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変身ヒーローと未知の国

誤解と争いの火種

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 俺は二人の間に立った。
 もちろん、ヨミを守るように。
「いや、だから。ヨミは人を襲ったりしないし、エルフだって誰も攻撃してないだろ。それでも戦うなら、さすがに俺が止めるぞ」
「そんな……アキラさんは魔王にそこまで心を奪われているのですか? だから私の気持ちにも応えていただけないのですね」
 ここまで話がこじれると、さすがにこの茶番も決着を付けておかないとややこしいことになるか。
「ヨミ、今から聞かせる話で怒ったりするなよ」
「はぁ……」
「マーシャ、俺が好きだということがただの演技であることはもうわかってるんだ。女王の命令で俺の監視役をやっていたから、俺の気を惹こうとしたんだろ?」
「え……」
 さすがのマーシャもこれには目を見開いて驚いていた。
 AIが気付くまで俺は演技だと思っていなかったから、ずっと騙せていると思っていたんだろう。
「もう好きでもないのにその気があるようなふりはしなくてもいい」
「ふり? いいえ、私はアキラさんのことを好きですよ」
 キョトンとした表情で言うから調子が狂う。
 もう全てはっきりしているのに、まだ惚けるつもりなのか。
「だから、それは俺を監視するために、そういう演技をしたんだろ」
 監視対象に信頼されれば仕事がしやすくなる。
 AIからの警告も、そういう意味だと思っていた。
「……話が噛み合いませんね。アキラさんは何か勘違いをしています」
「勘違い? マーシャが女王の命令で俺を監視していたことは事実だろ? ってことは、ずっと俺を騙していたってことじゃないか」
 それについて怒る気はなかった。
 倒れていた俺の面倒を見てくれたことは確かだし、それが好意か思惑かの違いだけで、看病してくれたことも否定するつもりはない。
 感謝こそしても、それを咎めるようなことではない。
 ごく当たり前のことだ。
 どこの誰かもわからない人間を、女王の命令だけで面倒を見るようにいわれたら、誰だってそんな人間に好意を抱くはずがない。
「……アキラさんはご自分のことを過小評価されているようですね……」
「え?」
 冷静なマーシャの表情はほとんど変わっていないのに、哀れみの目を向けられているような気がしてドキッとさせられた。
 心の中を見透かされたような気になる。
 自分が大地彰ではないとわかるにつれて、自信がなくなっているのは確かだった。
「話を整理しましょう。そもそも、アキラさんは私の家の前に倒れていました」
「そこからか?」
「誤解はそこから始まっている気がします」
 マーシャはエルフの国に入れるはずのない人間の俺を見て、すぐに家を連れ込んだ。
 近衛隊の副隊長として、この事態をいち早く女王様に伝えるために。
 そして、俺の存在を報告すると、女王様は俺の監視を命令した。
 結界を破って入ってきた人間が普通の人間のはずはなかったから。
 女王様は俺がエルフにとって害のある存在であるか見極めるまでは、監視していることを悟られないように命令した。
「ほら! やっぱり、俺を騙していたんだろ」
「そこがすでに私と見解が違っています。私は本当のことを言ってはいけないと命令されていたから本当のことを言えなかっただけです。その事は、何度も申し上げたような気がしますが……」
 ……そう言われれば、情報を求めるとマーシャはそれ以上は教えられないとはっきり言っていた。
 騙すつもりなら適当なことを並べ立ててもよかったはずだ。
「そして、目覚めたアキラさんと同棲生活を送る中で、私はあなたの人柄と料理にとても惹かれました。これほど家事の得意な男性が人間の中にいたとは驚きです」
「余計な誤解を与えそうだからつけ加えておくが、俺の家事はそれほど能力が高いわけじゃないぞ。ごく一般的なレベルだから」
 むしろ、全てが完璧なはずのエルフであるマーシャが下手なだけだ。
 しかしどうやら、家事が苦手なのはマーシャだけではないらしい。
 エルフたちはみんなマーシャの意見に頷いていた。
