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変身ヒーローと魔王の息子

ヨミの怒りと涙の意味

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 アスルが目を覚ましたのは丁度外へ出たときだった。
「ん……あれ? ここは……?」
 頭の後ろから寝ぼけたような声が聞こえてくる。
「目が覚めたか?」
「え!? 兄ちゃん!?」
 驚くと同時にジタバタ暴れるから危うく倒れそうになった。
 これだけ元気ならもう安心だが、さすがに今回は言っておかなければならないことがある。
「お、降ろしてくれよ! ガキでもないのにおんぶなんて、恥ずかしいぜ!」
「わかってるよ。そんなに暴れるな」
 務めて冷静に言いながら、しゃがんでアスルの足を地に降ろす。
「アスル、なぜ――」
 そのままアスルの目線で目を見ながら叱ろうと思ったら、俺の視界がタイトスカートに塞がれた。
 ……これって、ヨミの尻……。
 いや、何でそんなものを凝視してるみたいなことに……。
 バチンと大きな打音が響いた。
 アスルが地面に倒れている。
 思わず俺も自分の頬を押さえたくなるほどの一撃だった。
「アスラフェルくん、立ちなさい」
 今まで聞いたことがないくらい低い声でヨミが言う。
 俺もその場で気をつけの姿勢で固まってしまった。
 アスルは頬を抑えながら涙目でヨミを見上げていた。
「ね、姉ちゃん……」
「立ちなさい」
 有無を言わせぬ威圧感は、まるで魔王のような寒気さえ感じさせる。
 アスルはゆっくりと立ち上がった。
「どうして私が怒っているのか、わかりますか?」
「……オレが、勝手なことをしたから……?」
「いいえ、違います」
 ピシャリとヨミは即座に否定する。
「……伝説の武器を破壊して魔王を解放したから? それとも、魔王を倒せなかったから?」
「いいえ」
 アスルの告白に俺は驚きを隠せなかったが、ヨミはまったく動じていなかった。
 そして、アスルの体を優しく抱きしめながら答えを教えた。
「私たちを心配させるようなことをしたからです。もし、アスラフェルくんが死ぬようなことがあったら、私もアキラも悲しむと言うことを決して忘れないでください」
「う……うん……うわああああああああ……!!」
 アスルの瞳から堰を切ったように涙が溢れた。
 ヨミも同じだ。
 二人があまりに泣くものだから、アスルを怒る気なんか一気にどっかへ行ってしまった。
 取り敢えず、生き残った。
 今はそれだけで十分か。
 泣き続けて泣き疲れたのか、声がしなくなったと思ったらいつのまにかアスルはヨミの胸の中で寝息を立てていた。
 まったく、ナノマシンで体は復活したのにまた眠るとは。
 しかも、ヨミの胸を枕代わりにするとはけしからん奴だ。
「気を張っていたのだと思います。体は治っても、心が落ち着くまでは寝かせてあげましょう」
 ヨミはまるでアスルの母のように抱っこをしながらそう言った。
「アキラも疲れているでしょう。今日はもう休みませんか?」
「そうね……その方が良いわ。キャロライン女王陛下とジェシカさんには私から説明しておくわ」
「悪いな」
「でも、目が覚めたら覚悟しておいてよね。きっと、忙しくなるわ」
 伝説の武器の消失。
 魔王の復活。
 あまりに大きすぎる話だ。
 翌日からの行動に備えて、俺たちはエリーネに甘えさせてもらうことにした。
 エリーネには一人一部屋与えられていたが、俺の部屋のベッドに三人川の字になって寝た。

「兄ちゃん、姉ちゃん。起きてくれ」
 俺の体が揺さぶられる。
「何だよ……」
 目を擦りながら辺りを見回すと、ヨミも同じように寝惚け眼だった。
 ベッドの脇でただ一人まっすぐ立っていたのはアスル。
 ……なんか、少し背が高くなってないか。
 ほんの数日前まで、もうちょっと幼い感じだったのに。
 今は中学生くらいに見える。
「これも、ナノマシンの影響か?」
『と言うより、魔物……いえ、魔族の特性では? ヨミさんも激しい戦いの後に強化されてきましたし』
 俺のつぶやきに答えたのはAIだった。
