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変身ヒーローと異世界の国々

事件より厄介な国王

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 宰相とやらを乗せた馬は飛翔船から下ろした階段の前で止まった。
 階段に足をかけていたユッカが降りるときには、宰相とやらも馬から下りていた。
「兄ちゃん、行かねーのか?」
 階段の上でアスルがつまらなそうにそう言った。
「ちょっと待ってろ。ユッカを連れていくって話なんだから」
 ユッカは恭しそうに宰相とやらに頭を下げていた。
 王や王国軍にあれだけ辛らつだったのだから、よほど演技が上手いのか、あるいは……。
「ユッカ、取り敢えず紹介してもらえるか? 役職は何となくわかったが」
 そう言うと貫禄のある男がユッカの前に出て俺に一歩近づいた。
「これは失礼したな。私はグライオフ王国で宰相を務めさせていただいている。レスコバー=ハロルベルドだ。あなたがあの、アキラ殿か?」
「どういう話で伝わってるのかはわからないが、想像しているとおりで間違いないと思う」
「そうか……思っていた以上に若いのだな。魔法水晶で見たときは、さすがに年齢まではわからなかったのでな」
 魔法水晶には主にキャリーが映されていたはずだから、それも仕方のないことだった。
 俺の容姿まで知っている人間はよほどあの中継をよく見ていたってことになる。
「なぜ呼び止めた? 俺たちはこれからユッカを故郷に送り届けなければならないんだが」
「その事で、相談したいことがある。一度城へ来ていただけないか? 国王陛下に謁見していただきたいのだ」
 それは、俺としては望むところではあるが……。
 チラリとユッカを見ると、小さく頷いた。
「いいのか? ユッカを送り届けるのが遅くなるかも知れないけど」
「その事なんですけど……すでに被害は他の町にも及んでいるなら、私を送り届けるよりもその魔物? を先に何とかしたいです」
 さっき飛翔船に乗り込もうとしたときに言いかけたことはそう言うことだったのか。
 家族や家のことが心配だろうに、他の人を心配してたのか。
 ま、俺も妹の捜索よりも目の前で困ってる人を優先してるわけだから似たようなものだけど。
 ただ、そのために他人を放っておくことを許すような妹でもないしな。
「レスコバーと言ったか、俺も国王には直接報告したいと思っていたところだ。連れて行ってくれ」
「そうか。礼を言わせてもらう」
 そう言って、レスコバーは馬を引いて歩き出した。
 俺たちが歩きだからそれに合わせたのだろうか。

 グライオフの城は町の中心にあった。
 もしくは、城を中心にして町が作られていったのか。
 城の敷地は高い壁に囲われていて、門の扉も固く閉じられた印象がある。
 ただ、それでも高い城の外観は壁の外からでもよく見えた。
 飾り気の少ないデザインでグレーを基調とした地味な城。
 そして、その高い城をさらに見下ろすように城の両サイドには白と黒の塔が建っていた。
 レスコバーが近づくと、門番が扉を開ける。
 彼は乗ってきた馬を中にいた兵士に任せて城へと向かった。
 俺たちも一緒になって後についていく。
 ……何となく、兵士たちが俺たちを見ているような気がする。
 城の入り口に近づくと、やはりそこにも兵士が控えていて、レスコバーが近づくと彼らが両開きの扉を開けた。
 グライオフの城の中はまず大きな広間が出迎える。
 その中心に大きな階段があった。
「謁見の間は最上階にある。こちらに来てくれ」
 ……最上階? この城は外観からの想像だが、高層ビルで例えると二十階以上はあるように見えたぞ。
 まさか、それを階段で上るのか?
 しかし、レスコバーは目の前の階段には見向きもせず、その裏へ向かっていた。
 階段の丁度後ろには扉があった。
 そこは小さな部屋で、魔法陣が描かれているだけで他には何もない。
「アキラ、私の手を握っていてください」
「え?」
 急にヨミが手を差し出してきた。
「それでは、行くぞ」
 レスコバーが壁に手をやる。
 それを見て気がついたのだが、壁には何か数字が書かれていて……。
 部屋の中が急に輝きだしたと思ったら、俺の体が浮いた。
 いや、浮いているのは俺だけじゃない。
 部屋の中にいた全員が浮いている。
「メリディアも空を飛ぶ魔法の研究をしていたことは知っていたが、我々もその研究をしている。この空中移動用魔法陣がその産物だ」
 すると、全員の体が徐々に上昇していく。
 エレベーターみたいなものか?
