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変身ヒーローと異世界の国々
事件の犯人……犯、魔族?
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ギルドから出ると、やっとギデオルトとレスコバーが戻ってきた。
「アキラ殿、お見苦しいところを見せて申し訳ありませんでした」
正直なところ、ギデオルトの言葉は俺の頭には入ってこなかった。
飛翔船がこっちに向かっているとは言っても、往復するのにどれだけ時間がかかる。
その間、ヨミとアスルで耐えられるのか?
あの二人でも厳しい状況ってことは、恐らくルトヴィナの王国軍では役に立たないだろう。
「何か、あったのか?」
落ち着いた声でレスコバーが言う。
戸惑っている様子のユッカが俺の代わりに答えた。
「それが、魔族はメリディアの方へ向かったみたいで……」
「何!? ルトヴィナ女王陛下たちは大丈夫なのですか?」
「……状況はあまりよくないみたいです。飛翔船がアキラさんを迎えに来ているようですが……」
ギデオルトはあごに手を当てて考えるような格好で言った。
「……私は飛翔船とやらの速度を知りませんが、ここから国境近くにあるメリディアの町まで馬だと二日はかかります。間に合うのでしょうか……」
考えても始まらない。少しでも距離を稼ぐべきだろう。
「馬車を出してくれるか、ここにいても問題が解決するわけじゃない」
俺の言葉にギデオルトとレスコバーはうなずき合っていた。
「アキラ殿、少し危険かも知れませんが、馬で行くよりも速く行く手段があります」
そう言って二人は馬車の方へ向かった。
俺とユッカも後に続く。
「どういうことだ?」
「私たちも飛翔船の技術について何も調べていなかったわけではありません」
レスコバーが馬車の屋根を取り外し、荷台に置かれていたものにかけられていた布を取り外す。
馬車の中が狭くなっていた原因。
それは小さな船が乗せられていたからだった。
形としてはモーターボートに近い。
座席は前に二人と後ろに二人。計四人で座るのが精一杯ってとこだろう。
「これって、小型の飛翔船?」
「そうですね。私たちは飛行艇と名付けましたが」
要は同じことだろう。
「これなら一時間とかからずに辿り着くはずです」
小さくても飛行性能は飛翔船より高いってことか。
真似た魔法道具の割にはよくできてるんじゃないか。
「そんなものがあるなら、先に言ってくれればよかったのに」
それならと、さっそく乗り込もうとした俺に、話をつけ加えるように言った。
「……ただ、まだ試作段階で……その、飛行魔法が安定しないので、あまり安全が保証できないと言いますか……」
それって最初の時の飛翔船みたいだ。あの時は墜落するように着地していた。
そんなところまで真似しなくてもいいのに。
あの時は魔族のクリスタルを使うことで安定飛行が可能に……。
俺は布の袋からダグルドルドで倒した魔族のクリスタルを取り出した。
「この魔族のクリスタルを使って、何とかならないか? 飛翔船も魔族のクリスタルを使うことで実用化レベルに出来たんだけど……」
「そうだったんですか!? 道理でどれだけ研究してもわからなかったわけです。魔族のクリスタルなど、早々手に入るものではありませんから」
俺の手から受け取ろうとして、ギデオルトは動きを止めた。
「……あの、このような貴重なものをお借りしてもよろしいのですか? 失敗すればクリスタルはなくなってしまうかも知れませんが……」
「これで向かうのが一番速くメリディアの町へ着くんだろ。他に選択肢はないってことさ。迷ってる時間が惜しい、早く取りつけてくれ」
「そうですね。わかりました」
飛翔船よりもよっぽど小さな船体だったので、クリスタルの取りつけ作業はものの数分で終わった。
ただ、飛翔船の時はその後魔力の補充にも時間がかかっていたが、こちらはどうだろう。