 そう言えば、どこかの戦闘民族みたいな能力があったっけ。
 それで肉体まで成長したってことか。
『アスルの魔力も一段階強化されたように見受けられます。以前より安定性が増しているのかも知れません』
「それじゃ、逆に魔族であることを隠しきれなくなるかも知れないな……」
「それは、大丈夫だと思いますよ」
 すっかりヨミは目覚めたのか、ベッドから起きてアスルを見つめていた。
 俺もベッドから降りる。
「何が大丈夫なんだよ」
「私もアスラフェルくんも魔力を操るタイプの魔族のようですから、完全に制御できるなら私のように自在に魔力を上げたり下げたり出来るはずです」
「……私のようにと言われても、ヨミがそうしてきたことさえ初耳なんだが……」
「え? 言ってませんでしたか? アキラは私の正体を知られることを危惧されていたので、魔物であることがバレないように常にそうしてきたのです」
 俺の意向を忖度してくれたわけか。
 結局のところ、俺には魔力なんてものがよくわからないから何をしていても気づけないんだよな。
 もちろん、AIはセンサーによって魔力を感知しているから把握していたんだろうけど。
 それを聞いても意味はないんだ。
「姉ちゃん、それだけじゃない。あの、エリーネの見せてくれた本のお陰で魔法もだいたい理解できた。ただ、オレの特性上使える魔法は光と闇の二つだけみたいなんだ」
 なんだなんだ。アスルの奴、口調もちょっと子供っぽさが抜けてないか。
 魔族の成長ってのは、いきなりすぎて付いていくのが大変だ。
「光と闇、相性の悪い神の魔法に特化しているんですね」
「たぶん、そのせいで以前のオレには上手く使えなかったんだと思う」
 よくわからない話をされても眠気に襲われるだけだ。
「どうでもいいけど、魔法の講義がしたいならもう少し寝かせてくれてもいいだろ」
 俺がベッドに向かおうとしたら、アスルが俺の肩に手を伸ばした。
「……兄ちゃん。オレ、ちゃんと話したいことがあるんだ」
 真剣な眼差しは、もう子供ではなく男としての覚悟が見えるような気がした。
「まずは、昨日のこと。ごめんなさい」
 腰を九十度曲げて惚れ惚れするくらい綺麗に頭を下げた。
「まあ、その事はヨミがちゃんと怒ったし、アスルも理解したみたいだから蒸し返す気はないよ」
「だけど、オレの気が済まない。本当に軽率な行動だったと思う」
 真面目な話をしているのに、アスルの口からそんな言葉が飛び出したかと思おうとなぜか笑いが込み上げてきそうになる。
 なんて言うか、覚え立ての敬語を格好付けるために使い始めた中学生を見ているかのよう、と表現すればわかってもらえるだろうか。
 なんかもう全てがアンバランスだった。
「……兄ちゃん?」
「アキラ、アスラフェルくんが真面目にお話ししているんですから、ちゃんと聞いてあげてください」
 ヨミはアスルの味方なのか。と言うか、昨日からまるで母のような振る舞いだ。
「コホン、わかったから続けてくれ」
 咳払いで何とか笑い声を押し込めて向かい合った。
 ヨミを本気で怒らせると怖いし。
「オレは舞い上がってたんだと思う。エリーネの本のお陰で魔法を理解してそれを使えるようになったから試してみたくなったんだ」
 エリーネがアスルに渡したのはエリーネが書いた魔法の教科書だ。
 それを読んだだけでアスルの魔法を開眼させたのだとしたら……。
 あるいは、アスルの吸収力が高いのか。
 どちらも優れていたという可能性が一番高いか。
「それで魔法を使ってみたかったってわけか」
 わからないでもない。
 俺だって魔法なんてものが使えたら、取り敢えず使ってみたくなるだろう。
「兄ちゃんたちを探すためだって自分に言い聞かせて、鉱山に向かったんだ」
 そこでアスルは鉱山の奥にとてつもない魔力を感じ取った。
 もうその時点で俺たちを捜すって目的はどっかに消えてしまったらしい。
 魔族の本能なのか、それとも魔王の器としての運命なのか。
 アスルは何かに導かれるようにして鉱山の最深部に辿り着いた。
「だけど、あのゴーレムが邪魔をしただろ」
「うん。ゴーレムは確かに厄介だった。だけど、ゴーレムが伝説の武器と共鳴してることに気がついたんだ」
「え!?」
 そうだったのか?
