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変身ヒーローと異世界の戦争 前編

エリーネの覚悟

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 旅立ちの準備に、一番最初に反対したのはメイドのイライザだった。
「アキラ様! クリームヒルトの町へお嬢様も連れて行くとはどういうことですか!?」
 別宅の倉庫から馬車へ積み込むための水と食料を用意していたら、イライザがやってきて開口一番そう言った。
「エリーネも連れて行くんじゃない。エリーネが行きたいと希望したんだ」
「同じことです!」
「じゃあ、逆に聞くが、止められるのか?」
「う……そ、それは……」
 エリーネは本気だ。冒険者になって仕事をしたいと考えたことも、町を取り戻したいと言ったことも。
 その想いを部外者である俺が拒絶できるはずはない。
「ですが! 私たちがどれほど危険な目に遭ったかわからないわけではないでしょう。アキラ様は上級冒険者でケルベロスを倒した方ですから、どんな危険が待っていようとも生き残れるかも知れませんが、お嬢様はまだ十一歳の子供です。戦場に子供を連れて行くなど、私は認められません」
「……戦場ではないわ。クリームヒルトは私の町よ」
 背負った鞄に荷物を詰め込んだエリーネが倉庫に入ってきた。
「お、お嬢様!?」
「準備は出来たみたいだな」
「ええ。取り敢えずこの家に買い置きしておいた魔法聖霊薬を全部と、一応魔道書を何冊か」
「お嬢様、考え直してください! クリームヒルトの奪還はアキラ様に任せておけばいいではありませんか! アキラ様なら一人でも、敵が何人であろうとも、必ずクリームヒルトの町を取り戻してくれるはずです!」
「……それは、考えなかったわけじゃないわ。私が付いていってもアキラの足手まといにしかならないかも知れない。でも、自分の目で確かめたいの。私たちの町がどうなったのか。そして、本当に占領されているなら、自分の手で取り戻したい」
 故郷にかける思いと決意は、紛れもなくあのジョサイヤの娘だと思えるほど固い。
 これだから俺には反対できなかったんだ。
 ヨミもきっと心の中では反対だろうが、黙って出発の準備を手伝っていた。今は確か、クリームヒルトへ向かってくれる馬車を借りられないか馬車屋へ行っている。
「……奥様は、お嬢様が町へ戻ることを知っているのですか?」
「話していないわ。反対されるに決まってるもの。それに、あと数日は治らないのに、余計な心配をかけさせたくないし」
「私はクリームヒルトに仕えるメイドとして、お嬢様が危険な目に遭いそうになっていることを、奥様に黙ってはいられませんよ」
「お母さんに止めさせるつもり? もし本当にそういう手段に出るなら、私にも考えがあるわ」
「考え、ですか?」
「闇の神の名において、我が命ずる――」
「お、おい」
「お嬢様!?」
 魔法を使ってでもイライザを止めるつもりか。
 俺はさすがにエリーネの肩を掴んだ。
「それはやり過ぎだろう」
 エリーネがイライザを真っ直ぐ見つめる。
 イライザは腕で体を守るようにさせたが、エリーネはそれ以上呪文を続けなかった。
 息を吐いてから手を下ろす。
「……攻撃魔法じゃないわよ。眠ってもらおうと思っただけよ」
 そう言ったが、エリーネの迫力にイライザは押されてその場にへたり込んだ。
「……どうしても、向かわれるのですね」
「覚悟はしてるわ」
「……奥様に、お嬢様のことを聞かれても、隠しておくことは出来ませんからね」
「出発するまで黙ってくれればいいわ」
 エリーネは満足そうに微笑んだ。
 それにしても、攻撃魔法じゃなかったとはいえ、エリーネはためらいなく人間に魔法を使おうとした。
 ある意味俺よりも覚悟ができてるのかも知れないな。
 エリーネのことは全力で守るつもりだが、その必要はないんじゃないかと思わせるほどだった。
「ただいま帰りました」
 玄関から声が聞こえる。
 俺とエリーネはヨミを迎えに行った。
「それで、馬車の手配は?」
「それがですね。ほとんどの御者さんに断られてしまったんですが、王都で最速の御者さんが引き受けてくださいました」
「……ディルカの馬車?」
「あ、はい」
 少し頭を抱えた。あいつの運転にヨミとエリーネが耐えられるだろうか。
 考えて馬車を走らせてもらわないと、だな。
 だが、適任であることに間違いはない。
 クリームヒルトから逃げてきたんだ、どういう状況なのか一番わかっているし、腕は確かだった。
「他の御者さんには戦場に向かうなんて馬鹿げてると言われたんですけど、ディルカさんだけはとても楽しそうに引き受けてくれました」
 馬を操るときの悪夢のような笑顔が蘇る。
 ……嫌な予感しかしない。
 馬と馬車だけ借りて俺たちだけで向かうべきじゃないか。
 ああ、でも。時間が惜しいこの状況じゃ、そういう意味でもディルカの能力が必要か。
「エリーネ。この世界には酔い止めの薬とか魔法はないか?」