小さい船体だからそれも早く終わればいいが……。
「では、出発しましょう。乗ってください」
ギデオルトが言いながら前の座席に乗っていた。隣にはレスコバーも乗っている。
俺はユッカと共に後ろの座席に乗りながら聞いた。
「クリスタルに魔力を補充しなくても大丈夫なのか?」
「それは元々組み込んであるクリスタルの魔力を使います。魔族のクリスタルは魔法と船体の制御をさせるために組み込みました」
言うや否や、飛行艇の周りを淡い光の膜のようなものが覆い、浮き上がる。
飛翔船の魔法をそのまま真似ているようだ。
そして、爆発したかと思うような音と共に発進した。
強い風が流れ込んでくる。防御魔法でも防ぎきれないらしい。
空を飛んでいるのに、景色が流れる速度も速く感じるほどだった。
程なくして、向こうから何かが近づいてくるのが見えた。
「あれは、飛翔船か……?」
「申し訳ありませんが、飛翔船に着陸するような技術はありません! 避けて通ります!」
風に乗ってギデオルトの叫び声が聞こえてくる。
「飛翔船の上を通れるか! 甲板を見える位置を通ってくれ!」
後ろの座席からではやはり叫ばなければ前の座席に座っているギデオルトには聞こえないと思いそうした。
すると、船体が急上昇し、飛翔船の甲板を見下ろす。
操縦桿を握っているのはアーヴィンだった。
さすがにこの距離まで近づいて俺たちに気がつかないはずはない。
声は届かないが、目は合ったような気がした。
そして、刹那の再会の後、俺たちを乗せた飛行艇は飛翔船から距離を置いていた。
後ろを向くと、飛翔船が向きを変えているのが見えた。
どうやら、目が合ったのは気のせいではなく、アーヴィンももうグライオフの町へ向かうことが無意味だと気付いたようだ。
だが、その飛翔船の姿もすでに豆粒のように小さくなっていた。
そして、遠くに町が見えてくる。
「あれが、メリディアの町です!」
確かに、一時間もかかっていない。
町の姿がどんどん大きくなっていく。
……そろそろ、スピードを落とした方が良いんじゃ……。
そう思っていたらギデオルトが首だけで振り返り、冷や汗が見て取れるほど焦っていた。
「あの、魔族のクリスタルの調整が難しくてですね……止まれないみたいなんですけど……」
ギデオルトの言葉にレスコバーとユッカが青い顔をさせていた。
まあ、ここまで近づいてスピードを緩めない時点でそんな気はしていた。
それ自体は問題じゃない。
墜落しても、今の俺なら受け止められるだろう。
問題は、どこに着地させるかだ。
「アキラさん! あれは!?」
ユッカが指した方向を見ると、町の外れに小さな竜巻が巻き起こっていた。
つまり――あそこにアスルの言っていた魔族がいるってことか。
「変身」
『起動コードを認証しました。ネムスギア、キャノンギアフォーム、展開します』
「な……それは、その姿はまさか……」
みんな目を丸くさせていたが、ギデオルトだけはそうつぶやいていた。
さすがはキャノンギア。風の抵抗なんてまるで感じない。
俺はそのまま狭い船内を立ち上がり、船首部分に立った。
「ギデオルト、あの竜巻の近くに突っ込んでくれ。この船体は俺が守る」
「……わかりました! 任せます!」
迷いはほんの数秒。ギデオルトはすぐに船体を竜巻の方へ向けて降下させた。
徐々にではなく、見る見るうちに地面が迫ってくる。
飛行艇が地面に触れる前に船首の先から飛び降りて背中で船体を支えながら足で地面を押さえる。
勢いに押されるようにして地面を削りながら滑っていくが、徐々に飛行艇のスピードが遅くなり、背中にかかる負荷も減っていく。
物理的に速度を落としたことによってギデオルトも制御できるようになったのか。
俺が地面に足を付けてから百メートルくらい地面を削り取った辺りで、飛行艇は完全にその動きを止めていた。
右を見ると、町の壁に大きく穴が空いていた。
そこから覗かせる建物も破壊の跡が窺えた。
左に目をやると、すでに竜巻はなくなっていた。