 浮遊感はまさにそれだが、足下がないのが怖すぎる。
 それに、魔力のない俺がヨミの手を握っていないとどうなるのか、あまり想像したくない。
 程なくして天井近くまで上ると、目の前に扉がある。
 レスコバーがそれを開けて俺たちを先に通してくれた。
 ヨミと一緒に魔法のエレベーターの部屋から出ると、やっと重力を感じられる。
 地に足がつくってことがこれほど安心できるとは思わなかった。
 その部屋は俺たちが出てきた扉から真っ直ぐ絨毯が敷かれていた。
 左右対称の作りで、神殿のような柱が等間隔に並ぶ。
 そして、絨毯の先には玉座があった。
 肘掛けが金色で背もたれは赤。
 チカチカするような、派手なだけで落ち着きがない。
 そこに、国際会議で見た男が不満げな表情で座っていた。
「ギデオルト国王陛下、アキラ殿をお連れしました」
「うむ」
 センスで口元を隠しながらそう言って俺たちに視線を送ってきた。
「……お前たち、町の外に止めてあるのはメリディアの飛翔船だな。あのようなもので我が国に入国するなど、どういうつもりか?」
「ちゃんと国境を越えずに入ってしまったことは謝る。だが、本来ならグライオフ王国に立ち寄るつもりはなかったんだ」
「ならば、即刻立ち去れと言いたいところだが、今我が国は危機に見舞われている」
 王がその事を認識していることに意外感を覚えた。
 あの門番たちの様子じゃ、まともに取り合ってくれたとは言えなかったから。
「それじゃ、門番は俺が渡した日記をちゃんと国王に届けてくれたんだな?」
「は? 何を言っている?」
「え? だってそれでこの国の町が襲われてるってことに気がついたんだろ?」
 俺の言葉に、ギデオルトとレスコバーは顔を見合わせていた。
「……何か、お互いの認識に間違いがあるようだな。まずはアキラ殿から説明していただけるか?」
 レスコバーに促されたので、俺はこの王都に来ることになった経緯を、町で遺体を見つけたことから詳細にわたって説明した。
 もちろん、ギルドの受付嬢が残した日記を門番の隊長のような男に求められて渡したということも含めて。
「……そんな話、聞いてないぞ? レスコバーは?」
「私も報告を受けておりません。ですが……アキラ殿が嘘をついているとは思えない。私の情報とも似ている部分がありますし」
「う、うむ。後で門番たちから話を聞いておいてくれ」
「もちろん、そのつもりです」
「納得してくれたところで、俺たちにもわかるように説明してもらえるか?」
 俺が求めると、レスコバーは一つ咳払いをしてから少し前に進み出た。
「王国の危機については私が説明しよう。昨日私の部屋に置いてある魔法水晶に緊急の知らせが入った――」
 レスコバーの説明は簡潔でわかりやすかった。
 ハレイシオの町のギルドから、直接レスコバーに連絡が入り、町が猛烈な風に襲われて人が死んでいると言うことだった。
 詳しく話を聞こうとしている途中で連絡が途絶え、それからはいくら呼びかけても誰も応じないと言うことだった。
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 見下すような目でギデオルトは見ていた。
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「所詮は金か、アイレーリスの女王は爵位まで用意していたようだからな。英雄とは呼ばれていても、貴族たちと同じで俗なものだと言うことか」
 金も爵位も俺は受け取っていないが、もはや何か言い返す気にもならない。
 国王だというのに、どうしたらここまで卑屈になれるのか。
 ルトヴィナに対する態度も悪かったが、国として対立してるとかどうとかいうよりも、ギデオルトの性格に問題があるんじゃないかという気がしてきた。
「アキラ殿、もちろん報酬は用意させていただく。それとも、ギルドへ依頼を出した方が良いなら、私の名でそうさせてもらうが……」
 俺とギデオルトの間に入るようにレスコバーが視界を遮った。
 最初に見たときよりも貫禄が消えて少し老けたように見える。
 国王がこれじゃ、気苦労が絶えないんだろうな。
「俺が欲しいものは金や名誉じゃない。ギデオルトは知っているだろうが、俺は妹を捜している。その情報が欲しいんだ」
「……え? そうなのか?」
 レスコバーはキョトンとしていた。
 この表情が意味するとことは、聞くまでもない。
 ギデオルトは国際会議での話をレスコバーにちゃんと伝えていなかったってことだろう。
 キャリーが頭まで下げたのに。
 さすがにムカついてくるな。
「国王陛下、本当にご存じなのですか?」
「……さあ、そのような話があったような、なかったような……」
「なぜ話してくださらなかったのですか?」
「別に、どうでもいいことだろ。国際会議で話すようなことでもない話だ。私はきちんと国益について交渉したことは報告しただろう」
「それは確かに重要な話ではありますが、私は……」
「レスコバー、もういい」
 これ以上ギデオルトの話を聞いていても不愉快になるだけだ。
「し、しかし。アキラ殿、考え直していただけないか。私の責任で妹の捜索とやらは――」
「勘違いしないでくれ。今回の事件のことを放っておく気はない。だが、調査は勝手にやらせてもらう。何かわかったことがあったらレスコバーの魔法水晶に連絡すればいいのか?」
「あ、ああ」
「俺に連絡がしたければ……」