「私たちは本来食事をしなくてもエネルギーや魔力を取り込むことが出来ます。ですからその能力を持つ必要がなかったのでしょう」
 完璧な存在であるが故に、不要な能力は与えられていないということか。
 その後も俺のことを調査するために人間界へ行っていたらしい。
 いつだったか、帰りが遅くなったのはそのためだったと言うことだ。
 女王様の命令では、人間界に泊まり込んで調査を進めてもいいと言われていたが、料理食べたさに帰ってきていたと言うから、よほど気に入っていたことが証明されてしまった。
 そして、調査が終了して俺が女王様に呼び出された。
「その時に俺はAIに忠告されてやっとわかったんだ。マーシャが俺に好意を抱いているのは嘘なんじゃないかって」
 俺はあの時にAIが指摘したことをそのまま伝えた。
 しかし――。
「アキラさんと一緒に生活を続けたいと言ったときに私の体温や動悸に乱れがなかったのは、私の性格が冷静であることも一つの原因だと思いますが。もしかしたらアキラさんはこの国から出て行ってしまうかも知れない。そんな時に、心がときめくと思いますか?」
「……どちらかというと、焦りを見せても不思議じゃないな」
「はい。ですからそれを悟られないようにだけ気を遣っていました。いくら好きでもすがりつくような不様な姿を晒したくはありませんでしたから」
 その時に女王様に冷静な視線を送ったことには何か意味があるんじゃないかと聞いたら、
「女王様は私の気持ちをよく知っていましたから、アドバイスもいただいていましたし、きっと私の行動が正しかったのかどうか確かめたのかも知れません」
 ……女王のことを思い返すと、確かにマーシャのことを聞かれたりした。
 俺がマーシャに惹かれない理由まで聞いてきたってことは、彼女なりに気にかけていたってことか。
 それじゃ、AIの分析を信じた俺が間違っていたのか?
 突然、俺の右肩にヨミが手を置いた。反射的に振り替えると、眉尻を下げて顔を横に振った。
「え? 何?」
 意味がわからなかったのでそう聞くしかなかったが、ヨミは大きくため息をついた。
「……アキラはその……そちらのマーシャさん? と同棲していたんですよね?」
 ついさっき同じ話をしたときとはまるで雰囲気が違う。
 マーシャを殺すような勢いで見ていたのに、今は哀れみとか同情とかの視線だった。
「だから、共同生活だって」
 そこはちゃんと線引きをしておかないと。
 しかしヨミはその事には触れずに話を続けた。
「あのですね。普通のことを言いますけど、女の子が命令だからといって男の人と同棲することに同意するはずはありませんよ」
「え? いや、だって。エルフにとっては女王様の命令は絶対、だろ……?」
 マーシャは気の毒そうな目を向けていった。。
「確かに、基本的には命令は遂行します。でも、全てに従わなければ命を取られるというわけではありません。人間の世界では、王様の命令には絶対なのですか?」
 俺はもう膝からガックリと落ちた。
 勝手な思い込みで、踊らされていたのは俺だけだった。
 まるでピエロじゃないか。
 そう言えば、マーシャは一緒に生活していても感情をそんなに大きく表現するような女ではなかった。
 告白されて断ったときも割と淡々としていたし、普段から冷静だった。
 体温は極端に上がったり下がったりしないし、動悸が乱れないのは当たり前のことだったんだ。
 AIの分析は間違っていたわけじゃない。
 その解釈を俺が間違えた。だから、AIを責めるのは間違っている。
 ――そう。
 博士が言っていたじゃないか。
 ネムスギアのAIにも心がある。
 そして、それは人間を模倣したもので完全なものではない。
 彰と共に成長する。だから、全てを盲目的に信じてはいけなかったんだ。
 俺とAIは常に共にある。
 確かめる必要がないからお互いを信頼しているが、他人はそうじゃない。
 お互いの心をわかり合おうと努力をしなければ信頼は出来ないし、だからといって勝手なこちらの推測で決めつけることも出来なかったはずなんだ。
 俺は、AIを信頼しているが故にAIの言うことを正しいことだと思って決めつけてしまった。
 ってことは、マーシャが俺のことを好きだと言ってるのは、本当のこと?
