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変身ヒーローと未知の国
記憶の欠片と女王の見解
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驚きはしなかった。
彰の妹は日本の東京のような町にいると言った。
そして、エルフたちには異世界へ行く方法はない。
つまり、この世界のどこかに俺たちの世界を模倣したような町がなければ、それを見てエルフの町を造り上げることは不可能だったはずだ。
ウォルカ王国に鍵はある。
彰の妹もそこにいることだし、やはり会いに行くべきじゃないのか?
……問題は、俺が自分の正体をわかっていないってことと、この世界の理というのも何となくしかわかっていないところだな。
「しかし、それだけあからさまに異質な町が存在するなら、そこに住んでいる人間たちは俺の世界の人間なのかな」
「いえ、私の調査ではその町に住む者たちには魔力を感じました。ですから、異世界の人間に会ったのはアキラさんが初めてということになりますね」
いきなり俺の推理が外れた。
その町にいる人間が異世界からやってきた人間なら、きっと誰かが救世主なんじゃないかと思ったのだが……。
異世界転生してやってきた人間が世界を救うなんていくらでも――。
……俺は知っている。
この知識は、大地彰のものじゃない。
彼にはそんな趣味はなかったはずだ。
だけど、何だろう……。
その事を考えると心がざわつく。
まるで、大地彰が人類に追放されたときのような胸くそ悪さに襲われる。
「どうかされましたか?」
俺が今にも吐きそうな表情をしていたからか、女王は優しく聞いてきた。
このことは今は考えない方がよさそうだ。
本当の俺の記憶に関係がありそうだが、体調が整っているときに考えるべきだろう。
「あ、いや……女王様が俺に希望を見出したのはなぜだ?」
救世主は世界を救うが、同時に世界を終わらせてしまう。
それが意図されたものなのか、あるいは救世主自身も理解していないのか、それはそいつに会ってみなければわからない。
ただ、終焉と再生を目の当たりにしてきた女王にとっては、救世主の出現は世界の終焉と同じ意味を持つ。
警戒するのも理解は出来るが、そいつが現れなければ勇者と魔王――人間と魔族の戦争は終わらない。
そして、俺には魔王は倒せても数を減らすことは出来なかった。
どこに希望があると言えるのか。
「……アキラさん。この町を見て何か気付きませんか?」
質問には答えずに、別の質問をぶつけてきた。
俺の質問に答えられないわけじゃないと思う。
女王のことだから、きっと何か意味があるんだ。
「何かと言われても漠然としすぎているが……住んでる人――エルフが少ないってことと、町がやたら広いってことかな……」
「この世界の電気道具はアキラさんの世界のものと同じでしょうか?」
「俺にも使えるし、同じといえば同じじゃ……」
そこで俺はAIが町を見ていったことを思い出した。
――『ここの町並はどことなく“平成”のような空気を感じさせます』――
なぜその事を思い出したのか。
とても重要なことのように思えるが、その正体は掴めない。
朧気に見えているような気もするが、霞がかかったようにはっきりとはわからなかった。
「アキラさん。あなたの持つ、ネムスギアのような道具は見たことがありませんでした。改造するときにデータを見させていただいて、それが異質な存在であると確信しました。それが、あなたに希望を見出した理由です」
そりゃそうだろう。
ネムスギアは彰の親代わりになった博士にしか開発できなかったのだから。
各国政府にデータを渡してもそのコピーすら作れなかった。
エルフにだって……。
いや、女王なら作れるんじゃないか?