 そう言えば、ルトヴィナから買った魔法水晶のキーワードはまだ不明のままだった。
 当然、ヨミは覚えていなかったし、メリディアに行ったときに聞けばいいと思っていたんだった。
「飛翔船にも魔法水晶があるからそれに連絡をしてくれ」
「わかった。すまないな」
 礼ではなく頭を下げてレスコバーは俺たちを見送った。

 一階に降りるときも例の魔法のエレベーターを使ったが、上ってきたときよりも恐怖を感じなかったのは慣れたからではない。
 胸くそが悪すぎてイラついていたからそんな気持ちすら忘れてしまっただけだ。
「私たちはどうしましょうか? 王国軍が調査に向かっているとは言っても、飛翔船で動ける私たちの方が早く調べられると思いますし」
 城を出て俺たちが向かったのは飛翔船だった。
 その道すがらヨミが言う。
「やはりユッカさんの故郷から調べてみますか?」
 ヨミはユッカに話しかけたが、ユッカは腕組みをしながら何か考えていた。
「ユッカ、どうする?」
「アキラさんたちはこの国の地図を持っていますか?」
「地図? いや、世界地図は飛翔船にあったと思うけど……」
「では、まず地図を買いに行きましょう」
 そう言ってユッカは道を曲がった。
 やっぱりこの町の構造はわかりにくい。
 ユッカは目指している場所があるのか、どんどん進む。
 だが、俺には同じような景色が続くばかりで、今自分が町のどの辺りにいるのかすらわからなくなってくる。
「こっちです」
 そう言って何度目かの曲がり角を曲がると、商店街が並ぶ通りに出た。
 手前には食料品の店が軒を連ねている。
 ただ、ダグルドルドの商店街のように威勢のいい掛け声は聞こえてこなかった。
 店の入り口は開いているが、皆淡々と仕事をしている。
 ユッカは食料品店には目もくれず、さらに先へと進んだ。
 そして、看板に本と草と小瓶が描かれた店に入っていった。
 中に入ると、いろんな物が雑然と置かれている。
 言葉で表すなら雑貨屋と言ったところか。
「いらっしゃいませ」
「おじさま、グライオフの地図をください」
 ユッカが店主にほほ笑みかけると、「はいはい、それはこちらでございます」と声を返して店のカウンターに一枚の紙を広げた。
「いくらだ?」
「銀貨一枚でございます」
 俺は布の袋から金を出して渡した。地図はユッカが受け取り、俺たちは店を後にする。
「それで、どうして地図が必要だったんだ?」
「それは、飛翔船でお話しします」
 ユッカがそう言うので、俺たちは足早に飛翔船へと戻った。
 アーヴィンが飛翔船の階段の下で寄りかかって待っていた。
「あ、お帰りなさい。国王陛下との話はどうでしたか?」
「それは聞くな。思い出すだけでもムカついてくるから」
「はぁ……」
 俺たちは飛翔船に乗り込み、ユッカを甲板まで案内した。
 地図を広げるには、船室では狭いと思ったから。
「……これ、本当に空を飛ぶんですよね?」
 甲板に出るなり、ユッカが感嘆の声を上げる。
「ええ、すぐにでも発進できますよ。それで、どこへ向かえばいいですか?」
 胸を張ってアーヴィンが答えたが、残念ながらまだ行き先は決まっていない。
 ユッカは甲板の上を歩いてひとしきり感心したところで戻ってきて地図を広げた。
「すみません。こちらの話を先にするべきでした」
「飛翔船を見て物珍しいと思うのは普通のことだから気にするな。それよりも、地図を買った理由が知りたい。何かわかったことでもあるのか?」
「はい。今私たちがいるのは、グライオフの王都。つまりここです」
 ユッカが指を差したのは地図の真ん中。
 城のマークが描かれていた。
「そして、こっちが私の町です」
 次に示したのは王都の左端。家のマークが描かれている。
「方角からして、俺たちが見た町で間違いないと思う」
「はい。それで、こっちがハイレシオの町です」
 ユッカの町からだと右上、王都からだと左斜め上。方角で表すならここから北西……いや、北北西かな。
「もし、町を襲ったものが自然災害ではないとしたら……次はどこが襲われると思いますか?」
 ようやくユッカの言っている意味がわかった。
 ハイレシオから一番近い町は、二つある。一つは無論ユッカの町で、もう一つはハイレシオから右側――王都からだと北北東の位置に町があった。
「順番に襲われているってことか?」
「わかりませんが、調べてみるだけの価値はあると思います」
「……自分の町を確認しなくていいのか? 俺は、急いでいたから埋葬まではしていないし……」
「今は事件の解決を優先したいと思います。あんな王様の国ですけど、国民が殺されるのを見過ごすことはできません」
 その言葉、国王にぶつけてやればよかったのに。
「よし! アーヴィン、行き先が決まった。飛翔船を発進させてくれ!」
「はい! 畏まりました!」
 すでに準備は万端だったようで、飛翔船はすぐに防御魔法で覆われて空へと浮き上がる。
「……ほ、本当にこんな大きなものが、飛ぶんですね……」
 揺れてるわけではないが、浮遊感に襲われるとユッカはしゃがんで甲板に手を触れていた。
 俺には魔法のエレベーターの方が驚かされたが、それは俺の常識の中に飛行機というものがあるからだろう。
 大きな鉄の塊が機械で飛ぶんだから、魔法で船が飛んでも特別不思議だとは思わなかった。
 そよ風が甲板に吹き抜ける。
 俺たちは北北東の町を目指して一直線に進んだ。
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