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変身ヒーローと魔王の息子

帝国との会談

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 それから三日、特に何も問題が起こることなく帝国との会談の日を迎えた。
 砦にいるのは俺とキャリーとシャリオットとルトヴィナ。
 ヨミとアスルには警備の手伝いをしてもらうことにした。
 帝国にヨミやアスルの正体を知られるのは避けたかったし、成長したとはいえまだ会談に参加させたくはなかった。
 レイラは国境を遮る門へ向かった。帝国の人たちを案内するために。
 この砦から歩いて数分もかからないほどの距離だけど。
 午前十時。帝国が指定した時間になった。
 俺たちは砦の最上階。会談の場所となる会議室で待っていた。
 砦の窓から門の方を見る。
 この砦は元々帝国を監視するために立てられたものだから、ここから丸見えだった。
 両開きの扉が開き、帝国の人たちが入ってくる。
 馬に乗っていた。
 先頭を行くのは帝国の戦士だろうか。
 ここから見ていても大きな男だとわかる。
 その後ろに一組の男女。
 ……え? あれ?
 扉は閉められた。
 帝国の人は三人しかこちらに来なかった。
 警備の兵士すら一人も連れていない。
 そこまでキャリーたちのことを信じているのか?
「キャリー、帝国は会談に誰が参加するとか事前に連絡はあったのか?」
「大統領が参加するとは書かれていたけど……」
「そう言えば、帝国って呼ばれてるのに、トップは王様じゃなくて大統領なんだな。民主国家なのか?」
「そんなわけないでしょ。っていうか、そろそろ座って待ちなさいよ」
 さすがにこのままで迎えるのは行儀が悪いか。
 会議室には長いテーブルがあり、奥側にキャリーたちが並んで座っている。
 俺はそちら側の左端。シャリオットの隣りに座った。
 数分後、少し廊下が騒がしくなったかと思ったら、ノックをする音が聞こえ、レイラが扉を開けた。
「どうぞ、お入りください」
 少し頭を下げるようにして扉をくぐって入ってきたのは、先頭の馬に乗っていた大男。
 身長は二メートルくらいある。
 ゆったりとした民族衣装のような服を着ているが、筋骨隆々なのが見て取れるほどだった。
 髪は短く眉が太い。彫りの深い無骨な顔立ち。
 年齢は四十代くらいってところ。
 さっきは戦士かと思ったが、間違っていた。
 この大男は格闘家だ。それも、相当の実力者だと窺わせるだけの雰囲気があった。
 後に続いて入ってきたのは、艶やかな黒髪を頭の後ろで三つ編みにしている少女。年齢は高校生くらいだろうか。小柄で華奢。魔道士のような服装にマントを羽織っている。
 砦という場所にあまりそぐわない。どちらかというと図書室で本を読むことが趣味の文学少女のような印象を持った。
 彼女の後ろから入ってきたのも、また地味な男だった。
 黒髪の坊ちゃん刈り。清潔そうで、着ている服も派手ではなかったが貴族が着ている服のように質の良さが見て取れた。
 こちらもやはり高校生くらいのように見える。
 キャリーと一緒にシャリオットとルトヴィナが立ち上がる。
 それを見て、俺も同じようにして出迎えた。
「本日は連合国と帝国の会談にお越しいただきありがとうございます。どうぞ、お座りください」
 キャリーは頭は下げなかった。
 もちろん握手も求めない。
 目の前の椅子に手を向けて座るように促すだけだった。
「こちらこそ、再三にわたる会談の申し入れを断り続けてきたにもかかわらず、このような席を設けていただき感謝する」
 大男もそういって席の前に立ったが、こちらを眺めるばかりで座る気配を見せない。
「先に、自己紹介をすませましょうか」
 キャリーは淡々とそう言った。
 恐らく、相手が座ってから自己紹介をするつもりだったようだ。
 それだと見下ろしながらすることになるが、駆け引きの一つだと考えていいのか。
 そう言うことも事前に教えておいて欲しかった。
「私はキャロライン=アイレーリス。女王です」
 続けてシャリオットとルトヴィナが同じように伝える。
 ……ここまで王族ばかりだからどうしても場違いな感じになるが、仕方ない。
「俺はアキラ=ダイチ。あんたのところにはギルドがないようだから理解してもらえるかはわからないが、上級冒険者だ」
 地味な印象の少女と少年が眉根を寄せた。
 少しこちらを睨んでいる。
 その事に気がついたのか、キャリーがフォローを入れた。
「彼は王族ではありませんから、口の悪さには目をつぶっていただけると助かります。決して悪い人ではありませんので」
「大丈夫だ。アイレーリスの英雄の噂くらいは知っている。実際に会うことが出来て光栄だよ」
 大男はそういって地味な少女と少年に目配せをした。
「では、次は我々の自己紹介だな。俺はレグルス=ソル=ゲーテ。帝国の大統領を務めている」
 自ら大統領と名乗った。帝国の制度がどうなっているのか気になるところだが、俺が勝手に口を挟める雰囲気ではない。
 さすがにキャリーに何度もフォローさせるのも悪いし。
 次に名乗ったのは少女の方だった。
「私はカーラ=エデルガルド。帝国では国務長官を務めております」
 国務長官? 俺の世界に当てはめて考えていいものわからないが、いわゆる外務大臣のことだろ。
 高校生くらいの少女に担当させているのか?