 言葉通りに受け取るべきことなのか?
「申し訳ありません。私のアキラはものすごく鈍感で女心のわからない人なんですよ」
 ヨミが謝っているのか挑発しているのかよくわからないことを嬉々としていって頭を下げた。
 マーシャはその事にまったく心を乱さずに無視して、俺の手を包み込むように握った。
「アキラさんの監視をするという命令に従うことと、アキラさんを好きになった私の心は別です。伝わっていなかったのなら、何度でも言います。私はアキラさんのことが――」
「あの、私の前で私の愛する人を横取りするつもりですか?」
 ヨミがマーシャの手を取って俺の手を握る。
 三人の手が繋がれて……これは一体何の輪だと思わずツッコミを入れたくなる。
「どうやら、エルフだとか魔王だとか関係なく、私たちは戦わなければならない運命にあるようですね」
「ええ、どちらがアキラに相応しい女であるのか、決着を付けましょう」
 俺の手を握る二人の手に思いきり力が入る。
 ……変身しておくべきだった。
 痛すぎる。
 折れたりしないだろうな……。
 戦う必要ない、と軽々しく言えなかった。
 俺の気持ちには答えは出ているけど、これは女二人の意地のぶつかり合いみたいなものだから、二人が納得する形で決着が付かなければならないと思った。
 ……今度は間違えていないと思う。
「ヨミ、マーシャ。まずは俺の手を離してくれないか? マジで痛い――」
 俺の言葉を遮るようにバリバリと音を立てて周りの木が倒される。
 魔族同士とエルフが戦いながらなだれ込んできた。
 ……ヨミと再会したことで忘れていたが、この辺りの森の中では至る所で戦闘が起こっていたんだった。
「話は後だな。ヨミ、この魔族たちは何なんだ? どっちも“魔王のために”とか言ってるが、森を破壊したりエルフを殺そうとしたり、ヨミが命令しているわけじゃないんだろ?」
 魔族が放つ魔法をマーシャや他のエルフが防御魔法で防ぐ。
 俺はその間にソードギアフォームを展開させた。
「当たり前です。私が魔王として覚醒してからいろんな魔族が近づいてくるんですよ。私は人間を愛しているから傷つけることは許さないと言っても、魔王の威光を笠に着たいと思ってる魔族は言うことを聞かなくて……」
「今のヨミならそんな奴ら蹴散らせるだろうに」
「人間を襲おうとした魔族はすでに何人か倒してますが、全てを倒すのは難しかったんです。私には魔族のことよりもアキラを捜すことが優先されるので」
 そう言われると、この乱戦の原因の一端は俺にもあるような気がしてくる。
「この辺りには人間はいないけど、こいつらは何で争ってるんだ?」
「今の彼らはどちらが私の側にお仕えするのが相応しいか、とか言う理由で争っているようです」
 そう言うと、マーシャたちを魔法で助けた魔族がヨミの前に跪いた。
「魔王様! 人間をも愛するというあなたの心の深さに敬服しております。是非ともあなたにお仕えして、あなたを困らせる魔族どもを黙らせたいと思います」
「えーと、どうしたら良いんでしょう?」
 ヨミは俺を見て心から困ったような顔をさせた。
「取り敢えず、ヨミに従う魔族や魔物にはエルフに手を出さないように命令してくれないか? このままじゃ見分けが付かない」
「あ、そうですね。じゃあ、あなたはそれを仲間に伝えていただけますか?」
「はい! 畏まりました!」
 魔族は嬉しそうに立ち上がり、呪文を唱えた。
「風の神の名において、我が命ずる。空の波に乗せて、声を届けよ。ハウリングウェーブ」

「「この森にいる全ての魔族と魔物よ。魔王様の命により、エルフとの交戦を禁ずる」」

 大きくはないがはっきりと耳に残る言葉。
 この場になだれ込んできた魔族やエルフたちもその言葉の内容に困惑していたが、魔族の一人が言い放った。