センサーが捉えている反応は三つ。
ヨミとアスルはまだ生きているようだが、魔力がだいぶ減っていた。
そして、もう一つ。
大きな魔力を持っているのが、魔族だろう。
「さ、さすがですね。まさかあれほどの速度で飛んでいた飛行艇を体で止めてしまうとは……」
座席から顔を出してギデオルトがホッとしていた。
「どうやら、間に合ったみたいだぞ」
「え?」
俺が顔を向けると、同じようにギデオルトも体を向けた。
そうしている間にユッカとレスコバーは飛行艇から降りていた。
『誰か背後から近づいてきます』
不意にAIが告げる。
五人の生命反応が近づいてきているのを画面が示していた。
だが、俺は依然敵の魔族を見つめていた。
俺の視力では姿までは見えないだろうが、キャノンギアがその姿をマスクの中の画面に映し出してくれる。
背が高く髪の長い男。獲物を捕らえる獣のような瞳をしていた。
「アキラくん! その乗り物は?」
近づいてきたのはルトヴィナだった。
振り返らずに答える。
「ギデオルトたちが作った飛翔船の小型版だそうだ。スピードは飛翔船よりも速いが、まだ上手く調整ができていないみたいでな。着陸が出来ないっていうから無理矢理俺が止めた」
「そう……来ていただけたと言うことは、状況は伝わっているのですね」
「飛翔船に連絡を取ったらアーヴィンが出たからな。だいたいのことは。ルトヴィナの作った魔法道具は?」
複合戦略魔法の威力なら、少なくともダメージを与えていてもおかしくはないはず。
映像を見る限りではヨミやアスルのように傷は見受けられない。
「……残念ながら、避けられてしまいました。アキラくんが王国軍では役に立たないと言った意味もそれで理解しました」
「そうか……」
アスルの情報も正しかったってとこだろう。
そう考えるとこのままでは戦えないかも知れないな。
「わかった。後は俺に任せて欲しい」
「もちろん、そのつもりです。お気を付けて」
俺が魔族に向かって歩き出すと、ギデオルトたちまでついてきた。
「一応言っておくけど、ヨミやアスルの実力は上級冒険者並みだからな。それでも苦戦する相手だと言うことは頭に入れておいてくれよ」
「わ、わかっています。ですが、こちらにも武器はありますので」
例のルトヴィナから渡された大砲のような武器。
それを構えながら歩いていた。
「国王陛下、防御はお任せください」
横に並ぶレスコバーから魔力の流れが見て取れる。
何やら小さく呪文を唱えていた。
やっと肉眼でもその姿がわかるくらいまで近づく。
そこでようやくヨミとアスルが俺に近づいてきた。
視線は魔族に向けたままで、警戒しているということが伝わってくる。
「やはり、私の危機はアキラには伝わるのですね。来てくれると信じていました」
「ちぇっ、兄ちゃんが来ちゃったら競争はオレの負けじゃん」
ヨミもアスルも服がボロボロだった。
その割には二人とも口調には余裕が感じられる。
「あれがフォルスとか言う魔族か? 人間のような姿に見えるが」
アスルの話じゃ狼のような姿に変わるはずだ。
「戦えばわかります」
ヨミは視線を動かさずにそれだけ告げた。
「ギデオルト、チャンスがあったらそれを使ってくれ。ただ、間違っても俺まで巻き込むなよ」
「は、はい。それはもちろん」
ギデオルトの後ろで、ユッカがヨミに駆け寄っていた。
「あ、あの……、お二人を治療します」
「ありがとうございます」
どうやらユッカには治療魔法が使えるようだ。
俺が近づくと、魔族もこちらに向かってきた。
「あいつらの仲間か?」
見渡す限りの草原に佇む魔族が聞く。
「ああ、そうだ。随分遊んでくれたようだな」
「なぜ、魔族や魔物が人間と共にいる?」
淡々と言葉を投げかけてきた。
「ヨミやアスルがそれを望み、俺も間違っていたことに気がついたから、かな」
「間違い?」
「ああ、魔族や魔物が一律に人間の敵だと思っていたが、そうじゃないことの気付かされた」
「……それは勘違いをしている。俺にとっても人間は敵ではない」
