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変身ヒーローと異世界の魔物

恐怖と戦う覚悟

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 俺は、みんなと戦列に加わることができなかった。
 足が動かない。
 全身が、金縛りにでも遭ったかのようだ。
 逃げることもできなかった。
 動いただけであの化け物に睨まれるような気がした。
 なぜだ!?
 俺はあのデモンと戦ったヒーローだった。
 どんなにやばい奴だとわかっていても、それでも勇気を持って戦ったはずだ。
 変身できるから、勝算があるから、そんなことを計算して戦ったわけじゃない。
 大地彰は例え変身できなくても、どんなピンチでも、不敵に笑って妹の未来のために戦うような男だった。

 ――俺が、不安な顔をすると、あいつはもっと不安な顔になるからな。

 俺は、変身できないってだけでそんな大切な心も忘れてしまったのか。

「行くぞ!」
 ジョサイヤの掛け声で、騎士たちは三組に分かれて攻撃を開始させる。
 武器を取った冒険者たちもそれぞれに別れて一緒に攻撃に加わった。
 戦士の冒険者は騎士たちと共に。魔道士の冒険者は騎士団の魔道士と共に。
「はっ!」
 馬に乗り槍を持った騎士たちが一斉に駆ける。
 それぞれの足を槍で突くが、鈍い音を上げるだけ。
 やはり、毛並みが硬すぎる。
 武器で攻撃するのは、意味がない。
 それはケルベロスもわかっているようで、攻撃されていない後ろ足で頭をかいている。
 バカにしていると言うよりは、本当に退屈そう。
「氷の神の名において、我らが命ずる! 風を切り裂き大地を貫く氷よ! アイシクルランス」
 魔道士たちは皆同じ呪文を唱えた。
 すると、一番前の魔道士が突き出した手から人の体よりも大きなつららが現れる。
 三方からそれぞれ一つの頭に一つずつ、魔道士の手から放たれたつららが向かって行く。
 ゴシャリという音ともにつららはケルベロスの頭にそれぞれ命中して、砕け散った。
 ケルベロスの顔を水蒸気が覆っていて、様子がわからない。
 その間に騎士たちは元の位置に戻って整列していた。
「……やったのか?」
 ジョサイヤがそうつぶやいた。
 その希望は、一瞬で消えた。
 犬が水を振り払うように、ケルベロスは体に付いた氷の粒を振り払った。
 頭には傷一つ見られない。
「面白い見世物だったが、我らは水浴びはあまり好きじゃないんだ。子供の遊びだからな」
「……なんて化け物だ」
「さて、もう終わりか? それなら遠慮なく遊んでやろう」
 ケルベロスは地面を蹴って飛んだ。
 向かう先には、馬に乗った騎士団がいる。
 彼らはそれぞれが馬を操って逃げようとするが、ケルベロスはお構いなしに馬ごと騎士たちを踏み潰す。
「ほらほら、狩りの時間だぞ!」
 無事だった馬を追い立てるように追いかける。
「く……、魔道士たちよ! 攻撃魔法で足止めしろ!」
「地の神の名において、我らが命ずる! 大地よ裂けろ! グランドクエイク!」
 騎士の乗った馬が走り去ると、ちょうどその辺りだけ局地的な地震が起こって地割れができた。
 馬を追いかけていたケルベロスは避ける間もなく、地割れにハマる。
「行け! 騎士たちよ!」
 ケルベロスの頭だけ地面から生えているような状況になり、生き残った騎士たちは馬をターンさせて頭の背後から槍で突き刺す。
 ケルベロスが動けないことを良いことに、何度も何度も何度も……。
 やがて、騎士たちの手の動きが鈍くなっていく。
 ケルベロスに何かされたわけじゃない。
 悟っていくんだ。攻撃しても意味がないと言うことを。