 益々帝国の体制がよくわからない。
 最後に名乗った少年の役職も少女と同じくらい似合ってはいなかった。
「僕はジュリアス=シルヴァドール。国防長官です」
 つまり、帝国の軍隊のトップってことだ。
 俺だけでなくキャリーたちもどう受け取っていいのか戸惑っていた。
 すると、レグルスは椅子に手をかけながら聞く。
「そろそろ座ってもいいか? お互い自己紹介も終わったことだし」
「え、ええ。どうぞ……」
 改めてキャリーが促してから席に着き、俺たちも同じように腰を降ろした。
 最初に見たときはなぜたった三人しか来なかったのか疑問に思ったが、大統領に国務長官に国防長官じゃ、それ以上に相応しい人選はない。
 ただ、あまりにも風貌と役職があっていないだけで。
 妙な緊張かが漂う中、会談は始まった。
「レグルス大統領。今回はなぜ会談を申し入れてきたのでしょうか? 帝国は一貫して私からの会談の申し入れを拒否してきたはずです」
「それは書簡にも書いたはずだ。魔王について話が聞きたいとな」
 牽制や探り合いはなく、いきなり直球で返された。
 この返答はさすがに想定していなかったのか、あるいはそう言う演出なのか、キャリーは言葉を詰まらせた。
「……なぜ、私たちにその話を聞く必要があるというのですか?」
「決まっているだろう。魔王自身がお前――あ、いやいや。キャロライン女王の国に封印されていたが、解放されたと言ったからだ」
 レグルスの素顔が覗けた気がしたが、言葉を取り繕うとかよりも話の内容に意識が集中して、女王をお前呼ばわりしようとしたことなど軽く吹っ飛んでしまった。
「魔王に会ったのですか!?」
 キャリーが声を上げる。俺も同じ気持ちだったが何とか口元を手で押さえた。しかし――。
「会ったから話を聞いた。無論、撃退したがな」
 続く言葉には勝手に反応して言葉が飛び出した。
「倒したのか!?」
「いや。倒したのなら会談など申し込まんよ。取り逃がしたからまずは事情を把握したいと思っただけだ」
 レグルスの言葉からわかったことは、帝国には魔王とも渡り合える戦力があるってこと。
 そして、気になることももう一つ。
 魔王と戦ったと言うことは、魔王が帝国の人を襲ったと言うことなのか。
 それだとクランスの予想に反する。
「魔王による被害はあったのですか?」
 キャリーがすかさず聞く。だけどそれを聞いてる時点で魔王の存在は認めることになると思うんだが……。
 でもまあ、俺たちの知らない情報を持っていることは間違いないから、情報を共有するってことに決めたのかも。
「国民に被害はない。その前に撃退できたからな」
「そ、そうですか。それは安心しました」
「それで、魔王の言っていたことは本当なのか?」
 ここまで来たら今さらしらを切るというのは不自然すぎる。
 すでにクランスが考えていたような状況ではないのだから、彼との約束に固執する必要もない。
「……アイレーリス王国の地方。クリームヒルトにある鉱山に魔王は封印されていましたが、先日その鉱山の調査の時の事故で解放されてしまいました」
 キャリーは事実をありのまま明かした。
「クリームヒルト? そこは確か、以前は金華国という国の領土だった場所だな。と言うことはその存在を隠してきたのは金華国ってことか」
 レグルスはその武闘派な見た目とは裏腹に頭の回転は悪くないようだ。
 すぐにその答えを導き出した。
「キャリー、ここからは現場にいた俺から説明しようと思う。いいか?」
「……そうね。お願いするわ」
 キャリーの許可を受けて俺は立ち上がった。
「鉱山の調査を引き受けたのは俺だ。最初は鉱山から魔物が現れることの原因を調べるための調査だったのだが――」
 俺はエリーネの依頼内容から調査によって伝説の剣とそれに封印された魔王を見つけたことを話した。
 そして、俺の仲間がミスを犯して魔王を解放してしまったことも。