これまで多くの人間を殺しているのに、どういう意味でそんなことを言っているのか。
「だったら、どうして人間たちを襲う」
「人間はエサだ。この俺がより強い魔族へなるための」
……こいつも、結局はそれか。
確かに敵意は持っていないんだろう。
人間が食べるために動物を殺すとき、そこに敵意が存在しないように。
この異世界での食物連鎖の頂点は人間ではなく、魔族だと言うことなのか。
動物たちからしたら人間も魔族も同じことなんだろうか。
だからといってこいつのやっていることを認めることは出来ない。
こいつは殺した人間たちの遺体を放置していた。まるでゴミを捨てるかのように扱っていたんだ。
命を奪うことと命をいただくこと。
例え結果が同じだったとしても、意味は違うと信じたい。
「つまり、人間が止めてくれるように頼んでも、聞くつもりはないってことでいいんだな?」
「エサと対等に付き合っているあの魔族や魔物は頭がおかしいと思った方が良い」
『バスターキャノンを形成します』
俺は両手で武器を構えた。
「それは、何だ? メスのエサが使った物に似ているが……」
『チャージショットワン、エレメントバスター!』
砲弾をセットし、魔族の姿をロックオンする。
無言のまま引き金を引くと、砲身から発射された極太のビームが魔族の姿を捉えた――かに見えたが、
『ロックオンが解除されました。敵が高速で移動をしています』
キャノンギアが全てのセンサーをフル活用して魔族の姿を追う。
画面に映し出されたのは四つ足の大きな獣。
それがビームを躱してこちらに向かってくる。
『避けられません』
AIの警告通り、大きな爪が目の前に広がる。
振り下ろされると同時に体に衝撃が走り、すぐに魔族は俺から距離を取っていた。
そして、次に映像に映し出されたのは、人の三倍はあるんじゃないかと思われるほどの狼の姿。
白い毛並みが美しさを際だたせていた。
……どうやら、爪の攻撃によるダメージはない。
ただ、このままではこちらの攻撃が当たらないことは明白だった。
ルトヴィナの武器が躱されたのも納得だ。
『あらかじめ言っておきましょう。あの魔族のスピードはケルベロスを超えています。ファイトギアで戦うことをお勧めします』
言われるまでもない。
俺の意志をAIが読み取り、すぐにネムスギアのフォームを変えた。
それと同時に狼の姿になったフォルスが向かってくる。
ファイトギアの動体視力でやっと見切れるほどだ。
大きく口を上げて突っ込んできた。
これが、町の人たちを殺した一撃だろう。
それを躱し、動態を横から殴りつける。
その感触は軽かった。
すでにフォルスは距離を置いていた。
今の一撃は様子見だったってことか。
今度はこちらから仕掛ける。
『チャージアタックツー、マルチプルトリック!』
一気に加速し、フォルスを取り囲むように俺の残像が現れる。
あらゆる方向からフォルスの姿を捉えていたが……。
フォルスの目が俺と合う。
どこから見ても、見られていた。
一斉に殴りかかる。
一撃目は飛び退って躱された。
二撃目は体を捻って躱す。
三撃目は腕をかすらせたが、そのままいなされた。
顔を狙った四撃目は危うくカウンターで噛みつかれそうになったのでこちらから避けるしかなかった。
そして、最後の五撃目でようやくフォルスの胴体を殴りつける。
フォルスをそのまま大きく空に打ち上げたのだが……。
致命傷になっていないこともわかっていた。
殴りつける瞬間、フォルスは地面を蹴って空に逃れようとしていた。
思っていた通り、空中で体勢を整えて難なく地上に降り立った。
……ファイトギアでは長時間戦えないってのに、スピードはほとんど互角だった。
「アキラ殿、お見苦しいところを見せて申し訳ありませんでした」
正直なところ、ギデオルトの言葉は俺の頭には入ってこなかった。
飛翔船がこっちに向かっているとは言っても、往復するのにどれだけ時間がかかる。
その間、ヨミとアスルで耐えられるのか?