「ったく、落とし穴に落とされるとはな」
 そう言いながら事も無げに地面から出てくる。
「打つ手はないのか……」
「そう簡単に諦めるなよ」
 焦りの表情を見せ始めたジョサイヤに、ガイハルトが近づいて笑う。
 両脇を仲間の女が支えているが、それで喜んでいるわけではない。
 ……きっと、以前の俺と同じだ。
 仲間を、不安にさせたくないんだ。
「クリームヒルト卿、騎士団の魔道士に、ガイハルト様を治療できる者はいませんか?」
「……その怪我ですと、クラリッサ先生のお力が必要ですな」
「その名は、この町の魔法医だな」
「ガイハルト様、女性の名前だけはチェックしていたんですね」
 この状況下でも冗談を飛ばす余裕があるのか、あるいは笑うしかないと言うことなのか。
「あの美しい先生の顔ならわかる」
「では、後方へ向かってください。すでに、ディレック隊長殿の治療をしているはずです」
「王国騎士団の隊長か。賢明な判断だ。俺たちが戻るまで、何とか耐えてくれ」
「……期待して良いのですね?」
「当たり前だ。俺が、ケルベロスを倒して上級冒険者になってみせるからな」
 ガイハルトの真面目な表情にジョサイヤは小さく頷いた。
 そして、ガイハルトたちの後ろ姿を守るように、騎士団を集める。
「皆のもの、集まれ!」
 ケルベロスの狩りで狙われなかった騎士たちが集まり、陣形を組む。
 その後ろには、魔道士たちが整列していた。
 あれではまとめて狙われるようなものだと思うのだが……。
「何をしても無駄だとわかっているんだろう?」
 ケルベロスは見下ろしてそう言うが、馬鹿にする様子は消えていた。それよりも、イラついている。
「なのに、お前たちの、その目は何だ? なぜ、絶望しない? 仲間が虫けらのように殺されて怖いだろう? 震えているのがわかるぞ。だが、その目の奥にあるものはなんだ?」
「ケルベロスよ。お前にはわからないだろう。我々には覚悟がある!」
 ジョサイヤの叫び声は、強い意志が宿っていた。
「覚悟、だと……?」
「お前は遊んでいたいんだろう? いつまでも付き合ってやるぞ、我々は」
「そうかよ!」
 挑発に乗ったケルベロスは、ジョサイヤたちしか見ていない。
 今なら、あの炎の矢に狙われることなく逃げられるかも知れない。
 ……逃げる、のか?
 戦っている者がいるのに。
 まだ戦おうとする者がいるのに。
「ぐわっ!」
「きゃあ!」
「くそっ! まだ――ガフッ!」
 ジョサイヤの騎士団とケルベロスは、戦いになっていない。
 一方的な虐殺だった。
 武器は通らず、魔法でも傷つかない。
 それなのに、どうして逃げようとしないんだ。
 覚悟ってのは、死ぬ覚悟なのか。
 一人、また一人と殺されていく。
 足が震える。冷や汗が溢れる。口の中がカラカラになるほど、喉が渇く。
 これは、恐怖か……。
 殺されていく者たちの姿が、俺を拾い育ててくれた義理の父と重なる。
 あの時、義父は恐れていたにもかかわらず、俺と実の娘である未来を守るために戦ったんだ。
 決して、一歩も引かずに。
 俺は、拾った剣を強く握った。
『彰!? まさか、戦うつもりですか? もう少しだけ待ってください! せめて、ネムスギアが使用可能になるまで』
「もう待てない」
 一歩。たった一歩俺は全力で足を踏み出した。
 歯を食いしばり、全ての力を右足に乗せる。
 恐怖はある。今の俺に、デモンと戦ったときのような覚悟があるとも言えない。
 それでも、前に向かう気持ちだけは、失いたくない。
「……アキラさん?」
「ヨミ、今なら逃げられるかも知れない。だから、ヨミだけでも逃げろ。番犬の森にでも身を潜めば、何とかなるだろ。あの森の入り口辺りはヨミの縄張りだったんだから、ケルベロスから隠れるくらいはできるだろ」