時間制限付きでも博士の施設を再現できたのだから。
「ネムスギアに希望があるなら、同じ物を作れないのか? この町みたいに」
「……まず、あの設備を私たちの技術でコピーすることが出来ません。魔法による物質化は維持に魔力を使いますし、あれほど複雑な設備ともなると解体して部品を一つ一つ確認するだけでもどれだけかかることか……」
「車まで再現できたのにか?」
「それよりも優れた技術であると言うことです。それに、万が一同じ物が作れたとしても、適合できるものがいないでしょう」
「適合出来ない?」
「アキラさんのお父様はそのために亡くなられたとAIに教えていただきました」
「そうだ。ナノマシンの制御システムを体に入れることが出来なかった」
「恐らく、私たちにも同じことが起こると言えます」
「どうして? 試してみなければわからないと思うけど」
「いいえ、ナノマシンのデータを見て理解しました。これは、全てあなたが使うために調整されている。アキラさんのお父様が使えなかったのは当たり前のことだったのです。あなたのために造られたものを無理矢理使ったことがナノマシンの暴走を許すことになった」
彰の記憶がフラッシュバックする。
博士と一緒にネムスギアの調整を手伝っている。
俺は――いや、彰はいつも進んで実験を手伝った。
記憶を失った彰には専門的な知識はない。
技術的なことでは博士を助けることは出来ないから、博士を信じて言う通りに実験を繰り返す。
いつも、俺の体を使って調整していた。
彰とナノマシンの相性がいいと言っていた。
違う。
博士の体を使って調整することは不可能だっただけだ。
俺に、できるはずがなかったから。
完成したネムスギアは俺専用のものだった。
博士と同じレベルの科学者がいたとしても、制御装置を博士に取りつけるのが不可能だったのは、そういう事情があったからだ。
妙に落ち着いている。
彰はその事に気付いていなかった。
だけど、俺はその事を知っていた。
サバイバルギアの時と同じだ。
なぜか大地彰の裏事情について、俺は知っている。
こればかりはAIやエルフ、それに彰の妹に聞いても答えは出ない気がした。
俺の正体に関わることはきっと、俺が思い出さなければならない。
決意を新たに女王を見ると、大きく息を吐いて玉座に腰を降ろした。
「私が記憶していることはこれで全てです。アキラさんには、理解していただけたでしょうか?」
「……だいたいわかった。魔王が死んで戦争が終結すると、世界が終わるんだろ?」
「そうですね」
「だったらこの世界は終わらない。もし、本当に救世主とかいう奴が現れたとしても、魔王が滅びることはないからな」
ヨミの腰を抱き寄せる。
「ア、アキラ……」
今まであれだけアプローチしてきたのに、たったそれだけのことで顔を赤くさせていた。
「ヨミを殺そうとするヤツは何者であっても俺が許さない」
「……相手が、神であったとしても、ですか?」
「え?」
――神?
「アキラさんは救世主について、どう思っていますか?」
「俺や妹のように異世界から来た誰かじゃないのか? だから、俺のことも調べたんじゃないのか?」
「もしそうだとしたら、魔力がないことの説明が付きません」
「それは簡単だよ。異世界で死んで、こっちの世界の人間として転生すれば良いだけの話じゃ……」
――う……。
ヤバい。
胃が逆流するような感覚。
喉に酸っぱいものが込み上げてくるようだ。
人の死はこの世界でたくさん見てきた。
彰の記憶としても、デモンとの戦いで人の死は避けがたいものだった。
だけど、これは俺自身の記憶だ。
死を直接見たわけではない。
ただ、俺は――。俺のせいじゃ――。
「アキラ!? 大丈夫ですか!?」
倒れかかった俺を今度はヨミが支える。
「……大丈夫だ」
「治療魔法が必要なら、私が――」
マーシャまで駆け寄る。
俺は二人を手で制して、立ち上がった。
「体調が悪いんじゃないんだ。精神的なものだから、きっと治療魔法は意味がない」
「そう、ですか……」
肩を落としながら、マーシャは女王の隣に戻る。
「……アキラさんは確か、記憶を失っていると聞きましたが……よほど辛い記憶のようですね」
女王の言っていることが、大地彰の記憶のことなのか、それとも俺の記憶のことなのかはわからなかった。
考えようとするだけでも気分が悪くなる。
「そうらしいな……」
としか言葉を返せなかった。
「お辛いところ申し訳ありませんが、異世界転生というのはアキラさんの世界ではよく知られていることなのですか?」
「ま、世の中に溢れるほどそう言う物語があるからな」
「物語? それは、この世界の伝承のようなものでしょうか……」
「似たようなものだと思って良いと思う」
「では、アキラさんの世界の伝承のようなことが、この世界で起こったと考えていると言うことですか?」
「そうでなければ、俺たちの世界の町がこの異世界にあることの説明が付かない」
この際どうやって町を作ったのかはおいておくとして、俺の世界の知識を持った誰かがこの世界にいることは間違いない。
そうでなければ、彰の妹の口から「日本の東京のような町」なんて言葉が出てくるはずがないからな。