あの二人でも厳しい状況ってことは、恐らくルトヴィナの王国軍では役に立たないだろう。
「何か、あったのか?」
落ち着いた声でレスコバーが言う。
戸惑っている様子のユッカが俺の代わりに答えた。
「それが、魔族はメリディアの方へ向かったみたいで……」
「何!? ルトヴィナ女王陛下たちは大丈夫なのですか?」
「……状況はあまりよくないみたいです。飛翔船がアキラさんを迎えに来ているようですが……」
ギデオルトはあごに手を当てて考えるような格好で言った。
「……私は飛翔船とやらの速度を知りませんが、ここから国境近くにあるメリディアの町まで馬だと二日はかかります。間に合うのでしょうか……」
考えても始まらない。少しでも距離を稼ぐべきだろう。
「馬車を出してくれるか、ここにいても問題が解決するわけじゃない」
俺の言葉にギデオルトとレスコバーはうなずき合っていた。
「アキラ殿、少し危険かも知れませんが、馬で行くよりも速く行く手段があります」
そう言って二人は馬車の方へ向かった。
俺とユッカも後に続く。
「どういうことだ?」
「私たちも飛翔船の技術について何も調べていなかったわけではありません」
レスコバーが馬車の屋根を取り外し、荷台に置かれていたものにかけられていた布を取り外す。
馬車の中が狭くなっていた原因。
それは小さな船が乗せられていたからだった。
形としてはモーターボートに近い。
座席は前に二人と後ろに二人。計四人で座るのが精一杯ってとこだろう。
「これって、小型の飛翔船?」
「そうですね。私たちは飛行艇と名付けましたが」
要は同じことだろう。
「これなら一時間とかからずに辿り着くはずです」
小さくても飛行性能は飛翔船より高いってことか。
真似た魔法道具の割にはよくできてるんじゃないか。
「そんなものがあるなら、先に言ってくれればよかったのに」
それならと、さっそく乗り込もうとした俺に、話をつけ加えるように言った。
「……ただ、まだ試作段階で……その、飛行魔法が安定しないので、あまり安全が保証できないと言いますか……」
それって最初の時の飛翔船みたいだ。あの時は墜落するように着地していた。
そんなところまで真似しなくてもいいのに。
あの時は魔族のクリスタルを使うことで安定飛行が可能に……。
俺は布の袋からダグルドルドで倒した魔族のクリスタルを取り出した。
「この魔族のクリスタルを使って、何とかならないか? 飛翔船も魔族のクリスタルを使うことで実用化レベルに出来たんだけど……」
「そうだったんですか!? 道理でどれだけ研究してもわからなかったわけです。魔族のクリスタルなど、早々手に入るものではありませんから」
俺の手から受け取ろうとして、ギデオルトは動きを止めた。
「……あの、このような貴重なものをお借りしてもよろしいのですか? 失敗すればクリスタルはなくなってしまうかも知れませんが……」
「これで向かうのが一番速くメリディアの町へ着くんだろ。他に選択肢はないってことさ。迷ってる時間が惜しい、早く取りつけてくれ」
「そうですね。わかりました」
飛翔船よりもよっぽど小さな船体だったので、クリスタルの取りつけ作業はものの数分で終わった。
ただ、飛翔船の時はその後魔力の補充にも時間がかかっていたが、こちらはどうだろう。
小さい船体だからそれも早く終わればいいが……。
「では、出発しましょう。乗ってください」
ギデオルトが言いながら前の座席に乗っていた。隣にはレスコバーも乗っている。
俺はユッカと共に後ろの座席に乗りながら聞いた。
「クリスタルに魔力を補充しなくても大丈夫なのか?」
「それは元々組み込んであるクリスタルの魔力を使います。魔族のクリスタルは魔法と船体の制御をさせるために組み込みました」
言うや否や、飛行艇の周りを淡い光の膜のようなものが覆い、浮き上がる。
飛翔船の魔法をそのまま真似ているようだ。
そして、爆発したかと思うような音と共に発進した。
強い風が流れ込んでくる。防御魔法でも防ぎきれないらしい。
空を飛んでいるのに、景色が流れる速度も速く感じるほどだった。
程なくして、向こうから何かが近づいてくるのが見えた。
「あれは、飛翔船か……?」
「申し訳ありませんが、飛翔船に着陸するような技術はありません! 避けて通ります!」
風に乗ってギデオルトの叫び声が聞こえてくる。
「飛翔船の上を通れるか! 甲板を見える位置を通ってくれ!」
後ろの座席からではやはり叫ばなければ前の座席に座っているギデオルトには聞こえないと思いそうした。
すると、船体が急上昇し、飛翔船の甲板を見下ろす。
操縦桿を握っているのはアーヴィンだった。
さすがにこの距離まで近づいて俺たちに気がつかないはずはない。
声は届かないが、目は合ったような気がした。
そして、刹那の再会の後、俺たちを乗せた飛行艇は飛翔船から距離を置いていた。
後ろを向くと、飛翔船が向きを変えているのが見えた。
どうやら、目が合ったのは気のせいではなく、アーヴィンももうグライオフの町へ向かうことが無意味だと気付いたようだ。
だが、その飛翔船の姿もすでに豆粒のように小さくなっていた。
