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変身ヒーローと異世界の国々

上級冒険者の意味と伝承

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 受付嬢は俺の返事も待たずに奥の階段へと向かってしまったので追いかけるしかなかった。
 ギルドの構造はどこも同じだからどこへ連れて行くつもりなのかは聞くまでもない。
 俺たちは最上階の奥の部屋。つまり代表者の部屋へと通された。
 応接セットや代表者用の机など、当たり前のように今まで見てきたものと同じものが使われている。
「あなた、アキラさんたちをお連れしました」
 黒い革の椅子に座っていた男に受付嬢が話しかけていた。
 彼が代表者だろう。
 男らしく精悍な顔つき。鋭い眼光でこちらを見ている。
 立ち上がると、背は百八十くらいあった。
 俺よりもよほど大きい。
 引き締まった体つきも服の上からでもわかる。
 彼は受付嬢を伴って俺たちの前に来た。
「ようこそホルクレストのギルド本部へ。俺がここの代表者。ハグラム=ヒルドールだ。そして、こっちが俺の妻――」
「ダリア=ヒルドールです。よろしくお願いします」
 そう言って深く頭を下げた。
「え? 夫婦なんですか?」
 呆気にとられていると、ヨミが聞き返した。
「はい、一緒に冒険者をやっていたのですが、引退して結婚したんです」
「素敵です! 私も将来はアキラと結婚して慎ましやかな生活を送るのが夢なので、是非とも参考に――」
「いや、それはいいから俺たちをここに連れてきた用件を話してくれないか?」
 目をキラキラさせながらヒルドール夫妻を羨ましそうに見ているヨミを押し退けて質問した。
「君がアキラくんか。確かに、ジェシカが見込んだだけはある」
 ハグラムが俺の両肩を掴んで値踏みするかのように見ていた。
「……あのな、いくら何でも初対面でそれは失礼じゃないか?」
「ああ、すまん。つい冒険者としての血が騒いでな。未だに強い者に惹かれてしまうものだ」
 素直に謝ってきたので、取り敢えず話を元に戻した。
「君たちをここへ呼んだのは他でもない。ヨミさんとアスラフェルくんの昇進をするためだ」
「二人の昇進?」
「ああ。アキラくんとチームを組んでいるとはいえ、ダグルドルドやメリディアで共に魔族の討伐をしたそうじゃないか。その功績を認めてヨミさんを上級冒険者に。アスラフェルくんを中級冒険者へ昇進させることが決まっていたのだ」
 そう言えば、ジェシカにもギルド本部に定期的に寄るように言われていたような気がした。
 話を聞いてしまえば納得だった。
「それに、あのように騒がれてしまっては落ち着いて情報を伝えることも出来ませんから」
 いつの間にかダリアが紙の束を持ってきていた。
「それじゃあ、二人の手続きは俺がやろう。ダリアはアキラくんにこれまでの情報を伝えてやってくれ」
「はい」
 俺はダリアに促されてテーブルを挟んでダリアと向かい合わせに座るようにソファーに腰掛けた。
 ヨミとアスルはハグラムの机の上で新たな冒険者の証を手に入れるための手続きを始めていた。
「アキラさん。ここに用意したのはキャロライン女王陛下の依頼によって集められた情報です」
「……こんなに?」
 目を通すだけでも一日終わってしまうんじゃないか?
「全てお持ち帰りいただいても構わないのですが、結論から申し上げましょう。ギルドを通じて集められた情報の中に、アキラさんの妹の痕跡は見つかりませんでした」
「そうか……」
 落ち込むほどガッカリはしなかった。
 どちらかというと、そうだろうなという思い込みが確信に変わっただけだ。
 今のギルドは情報について以前よりもきちんと確認しているはずだ。
 だから俺が改めるまでもない。
「それからもう一つ。ダグルドルドの警察からも妹さんに関わる情報は見つからなかったと報告を受けています」
 冒険者たちとは別のルートで探ってみても情報が集まらなかったってことは、見つからないというギルドの情報が補完されただけでなく、冒険者たちも真剣に取り組んでくれているのだと裏付けされたってことだ。
 特に利害関係があるわけでもない他の冒険者たちを疑っていたわけではないが、結果的に彼らの仕事ぶりを証明していた。
「この情報をもたらした全ての冒険者と情報の精査をしてくれた全てのギルドに礼を伝えてくれ。俺の個人的な仕事の依頼のために力を貸してくれてありがとう、と」
「礼には及びませんよ。ちゃんと皆さん、お金をいただいているわけですから。当然のことをしただけです」
「それでも、俺の家族の捜索だからな。本来は冒険者に依頼するような仕事じゃないだろ」
「……そうでもありませんよ」
 そう言ってダリアは立ち上がると、棚からファイルを取り出してきた。
 それにはギルドへの仕事の依頼書がたくさん挟み込まれていた。
「えーと……あ、ありました。こちらにも家出人の捜索依頼が来ています」
「家出人?」
 俺の妹の場合は、迷い人ってところか?
