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変身ヒーローと魔王の息子

ギルドマスター

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 俺たちはキャリーに勧められて遅めの夕食を食べてから飛翔船でギルドの世界本部とやらに向かうことになった。
 飛翔船に乗るのは、俺たちに加えてキャリーと近衛隊の中から精鋭の十人が護衛として付いた。
 もちろん、ファルナも一緒だ。
 ギルドの世界本部はダグルドルドとアイレーリスの国境付近にあるらしい。
 距離的には一日もかからないだろうが、飛翔船にはキャリーのための荷物が数日分積み込まれた。
 話し合いに何日かかるかわからないからと言っていたが、旅行気分じゃないのかと勘ぐりたくなる量だった。
「それにしても、ヨミ殿とアスラフェル殿が人間ではなかったとはな」
 荷物の積み込みを指示していたはずのファルナが、甲板からそれを見ていた俺たちに話しかけてきた。
「……仕事はもう良いのか?」
「必要な指示は与えた。後三十分もしないうちに出発の準備は整うだろう」
 ヨミとアスルの正体を明かした場にはファルナとクラースもいたが、二人に対する葛藤は俺の心にはなかった。
「討伐するか? 何しろヨミは以前王国軍に討伐依頼を出されたこともあるからな」
「……そうなのか?」
「その、私は元々番犬の森の入り口辺りを住み処にしてまして……」
 ヨミが申し訳なさそうに説明した。
 それで何か思い当たったのか、ファルナは手を打った。
「番犬の森の調査に送った王国騎士団のうち何人かが、新種の魔物に襲われて森の外に放り出されたと報告があった気がする」
 さすがに近衛隊の隊長ともなると凄い記憶力だ。
 その程度のことさえも覚えているなんて。
「すみません。それ、たぶん私です」
「不思議だと思っていたんだ、魔物に襲われたのにたいして怪我はしていなかったから。しかし、ヨミ殿なら理解できる。あなたは人間を決して傷つけようとしないから。むしろ、私の仲間が住み処を荒らすようなマネをして悪かったな」
 ファルナは腰を九十度曲げ真っ直ぐに頭を下げた。謝っていても様になるところがいつ見てもずるいと思う。
「い、いえ。そんな……私も逃げればよかったのですが、あのルートを進むとオークデーモンの集団に飛び込んでしまうと思ったので、もっとちゃんと説明するべきでした」
 ヨミは恐縮するようにペコペコ頭を下げた。
 と言うことは、住み処を荒らされた報復で放り出したわけじゃなく、危ないからだったのか。
 つくづく人が良い……魔物が良いとでも言うのか?
「いや、王国騎士団が魔物の話に耳を傾けるなどありえないからな。ヨミ殿の判断は人命救助という意味でも間違いではなかったさ」
 ファルナは一つため息をついてから言葉を続けた。
「ヨミ殿やアスル殿のような魔物や魔族も他にいるのか?」
「数は少ないけど、いることはいる」
「私が討伐した魔物の中にも、話の通じるものがいたんだろうか……」
 ファルナがいい人だと言うことは信じていたが、ヨミたちを信じるとか信じないとかではなく、さらに他の魔物や魔族のことを気にしていたのか。
「これからは確かめれば良いんじゃないか?」
「そうだな……人間と同じように敵か味方かの判断はするべきなのだろうな」
 振り返って後悔することに意味はない。
 ファルナは頭が良いからすぐに俺の言葉を理解して切り替えていた。
「だが、お陰でヨミ殿とアスル殿の強さの秘密のようなものにも納得が出来た。と言うことは、アキラ殿も人間ではないのか?」
 凄い推測だが、あながち間違ってもいない。
 そう言えば、ファルナにはまだ俺のことを話していなかったっけ。
 この世界の人たちにとっては、ヨミやアスルほどの驚きではあるまい。
「ある意味、普通の人間ではない。俺は、この世界の人間じゃないんだ」
「何?」
 いつも冷静なファルナが目を見開く。
 こんなことで一本取って喜んでいる場合ではなかったが、ちょっとだけ楽しかった。
「異世界から追放されてこの世界にやってきた。妹と一緒にな」
「……それで、妹殿を捜しているということか……。しかし、何をしたら世界を追放されるのだ?」