 可能ならば見つけ次第俺たちの責任で討伐したいと思っていたが、帝国の方に向かった魔王を追う手段が俺たちにはなかった。
 ま、最後の辺りは多少の誇張も入ってる。
 追わなかったのはクランスに言われて決めたことだったからだ。
 ただ、被害が出なかったとはいえ、魔王が人を襲ったのなら事情も変わってくる。
 俺が帝国に入るべき理由が二つに増えた。
「ふむ。アキラ殿の話はよくわかった。全面的に信じよう。不慮の事故では仕方がない」
「え? あ、そう」
 やけにあっさり俺の話を受け入れた。
 拍子抜けするくらいだ。
「伝説の剣は折れた後姿を消したのだな」
「ああ、そっちも行方知れずだ」
「それならむしろ問題はない。伝説の武器はその程度で消失したりしない。魔王が減らないのと同じように伝説の武器も数を減らすことはない。どこかで相応しいものが現れるのを待っているだろう」
 レグルスがさもそれが当たり前の常識であるかのように話した。
 伝説の武器と魔王は常に対の存在だと言うことなのか。
 聞きたいことはあるが、それよりもまず言っておくべきことがある。
「帝国は魔王と戦うってことでいいんだな。それなら、俺も戦列に加わりたい。あいつを解放してしまったのは俺の仲間だし、俺たちには倒さなければならない責任がある」
 レグルスは腕組みをしながら値踏みするような目で俺とキャリーたちを見比べた。
「ふむ。……この中で最も魔力の高いものはキャロライン女王のようだな。複合戦略魔法とやらを使いこなすというのもうなずける。単純な魔力勝負なら、俺でも勝てるかどうか……」
「大統領がですか? ご冗談を。女王などという地位にあぐらをかいているような人に大統領が負けるはずありません」
 国務長官を名乗ったカーラが鼻で笑った。
 それほど大統領の力を認めているということだろうが、馬鹿にされていることも間違いないだろう。
 カーラの目が見下しているように感じられるのは気のせいではないはずだ。
「戦いは魔力だけでは決まらないからな。そういう意味では、アキラ殿の方が脅威だと言える」
「俺が脅威?」
「ああ。アキラ殿からは魔力をまったく感じない。だが、すでに魔族を何匹も倒しているという情報は入っている。どうやって魔族を倒したのか気になるが、実際に会ってわかった。アキラ殿は多くの修羅場をくぐり抜けてきたものの目だ。どんな状況でも決して折れることのない心を感じる。たぶん、本気の俺でも勝てるかどうか……」
「そんな!? こんな奴にですか?」
 国防長官を名乗ったジュリアスが驚いた。
 大統領が実力を認めるということが、珍しいことなのだと思った。
「いやいや、世の中は広いものだ。俺も人間として能力の限界まで鍛えたと思ったが、このように強い者がいるとはな」
 大きく笑った。レグルスはもう口調を改めることもないようだ。
 それにしても、一目見て実力を見抜くレグルスの分析力の高さが逆にレグルスの能力の高さを示しているような気がした。
「そこまで評価してくれるのはありがたいが、だったら俺の力も魔族討伐に役立てるとわかるだろ。帝国と協力することもできると思う」
「レグルス大統領。私からも提案します。彼は我が国のために力を貸してくれましたが、私の保有する戦力ではありません。ただの冒険者ですから、帝国が望むなら我が国にしてくれたように協力するはずだと約束します。ですから、彼の入国を許可していただきたいのです」
 畳みかけるようにキャリーは会談の一番の目的を果たそうとしてくれた。
「それが、あなたたちの狙い? 大統領、魔王は私たちだけで倒せます。むざむざ連合国のスパイを帝国に入れる必要はありません」
 当然だけど、カーラはそう言った。
 国務長官じゃなくても、そう思うだろう。
 何しろ帝国は世界各国に戦争による統一を求めているのだから。
「お前の言うこともわからないでもないが、アキラ殿はそういうことはしないよ」
 それなのに、カーラの言葉を否定したのはレグルスだった。