「は? 何よそれ」
「ないなら、違う意味で覚悟しておいた方が良い」
 俺は諦めて荷物を運ぶことにした。
 ヨミの話だと、馬の手入れと食事を与えてからディルカはこの家の前に馬車を横付けしてくれるらしい。
 俺たちも昼食を取って待つことにしたのだが、別宅の魔法水晶に連絡が入った。
 ディルカが来たらすぐに出発しようと思っていたので、玄関の荷物を家の前に出そうとしていたところでそこに置かれた魔法水晶がベルのような音を鳴らした。
 確か、緊急連絡の合図だったか。
 最初に聞いたときの状況が状況だっただけに、あまりいい音に聞こえない。
「こんにちは」
「え……キャ、キャロライン女王様!?」
 魔法水晶に応えたのはエリーネだったが、そこに映し出されたのはキャリーだった。
「エリーネさん、そこにアキラもいるわね」
「え、あ、はい」
「あなたたち、すぐに城に来てください」
「そんな暇はないな。俺たちはこれからすぐに馬車で出かけるんだ」
「その事で、お話があります。もし、来ていただけないのであれば、女王の命令であなた方をこの王都に閉じ込めておくことも可能なのですよ」
 これは、かなり本気で怒っている。そういえば、ジェシカも簡単にはいかない、みたいなことを言っていたか。
 仕方ない。王都で女王を敵に回しても良いことはない。
「わかったすぐに行く」
「ええ、賢明な判断です」
 目は笑っていたが、口元は歪んでいた。ちょっと怖い。
 感情を押し殺しながら言ったのだとわかる。
 魔法水晶から映像が消えたことに安心して俺とエリーネは息を吐いた。
「ヨミは準備を進めてくれ。俺とエリーネはちょっとキャリーに事情を説明してくる」
「……大丈夫ですか? かなり怒っていたように見えましたけど」
「まあ、何とか納得させてくる」
「また、ケンカをしないでくださいよ」
「気をつける」
 ヨミの言葉を噛み締めた。どうにもキャリーが相手だと軽口を叩いてしまうからな。
 今回ばかりはそういうわけにもいかない。

 今日は城に入るのに門番のチェックはなかった。
 近衛隊もいない。
 いつもの門番が二人立っているだけだった。
 謁見の間は城に入ってすぐだから、さっき映像で見たばかりのキャリーの実物にすぐに再会できた。
 玉座に座って、隣にはクラースが立っている。だが、前回の時と違って貴族たちはいなかった。後は近衛隊の隊長、ファルナとその部下らしき隊員が数名。城の執事とメイドくらいだった。
 人が少なくなって静かだった分、雰囲気は重苦しく、映像では伝わらない圧力をビシビシ感じさせる。
「……エリーネさん。冒険者になったそうですね」
「あ、はい」
「昨日はフレードリヒ卿があのようなことを言っていましたが、私としては個人的にエリーネさんを支援しても良いと思っています。エリーネさんが故郷と……その、お父様を亡くされた原因は、女王である私にもあると思っていますから」
「いいえ、その必要はありません。私の父もかつて冒険者だったと母から窺いました。そして、その時の功績で女王様から爵位を与えられた。ですから、私も同じ道を歩もうと思っているのです」
「……エリーネさんはまだ十一歳です。冒険者になるよりも、学校で学ぶべきことがあると思います。せめて、卒業するまでは支援させていただきたいのです」
「お断りします。学ぶことは学校外でも出来ます。そもそも、学校には貴族しか通っていません。ほとんどの冒険者は自ら学び人生を決めている。私もそうするだけです」
「……フレードリヒ卿の娘と一緒のクラスが嫌なら、別のクラスにすることも出来ますが」
「女王様、お気遣いありがとうございます。ですが、もう決めたことです。これからは、私が進む道は自分で決めます」
「エリーネさん……」
「キャリー、説得は時間の無駄だからやめろ。そんなことを言うために俺たちをここへ呼んだのか? だったらもう帰るぜ。さっきも言ったが、俺たちは急いでいるんだ」
 そう言うと、キャリーの表情が引き締まったものになった。
 女王としての威厳に溢れる風格だ。
「急いでいる、というのは……ギルドに出されたこの依頼のことですか?」
 キャリーが手に持っていたのはギルドの依頼書だった。
「わかっているなら話は早いな」
「エリーネさん。この依頼を出したのはあなたですね?」
「はい」
「先ほどギルドにも正式に抗議をしましたが、この依頼は取り下げてください」
「どうしてですか?」
「どうしてって……クリームヒルトは戦場になります。そのような場所に物を取りに戻るなど、認められるわけありません。明らかに巻き込まれることが想定されます」
「だから急いでいるんだよ。始まる前なら取りに戻ってもいいんだろ?」
「き、詭弁です。今、クリームヒルトがどういう状況下にあるのか、王都にいる人間で知らない者はいません!」
「冒険者は国の政策には縛られない。代わりに政治にも関わらない。だから、冒険者は爵位を与えられると冒険者ではなくなる。それがこの世界のルールだろう? だったら、俺たちはそのルールに従って自由にギルドで仕事をするだけだ」