「人類を救ったら、俺の持つ力が逆に人類の脅威になると思われた」
「愚かな……。そのような人類の世界を救う価値があったのか?」
「それは結果論なんだよ。俺は妹を幸せを守りたかっただけだ。そしたらついでに人類も救っていたってこと」
「そこまで妹殿のことを思っているならさぞ心配だろう。手がかりはあるのか?」
「ああ、この世界のどこかに……いや、たぶん帝国の中にいるんじゃないかと思ってる」
「根拠は?」
「安全な大きな都市に住んでいると連絡があった。そして、ギルドを通した情報では妹の痕跡は欠片も入ってこない」
 俺が確認できていない大都市はもう帝国にしかないと思う。
 そして、帝国にはギルドがない。
 状況証拠だけは揃ってる。
「その連絡というのは、魔法水晶のことか?」
「いや、違う。俺たちには魔法は使えない」
「では、どうやって連絡を取った?」
「難しい質問だな。妹には魔法とは原理的に違うんだけど、似たような力が使えて、それで連絡を入れてきたんだ」
「具体的にどこの都市にいるのかはわからなかったのか?」
「わかっていれば、飛翔船を手に入れた段階で直行しているよ。妹からの連絡は断片的で上手く声が届かないんだ。だから、未だに詳しい情報のやりとりは出来ていない」
「そう言うことか。このことは、キャリーにも?」
「戦争が終わった後に全て話した」
「ふむ……。それで帝国との会談に向けて躍起になっていると言うことか」
 その話、確かジェシカも言っていた。
 連合国の代表としてアイレーリスが帝国に会談を申し入れているって。
「実現できそうなのか?」
「いや、相変わらず話がしたければ戦って決着を付けよというのが帝国からのメッセージだ」
「よほど好戦的な国らしいな」
「しかし、私には腑に落ちない点が多いがな」
 ファルナは近衛隊の隊長らしく真剣な眼差しで連合国と帝国の分析を説明した。
 それによると、大陸の領土はもちろん連合国の方が広く、各国の軍隊を併せれば軍事力は連合国の方に分があるはずだと断定した。
 プラスしてアイレーリスには複合戦略魔法という切り札と、この飛翔船がある。
 普通、国家間の戦争を仕掛ける側というのは勝算があって始めるはずで、互角ではそんなことをしない。
 あの金華国も魔族の協力という力があったから、アイレーリスを超える戦力があると思って戦争を仕掛けたはず。
 今の世界情勢で、帝国が連合国と戦争をすることに意味があるとはとても思えないという見解だった。
「それじゃ、金華国にとって魔族が切り札だったように、帝国にも何かあるんじゃないか?」
「それがわかれば苦労はしないのだがな」
 苦笑いを隠すように口元を手で押さえていた。
 この様子だと近衛隊として諜報活動は行っていそうだ。
「正面以外で帝国に侵入するルートってあるのか?」
「アキラ殿、それは機密情報に当たる。アイレーリスの英雄といえど、おいそれとは話せんよ」
 わかっていたが、当然答えてはくれなかった。
「それでは、キャロライン女王陛下の準備が整ったと言うことですので、飛翔船を発進させます!」
 操縦桿を握るアーヴィンがそう言った。
「お、おお……。やはり飛翔船というものは心が躍るな」
 ファルナは先の戦争で飛翔船は体験済みのはずだが、あの時はそれどころではなかったと言うことか。
 年甲斐もなくはしゃいでいた。
「……アキラ殿、今失礼なことを考えなかったか?」
「え? いや、ファルナも飛翔船で飛ぶのが好きなんだと思っただけだ」
 こういう時の女の勘って恐ろしいものがあるな。
「空を飛ぶ魔法はまだ人間には扱えないからな。未知の世界を行く気分になる」
 頬を赤く染めて昂揚する姿は普段の美しいファルナとは違って可愛らしいと思った。

 飛翔船は半日ほど飛び続けてギルドの世界本部へ着いた。

 地理的にはアイレーリスとダグルドルドの国境に重なっている。
 中心に大きな要塞を構えたような都市にも見える。
 規模はアイレーリスの地方都市くらいの広さがあるだろうか。
 城塞の回りに建物がくっついて円のように広がっている。
 その建物も、一つ一つが防御壁のようになっている気がした。
 周りは草原が広がっていて、ギルドの世界本部だけが人工物として目立っていた。
 世界本部に横付けするように飛翔船を降ろし、俺たちは徒歩で向かう。
 っていうか、どこが入り口なんだ?
