとんどはナノマシンに置き換わりました。アキラさんの意志に従う、丈夫な車が出来ましたよ」
ネムスギアのAIが搭載された車か。
移動手段が飛翔船しかなかった俺にとって、今最も必要なものだった。
「もらって良いのか?」
「と言うより、あれはもうアキラさんにしか扱えないでしょう。ネムスギアとアキラさんは一心同体のようですし」
ナノマシンを使って本当は何がしたかったのか、それを問い詰める気はない。
ネムスギアのAIも間違えることはあるが、女王がナノマシンを悪用するために求めたことではないことは、さすがに理解している。
「ありがとう。その車はきっと役に立つ」
「地下の駐車場の一番奥にありますから、どうぞ乗っていってください」
「それじゃ、今度こそ行ってくる」
俺は最後に女王に手を差し出した。
彼女は玉座から立ち上がり、俺の手を両手でしっかり握る。
「……本来であるならば、この世界のことは私たちが解決すべきことだと思います。それを、異世界のものに託さなければならないことは慚愧の念に堪えません」
「……いつだったか、キャリーも……アイレーリスの女王も同じようなことを言っていた。俺も国の争いやこの世界の事情に積極的に関わるつもりはなかった。妹を見つけて元の世界へ帰ることが俺のするべきことだと思っていたし、全てはそのための行動だったけど……目の前で困っている人を放っておけないのは、彰ではなく俺の感情だったのかも知れないな」
「では、そのためにアキラさんはこの世界に呼ばれたのかも知れませんね」
自惚れるつもりはないが、確かにそんな気はした。
大地彰だけでなく、俺がこの世界に来た理由。
全てを思い出すことは出来ないが、無関係ではないと思った。
女王に言われた通り、地下駐車場に降りるとエレベーターの前でフィリーが仁王立ちしていた。
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まさかも何もこのエレベーターから出てきた時点でわかるだろうに。
「詳しい話は女王様に聞いてください。彼女はヨミというアキラさんの仲間です。女王様もアキラさんと同じようにエルフの国へ出入りすることを認められました」
「そんな!? まさか!?」
フィリーの驚きぶりを見ると、女王が他の魔王(フェラルド)とも繋がりがあると知ったら卒倒しそうだな。
「私もヨミさんはエルフにとって害のある存在だとは思っていません。個人的には、ライバルですが」
「……よくわからないけど、マーシャにとっては敵なのね? 戦うなら協力するけど」
「恋のライバルですから、フィリーさんの協力は不要です。むしろより厄介なことになりそうですし」
「恋のって……やっぱり本気で人間を好きになったの? 鍵まで渡したと聞いたから、そうじゃないかとは思っていたけど……あんた、やっぱり変わってるわ」
「女王様を偏愛しているあなたに言われたくはありません」
「そういう言い方はないでしょう。女王様よりも素晴らしい方はこの世にはいないわ」
放っておくと、いつまでも続けてしまいそうだ。
「フィリーは早く魔王にこの国から出て行って欲しいと思ってるんだろ? だったら、そこを退いてくれ。俺たちは人間の世界へ行く」
フィリーは俺たち三人を順番に見て、道を開けた。
「そう言うことなら好きにしなさい。私はマーシャのしたことについて、女王様に報告するわ」
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魔王を連れてきたことについて抗議しても、意味はないと思うが。
とにかく俺たちは駐車場の奥に向かう。
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「わかるのか?」
『ええ、いわば私の分身が使われていますから』
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でも、俺にも同じナノマシンが使われているからか、その車がネムスギアと同じ物質であることはわかった。
「ネムスギアのナノマシンが使われているってことは、AIもあるんだよな?」
『はい』
「お前のようにしゃべったりするのか?」
『言っておきますが、私もしゃべっているのではなく彰とだけ思考を伝え合えると言うだけですよ』
「感覚的にはしゃべってるのと同じだけどな」
『サバイバルギアのように身体機能の全てを奪わなければ、言葉を発することは出来ません。そして、この車にはと言うか……エルフの車にはスピーカーはないので音を発する機能がありません』
「要するに、しゃべれないってことか」
『でも、私とデータをリンクさせますので、彰の意志を伝えることは出来ますよ。変身後であるならばネムスギアと同様に思うだけで動かすことが可能です』
「運転は? AIによる自動運転とか?」
『手動でも自動でも可能のようです』
と言われても、俺には運転した記憶はなかった。
大地彰も車を運転したことはなかったと思う。
どうしようか迷っていたら、マーシャが運転席側のドアを開けた。
「運転なら私がします。どうぞ乗ってください」
ヨミはさっきのように躊躇うことなく後部座席のドアを開けて乗り込んだ。
俺は迷った末に助手席に乗る。
マーシャの隣りに座ったことにヨミは特に文句を言わなかった。
俺も特別な意味はない。
これから戦争まっただ中の人間の世界に行くのだから、前の座席に座っていた方が何かと対処しやすいと思っただけだ。
「それでは、発進させます」
マーシャがハンドルを握ると、車はゆっくりと走り出した。
ボディが全てナノマシンに置き換わっていても、車としての機能はまったく違和感がない。
マーシャの運転も実に軽快なものだった。
「まずはどこに行きましょう」
早々にエルフの町を出ると、マーシャは運転したまま聞いてくる。
この車での移動も悪くはないが、さすがに速度は飛翔船に劣るだろう。
それに、いずれウォルカ王国にも行かなければならない。
海を越える手段を確保しておきたいところだが、何はともあれキャリーに会うべきだろう。
帝国がすでに魔族に領土となっているらしいから、事実上人間界のトップは同盟を結ぶことで連合国を造り上げたキャリーであることは間違いない。
「アイレーリス王国の王都へ向かってくれ」
「はい、わかりました」
次に俺は後部座席に座るヨミに顔を向ける。
「あの魔法水晶はまだ持ってるか? 持っていたら、キャリーやシャリオット、ルトヴィナ辺りと連絡を取りたいんだけど」
「あ、はい。それがですね……。一応持ってはいるんですけど……」
そう言って胸元から板状の水晶を取り出す。
それは丁度真ん中から二つに割れてしまっていた。
「申し訳ありません。魔王との戦いの時に、こうなってしまったみたいで……」
「それだと連絡できないのか?」
「はい。何度か試しましたが……」
直接会って話すか、それともどこかの町でギルドへ行くか……。
「ちなみに、この車ってどれくらいの速度で走れる」
「最大時速五百キロですね。お急ぎでしたら、出しましょうか?」
涼しい顔してマーシャは答えた。
「い、いや……もうちょっと控えめでいい」
日本の高速道路のように整備された場所でもその速度で走るのは危ないだろう。
こんな異世界で交通事故で死んだらバカみたいなものだ。
とはいえ、多少スピードを落としても途中の町でギルドへ寄る必要はないか。
俺はそのまま王都で直接キャリーに会うことにした。
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ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
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16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
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「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
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「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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