「私の見解は違います」
「え? ああ、そう言えば、全てを話してから女王様の推測を聞かせてくれるって話だったな」
「以前、この世界には神がいると言ったことを覚えていますか?」
「ああ」
「この世界の全てを神が創った。おかしいとは思いませんか?」
女王の言いたいことは何となく伝わってきた。
俺も同じ疑問を抱いていた。
この世界の神はエルフと魔族を創った。そして、人間と魔物を創った。
それが何をもたらすか、考えられないようなものが神だと思いたくない。
「伝説の武器と魔王の関係もそうですが、この世界を創った神は平和な世界を望んでいない。争いの果てに待つものは平穏ではなく終焉です。そして、再び始まる」
「救世主が世界を平和にすることを神が許さないのか?」
「……私は、神こそが救世主であり、救世主こそが神であると思っています」
言葉が出なかった。
それはまた大胆な仮説だ。
「どうしてそう思う? いくら何でもそれじゃやってることがメチャクチャだと思うが……」
自分の創った世界で暴れて破壊しておきながら、また再生させるってことになる。
何がしたいのかさっぱり理解できない。
「事実を客観視した結果です。魔王という存在を創りだした神であるならば、数を減らすことも不可能ではないと」
「理屈としてはわからなくもないけど……」
「そして……これまでは異世界と表現してきましたが、ウォルカ王国の町は神の世界を模倣したものだと思っています」
「神の世界? 異世界が……?」
「私は異世界――神の世界へ行くことができれば、この世界の終焉と再生を止められると考えたのですが……不可能でした」
異世界に転移させる道具というか、兵器は彰の世界にある。
AIならそのデータを見せることも出来ないだろうか。
再現できても、思惑通りに彰の世界へ行けるかどうかはわからないが。
「手がかりは、見せられるかも知れない」
「いいえ、無駄です。どんな道具を使っても、新たな魔法を創りだしても、私たちはこの世界の運命からは逃れられない」
「やってみなければ、わからないだろ」
「わかっています。私は世界の終焉と再生を見た時に悟ったのです。私たちと神の世界は次元が違うと」
そう言えば、あの兵器も“異次元砲”と言っていた。
妙な一致だ。
「最後に、重要なことをお教えします」
「まだ何かあるのか?」
「今までの話は全てのエルフに伝えていることです。これからお伝えすることは、まだ誰にも話していません」
そこまで言うとマーシャは跪いた。
「女王様、そのような話を私まで聞いてよろしいのでしょうか?」
「構いませんよ。あなたは、魔王であろうとも差別しなかった。私と同じように」
「……女王様、それは一体……」
冷静なマーシャが珍しく、動揺していた。
俺は女王の口ぶりからわかったことがある。
「ヨミ以外の魔王と会ったことがあるんだな」
「……ええ、彼は私と同じく世界の終焉と再生を記憶していました。だから、共に誓ったのです。この世界の命を救う方法を手に入れると――」
きっと、そいつは人間と戦わない魔王――アスルの父親、フェラルドだな。
「そ、そんな!? 女王様は、すでに魔王と関わっていたのですか!?」
「私は常に、この世界に生まれた命を救うために行動しています。そのためならどんなことでもする覚悟ですよ」
女王の瞳は決意に満ちていた。
狼狽えていたマーシャもすぐに落ち着きを取り戻すほど、冷静で……冷徹な瞳に見えた。
どんなことでも、か。
……まさか、アスルの……いや、ありえないな。
俺がアスルを助けたとき、すでに十歳ぐらいの少年だった。
再生された世界はケルベロスが暴れるあたりから始まるといっていた。
女王が魔王との子を作ろうとするには時間がなさ過ぎる。
それに、種族の違う者同士で子供が作れるのかもわからない。
「アキラさん。あなたがどこからやってきたのか、それだけが未だに不明ですが……私の知らない異世界からの来訪者であるならば、むしろ希望が持てます。ヨミさんを、必ず守ってください」
「……諦めていたのは、演技だったんだな」
「いいえ、本当にもう手はないと思っていましたよ。アキラさんに会うまでは」
「俺はヒーローに憧れるだけの人間だ。あまり期待されても困るけどな」
「それでもアキラさんは立ち上がった。私はあなたのその心を信じたいと思います」
「救世主や神様よりも、か……」
「ええ、私は同一だと思っていますが、どちらもこの世界に未来を与えてくれません」
やっぱり、この世界の運命を変えるには救世主だか神だかを何とかする必要があるってことか。
「取り敢えず、方向性は見えた気がする」
「……救世主を倒す、と言うことですか?」
「そいつがヨミを襲ってきたらな。でも、もっと簡単なことがある。まずは人間と魔族の戦いを止めればいい」
彰の妹は日本の東京のような町にいると言った。
そして、エルフたちには異世界へ行く方法はない。
つまり、この世界のどこかに俺たちの世界を模倣したような町がなければ、それを見てエルフの町を造り上げることは不可能だったはずだ。
ウォルカ王国に鍵はある。
彰の妹もそこにいることだし、やはり会いに行くべきじゃないのか?