 周りを囲む建物はどれも作りが似ているので、俺には見つけられそうになかった。
 もちろん、ジェシカが先頭を迷いなく歩いて行くので、俺たちはそれに付いていくだけだ。
 入り組んだ町の路地裏のようなところに入ると、ジェシカが振り返った。
「キャロライン女王陛下。ここから先はまず冒険者の方だけしか入る許可を得ていません。申し訳ありませんが、隣の建物でお待ちいただけますか?」
 正面にある扉が入り口のようだ。
 ジェシカがキャリーたちを案内したのは右の扉の部屋。
 開けると広いが簡素な部屋だった。
 壁際にいくつもの二段ベッドが並び、窓からは外が窺える。
 これは、どう見ても兵舎か何かじゃ……。
「ギルドとしては、世界の政治に関わる方との接触は極力控えたいのです。ですから、もしご気分を悪くされたのならこのままお帰りいただいても構いません」
「別に良いわよ。屋根があるなら上等だわ。アキラなんて私に野宿をさせたんだから」
 こんなところで引き合いに出されて火花を散らされても困るんだけどな。
 話の流れからキャリーたちも一緒に来ることになったが、ジェシカたちギルド側はあまり歓迎していないようだ。
 しかし、女王がそう言いきったらジェシカももう何も言わなかった。
 キャリーは連れてきた近衛隊と一緒に部屋に入る。
 そうしてようやくジェシカが正面の扉を開けた。
「どうぞ。入って」
 扉の向こう側はいきなり階段だった。
 建物の三階分か四階分くらい上ると、今度は廊下が六つに分かれている。
 忘れもしない。
 クィンタスの伯爵の家でハイルフが俺たちに見せたものと同じ感覚を味わった。
 つまり、魔法による迷路だ。
「ジェシカ、ギルドの歓迎って言うのは――」
 振り返って聞こうとするが、すでにそこにはジェシカの姿だけなかった。
「あれ? つい先ほどまで気配を感じていたんですよ……」
 ヨミも目を丸くさせていた。
 これは、またAIに頼るしかないか。
 マッピングとセンサーを使えば攻略できるはずだ。
 AIに呼びかけようとしたらアスルが俺の前に出て指を向けた。
「兄ちゃん、こっちだ」
「わかるのか?」
「さっきのジェシカという人の気配ならもう覚えた。そんなに遠くにはいないよ。たぶん、オレたちが追いつくのを待ってる感じだ」
 俺はヨミと目を合わせた。
「ヨミには、わかるか?」
「……言われてみれば、そんなような気も……」
「オレの特性は闇と光だから、こういう目くらましのようなトリックは効果がないんだと思う」
 魔法による迷路をそこまでコケにするとは。
 そこまで言うならもう任せても良いと思った。
 アスルを先頭にして廊下を進む。
 さらに、階段を下りたり上ったり、曲がり角の数も進むたびに増えていく。
 それでも、アスルは一度も振り返ることはなかった。
 そして、さらに階段を上ったところで、一つの扉の前に辿り着いた。
 アスルがノックをすると、中から男の声で呼びかけてきた。
「どちら様でしょうか?」
「えーと、中級冒険者のアスルです。それと、上級冒険者の兄ちゃ――アキラさんとヨミさんです」
 呼び慣れない言い方にこっちの背中がむずかゆくなるようだったが、アスルはちゃんと答えた。
「どうぞ、入ってくれ」
 そう言われて、アスルは扉のノブを捻った。
 日の光が正面から俺たちを照らす。
 眩しさを抑えるように手で光を遮った。
 周りを見ると、そこは謁見の間のように広い部屋だった。天井も高い。
 真ん中に真っ直ぐと敷かれた絨毯。
 その先にはギルドの代表者の部屋で使われている机と同じものがあった。
 壁をよく見ると、それは全て本棚になっていた。
 端から端までぎっしりと並べられていて、ハシゴまで用意してある。
 正面の壁だけが大きなガラスになっていてそこから光が取り込まれる設計になっている。
 だから、この位置だとちょうど机の前に立っている人物が逆光で姿がわからない。