「湖の向こう、お隣のエオフェリアの女王自ら仕事を依頼されています。娘のレオノーラが家出をしてしまった、と」
「はい?」
 一瞬、何を言っているのかよくわからなかった。
「ちょっと待て、女王の娘ってことは王女ってことだよな?」
「そうですね。レオノーラ王女と言ったら少し名前と顔の知られた王女様です」
 そう言われても俺には想像もつかなかった。
 まあ、アイレーリスの女王すら知らなかった俺が、他国の王女のことなんてわかるはずもない。
 ただ、一般的な感想はある。
「……それ、本当に家出なのか? 誘拐とかではなく?」
「はい。女王様の依頼にも注釈が書かれています。娘のレオノーラは自分勝手で己の目的のためならば手段を選ばないので、くれぐれも騙されたり懐柔されたりせず、必ず見つけ次第捕まえるように、とのことです」
 実の娘相手に頭を抱えたくなるような評価だった。
 家出の原因もその辺りにあるんじゃないか?
「アキラさんは今、仕事をされていませんよね。気になるのでしたら引き受けますか?」
「いや、自分の妹の情報すら見つかっていないのに、他人の家族を捜しに行くのはさすがにな……」
「そうですか」
 ダリアはあっさりとファイルを閉じた。
 言葉遣いは丁寧だがドライな性格のようだ。
「兄ちゃん、兄ちゃん。見ろよ、なんか前のより格好良くなったぜ」
 俺たちの話が終わると丁度ヨミとアスルの手続きも終わったようだ。
 アスルが誇らしげに中級冒険者の証を掲げた。
「よかったな。それ、大事なものなんだからなくしたりするなよ」
「うん。わかってるよ」
「ヨミも、おめでとう。これで俺と同じ上級ってわけだ」
「はい……あまり、実感はありませんが。魔族との戦いでは、やはりアキラの力が必要でしたし」
「そうでもないぞ。フォルスとか言う狼に変身する魔族を倒せたのはヨミの飛行艇による特攻が決め手だったんだから」
「そうでしょうか。お役に立てたならよかったんですけど」
 いつもより控えめにヨミは喜んでいた。
 こういう態度を心掛けてくれると、余計なツッコミを入れなくて済む。
「アキラくん、誤解をしているようだから伝えておかなければならないことがある」
 俺たちの話を黙って聞いていたハグラムが椅子に座ったまま真面目な表情をさせた。
「誤解?」
「ああ。上級冒険者というものは、認められるものの数は少ない。だから、そこに至った冒険者の実力は皆同じだと思われがちだがそうではない」
 ギルドが定める上級冒険者の条件は、中級では対処できない仕事を達成できる冒険者。
 つまり、強い魔物や魔族の討伐が出来るということ。
 ヨミはその最低水準の条件を満たした。と言うことだった。
「アキラくんの戦闘能力は上級冒険者の中でも突出している。これは我々ギルドが認めているカテゴリーではないのだが、伝説級の冒険者として扱うべきではないか、と言われている」
「伝説級? 何だそりゃ?」
「ギルドでは古い伝承についての研究も行われているのだが、その中にかつて人間界を襲った魔王を封印した冒険者がいたそうだ。その冒険者は神によってもたらされた伝説の武器を使ったと伝えられている。その話が冒険者の間で一人歩きして、今では上級冒険者の中でも優れた功績を残しているものを伝説級として扱うべきではないかという意見もあると言うことだ」
 伝説の武器。
 ……その伝承については以前どこかで聞いたような覚えがあった。
「ギルドはその、伝説の武器については調べていないのか?」
「こちらの情報はアキラくんの妹の情報と違って各地に伝承として山ほど伝えられてはいる」
「ハグラムは伝説の武器は存在すると思ってるのか?」
「……俺は、人間の世界を救うのは俺たち自身であるべきだと思う。伝説の武器によって選ばれた人間だけが世界を救う力を持つのなら、そいつらは魔王とどう違うと言える」
 その感想には少し憂鬱な気分にさせられた。
 人類の脅威だったデモンを倒したことによって、俺の持つ力は危険視された。
 伝説の武器やそれを扱える者も、同じ運命を辿ることになるとしたら、見つからない方が良いのだろうか。
「それじゃあ、もし俺が魔王とやらを倒したら伝説級ではなく、魔王級と呼ばれることになるのかも知れないな」
「ハッハッハッ! さすがは魔族を討伐している冒険者だ。冗談もスケールが違うな」
 俺の気持ちとは裏腹に、ハグラムはあまり本気に考えてはいないようだった。

 ギルドで情報を整理できたので、それ以上町ですることも無かった。
 少し早いような気がしたが、ホルクレストの城へ向かった。
 城門には門番がいたが、冒険者の証を見せる必要もなくすぐにメイドたち迎えに来て俺たちを客間へ案内してくれた。
 あまりの好待遇ぶりに恐縮してしまう。
 これは、シャリオットに会ったらちゃんと礼を言っておくべきだろう。
 客間まで用意してくれたってことはてっきり夕食を一緒に食べるのだと思っていたが、食堂に用意されていたのは俺たちの食事だけだった。
 配膳をしてくれたメイドを呼び止めてシャリオットのことを聞いてみた。