「……あなたたちだけで、町を取り戻すつもりですか?」
「そいつは答えられないな。でもまあ、忘れ物を取り戻すときに邪魔されたら、退いてもらうことになるが」
「……ハァ……ギルドの代表者も似たようなことを言ってきたわ」
 そこでようやくキャリーが表情を崩す。
 だから、俺は新聞の記事で気になったことを聞くことにした。
「クリームヒルトの奪還作戦。指揮を執るのはあのフレードリヒ卿でおまけに王国騎士団は後方支援に回るって書かれてたが、どういう意味だ」
「そのままの意味よ。昨日の会議であなたたちが退席した後に決まったのよ」
 キャリーは歯ぎしりが聞こえてきそうなくらいイラついていた。
「どうしてそういうことになったんだ? 戦争なら普通、王国騎士団が前面に出て戦うんじゃないのか?」
「私もそう提案したわ。そしたら、貴族たちが王国騎士団はケルベロスとの戦いで疲弊させられているから止めた方が良いと言ったのよ」
「それって、キャリーに気遣っているわけじゃないよな?」
「ええ、そうでしょうね。私の判断が悪いから、王国騎士団はダメージを受けたと言いたいんでしょ」
 ほとんど侮辱と同じだ。
 それでよく怒らなかったな。
 いや、そこで怒ったら作戦の失敗を追求されてキレる女王としてのイメージが広がるか。
 女王というのも面倒な立場だな。
 貴族連中も直接批難していないから余計に質が悪い。
「貴族たちとの関係は良くないんだな」
「……表面上はよく従ってくれているわ」
 それ以上は言わなかったが、裏ではどう思われているかわからないってことか。
 まあ、もはやエリーネは貴族じゃないから俺たちには関係のない話だ。
 女王が自分で何とかするべきことだろう。
「キャリー、改めて言っておくが、俺たちはエリーネの依頼を遂行する。止めても無駄だぜ」
「わかってるわ。あなたたちの覚悟を知っておきたかっただけよ。それと、フレードリヒ卿に対するパフォーマンスでもあるのよ」
「フレードリヒ卿?」
「彼がこの依頼が作戦の実行に問題を与えるから、ギルドと依頼者に圧力をかけるように言ってきたの」
「……無視したら、キャリーの立場がやばくなるか?」
「気にすることはないわよ。だって、一応圧力はかけたわ。でも、上級冒険者を止める権限なんて私にもないもの。フレードリヒ卿にはギルドとアキラたちの返答をそのまま伝えるわ」
「悪いな」
「私としては、領土が取り戻せればそれでいいわ。出来れば、あの魔法を使わずに」
 ボソッとつぶやいた言葉の意味は俺にはわからなかった。
 女王としての葛藤でもあるんだろうか。
「フレードリヒ卿は王国騎士団が到着次第、作戦を開始させるつもりらしいわ。だから、王国騎士団の出発を一日だけ遅らせてあげる。それが私がしてあげられる唯一の支援ね」
「ありがとうございます」
 エリーネが頭を下げる。
「……エリーネさん。あなたに以前と変わらない生活をさせたいと思ったことは、義理でも何でもなくて本当に私の気持ちよ。戦地に行くことも認めたくはないわ。でも、それがあなたの決めたことなら、もうこれ以上止めたりはしません。だから、必ず生きて帰ってきて」
「はい。ついでに、クリームヒルトの町も戻ってきちゃうかも知れませんよ」
「フフフッ……、そっちは期待しないで待ってるわ」
 義理と建前ばかりの言葉だったが、それはお互いの立場上仕方のないことだ。
 ただ、少なくとも本音の部分では俺たちは想いを共有していたと思った。

 別宅に戻ると、すでにヨミとディルカが馬車の準備を終えていた。
 そして、意外な人物が一緒にいた。
「エヴァンス?」
「ギ、ギルドの依頼を見たんだ。僕もこの依頼を受けることにした」
 あの依頼は筋を通すためだけに書いたものだった。
 俺たち以外の誰かが受けることは想定していなかった。
「クリームヒルトがどういう状況か、わかってるんだよな」
 すでに女王が王都にいる人間で知らぬ者はいないといっていたが、確認せずにはいられなかった。
「……僕はまだ、この指輪を彼女に渡していない。金華国の連中がしたことは許せない……。だけど、フレードリヒ卿の騎士たちと行動を共にするのは、ちょっと……」
 エヴァンスの戦闘スタイルから想像するに、単独で戦うことが多いから、部隊に入るのは好きじゃないのかも知れないな。
「あの……あまり大きな声では、言いたくないけど。僕、大勢の人って苦手、なんだ」
 性格的に団体行動が苦手だったのか。
 ただ、こいつの隠密力と逃げ足と判断力の速さは使える。
「エリーネ、エヴァンスが一緒でもいいか?」
「あまり強そうじゃないけど、大丈夫なの?」
「ケルベロスとの戦いでも死ななかった。自分の身は守れるよな」
「…………うん」
「アキラが認めてるならいいわ」
「あ、ありがとう……」
 すでに日は傾きかけていたが、俺たちはすぐに出発することにした。
 キャリーが作ってくれた一日という時間を少しでも無駄にしないために。
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