 いや、確かにゴーレムも伝説の武器と共に存在するとは言っていたけど。
 こういう時に限ってAIはだんまりだった。
 気づけなかったんだな。
「だから、伝説の武器を破壊した。封印されている状態じゃ、それほど難しいことじゃなかったんだ」
 そして、伝説の武器が破壊されたことで魔王の封印も解放された。
「オレが使える中でも一番強い複合魔法、エターナルフルストライクでも、傷を付けるのが精一杯だった」
 どういう魔法なのかは実際に見せてもらわなければわからないが、その魔法に全力をかけていたので、アスルにはもう魔王の攻撃を防ぐことも逃げることも出来ず――。
 話を聞いただけでも魔王の強さばかりがはっきりしていくだけだった。
「オレは取り返しの付かないことをしてしまった。もっとよく考えて行動していれば、いや、兄ちゃんたちを大人しく待っていればこんなことにはならなかったはずなんだ」
 悔しそうにそう言うアスルを見て、俺はアスルの両肩に手を置いた。
「アスル、後悔をしても意味はない。俺たちにはやるべきことがあるはずだ」
「うん。わかってる。オレは、あの魔王を倒す。それ以外で自分の過ちを正す方法がないんだ」
 アスルの伝えたいことっていうのは、それだったんだ。
 全部わかってるんじゃないか。
 それじゃ、俺から言うことは何も……。
 あ、いや。一つだけあったな。
「アスル。お前は一人で魔王を追いかけるつもりらしいが、それは許さない」
「どうして!? これはオレの問題だ! 兄ちゃんたちには関係ない!」
「俺たちは仲間だ。仲間のミスをカバーするのは当たり前だろ」
「そうですよ。少しは成長したかも知れませんが、アスラフェルくんはまだ子供なんですから、親である私たちを頼ることは悪いことではありません」
「ヨミ、どさくさに紛れて妙なことを言うな。俺はアスルの親になったつもりはない。あくまでもこの世界における保護者だ。それに、私たちって言葉にも大いに誤解が含まれている」
「そうでしょうか。私たちはもう家族のようなものだと思いますけど」
「待て待て。その場合、誰がどの役割なのか非常に気になるところだぞ」
 せっかく上手くまとまりかけた話に、ヨミが水を入れるようなことをしれっと挟み込んできた。
 さすがに無視できず、問い質すしかない。
「それはもちろん、私が母で」
「いや、やっぱり言わなくていい。はっきりさせる方が面倒なことになりそうだ」
「アキラが――」
「だから!」
「アハハハハハッ!!」
 俺がヨミの口を塞ごうと掴みかかったら、アスルが声を上げて笑った。
「兄ちゃんも姉ちゃんも、こんなにヤバいって説明してるのに、いつもの通りなんだな」
 その言葉に少しだけ安心した。
 さっきまでの勢いじゃ、俺たちを出し抜いてでも一人で魔王を追いかけていきそうな雰囲気だったから。
「……少しは頭が冷えたか? 言っておくが、今度俺たちを無視して魔王と戦いに行くなんて言ったら、ヨミじゃなくて俺が本気でぶっ飛ばすからな」
「うん。ありがとう。でも、今の兄ちゃんじゃ、オレには勝てないんじゃないかな?」
「え?」
 冷や汗が背中を伝う。
「そうでしょうね。私の時と同じです。きっと、アスラフェルくんを助けるためにエネルギーをたくさん消費したのでしょう」
 こいつら、俺が一週間変身できないことを見抜いてるのか。