そして、遠くに町が見えてくる。
「あれが、メリディアの町です!」
確かに、一時間もかかっていない。
町の姿がどんどん大きくなっていく。
……そろそろ、スピードを落とした方が良いんじゃ……。
そう思っていたらギデオルトが首だけで振り返り、冷や汗が見て取れるほど焦っていた。
「あの、魔族のクリスタルの調整が難しくてですね……止まれないみたいなんですけど……」
ギデオルトの言葉にレスコバーとユッカが青い顔をさせていた。
まあ、ここまで近づいてスピードを緩めない時点でそんな気はしていた。
それ自体は問題じゃない。
墜落しても、今の俺なら受け止められるだろう。
問題は、どこに着地させるかだ。
「アキラさん! あれは!?」
ユッカが指した方向を見ると、町の外れに小さな竜巻が巻き起こっていた。
つまり――あそこにアスルの言っていた魔族がいるってことか。
「変身」
『起動コードを認証しました。ネムスギア、キャノンギアフォーム、展開します』
「な……それは、その姿はまさか……」
みんな目を丸くさせていたが、ギデオルトだけはそうつぶやいていた。
さすがはキャノンギア。風の抵抗なんてまるで感じない。
俺はそのまま狭い船内を立ち上がり、船首部分に立った。
「ギデオルト、あの竜巻の近くに突っ込んでくれ。この船体は俺が守る」
「……わかりました! 任せます!」
迷いはほんの数秒。ギデオルトはすぐに船体を竜巻の方へ向けて降下させた。
徐々にではなく、見る見るうちに地面が迫ってくる。
飛行艇が地面に触れる前に船首の先から飛び降りて背中で船体を支えながら足で地面を押さえる。
勢いに押されるようにして地面を削りながら滑っていくが、徐々に飛行艇のスピードが遅くなり、背中にかかる負荷も減っていく。
物理的に速度を落としたことによってギデオルトも制御できるようになったのか。
俺が地面に足を付けてから百メートルくらい地面を削り取った辺りで、飛行艇は完全にその動きを止めていた。
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振り返らずに答える。
「ギデオルトたちが作った飛翔船の小型版だそうだ。スピードは飛翔船よりも速いが、まだ上手く調整ができていないみたいでな。着陸が出来ないっていうから無理矢理俺が止めた」
「そう……来ていただけたと言うことは、状況は伝わっているのですね」
「飛翔船に連絡を取ったらアーヴィンが出たからな。だいたいのことは。ルトヴィナの作った魔法道具は?」
複合戦略魔法の威力なら、少なくともダメージを与えていてもおかしくはないはず。
映像を見る限りではヨミやアスルのように傷は見受けられない。
「……残念ながら、避けられてしまいました。アキラくんが王国軍では役に立たないと言った意味もそれで理解しました」
「そうか……」
アスルの情報も正しかったってとこだろう。
そう考えるとこのままでは戦えないかも知れないな。
「わかった。後は俺に任せて欲しい」
「もちろん、そのつもりです。お気を付けて」
俺が魔族に向かって歩き出すと、ギデオルトたちまでついてきた。
「一応言っておくけど、ヨミやアスルの実力は上級冒険者並みだからな。それでも苦戦する相手だと言うことは頭に入れておいてくれよ」
「わ、わかっています。ですが、こちらにも武器はありますので」
例のルトヴィナから渡された大砲のような武器。
それを構えながら歩いていた。
「国王陛下、防御はお任せください」
横に並ぶレスコバーから魔力の流れが見て取れる。
何やら小さく呪文を唱えていた。
やっと肉眼でもその姿がわかるくらいまで近づく。
そこでようやくヨミとアスルが俺に近づいてきた。
視線は魔族に向けたままで、警戒しているということが伝わってくる。
「やはり、私の危機はアキラには伝わるのですね。来てくれると信じていました」
「ちぇっ、兄ちゃんが来ちゃったら競争はオレの負けじゃん」
ヨミもアスルも服がボロボロだった。
その割には二人とも口調には余裕が感じられる。
「あれがフォルスとか言う魔族か? 人間のような姿に見えるが」
アスルの話じゃ狼のような姿に変わるはずだ。
「戦えばわかります」
ヨミは視線を動かさずにそれだけ告げた。
「ギデオルト、チャンスがあったらそれを使ってくれ。ただ、間違っても俺まで巻き込むなよ」
「は、はい。それはもちろん」
ギデオルトの後ろで、ユッカがヨミに駆け寄っていた。
「あ、あの……、お二人を治療します」
「ありがとうございます」
どうやらユッカには治療魔法が使えるようだ。
俺が近づくと、魔族もこちらに向かってきた。
「あいつらの仲間か?」
見渡す限りの草原に佇む魔族が聞く。
「ああ、そうだ。随分遊んでくれたようだな」
「なぜ、魔族や魔物が人間と共にいる?」
淡々と言葉を投げかけてきた。
「ヨミやアスルがそれを望み、俺も間違っていたことに気がついたから、かな」
「間違い?」
「ああ、魔族や魔物が一律に人間の敵だと思っていたが、そうじゃないことの気付かされた」
「……それは勘違いをしている。俺にとっても人間は敵ではない」