「ジェシカさん、カーテンを閉めてくれ」
 男の声が聞こえると、ガラスの上から滑り落ちるようにしてカーテンが下がった。
 そして、部屋に明かりが点る。
 ランプのように見えるが、魔法の光であることは明白なほど明るかった。
「初めまして。ギルドマスターのクランス=ルタルスと言います」
 拍子抜けするほど普通の人だった。
 顔に特徴はない。ありふれた容姿で、いわゆるモブ顔。髪は坊ちゃん刈りで清潔そう。
 年は二十代くらいに見えるが、ギルドマスターと呼ばれる存在がそんなに若いわけはない。たぶん三十代なんだと思う。童顔であることが特徴と言えば特徴か。
 背は百七十はある。
 魔道士のようなゆったりとした服装にマントを羽織っているが太っているようには見えなかった。
「初めまして。俺はアキラ=ダイチだ」
 俺に習ってヨミとアスルも挨拶をする。
「正直なことを言えば、君たちのことは初めてとは思えないんだ。何しろ、君は世界中のギルドを巻き込んで面白い魔法水晶の使い方を見せてもらったから」
「……勝手なことにギルドを使ったことは……」
「ああいや、謝る必要はないよ。大変勉強になった」
 クランスは手を出して俺の言葉を遮った。
「さて、それじゃあ本題に入ろうじゃないか」
 腕を組みながら品定めでもするような目をヨミとアスルに向けていた。
「君たちが無限回廊を攻略している間に、ジェシカさんから話は聞いている。ヨミさんは魔物でアスラフェルくんは魔族だそうだね」
「はい」「ああ」
 ヨミとアスルは揃えたように神妙な顔つきで頷いた。
「結論から言おう。俺は人類の平和を守ろうとするものは歓迎する。たとえ、魔物であろうと魔族であろうと。特に、君たちの行動と功績には目を見張るものがある」
 あっさりとクランスはそう言いきった。
 緊張していたのが嘘みたいだ。
 魔物の討伐を仕事として確立させているギルドのトップがそんな柔軟な考え方を持っていることは純粋に驚いた。
「だが、このことはあまり声高には叫ばない方が良いと思う」
 喜んでいたのが表情に出ていたのか、水を差すように真面目な顔で釘を刺してきた。
「ギルドマスターが認めてくれたというのはダメなのか?」
「悪いが、世の中には信用のできない人間も少なからずいる。俺は、そいつらに隙を突かれるようなことはしたくない。だから、君たちのことは認めるが、このことは信用できる者にだけ情報を共有したい」
「信用できない人間がいるのに、それでもヨミとアスルのことは信じてくれるってのか?」
「行動に勝る言葉はないと言うことだ。君たちは人類を守るために良い仕事をしてくれている」
 そこまで言われたら、ギルドマスターという立場を利用するようなマネはできないな。
 彼の言う通り、ヨミとアスルの正体は今まで通り信頼できる者にだけ明かすことにするべきだろう。
 元々、俺の考えもそれに近かった。
「それじゃ、次の話に移りたいんだが、ここにキャリーたちを呼んでもいいか? 今度は魔法の迷路は無しですぐに話をしたい」
「……魔王の処分について、か。わかった。話し合いには応じよう。ただし、俺が政治を行うものと直接話をするのは例外中の例外だと思ってくれ。アキラさんの頼みだから、と言うことにして欲しい」
「どうしてそこまで嫌っているのかはわからないけど、キャリーはそんな嫌な奴じゃないぜ」
「人柄の問題ではない。権力者層に関わるとろくなことにならないと知っているからだ」
 それは俺の方が身にしみてよく理解していると思うが。
 クランスにも何かあったんだろうか。
 それを知ることよりも、話しを進めることの方が先か。
 俺はヨミとアスルに頼んでここにキャリーたち一行を連れて来てもらうことにした。
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