「安心しろよ。兄ちゃんが戦えない間は、オレと姉ちゃんが守るからさ」
 まったく、本当にアスルも成長したんだな。
 こうなると素直に礼を言うよりも少しからかってやりたくなる。
「言ったな。それじゃ、エリーネとキャリーとジェシカへの話もお前がしろよ」
「え!?」
「あいつらに話すのはきっと、魔王と戦うよりも大変な戦いになるぞ。覚悟しておけよ」
「……そ、それは兄ちゃんに任せる」
 そう言ってヨミの背中に隠れて小さくなってしまった。
 まあ、逃げなければそれでいいか。
 俺たちはそのままエリーネの部屋へと向かった。

 途中でイザベラに会ったので、まずはエリーネが起きているか確かめると、俺たちを呼びに行く途中だったと返された。
 つまり、先に起きているということだ。
 ……寝ていない可能性もある。
 エリーネの部屋をイザベラがノックする。
 中からの返事は眠そうではなくはっきりした声だった。
「アキラ殿、ヨミ殿、アスラフェル殿をお連れしました」
「入って頂戴」
 エリーネの部屋には俺たち三人だけが入った。
 イザベラは扉を外から閉めてしまう。
 そして、部屋の中に目をやるとそこにはジェシカもいた。
「おはよう、アキラくん」
「挨拶はいいよ。本題から入ろう。俺の不注意で魔王が解放された。伝説の武器も行方不明だ。責任は俺たち三人で取る。魔王を討伐する。そのための情報提供を求めたい」
「そう。すでに覚悟は決めているというわけね」
 その声はエリーネでもジェシカでもなかった。
 聞き覚えはあるが、どこから……。
 エリーネの机の上で魔法水晶が輝いている。
 その中に映し出されていたのは、キャリーだった。
 少し考えれば当然のことだった。
 魔王のことを女王に話さないわけはない。
「キャロライン女王陛下。私はアキラくんの話を聞いて直接確認したいことがあります」
「それは、すでに窺っているギルドの方針に関わることなのですね」
「はい」
 ジェシカとキャリーは議論をしているかのように火花を散らせているように感じられた。
「アキラくん、伝説の武器は行方不明なのね?」
「ああ、アスルを見つけた場所にはなかった」
「土砂に埋まった可能性はないと言い切れる?」
「ゴーレムの姿もなかった。伝承やゴーレムの話を信じるなら、ゴーレムは伝説の武器と共にあるんだろ。つまり、間違いなくあの場所には伝説の剣は存在しない」
「論理的で良い答えだわ」
 ニヤリと口角をあげてジェシカは魔法水晶に向かい合う。
「キャロライン女王陛下。ギルドの知識では魔王は伝説の武器と共に存在する。伝説の武器が所在不明であるなら、魔王も脅威にはなり得ない。つまり、ギルドの方針はすでに説明している通り、静観に徹するべきだと進言します」
 自信たっぷりに言ったジェシカの言葉に驚かされたのは、俺たちだけだった。
 ギルドの方針はすでに夜を徹して三人の議題になっていたと、エリーネは説明してくれた。
 もちろん、キャリーとエリーネは反対したが、ジェシカは……と言うよりギルドはその方針を変える気はないようだった。
 エリーネやキャリーが元気だったのは、夜を徹して議論したことによる妙なハイテンションのせいだったのだ。
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