これまで多くの人間を殺しているのに、どういう意味でそんなことを言っているのか。
「だったら、どうして人間たちを襲う」
「人間はエサだ。この俺がより強い魔族へなるための」
……こいつも、結局はそれか。
確かに敵意は持っていないんだろう。
人間が食べるために動物を殺すとき、そこに敵意が存在しないように。
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動物たちからしたら人間も魔族も同じことなんだろうか。
だからといってこいつのやっていることを認めることは出来ない。
こいつは殺した人間たちの遺体を放置していた。まるでゴミを捨てるかのように扱っていたんだ。
命を奪うことと命をいただくこと。
例え結果が同じだったとしても、意味は違うと信じたい。
「つまり、人間が止めてくれるように頼んでも、聞くつもりはないってことでいいんだな?」
「エサと対等に付き合っているあの魔族や魔物は頭がおかしいと思った方が良い」
『バスターキャノンを形成します』
俺は両手で武器を構えた。
「それは、何だ? メスのエサが使った物に似ているが……」
『チャージショットワン、エレメントバスター!』
砲弾をセットし、魔族の姿をロックオンする。
無言のまま引き金を引くと、砲身から発射された極太のビームが魔族の姿を捉えた――かに見えたが、
『ロックオンが解除されました。敵が高速で移動をしています』
キャノンギアが全てのセンサーをフル活用して魔族の姿を追う。
画面に映し出されたのは四つ足の大きな獣。
それがビームを躱してこちらに向かってくる。
『避けられません』
AIの警告通り、大きな爪が目の前に広がる。
振り下ろされると同時に体に衝撃が走り、すぐに魔族は俺から距離を取っていた。
そして、次に映像に映し出されたのは、人の三倍はあるんじゃないかと思われるほどの狼の姿。
白い毛並みが美しさを際だたせていた。
……どうやら、爪の攻撃によるダメージはない。
ただ、このままではこちらの攻撃が当たらないことは明白だった。
ルトヴィナの武器が躱されたのも納得だ。
『あらかじめ言っておきましょう。あの魔族のスピードはケルベロスを超えています。ファイトギアで戦うことをお勧めします』
言われるまでもない。
俺の意志をAIが読み取り、すぐにネムスギアのフォームを変えた。
それと同時に狼の姿になったフォルスが向かってくる。
ファイトギアの動体視力でやっと見切れるほどだ。
大きく口を上げて突っ込んできた。
これが、町の人たちを殺した一撃だろう。
それを躱し、動態を横から殴りつける。
その感触は軽かった。
すでにフォルスは距離を置いていた。
今の一撃は様子見だったってことか。
今度はこちらから仕掛ける。
『チャージアタックツー、マルチプルトリック!』
一気に加速し、フォルスを取り囲むように俺の残像が現れる。
あらゆる方向からフォルスの姿を捉えていたが……。
フォルスの目が俺と合う。
どこから見ても、見られていた。
一斉に殴りかかる。
一撃目は飛び退って躱された。
二撃目は体を捻って躱す。
三撃目は腕をかすらせたが、そのままいなされた。
顔を狙った四撃目は危うくカウンターで噛みつかれそうになったのでこちらから避けるしかなかった。
そして、最後の五撃目でようやくフォルスの胴体を殴りつける。
フォルスをそのまま大きく空に打ち上げたのだが……。
致命傷になっていないこともわかっていた。
殴りつける瞬間、フォルスは地面を蹴って空に逃れようとしていた。
思っていた通り、空中で体勢を整えて難なく地上に降り立った。
……ファイトギアでは長時間戦えないってのに、スピードはほとんど互角だった。
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幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
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【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
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だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
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だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
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「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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