……問題は、俺が自分の正体をわかっていないってことと、この世界の理というのも何となくしかわかっていないところだな。
「しかし、それだけあからさまに異質な町が存在するなら、そこに住んでいる人間たちは俺の世界の人間なのかな」
「いえ、私の調査ではその町に住む者たちには魔力を感じました。ですから、異世界の人間に会ったのはアキラさんが初めてということになりますね」
いきなり俺の推理が外れた。
その町にいる人間が異世界からやってきた人間なら、きっと誰かが救世主なんじゃないかと思ったのだが……。
異世界転生してやってきた人間が世界を救うなんていくらでも――。
……俺は知っている。
この知識は、大地彰のものじゃない。
彼にはそんな趣味はなかったはずだ。
だけど、何だろう……。
その事を考えると心がざわつく。
まるで、大地彰が人類に追放されたときのような胸くそ悪さに襲われる。
「どうかされましたか?」
俺が今にも吐きそうな表情をしていたからか、女王は優しく聞いてきた。
このことは今は考えない方がよさそうだ。
本当の俺の記憶に関係がありそうだが、体調が整っているときに考えるべきだろう。
「あ、いや……女王様が俺に希望を見出したのはなぜだ?」
救世主は世界を救うが、同時に世界を終わらせてしまう。
それが意図されたものなのか、あるいは救世主自身も理解していないのか、それはそいつに会ってみなければわからない。
ただ、終焉と再生を目の当たりにしてきた女王にとっては、救世主の出現は世界の終焉と同じ意味を持つ。
警戒するのも理解は出来るが、そいつが現れなければ勇者と魔王――人間と魔族の戦争は終わらない。
そして、俺には魔王は倒せても数を減らすことは出来なかった。
どこに希望があると言えるのか。
「……アキラさん。この町を見て何か気付きませんか?」
質問には答えずに、別の質問をぶつけてきた。
俺の質問に答えられないわけじゃないと思う。
女王のことだから、きっと何か意味があるんだ。
「何かと言われても漠然としすぎているが……住んでる人――エルフが少ないってことと、町がやたら広いってことかな……」
「この世界の電気道具はアキラさんの世界のものと同じでしょうか?」
「俺にも使えるし、同じといえば同じじゃ……」
そこで俺はAIが町を見ていったことを思い出した。
――『ここの町並はどことなく“平成”のような空気を感じさせます』――
なぜその事を思い出したのか。
とても重要なことのように思えるが、その正体は掴めない。
朧気に見えているような気もするが、霞がかかったようにはっきりとはわからなかった。
「アキラさん。あなたの持つ、ネムスギアのような道具は見たことがありませんでした。改造するときにデータを見させていただいて、それが異質な存在であると確信しました。それが、あなたに希望を見出した理由です」
そりゃそうだろう。
ネムスギアは彰の親代わりになった博士にしか開発できなかったのだから。
各国政府にデータを渡してもそのコピーすら作れなかった。
エルフにだって……。
いや、女王なら作れるんじゃないか?