「そう思っているなら、一緒に行きましょう!」
「悪いな。俺は、命を脅かす敵を相手に、それだけはできないんだ」
 重かったのははじめの一歩だけ。
 俺はケルベロスに向かって駆け出した。
 騎士の人数もだいぶ減ってしまった。
 馬はもうほとんどいない。
 殺されるか、逃げるかしてしまったんだろう。
 残った騎士は殺された騎士よりも実力があるのか、ケルベロスが前足の爪で薙ぎ払うが、剣や槍を使って攻撃の方向を逸らしている。
『仕方ありません。彰、向かって右後方。後ろ足の辺りの注意が低くなっています』
 AIが攻撃を仕掛ける場所を指示する。
「助かる」
 俺は大きく迂回しながら、右の後ろ足へと走った。
 近づくと、ケルベロスの体の大きさを実感する。
 足だけで、人の背丈以上。太さは樹齢何年の大木だと言いたくなるほどだった。
 そして、それを覆う黒光りする毛並みは、触れただけでこちらに傷が入るんじゃないかと言うほど硬そうだった。
 これを斬っても、この普通の剣では傷はつかないだろ。
 俺は剣を横に構えて、そのまま体ごと突っ込む。
 体に衝撃が来るほど体重を乗せた一撃は、ケルベロスの足に刺さってはくれなかった。
「これでもダメなのか!」
『彰! 逃げて――』
 AIの警告は途中までしか聞こえなかった。
 俺の右辺りから風が聞こえたと思ったら、黒い何かが俺の体を吹き飛ばした。
 視界がめまぐるしく変わる。
 空を浮遊する感覚は、すぐに落下している感覚になった。
「アキラさん!」
 ヨミの声が聞こえる。
 何か、粘着力のあるものが俺の体に纏わり付いた。
 何度も、それが俺の体について、俺は地面に叩きつけられることなく、スレスレのところで浮いていた。
「……よかった……」
 ヨミが俺に駆け寄り、俺の体に纏わり付いたものを外しながら、ホッとした表情を浮かべていた。
 俺の体を受け止めたものは、蜘蛛の糸だった。
 それを重なるように出して、クッションにしたのだ。
「……アキラさん? どうして変身して戦わないんですか? オークデーモンを一撃で倒したあの力なら、ケルベロスとも戦えるはずではないんですか? だから、私の警告も聞いてくれなかったのでは……」
 ヨミが俺の目を覗き込んでくる。
 目を逸らしてもこのままでも、俺の考えていることが見透かされそうだった。
「この一週間楽しかったので、考えていませんでした。どうして、アキラさんは魔物討伐の仕事をしないのか。怪我をして戦えないとギルドでは説明していましたね。でも、いつ怪我をしたのですか? 私を助けたときだって、あのガイハルトとか言う冒険者を一撃で倒してしまったというのに」
『彰、ヨミさんはもう気がついています。これ以上黙っていても意味はありません。本当のことを言って今はここを離脱するべきです』
 AIに宣告されても、認めないのは俺のワガママなんだろうか。
「……あの時、私は瀕死の重傷でした。私が助かったのは奇跡だと思いましたが、奇跡を起こすために彰は何かを犠牲にしたんですね」
「ち、違う。俺が勝手にやったことだ」
「……アキラさんはこの町の人たちを助けたかったんですよね。だから逃げない。でも、助けるための力は私のせいで使えないんですね」
「ヨミが気にする必要はない!」
「アキラさんの望みは、私の望みでもあります。見ていてください。アキラさんに助けられた命です。強くなった力で、ケルベロス様――いえ、ケルベロスを番犬の森に追い返してやりますよ」
 ヨミの顔からは、恐怖はなくなっていた。
 赤い瞳の中に、戦う意志が見えた。
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