「いえ、ご来客の時はシャリオット殿下はご一緒なさることの方が多いですよ」
「それじゃ、今回はどうしてか理由は聞いているか?」
「申し訳ありません。伺ってはいませんが、恐らく飛翔船の改修作業を手伝っているのかと……」
「そうか、ありがとう」
 そう言われてしまったら仕方がない。
 それにしても、夕食もちゃんと取れないほど改修作業は忙しいのだろうか。
 俺の次の行き先は決まっていないから、そんなに急ぐ必要はないんだけどな。
 この時間にそれだけ言いにドックへ行くのも迷惑だろう。
 明日、飛翔船のドックで作業状況を見るついでにその事も伝えておこう。
 その夜は城の浴場で汗を流し、実に快適な時間を過ごさせてもらった。

 そして、翌朝。
 やはり朝食にもシャリオットの姿はなかった。
「今日はどうするんですか?」
 朝食を食べ終えると、ヨミが聞いてきた。
「まずは飛翔船の状況を確認しよう。何をするにしてもそれからだ」
「はい」
「兄ちゃん、昨日ギルドに依頼されてる仕事を見せてもらったんだけどさ。人間に悪さをしてる魔物がたくさんいるみたいじゃん。飛翔船が動かないなら俺たちでそいつら倒しに行こうよ」
「そんなの見たのか?」
 ヨミに聞くと、少し困ったような表情をさせた。
「実は、ハグラムさんがアスラフェルくんに中級冒険者になるとどういう仕事を引き受けられるようになるのか説明したときに……」
「兄ちゃんも魔物と戦って強くなったんだろ? だったらオレも同じように戦いたい」
 戦って強くなったというよりは、戦い方を思い出したといった方が正しいんだけど。
 アスルからしたら似たようなものか。
「わかったよ。飛翔船が動くようになるまではアスルに付き合ってやる」
「よっしゃ。約束だからな」
「あ、ああ」
 ……約束という言葉。ルトヴィナのせいで軽いトラウマになりそうだ。
 とにもかくにも、俺たちは飛翔船のドックへ向かった。
 そこにももちろん扉の前には兵士がいた。
 飛翔船はただの乗り物じゃない。
 兵士を多く乗せることが出来る。輸送船が本来の在り方だから、軍事兵器といった方が正しい。
 物々しい警備は当然のことだったのだが。
 俺たちはやはりここでも顔パスだった。
 ドックの中に入ると、昨日あれだけ作業をしていた人の姿はなかった。
 そして、飛翔船にかけられていたハシゴも全て外されている。
 俺たちがいつも乗り降りするときに使っている階段が船体の中央から床に下ろされていたので、それを上って船内に入った。
 船内の廊下を兵士や魔道士が行き交っている。
 俺たちは彼らの仕事の邪魔にならないように壁によったりしてやり過ごしながら甲板を目指した。
 甲板では二人の男がテキパキと指示を出していた。
「姿勢制御のための風の魔法を新たに組み込んだクリスタルへ補充してください!」
「修理作業はそのまま続行してください! 飛行中でも可能な部分は後にしておいても構いません」
「制御用クリスタルの感度は良好です! もう少し魔力の割合を引き上げてもいいかも知れません!」
「いや、それだとスピードは上がりますが、魔力を消費しすぎます。それでは制御用に取りつけた意味がありません」
 アーヴィンとシャリオットは操縦桿のそばで部下たちに指示を出す傍ら、意見を出し合っていた。
「忙しそうだな。この様子だと飛翔船の改修はまだかかりそうか?」
 操縦桿を見上げながら声をかけると、
「アキラさん。おはようございます!」
 シャリオットのテンションがやたらと高い。
 これはもしかして、徹夜でもしたのか?
「今さらかも知れないけど、改修作業はそんなに無理してまでしなくてもいいぜ。俺には今すぐ行かなければならない場所もないし」
「いえ! そうも言っていられません! すぐに飛翔船は出港させます!」
 目がとろんとしている割に、大きな声でシャリオットがそう言った。
 たぶん、叫ぶようにしていないと眠くなるってことだろうな。
「どこに行くつもりなんだ?」
「昨日、エオフェリアの女王陛下から直接僕に協力要請がありました!」
 エオフェリアの女王が頼むことといったら、一つしか思いつかない。
「それって、例の家出娘を捜してくれってやつか?」
「アキラさんもご存じでしたか! それなら話が早いです! さあ、一緒に行きましょう!」
「いや、俺はその話を引き受けたわけじゃ……」
 俺の言葉はドックの屋根が開く音にかき消された。
「おおおぉぉぉ! すげえ!」
 上を見ながらアスルは喜んでいる。
「では、飛翔船、発進!」
 操縦桿を握ったアーヴィンがそう言うと、飛翔船は一気に上昇した。
「やはり、燃料制御と姿勢制御、それから飛行制御、クリスタルの役割を分担させたのは成功だったようですね。これなら以前よりも効率よく魔力を使うことが出来ます」
 満足げにアーヴィンが言うと、飛翔船は一気に加速させた。
 どこに向かっているのかわからないまま、俺たちは飛翔船が以前よりも速く飛べるようになったことを実感させられていた。
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