時間制限付きでも博士の施設を再現できたのだから。
「ネムスギアに希望があるなら、同じ物を作れないのか? この町みたいに」
「……まず、あの設備を私たちの技術でコピーすることが出来ません。魔法による物質化は維持に魔力を使いますし、あれほど複雑な設備ともなると解体して部品を一つ一つ確認するだけでもどれだけかかることか……」
「車まで再現できたのにか?」
「それよりも優れた技術であると言うことです。それに、万が一同じ物が作れたとしても、適合できるものがいないでしょう」
「適合出来ない?」
「アキラさんのお父様はそのために亡くなられたとAIに教えていただきました」
「そうだ。ナノマシンの制御システムを体に入れることが出来なかった」
「恐らく、私たちにも同じことが起こると言えます」
「どうして? 試してみなければわからないと思うけど」
「いいえ、ナノマシンのデータを見て理解しました。これは、全てあなたが使うために調整されている。アキラさんのお父様が使えなかったのは当たり前のことだったのです。あなたのために造られたものを無理矢理使ったことがナノマシンの暴走を許すことになった」
彰の記憶がフラッシュバックする。
博士と一緒にネムスギアの調整を手伝っている。
俺は――いや、彰はいつも進んで実験を手伝った。
記憶を失った彰には専門的な知識はない。
技術的なことでは博士を助けることは出来ないから、博士を信じて言う通りに実験を繰り返す。
いつも、俺の体を使って調整していた。
彰とナノマシンの相性がいいと言っていた。
違う。
博士の体を使って調整することは不可能だっただけだ。
俺に、できるはずがなかったから。
完成したネムスギアは俺専用のものだった。
博士と同じレベルの科学者がいたとしても、制御装置を博士に取りつけるのが不可能だったのは、そういう事情があったからだ。
妙に落ち着いている。
彰はその事に気付いていなかった。
だけど、俺はその事を知っていた。
サバイバルギアの時と同じだ。
なぜか大地彰の裏事情について、俺は知っている。
こればかりはAIやエルフ、それに彰の妹に聞いても答えは出ない気がした。
俺の正体に関わることはきっと、俺が思い出さなければならない。
決意を新たに女王を見ると、大きく息を吐いて玉座に腰を降ろした。
「私が記憶していることはこれで全てです。アキラさんには、理解していただけたでしょうか?」
「……だいたいわかった。魔王が死んで戦争が終結すると、世界が終わるんだろ?」
「そうですね」
「だったらこの世界は終わらない。もし、本当に救世主とかいう奴が現れたとしても、魔王が滅びることはないからな」
ヨミの腰を抱き寄せる。
「ア、アキラ……」
今まであれだけアプローチしてきたのに、たったそれだけのことで顔を赤くさせていた。
「ヨミを殺そうとするヤツは何者であっても俺が許さない」
「……相手が、神であったとしても、ですか?」
「え?」
――神?
「アキラさんは救世主について、どう思っていますか?」
「俺や妹のように異世界から来た誰かじゃないのか? だから、俺のことも調べたんじゃないのか?」
「もしそうだとしたら、魔力がないことの説明が付きません」
「それは簡単だよ。異世界で死んで、こっちの世界の人間として転生すれば良いだけの話じゃ……」
――う……。
ヤバい。
胃が逆流するような感覚。
喉に酸っぱいものが込み上げてくるようだ。
人の死はこの世界でたくさん見てきた。
彰の記憶としても、デモンとの戦いで人の死は避けがたいものだった。
だけど、これは俺自身の記憶だ。
死を直接見たわけではない。
ただ、俺は――。俺のせいじゃ――。
「アキラ!? 大丈夫ですか!?」
倒れかかった俺を今度はヨミが支える。
「……大丈夫だ」
「治療魔法が必要なら、私が――」
マーシャまで駆け寄る。
俺は二人を手で制して、立ち上がった。
「体調が悪いんじゃないんだ。精神的なものだから、きっと治療魔法は意味がない」
「そう、ですか……」
肩を落としながら、マーシャは女王の隣に戻る。
「……アキラさんは確か、記憶を失っていると聞きましたが……よほど辛い記憶のようですね」
女王の言っていることが、大地彰の記憶のことなのか、それとも俺の記憶のことなのかはわからなかった。
考えようとするだけでも気分が悪くなる。
「そうらしいな……」
としか言葉を返せなかった。
「お辛いところ申し訳ありませんが、異世界転生というのはアキラさんの世界ではよく知られていることなのですか?」
「ま、世の中に溢れるほどそう言う物語があるからな」
「物語? それは、この世界の伝承のようなものでしょうか……」
「似たようなものだと思って良いと思う」
「では、アキラさんの世界の伝承のようなことが、この世界で起こったと考えていると言うことですか?」
「そうでなければ、俺たちの世界の町がこの異世界にあることの説明が付かない」
この際どうやって町を作ったのかはおいておくとして、俺の世界の知識を持った誰かがこの世界にいることは間違いない。