「な、なぜです!?」
 掴みかかるんじゃないかって勢いでカーラが聞く。
「俺にはわかる。アキラ殿の心には俺と同じ正義を愛する心がある」
 そう言いきったレグルスに呆れているのはその場にいた全員だった。
 俺も含めてみんなポカンと口を開けている。
 ……大切な人を守りたいと思う心が正義なら、そりゃ俺にもあるだろうが……。
 なんて言うか、レグルスの言ってることはちょっと違うような……。
 よくもまあ恥ずかしげもなく“正義を愛する心”とか言える。
 それも、世界中にケンカを売ってる国の大統領が、だ。
「だ、大統領はこう言っていますが。僕も反対です。あなたの力が役に立つかどうかわかりませんし」
 すでに大統領が認めていても、だからといってその部下たちはそれを信じる気はないようだった。
 ある意味、健全な国のようにも思える。
 キャリーは歯がみしていた。
 話し合いが上手く進まないことを表情に出すのは良くないと思う。
「帝国の皆さん。あなた方がアキラくんをアイレーリスのスパイだと勘ぐりたくなる気持ちは理解できます。私の目から見ても二人の仲は近いですから」
「あの、ルトヴィナさん……?」
 キャリーがこんなところで何を言うつもりかという視線で見るが、ルトヴィナはまったくもって冷静だった。
「ですが、ご安心を。キャロラインさんは奥手でアキラくんとは特別な関係ではないので――」
「ちょっと! そんな私的なことを話す必要はありません!」
 キャリーとルトヴィナのやりとりに、帝国の人たちが面食らっていた。
 これも交渉術の演技だったらたいしたものだ。
 キャリーの表情はかなり本気に見える。
「ですからアキラくんをそのような目的で使うことはないと明言いたしますわ」
「何を言っても私は信用しません」
 カーラは頑なにそう言った。
「そうですか。でしたらその事は諦めましょう。代わりにお願いを聞いてはいただけませんか? こちらは魔王に関する情報を提供したのですから、相応の情報を求めます」
「……内容によります」
「それは承知しておりますわ。ですが、魔王ほどの機密性の高い情報ではありません。彼、アキラくんの妹が行方不明なのです。私ども連合国の力を使ってもギルドを通じても、彼の妹の情報は入ってきませんでした。捜せる場所はもう帝国にしかないのです」
 今度はジュリアスが答える。
「僕らの国に、彼の妹がいるとでも? ありえない。我が国には魔法による結界があります。魔界を封印するほどのものではありませんが、国外からの侵入に気付かないことなどありえません。魔王でさえ、そこから逃れることは出来なかったのですから」
「帝国に入って調べさせろとは言いません。方法はそちらにお任せします。私たちはただ、彼の妹の情報が欲しいだけなのです」
 キャリーは黙ってルトヴィナとカーラとジュリアスの交渉を見守っていた。
 事前準備ではここまで詳しい交渉の方法は話し合わなかったはずだが、俺の知らないところで決めていた感じはする。
 それだけルトヴィナの話の持って行き方が上手かった。
 最初にキャリーが俺を帝国に入れさせることを求めたことに比べれば、大したことないように聞こえる。
 二人ともどう答えたらいいのか悩んでいた。
「なあ、ジュリアス、カーラ。俺は彼の入国を認めたいと言っているのだが」
「だ、大統領は危機感がなさ過ぎます。我々は彼らと戦争をするつもりなんですよ」
「だから、戦争の目的を忘れるな。俺たちは勝つために戦争をしているのではない。世界を力でまとめるために戦争をしている。それは、この世界で最も強い者が世界をまとめるべきだからだ。つまり、俺はアキラ殿が帝国の大統領になっても良いと思っている」
「「「「「「はい!?」」」」」」
 レグルス大統領以外の全員の心が一致したような瞬間だった。
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