「構わねえ! エルフと戦わない魔王なんざいない! そんな命令に従う必要はない!」
 その言葉に同調した魔族と魔物が一斉にマーシャたちに襲いかかる。
『チャージアタックワン、クレセントスラッシュ!』
 飛び込んできた魔物と魔族を一刀両断に斬り捨てた。
「こいつ、人間のクセに――」
「ダーククロースアーマー!」
 俺に向かってきた魔物や魔族は、ヨミが直々に蹴りで粉砕する。
「ヨミ、次はヨミに同調する魔族は相手がたとえ魔族であっても攻撃してはならないと命令してくれ」
「はい!」
 ヨミの命令にさっきの魔族が従ってまた魔法で言葉を増幅して伝える。
 これで乱戦になっていても、攻撃してるのはヨミの考えを理解できない魔族ってことになる。
「最後に警告だ。従えない魔族や魔物は問答無用で殺す。ヨミが行くまでに逃げるか受け入れるか決めろ、と」
「……何だか少し……いえ、わかりました」
 ちょっとだけ躊躇いを見せたが、ヨミはその言葉も伝えさせた。
 これで見分けるのも簡単だ。
「ヨミ、取り敢えずこの森で暴れてる魔族と魔物はヨミの威光を利用しようとしてる奴らだけだ」
「ああ! そうですね!」
「それじゃ、久しぶりに行こうぜ。俺たち上級冒険者コンビの実力を見せに」
「はい!」
 センサーを頼りに次の交戦地点を探そうとしたら、マーシャが声をかけてきた。「一緒に行きます」と。
 どういうつもりなのかわからないが、俺たちはついてこれるならという条件で同行を許した。
 そこから先は、戦いと言うより一方的な殲滅戦だった。
 ただの魔族や魔物が今の俺やヨミに勝てるはずがない。
 三分の一をものの数分で倒した後は、蜘蛛の子を散らすようにヨミに従わない魔族と魔物は姿を消した。
 マーシャは風の魔法で素早さだけを極限まで引き上げてようやく俺たちの速度に追いついていたが、戦闘には参加できなかった。
 監視役としての仕事を全うしたことだけは、あっぱれと言いたくなった。

 生き残った魔族は三名。魔物は数えるのが面倒なくらい。
 ヨミは魔物には人間を襲わず、野生動物と同じような生活を送るようにと命令を出して、解散させた。
 戦いを終えて俺たちが集まったのは、町の門の前。
「あの、どうしても行かなければならないんですか?」
 ヨミはエルフの国に行くことに気乗りしない様子だった。
「誠に遺憾ですが、私も魔王の意見に同意します。魔王を女王様に会わせるなど、信じられません」
 マーシャも同じように気乗りしない様子だった。
「そうもいかないだろ、女王様には問題を解決するって言って出てきたし」
「ですが」
「マーシャは俺たちのことを見てきて、ヨミが今でもエルフにとって倒すべき相手だという結論なのか?」
「……私個人の意見を言えば、魔王は私たちや人間にとって脅威とは言えませんが……」
 マーシャがヨミのことを認めるような発言をしたら、周りのエルフたちが非難の目を向けてきた。
 前途多難という文字に襲われそうになる。
 魔物や魔族だってエルフたちとは相容れない存在だろうに、魔王だものな。
「アキラさんはフィリーさんの運転する車に乗って入り口まで送ってもらったんですよね」
「あ、ああ」
「と言うことは、扉の向こう側で待っているでしょうね……」
 人間の俺に対してもあまり態度のよくない彼女が、魔王を見たらどうなるか想像に難くなかった。
「それでも、俺は女王様との約束を守りたい」
「……わかりました。アキラさんのためですから、私が何とかしましょう。ただし、配下の魔族の方はこれ以上近づかないと約束してください」
 魔族たちはヨミの命令には絶対的に従うからその心配は必要なかった。
 俺とヨミはマーシャに続いて町へと入った。
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