そうでなければ、彰の妹の口から「日本の東京のような町」なんて言葉が出てくるはずがないからな。
「私の見解は違います」
「え? ああ、そう言えば、全てを話してから女王様の推測を聞かせてくれるって話だったな」
「以前、この世界には神がいると言ったことを覚えていますか?」
「ああ」
「この世界の全てを神が創った。おかしいとは思いませんか?」
女王の言いたいことは何となく伝わってきた。
俺も同じ疑問を抱いていた。
この世界の神はエルフと魔族を創った。そして、人間と魔物を創った。
それが何をもたらすか、考えられないようなものが神だと思いたくない。
「伝説の武器と魔王の関係もそうですが、この世界を創った神は平和な世界を望んでいない。争いの果てに待つものは平穏ではなく終焉です。そして、再び始まる」
「救世主が世界を平和にすることを神が許さないのか?」
「……私は、神こそが救世主であり、救世主こそが神であると思っています」
言葉が出なかった。
それはまた大胆な仮説だ。
「どうしてそう思う? いくら何でもそれじゃやってることがメチャクチャだと思うが……」
自分の創った世界で暴れて破壊しておきながら、また再生させるってことになる。
何がしたいのかさっぱり理解できない。
「事実を客観視した結果です。魔王という存在を創りだした神であるならば、数を減らすことも不可能ではないと」
「理屈としてはわからなくもないけど……」
「そして……これまでは異世界と表現してきましたが、ウォルカ王国の町は神の世界を模倣したものだと思っています」
「神の世界? 異世界が……?」
「私は異世界――神の世界へ行くことができれば、この世界の終焉と再生を止められると考えたのですが……不可能でした」
異世界に転移させる道具というか、兵器は彰の世界にある。
AIならそのデータを見せることも出来ないだろうか。
再現できても、思惑通りに彰の世界へ行けるかどうかはわからないが。
「手がかりは、見せられるかも知れない」
「いいえ、無駄です。どんな道具を使っても、新たな魔法を創りだしても、私たちはこの世界の運命からは逃れられない」
「やってみなければ、わからないだろ」
「わかっています。私は世界の終焉と再生を見た時に悟ったのです。私たちと神の世界は次元が違うと」
そう言えば、あの兵器も“異次元砲”と言っていた。
妙な一致だ。
「最後に、重要なことをお教えします」
「まだ何かあるのか?」
「今までの話は全てのエルフに伝えていることです。これからお伝えすることは、まだ誰にも話していません」
そこまで言うとマーシャは跪いた。
「女王様、そのような話を私まで聞いてよろしいのでしょうか?」
「構いませんよ。あなたは、魔王であろうとも差別しなかった。私と同じように」
「……女王様、それは一体……」
冷静なマーシャが珍しく、動揺していた。
俺は女王の口ぶりからわかったことがある。
「ヨミ以外の魔王と会ったことがあるんだな」
「……ええ、彼は私と同じく世界の終焉と再生を記憶していました。だから、共に誓ったのです。この世界の命を救う方法を手に入れると――」
きっと、そいつは人間と戦わない魔王――アスルの父親、フェラルドだな。
「そ、そんな!? 女王様は、すでに魔王と関わっていたのですか!?」
「私は常に、この世界に生まれた命を救うために行動しています。そのためならどんなことでもする覚悟ですよ」
女王の瞳は決意に満ちていた。
狼狽えていたマーシャもすぐに落ち着きを取り戻すほど、冷静で……冷徹な瞳に見えた。
どんなことでも、か。
……まさか、アスルの……いや、ありえないな。
俺がアスルを助けたとき、すでに十歳ぐらいの少年だった。
再生された世界はケルベロスが暴れるあたりから始まるといっていた。
女王が魔王との子を作ろうとするには時間がなさ過ぎる。
それに、種族の違う者同士で子供が作れるのかもわからない。
「アキラさん。あなたがどこからやってきたのか、それだけが未だに不明ですが……私の知らない異世界からの来訪者であるならば、むしろ希望が持てます。ヨミさんを、必ず守ってください」
「……諦めていたのは、演技だったんだな」
「いいえ、本当にもう手はないと思っていましたよ。アキラさんに会うまでは」
「俺はヒーローに憧れるだけの人間だ。あまり期待されても困るけどな」
「それでもアキラさんは立ち上がった。私はあなたのその心を信じたいと思います」
「救世主や神様よりも、か……」
「ええ、私は同一だと思っていますが、どちらもこの世界に未来を与えてくれません」
やっぱり、この世界の運命を変えるには救世主だか神だかを何とかする必要があるってことか。
「取り敢えず、方向性は見えた気がする」
「……救世主を倒す、と言うことですか?」
「そいつがヨミを襲ってきたらな。でも、もっと簡単なことがある。まずは人間と魔族の戦いを止めればいい」
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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